ビリオンストロング(国際NGO)パートナーシップ開発マネジャー
ジャスミン・センテアノ・アンビオン(Jasmin Centeno Ambiong)
(翻訳:河野 宣之)
障害の有無に関わらず、誰もが近づきやすく、親しみやすく、利用しやすい環境を作ることが、アクセシビリティの本質です。運輸業界が、障害者のインクルージョンと機会均等を促進したいと望むのであれば、アクセシビリティを最優先しなければなりません。良く設計された、利用しやすい交通インフラは、障害者の生活を劇的に向上させ、社会全体に利益をもたらします。本稿では、アクセシビリティの概念、アクセシブルな交通機関の利点、現在の交通インフラのアクセシビリティ、交通システムの問題点、最近の進歩、そして将来のビジョンについて説明します。
アクセシビリティとは、基本的には障害者に配慮した製品、サービス、技術、環境の開発を指します。アクセシビリティは、障害者がさまざまな活動に完全に参加でき、公共の場にアクセスでき、可能性を他者と平等に追求できることを保証するものです。交通の分野では、アクセシビリティは、使いやすい車両、スロープやエレベーターのような良く設計されたインフラ、明確な情報配信、従業員技術研修など、幅広い概念を含みます。
なぜアクセシブルな交通が障害者の完全な社会参加のために重要なのでしょうか?
アクセシブルな交通手段は、単に障害者にとって便利なものということに留まりません。それは、自立、教育、雇用、社会統合への生命線です。アクセシブルな交通手段が障害者の社会への完全なインクルージョン(包摂)に不可欠である理由と事例を以下に説明します。
教育はエンパワーメントの土台です。障害のある子どもたちにとって良質な教育を受けることはしばしば困難なことです。それは利用しやすい交通手段がないからです。インクルーシブな交通システムにより、こうした子どもたちが定期的に学校に通えるようになり、知的成長が促され、社会への積極的な貢献が可能になります。また、専門教育や職業訓練の道も開かれ、障害者が充実した生活を送り、夢を追い求めることができるようになります。
有意義な雇用とは、単なる収入源であるだけでなく、尊厳と自給自足へ繋がる道であることです。アクセシブルな交通手段は、障害者が職場にたどり着くのを妨げる障壁を取り除き、雇用の機会への扉を開き、障害者の技能や才能を発揮することを可能にします。障害者の多様な能力を活用することで、企業はより包括的な労働力から利益を得ることができ、職場の革新性と創造性を育むことができます。
社会的排除や低い可動性といった障害に関連した困難は、孤立によってもたらされることが多いです。利用しやすい交通手段のおかげで、社会的、文化的、レクリエーション的なイベントに参加することができ、孤立感や抑うつ感が軽減されます。障害者は、地域社会に参加することで社会的な絆を築くことができ、帰属意識を育み、精神面の健康を向上させることができます。
インクルーシブな社会は、障害者を含めたすべての人の市民的・政治的関与を尊重します。障害者は、利用しやすい交通手段のおかげで、投票、地域集会やその他の行事に参加することができ、自分たちの意見を聞いてもらうことができます。その積極的な関与は、さまざまな視点を奨励し、選択と政策が包括的で国民全体を代表するものであることを保証することにより、民主主義を向上させます。
障害者にとって利用しやすい交通システムは、単なる社会的投資ではなく、経済的投資でもあります。利用しやすい交通機関によって障害者が積極的に労働力拡大に貢献できるようにすることで、経済成長が促進されます。より多くの人が雇用されれば、彼らが税金や個人消費を通じて経済に貢献し、国全体がより豊かになります。以上のような理由から、アクセシブルな交通システムの確立なくして、障害者の社会への完全参加は達成されません。
他の多くの発展途上国と同様、フィリピンでも障害者が利用しやすい交通手段を提供することは困難です。現在の交通システムの限界は、アクセシブルな車両の不足、不十分なインフラ、サービス事業者や一般国民の知識不足に起因しています。
以下は、この国が長く抱える課題の例です。
フィリピンの現在のインフラは、アクセシブルな交通手段を提供する上で最大の障壁のひとつです。道路、歩道、その他の公共エリアは、移動することが難しい人々に配慮するように作られていないことが多いです。スロープ、エレベーター、触覚舗装がないことが大きな障壁となり、障害者が自由に自立して移動することを困難にしています。これらの構造物をユニバーサル・デザインの考え方に配慮した改修をするには、多額の投資と地方自治体や民間セクターの連携が必要です。
以前よりは良くなっているものの、障害者にとって必要なものや直面する困難に関する一般の人々の知識はまだ不足しています。意識の低さがもたらす共感の欠如と無理解により、障害者は、公共交通機関を利用する際に偏見、からかい、無知に晒されます。より包括的で思いやりのある社会を作るためには、障害者の問題について人々を教育することが不可欠です。
フィリピン、特に都市部では、公共交通機関の利用は、障害者にとって依然として大きな問題です。バス、電車、ジプニーには、障害のある乗客を受け入れる設備が整っていないことが多いです。障害者優先席、車椅子用スロープ、安全システムがないため、障害者がこれらのサービスを安全に利用することはほとんど不可能です。アクセシブルな公共交通機関がないため、彼らの移動は制限され、医療、仕事、教育の機会へのアクセスも難しくなっています。その結果、貧困と疎外の連鎖が悪化します。
アクセシブルな交通システムの構築には多額の財政投資が必要であり、フィリピンを含む多くの発展途上国がその点に苦慮しています。予算の制約により、インクルーシブなインフラやサービスの実施は制限されています。さらに、多くの障害者は、雇用の機会が限られているために経済的困難に直面しており、専用の交通サービスや補助器具を購入することが困難です。すべての住民が平等に社会資源を利用できるようにするためには、この経済格差を解消しなければなりません。
包括的で厳格に実施されるアクセシビリティの基準がないことが、大きなハードルになっています。政策は存在するものの、その実施と施行には一貫性がありません。変化を促すには、明確なガイドライン、厳格な規制、公共・民間交通施設を定期的に評価することが不可欠です。さらに、政策には柔軟性が必要であり、さまざまなタイプの障害に対応していること、また、採用した解決策が真に包括的であることが保証されることが必要です。
現代のアクセシブルな交通手段を開発する上で、技術は極めて重要です。問題は、障害者のテクノロジーへのアクセスや知識が限られていることです。視覚や聴覚に障害を持つ人々は、アクセシブルな交通手段を予約したり、ルートやスケジュールに関するリアルタイムの情報を得たりするためのモバイル・アプリを使えないことが多いです。障害者が運輸業界の進歩の恩恵を受けるためには、こうした技術的障壁を取り除かなければなりません。
こうしたバリアにもかかわらず、フィリピンではよりアクセシブルな交通インフラを提供するために、かなりの取り組みと開発が行われてきました。
フィリピン政府は近年、このような問題に取り組むために行動を起こしています。1992年に成立した「障害者のためのマグナカルタ」と2003年に成立した「アクセシビリティ法」は、いずれもアクセシブルな交通手段を含む障害者の権利と特典を保証しました。しかし、これらの規制を地方レベルで効果的に適用することは依然として難しいです。これらの政策が障害者コミュニティにとって有益であることを確実にするためには、より大きな執行の仕組みと一般国民の意識向上が喫緊に必要です。
アクセシビリティを向上させる努力は、公共交通部門でも徐々にですが見られます。一部のバスやジプニーには、低床やスロープが設置され、車椅子使用者が容易に乗車できるようになりました。しかし、すべての車両がこのような改良を受けたわけではありません。多くの車両には、アクセシビリティのための最も基本的な要素がまだ欠けています。さらに状況を複雑にしているのは、車掌や運転手に対する障害者支援の訓練が行われていないことです。
マニラ首都圏のような都心部では、指定アクセシブル・レーンや障害者優先席といった取り組みが、鉄道会社のメトロ・レール・トランジット社やライト・レール・トランジット・システム社で実施されており、このことは賞賛に値することです。ただ、こうした取り組みは、障害者コミュニティの幅広い要求に対応するには、特にアクセシビリティを欠くことが大きなバリアであり続ける地方においては、不十分です。
このような困難の中、草の根の取り組みや権利擁護団体が希望の光として台頭してきました。非政府組織や草の根の取り組みは、障害者の権利の意識向上を促進し、よりインクルーシブな交通網を求めるロビー活動を休むことなく行っています。最近の例としては、フィリピンで有名なデジタル・メディア企業のひとつであるラップラー(Rappler)が、障害者インクルージョンとアクセシビリティの擁護団体であるカサリ・タヨ(Kasali Tayo)とムーブ・アズ・ワン・コアリション(Move as One Coalition)とともに、マニラ首都圏の全46駅のアクセシビリティ・ウォークスルー(アクセシビリティ実地チェック)を行ったことが挙げられます。その結果、鉄道駅の80%が障害者にとって使いにくく、安全でないことが明らかになりました。障害者は、ラッシュ時の満員の乗客だけでなく、金属製のゲートで塞がれたスロープ、利用しにくい券売機や、多くの駅にエレベーターがないこととも戦わなければなりません。また、触覚床材やアナウンスにも一貫性がないため、視覚障害者が一人で移動することはほとんど不可能です。電車のアクセシビリティに関するラップラーのこの報道は、議会でインクルーシブ・モビリティ(移動性)についての議論を呼び起こしました。障害者コミュニティは、これがフィリピンにとってより使いやすい輸送システムの始まりになると楽観しています。さらに、このことは、上記のような取り組みが、診療を受けに行ったり勤めに行ったりするときの利用しやすい交通手段の手配といった実際的な支援を提供するだけでなく、政策の変更や公共インフラの改善を提唱する上で重要な役割を果たすことを証明しています。
大きな進展が見られたとはいえ、フィリピンが障害者にとって完全に利用しやすい交通インフラを整備するまでには、まだ長い道のりがあります。政府、民間企業、市民社会が協力してこの目標を達成しなければなりません。
真に利用しやすい交通システムは、障害者の要求を満たすだけでなく、社会のすべての人に恩恵をもたらします。それは包括性を高め、共同体感覚を育み、すべての人の生活の質全般を向上させます。フィリピンは、粘り強さ、協力、責任感の共有をもって前進することで、誰一人取り残されることのない交通システムを発展させることができます。この努力は、才能や障害の有無にかかわらず、すべての国民に平等なチャンスを保証し、また、より良い、よりインクルーシブな未来への道を準備するものです。