リハ協カフェ:途上国における障害平等研修の展開

特定非営利活動法人 障害平等研修フォーラム 代表理事 久野研二

2025年3月11日に開催されたリハ協カフェで「途上国における障害平等研修の展開」をテーマに報告をさせていただきました。

障害平等研修(Disability Equality Training、DET)とは

DETは多様性を前提にした共生社会(インクルーシブな社会)の実現にむけた障害教育・人権教育です。Tokyo2020 オリンピック・パラリンピックのフィールドキャストの集合研修としても実施され8万人が受講しました。DETは、単に障害についての知識を得ることが目的ではなく、参加者自身が自分たちの地域社会や組織をインクルーシブなものへと変えていく行動の主体となるための行動志向型の研修です。

3つの特徴

DETは次の3つの特徴があります。(1)障害の社会モデルを障害理解の基礎とすること、(2)発見型・対話型の学習方法を取ること、(3)障害者自身が対話の進行役であるファシリテーターとなること、です。パウロ・フレイレが理論化した批判的社会認識の方法論を基礎に、課題提起教材(課題状況を示す絵やビデオ)と発見を促す質問(課題の分析を促す質問)を用い、対話型のワークショップをグループワークで行います。残念ながら私たちは共生の機会を学校でも職場でも地域でも奪われてきました。その結果、周りに多様な人たちがいない状況を“普通゛だと思っています。そのため、DET では障害者自身がファシリテーターとなることで、少なくとも研修の中で、対話という対等な学びあう関係性を作り出すことで、共生社会を形成するプロセスとしたいと考えています。

DETの構成と実施

前後半の二部構成で、前半では差別や排除としての障害を見抜く分析の視点としての障害の社会モデルの視点の獲得を行います。後半では、多様性を前提にした共生社会を組織または個人として作り出す具体的な解決行動を考えます。通常は20-30名前後の参加者と2-3時間の対面型のワークショップ形式で行います。グループに分かれ、ファシリテーターと一緒にイラストやビデオなどの分析と議論を通し障害とその解決の行動についての対話を進めていきます。オンラインやオンデマンド型でも実施しています。

DETと(機能)障害の疑似体験との違い

障害学習というと、車いすに乗ったり目隠しをしたりといった機能障害の疑似体験が一般的ではないでしょうか。DETとそのような(機能)障害の疑似体験とは、そこで学ぶ“障害”の違いがあります。疑似体験は障害の機能的側面と介助・支援の方法を学ぶことが目的の場合が多いです。そこで体験しているのは目が見えない・歩けないといった機能障害の体験と、そのような場合の支援の方法です。それは乗車や入店を拒否される、同じ学校に通えない、就職で差別されるといった差別や社会的排除、参加の制約という人権課題としての障害の体験ではありません。他方、DETが目的にしているのは、障害を人権課題とすること、そしてそれを人権課題として解決する具体的な行動を作ることです。例えば、組織や制度による構造的な差別や排除を解決するには、車いすをどう押すか、といったこと以上に、障害を差別や排除という社会の側の課題、人権課題として学ぶ研修が必要で、DETはそれを目的としています。

障害の社会モデル

このニュースを読まれている方には既知のことかと思いますが、DETフォーラムとしてどのように社会モデルを意味しているか、それ以前のいわゆる障害の個人モデル(医学モデルとも呼ばれます)と比較して説明をします。両者の大事な違いは、原因と結果に関する機序説明、および、“正常”と多様性をめぐる視点の2点です。

個人モデルは個人の機能障害が原因でその結果障害が起こると考えます。その土台には、人間は“正常”という概念であらわされる一定の心身機能を持つことが望ましいという均質性・同質性を指向する価値観があります。ゆえに、ある一定の心身の機能を保持しないことが種々の課題を引き起こす根源的な原因とみなされ、その改善が優先的な解決策となります。”正常“という価値観や“健常(者)主義(ableism)”を作り出し強化してきた視点ともいえます。

社会モデルは機能障害と障害という二つの課題があることを認めたうえで、しかし、両者の間に原因と結果という関係性はないと考えます。差別や排除、参加の制約といった障害は、個人の機能障害が原因なのではなく、人々の機能的な多様性を前提としない・考慮しない価値観や規範、それをもとに構築された社会や制度、環境が障壁(原因)となって引き起こされていると考えます。社会モデルは、そもそも人間は機能的に多様な存在であるという前提をもとに、多様性を踏まえた平等を指向する価値観があります。ゆえに、人間の多様性が考慮されず、ある一定の心身の状態の人しか平等に参加できないような社会の構造を障害の原因ととらえ、多様性を前提にしたインクルーシブ(包含・包摂的)な社会の形成が解決策となります。”正常“や”健常(者)“という価値観や基準を批判的にとらえる視点ともいえます。

DETが導くもの

加害当事者性と変革当事者性:私が変「わ」る、私が変「え」る:DETでは参加者自身が差別や排除としての障害をめぐる課題に対する自分自身の加害当事者性(配慮されている側にいる事、特権側にいる事[“健常者特権”])の発見を出発点にします(私が変わる)。そのうえで社会を変えていく行動の主体となることを目指します(私が変える)。

DETでは「障害とは何か?」という質問を研修前半の最初と最後に二度参加者と考えます。ある小学校で行ったDETで、一人の児童が2回目の回答で「障害とは変えられるもの」と書きました。私たちが活動を開始した当初、DETは小学生には難しいといわれることがありましたが、この答えは、DETという障害についての対話の時間と場が、この児童にとってこの発見を生み出す学びの機会となったことを示しているのではないでしょうか。

途上国での展開

障害平等研修フォーラムでは、国際協力機構(JICA)や国連のユネスコやアジア・太平洋経済社会委員会(ESCAP)、タイにあるアジア・太平洋障害者センター(APCD)などと協力して、現在まで世界42か国に550名を超えるDETファシリテーターを育成し、各国での実践をすすめています。ファシリテーターの養成は、日本国内では毎年5か月間(オンデマンド学習、オンラインスクーリング、実習:計80時間)で行い、国際研修は2021年度はユネスコと協力し、中東4か国(レバノン、シリア、ヨルダン、パレスチナ)向けの養成講座(アラビア語)を実施し10名のファシリテーターが誕生しました。2023年からはAPCDと協力して毎年実施しています。ダスキン・アジア太平洋障害者リーダー育成事業の中でもDETファシリテーター養成講座が2度実施されました。民間との取り組みでは、例えばエアアジアが新人職員研修の中に丸一日の研修として位置づけ、DETフォーラムが育成したファシリテーターがそれを実施することがもう15年以上継続されています。また、アシックスとも協力して国連6言語版の研修教材を作成し全世界のアシックスの社員研修としての実施なども進めてきました。第4次アジア太平洋障害者の十年のジャカルタ宣言実施指針においても「障害の社会モデル」の推進の取り組みとしてDETが推奨されていますし、タイ政府の障害分野の専門家の要件としても明記されています。

質疑から

参加者からは多様性・公平・共生(DEI)研修とDETとの違いなどについての質問などがあり、構造的差別や健常者特権などとの向き合い方の違いなどを議論し、このテーマの大事な部分についての議論を深めることができました。

参考資料等

久野研二編(2018)社会の障害を見つけよう、現代書館
障害平等研修フォーラム:
 日本語版:www.detforum.org 
 英語版(国際版):www.detforum.com
 レバノンでのDET
 https://www.youtube.com/watch?v=v639wXDDlNQ
(以上)

DET 南アフリカ

南アフリカでの研修の様子

DETパキスタン

パキスタンでの活動の様子
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