おいしく食べることをあきらめない~みんなのキッチンの取り組み~

「新ノーマライゼーション」2023年12月号

地域生活ケアセンター小さなたね
相談支援専門員 才津知尋(さいつちひろ)・生活支援員 清水英二(しみずえいじ)・看護師 小泉浩子(こいずみひろこ)

にのさかクリニック/みんなのキッチン
管理栄養士 小渕智子(こぶちともこ)

はじめに

にのさかクリニック(以下、クリニック)は、1996年3月に開院した無床の診療所です(在宅療養支援診療所)。地域のかかりつけ医として、外来診療から在宅ケア・看取りまで一貫した医療ケアを提供し、患者・家族が安心して家庭で過ごすことができるよう目指しています。

地域生活ケアセンター小さなたね(以下、小さなたね)は、クリニックを母体として2011年4月に開設しました。「どんなに病気や障がいがあっても、地域の中で暮らしたい」という想いの実現に向けて、障害者総合支援法に基づいた福祉サービスを提供しています(医療型特定短期入所・日中一時支援・特定相談支援・障害児相談支援)。利用者の9割以上が重症心身障害に該当しており、たんの吸引や経管栄養、人工呼吸器などの医療的ケアが必要です。生活支援員、看護師、保育士、社会福祉士が協働して支援を行っています。

小さなたねに隣接された「みんなのキッチン」は、「みんなで同じものを食べよう」という趣旨で、どんな食形態でも同じスープランチが食べられるカフェです。飲食店の営業許可を受けており、どなたでも利用できます(コロナ禍以降、一般のお客様は受け入れ休止中)。2015年8月から始まり、今年で9年目を迎えました。

スープランチができるまで

自然の素材を使ってだし汁やブイヨンを作っており、おいしいランチを提供できるようこだわっています。利用者の食事量や食形態は、本人・家族と面談し、口から食べる方、胃ろうや経鼻チューブから注入される方、それぞれに合わせて決めていきます。

メニューは、利用者や家族にお話を伺い考えました。本人が好きなものや、家庭でよく作っているものを参考にしています。「そらくんの豚汁」「ひかりちゃんの人参ポタージュ」「なるちゃんのさつま汁」「かおるくんのミネストローネ」などといった、利用者の名前がついたメニューが生まれました。メニューは奇数の週はご飯、偶数の週はパンです。パンは近所にある就労継続支援B型事業所から仕入れています。

小さなたねの利用者へランチを提供する時は、通常の食形態の見本セットを一緒に出しています。料理の彩りや盛りつけを見る、メニューの説明を聞く、匂いをかぐ、料理の温度を感じるなどの五感(視覚・聴覚・嗅覚・触覚・味覚)を使って食事を楽しんでもらえるよう心がけています。これは食事介助や注入を行うスタッフ(生活支援員・看護師・保育士)との共通認識です。

最近は胃や腸にも味覚の受容体があることが研究でわかっています。胃ろうからミキサー食を注入することは、栄養面だけではなく、食事を楽しむこととしても意義のあることだと考えています。自宅でも通所先でもミキサー食を注入する方、自宅では栄養剤・通所先ではミキサー食と内容を変えている方などさまざまです。ランチのミキサー食を利用している家族は「今日は何のメニューかな」と楽しみにされているようです。

「みんなのキッチン」では、もともと利用者の名前がつくメニューは汁物に限定していました。ある時、根菜バーグを注入された利用者が満面の笑みを浮かべている姿を見て「きれちゃんの根菜バーグ」と改名したことがありました。

小さなたねのランチタイム

小さなたねの利用者は、咀嚼や嚥下機能の関係で通常の食形態での食事は難しい方がほとんどです。経口摂取でも注入でも、どんな食形態でも「食事を楽しんでもらうこと」「普段とはちがう雰囲気を感じてもらうこと」を心がけています。

キッチンから出された見本セットは、一品ずつ一緒に確認します。利用者が見やすい位置や角度で提示する、メニュー表を読みあげる、立ちのぼる湯気をあおぐ、食器を触ってみるなど、五感が刺激されるよう工夫しています。視力の弱い方が多いため、視覚に頼りすぎないよう配慮が必要です。

食事介助や注入を行う際は、私たちが普段行っている食事(経口摂取で通常食を食べる)と同じような感覚に近づけるよう意識しています。一緒に手を合わせて「いただきます」「ごちそうさまでした」と声を合わせます。三角食べのような感覚で、主食、主菜、副菜、汁物を交互に介助・注入するようにしています。食べるものが変わる時には一緒に確認します。

言葉によるコミュニケーションが難しくても、どの方も食事に意欲的なことが伺えます。見本セットを確認した後、介助・注入が始まる前から口をモグモグ動かす方。ランチの時間になると、口元がゆるんでうれしそうな表情になる方。口元にスプーンを運ぶと、まどろんだ表情が一転、しっかり目を開けて口を動かす方。目を閉じていても、味わっているような表情になる方。

利用者Aさんは濃い味が好みのようで、食べるペースが少し早くなります。スタッフも同じランチを食べることで「Aさんはこんな料理(味)が好きなんだな」と、日常の関わりでは探れないことを知る機会になっています。また、メニューや味の感想を話し合うことで、Aさんをより身近に感じることができます。

利用者が各々に食事を味わい楽しんでいる様子を見ると「カフェがあってよかったな」とうれしい気持ちになります。食べることは、すべての人の人生を豊かにすると実感しています。これからも、楽しくおいしく食事をするため、一つ一つの支援を大切にしていきたいです。

おわりに

コロナ前、カフェでは小さなたねの利用者と一般のお客様が同じ空間で食事をしていました。さまざまな方が訪れ、交流の場として機能していました。小さなたねを利用するママ友やきょうだいで集まったり、クリニック患者が家族・ボランティアとの外出で利用したり、近隣住民が友人を連れてきたり、一般のお客様が会計担当の利用者と言葉を交わしたり(声をかけられると視線で返す)。

現在は残念ながら、一般のお客様の受け入れを休止しています。小さなたねの利用者は重症化リスクの高い方が多いため、慎重にならざるを得ません。コロナ禍の初期は完全に休業している時期もありました。そこから少しずつ、対象を限定したランチ提供、クリニック患者・家族1組だけの利用と段階を踏んで再開しているところです。今後も少しずつ広げていき、またみんなで食事を楽しめるカフェにしていきたいと考えています。

※小さなたねの日常については、ホームページをご覧ください。
URL: https://chiisanatane.com/

menu