ひと~マイライフ-希望へのパスポート

「新ノーマライゼーション」2023年12月号

藤川由里子(ふじかわゆりこ)

東京都在住60歳主婦。錐体杆体ジストロフィーの中途失明者。2019年から2020年にかけて日本点字図書館自立支援室で訓練を受ける。小鳩の愛(ラジオ日本)、視覚障害ナビラジオ(NHK)に出演し、点字訓練、歩行訓練について話す。2021年からpodcast(ポッドキャスト)番組、「視覚障害者ゆりさんの日々」で発信中。

予測不能なことが起きた時「目の前が真っ暗になる」という表現があります。50代初め、医師から「失明する可能性があります。白杖を持ちましょう。障害者手帳のための診断書が書けます」というお話を聞いた時、文字どおり、私の心は真っ暗になり、実際の目も涙なのか、見えにくさなのか、ぼんやりとした視界が広がるばかりでした。

見えにくい目をこらして、白杖をぶら下げて外を歩き、主婦の用事をこなす時、見えにくく、見えないがゆえの失敗に、自信と誇りが削られていく日々が続いていきました。自信喪失の決定的な事件は、ホーム転落未遂でした。慣れているはずの駅で、混雑の中、ホームを歩いていて方向を見失ったのです。幸い、見知らぬ方の素早い助けで転落は免れましたが、その日以来私は外に出ることはほとんどなく、引きこもる生活が続きました。

当時の私は、ロービジョンケアや支援機器、自立訓練という情報を知らなかったので、目が見えなくなったらもうおしまい、と思い込んでいました。「見えない世界」というのは、未知なる外国と同じ感覚でした。

さすがに4年近く落ち込んでいると、「何か面白く思えることはないだろうか」という気持ちが出てきました。目の見えない人、といえば点字。では点字教室を探してみましょうとネット検索した時、「日本点字図書館」がヒットしました。そして、思い切って相談してみました。

日本点字図書館には、視覚障害者のための自立支援室があり、点字の読み書きの訓練、読み上げ機能を使用したパソコンやスマホ操作の訓練、正しい白杖の使い方と技術を訓練して、安全に単独歩行ができるようにする歩行訓練があることを知りました。

私はこのことに、軽くショックを受けました。リハビリテーションという言葉からイメージする、高齢者向けの訓練しか知らなかった私は、視覚障害者にもリハビリテーションがあるということに驚いたのです。「見えなくなっているのに、どうやって見える時と同じようなことができるのだろうか」という疑問が、訓練開始までありましたが、実際始まってから納得したことがありました。それは、自立訓練は、できなくなったことを今までと同じようにできるようにする、というものではなく、「見えなくてもできるように、違うやり方でアプローチして習熟する」ということだったのです。

16か月間の訓練で、私は点字の読み書きの基礎から手紙を書けるようになり、パソコンの読み上げソフトを使用して、日記やメモを書いたり、メールを送受信したりできるようになりました。サピエ図書館からスマホに音声図書をダウンロードして、読書も楽しめるようになりました。そして歩行訓練で、通院している病院へ、大好きな歌舞伎鑑賞のために歌舞伎座へ、 お気に入りのカフェへと、行きたいと思うところにいつでも一人で行けるようになったのです。

視覚障害をお持ちの先生もおられたので、生活上のちょっとした困りごとの解決法、たとえば歯ブラシにうまく歯磨き粉を乗せる方法とか、包丁とまな板の危なくない使い方とか、点字投票があるということも教えてもらいました。

充実した訓練を修了して3年が経ちます。未知なる外国のように思えた「見えにくい/見えない世界」は、訓練を受けることによって、日々新しい発見のある世界となりました。私は、自立訓練は「見えにくい/見えない世界」を旅するための、希望のパスポートではないかと思うのです。

訓練への相談の決断と勇気の第一歩は、自分自身で踏み出さなければなりません。しかし、一歩踏み出せば、そこには専門知識を持った支援者がいるのです。このことをたくさんの人に知ってほしいと願っています。

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