LOOVIC株式会社 代表取締役
山中享(やまなかとおる)
空間認知障害は、我が家の第一子である長男が背負うこととなった。
空間の認知の影響やその能力、得意不得意な特性はそれぞれ異なり、全く同じ症状ではない。
私たちが移動する際、移動する先に見えるはずの情報をうまく取得できなかった場合はどうだろうか? 例えば、トイレに行こうとしたら、トイレの場所にたどり着けない。苦労してやっとトイレを見つけてトイレにたどり着くことができたが、今度はトイレに来る前に自分がいた場所がよく分からなくなってしまうということである。これには空間の認知が大きく影響している。
本人が出生時、低酸素脳症の影響を受けた。脳室周囲白質軟化症となり、一部脳が壊死した状態で生まれた。
空間認知になんらかの影響があるのでは?と気づいたのは3歳のときである。積み木がとても苦手だった。当時はさほど気にしていなかったが、違和感を感じたのが、小学校1年くらいからである。全くといっていいほど道を覚えることができなかった。家から出てすぐの道を左に行けば駅に行けるが、右に行く。横断歩道で停止しようと伝えても、停止できない。横断歩道では左右の確認をしようと伝えても、左右の確認を忘れる。これは日常茶飯事であり、本人に合わせたトレーニングを要した。
外出時、どっちに行けば駅に行ける?と質問をする。本人は自信たっぷりに右に行くが、間違っている。今度は、あえて間違ってもらうように本人が進むべき方向を考えてもらった。そうすると、ある程度進んだ途中で気づく。これは違うと。記憶してもらうために見えている景色内に目印として覚えやすい情報を伝える、数を数える、色を伝える、形を伝える、など試してみた。結果、毎日歩く道については徐々に覚えられた。
中学生になり、地元中学から少し離れた場所へ通うこととなった。その中学が決まる前の年から、 通い続ける練習を頻繁に行った。しかし覚えられなかった。中学になり、毎日親が付き添ってきた。ようやく一人で学校に行くことができるようになったのは中学に入学してから1年後だった。見えている景色、本人が覚えやすい情報、本人の目線から見やすいものを伝え、覚えてもらうようにヒントを提供しながら自然な形でトレーニングを重ねた。18歳になった今では、初めての場所は数回の付き添いをすることで記憶できるようになるが、やはり得意ではない。
本人のように課題を抱える方が自立して社会に出ていきやすいように。そして、万が一の事故なども発生しないことを願って、当事者を育てた経験を元に研究開発をすることになった。
第1号機はラジコン先導機だった。子どもの頃、ずっと手をつないで歩いていた。それをテクノロジーで再現化することによって解決できるのでは?と考え、その再現性に取り組んだ。
その可能性を極めるため、第2号機として、引っ張る感覚を提示できる触覚誘導の開発を行った。しかし、この開発は難易度が高かった。腕に対して動かす方向に意識が向きすぎてしまい、移動中の周辺情報に意識が向かなくなってしまった。その後、第3号機は肩付近への左右振動だった。左右に曲がる方向を案内する技術の開発を行った。向かうべき方向は理解ができた。
第4号機は、鎖骨付近で通知できる形状である。鎖骨では低音として通知することと同時に、音声も伝えられることが、これまでの開発で分かっていたが、このままではデバイスの開発の生産時のコスト課題や、利用者の生活支出に見合うコスト課題、そして特別扱いを望まないため、特別感の無いデザインとしての適応性の課題といったことから、当事者向けの機材の開発では量産に必要なロット数を満たせなかった。
第5号機では、ソフトウェアのみの開発に専念した。固有デバイスは不要。市販のイヤホンでよいと考えた。市販の機材を用いることで、特別感のない仕組みができた。スタートアップとして、限られた資金内で事業検証をしていくには、まずはできる限りありものの機材を用い、ソフトウェア開発に専念することだった。
第6号機はさらに極め、自らの「コエ」で移動支援するアプリとした。歩行トレーニングの際に行ってきたことを思い出してみた。一緒に歩きつつも、声掛けで『ヒント』となる情報を提供してきた経験だった。全部答えを出すわけではなく、◯◯を見てね。というのは、事故に遭わないようにするための情報と、興味を持ちそうな情報を少し伝え、記憶させることだった。本人のことを誰よりも理解しているのは、家族だった。不安になりやすい特性をもつ本人にとっては信頼につながった。録音は、その人と一緒に歩いた際の会話をGPS録音システムが拾ってくれる便利な仕組みとした。
しかし、ビジネスはもっと大変だった。対象の当事者が特別扱いを求めているわけではなかったのだ。すなわち、一般の方も当事者も特別扱いなく誰しもが使える波及性の高いサービスが求められたのだった。
2023年秋にコンセプトとなる基礎モデルを無償版でiPhoneとAndroid向けにダウンロードができるように公開した。現在アップグレード版を開発中で、2024年夏までを目標に公開予定である。
私たちの移動社会では、もっと広くとらえると、スマホの地図を見て歩く、という行為は、空間を認知する行為である。得意な人もいればそうでない人もいる。ただし、多少なりの面倒さを感じている方が大多数を占める。移動の道中では目的地に到着することで精一杯になりがちである。昨今の移動社会では、より快適に移動するには、周りを見渡す重要性もあり、景色を楽しむ移動時の小ネタとなるような地元の情報提供も盛り込むことで、外出の意欲の向上にもつながることが分かった。
対象者は高次脳機能障害や、ADHD特性傾向の発達障害、軽度の認知症といった方々だけでなく、視覚障害の方にも、特段難しいものを作らずとも提供できる簡単かつ低コストで有効な手段であることが実証実験で判明した。事故防止を望むパーソナルモビリティとの相性も極めて良かった。まだ小さな取り組みであると認識しているが、多くの人を助けられるつながりになれば嬉しい。そして少しでも私たちの取り組みにご賛同くださり、ご一緒いただける方を集めながら前に進めていきたい。
【参考】
CES2023 Omdia Innovation Awards受賞
2023年 キッズデザイン賞受賞
横浜ビジネスグランプリ2023 優秀賞受賞