私にとっての演劇部

「新ノーマライゼーション」2024年5月号

奈良県立ろう学校高等部3年
松本彩香(まつもとさやか)

私は生まれた時から耳が聞こえず、右耳に人工内耳、左耳に補聴器をつけて生活しています。学校は聴覚障害の人が集まるろう学校に通い、手話と声を使って会話をしています。

小学6年生の時に文化祭で演劇部による発表があり、その時役を演じている部員が輝いて見えてすごいと思いました。中学生になったら演劇部に入ろうと思いました。体験入部の時、先輩がとても緊張していた私に優しくしてくれたことも印象に残っています。高校生になっても演劇部を続けようと決めていました。高1の時に全国手話パフォーマンス甲子園に参加しました。全国手話パフォーマンス甲子園とは、高校生が手話を取り入れた劇やダンスなどを披露し、その出来栄えや表現力を競う大会です。その時は奈良県立ろう学校が2年連続優勝しており、三連覇するんだ!という気持ちを部員全員が持っており、夏休み中も必死に練習をしました。先輩が「2年連続優勝しているから今年も優勝して引退したい」と言っているのを聞いて私は先輩を優勝させたいという気持ちが強くなりました。本番前日、リハーサルで実際に舞台に立ってみると、明日には他校のライバルと競うんだ、負けたらどうしよう、と思うととても怖くなりました。本番の日を迎え、発表する前はとても緊張しました。心臓がドクンドクンとなっていて不安だらけでしたが、側にいた先生が大丈夫だよと声を掛けてくれたおかげで気持ちが軽くなりました。自分たちの発表が終わった後は大丈夫だったかなという不安と優勝できる!という強い自信が混ざりながらも他校の発表を見ていました。そしていよいよ結果発表。準優勝の時に自分の学校名が呼ばれました。あの時、一瞬びっくりして周りの反応を見て私は負けたんだと理解しました。舞台の上に立っていた先輩を見ると、涙を流していたのです。その顔を見て私は負けたことを実感しました。本当はうれしい顔の先輩を見るはずだったのに、優勝できなくて悔し泣きをしている先輩を見て私も泣きそうになりました。あの悔しい気持ちは今でも忘れることはできません。

高2になり、全国手話パフォーマンス甲子園の予選を無事に突破して、人生2回目の参加となりました。今年こそは優勝したい!という気持ちを抱えて、練習に励みました。本番前になると、また不安な気持ちが出てきました。その時も側にいた先生が大丈夫!と声を掛けてくれました。発表が終わった後に私は緊張の糸が緩んだのか自然と涙が出ました。

結果発表の時間になり、審査員特別賞の時に呼ばれてびっくりしました。その時は悔しさより先に驚きが出ました。優勝できると信じていたのですから。結果発表が終わって、先輩の方を見ると泣いていました。先輩を最後に優勝させることができなくて悔しかったです。

私が演劇をするうえで聴覚障害が原因でできなかったことはありません。よく手話で劇をするのは大変じゃないかと聞かれますが、小さい頃から使っている手話で劇をすることは大変だと思いません。ドラマや舞台で見る芝居とは違い、音声でのセリフがなく無音で楽しめる劇もあることを知らせることができてよかったです。聴覚障害があったからこそ私は手話を使って演技する演劇部に入ることができました。本当によかったと思います。手話劇や全国手話パフォーマンス甲子園に出会えて世界観が広がったように感じられることができたからです。

現在の目標は全国手話パフォーマンス甲子園で優勝することです。それに向けて必死に練習を部員と一緒に頑張りたいと思います。

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