トピックス-欧州アクセシビリティ法が拓く未来~国連障害者権利委員会元委員ラースロー・ロヴァーシ氏の講演抄録

「新ノーマライゼーション」2024年5月号

DPI日本会議
浜島恭子(はましまきょうこ)

はじめに

2024年2月28日(水)、日本障害フォーラムの主催で、ラースロー・ロヴァーシ氏(Dr.Lovaszy Laszlo、ハンガリー首相府大臣付き顧問、ブダペスト公共サービス大学上級研究員)による講演が参議院議員会館で行われました。本稿は、講演記録とスライド資料に基づき、欧州アクセシビリティ法に関する部分を中心に再構成したものです。

バリアフリー・ヨーロッパを目指す10年計画

欧州連合(EU)は、地域的統合機関として初めて障害者権利条約(CRPD)に署名(2007年)、批准(2010年)しました。CRPDは、締約国の法律と政策に障害者の課題を反映するための重要なツールを提供していますが、特に主要な一般的意見の一つ、アクセシビリティ(条約9条)に関する一般的意見2号は、「物理的環境、輸送機関、情報通信[中略]他の施設及びサービスへのアクセスがなければ、障害のある人が、それぞれの社会に参加する平等な機会を持つことはない。」「物品、製品及びサービスは[中略]公的機関によって所有及び/又は提供されるか、民間企業によって所有及び/又は提供されるかにかかわらず、すべての人にとってアクセシブルでなければならない。」(日本障害者リハビリテーション協会仮訳)と述べています。

従来からEUには音響・視聴覚に関するサービスや電子商業取引(E‐コマース)に関する調整・指令が存在していました。EUとして大きな単一市場をつくっていくうえで、新技術(ICT)の発展に伴い、米国の先例に学び、EUとして向上させることに努めました。未成年者や一般公衆を有害コンテンツから保護するための「視聴覚メディアサービス指令」(2010/13/EU)や「デジタル単一市場のための戦略」(2015年)がつくられました。

アクセシビリティが障害者の社会参加の前提条件であるにもかかわらず、インクルーシブな取り組みが欠けていたため、「欧州障害者戦略(2010~2020年)」が策定され、10年間に「身体障害や移動における機能障害のある旅行者の権利」、EU域内の公共部門のウェブサイト等をアクセシブルにするための「ウェブアクセシビリティ指令」(2016/2102/EU)i、「製品及びサービスのアクセシビリティ指令」(2019/882/EU)等の前進がありました。この2019/882指令が通称「欧州アクセシビリティ法」と呼ばれるものです。

欧州アクセシビリティ法(「製品及びサービスのアクセシビリティ要件に関する2019年4月17日の欧州議会及びEU理事会指令(2019/882/EU)」)は、国際的な市場における商品やサービス(主に電子機器・電子サービス)が利用者にとってアクセシブルになるよう、EU域内でビジネスを行う事業者に対して統一的な要件に従うことを義務付けることを目的としています。EU加盟国は、国内で同指令の対象となる製品・サービスが規定要件を遵守するものとなるよう、必要な法律・規制・管理を講じなければなりません。

同指令は以下の6分野を重点としています。

  1. スマートフォン、タブレット、コンピュータ
  2. 発券機、チェックイン機
  3. テレビとテレビ番組
  4. 銀行とATM
  5. 電子書籍
  6. オンライン・ショッピング・サイトとモバイルアプリ

EU域内の個客に対してサービスや商品を売る企業が統一要件に基づいた規格を守ることで、障害のある人たちにとってはアクセシブルな利用を通じて社会的に包摂されようになり、企業にとってはEU諸国との取引が容易になり、また自社の製品・サービスをEU全域で販売できるという確証を得られます。重要なことは、企業と顧客の両方が利益を得るようにすることです。

EU指令は加盟国内での法整備を通じて法的効力を持ちます。指令2019/882の公布3年後にあたる2022年6月28日までの移行期間に、加盟諸国は国内法整備を行いました。法律の施行を確実にするためのEU加盟国の義務として、法令遵守に関する定期的モニタリングを行い、苦情受付と手続きの所在を明確にすることなどがあります。加盟諸国は現在、最終的なデッドラインである来年の夏に向けて必要な準備を行っています。

2025年6月28日が最終期限です。この日から、指令2019/882が求める共通のアクセシビリティ要件がEU加盟国内のすべての製品とサービスに適用されます。日本企業も含め、EU域内で商業を行う一定以上の規模を持つ企業は、その要件を満たす必要があり、もしも商品やサービスに要件の遵守がされていない場合には、顧客は苦情を申し立てたり各国の裁判に訴えたりすることができるようになります。

新技術の展望と人権の保護

ここからは、欧州アクセシビリティ法とは別の、ICT、バイオテクノロジー、医療リハビリテーション技術の発展に伴う未来の展望についての話になります。

2021年に国連人権理事会諮問委員会の報告書「新しく出現しつつあるデジタル技術が人権の促進と保護に関して及ぼし得る影響、機会、課題(A/HRC/47/52)」が出ました。新技術が人びとの生活、経済、社会政治的活動に組み込まれることで、さまざまな分野でこれまでになかった解決策が生まれ、多くの恩恵が得られる一方、プライバシー侵害や不公正な情報の取り扱い(データフィケーション)、オンライン上の差別、デジタル監視などの人権侵害の危険が起きています。このレポートが指摘しているのは、国連人権条約が想定していた、「ここまでならよい」という今までの境界を超えた事態が起きているにもかかわらず、新技術の急速な変化に合わせた法整備等が追いつかないために、企業の急成長等から人権を保護する必要性が高まっているということです。

現代のICT技術やバイオテクノロジーの進歩、新開発される医療リハビリテーション技術は社会的、経済的、政治的に大きな影響を与えています。身体に対する侵襲度が低い医療機器やウェアラブル・デバイス(装着機器)等の技術発展が機能障害の状況を変え、またバイオテクノロジーの発展が難病に有望な治療法をもたらす可能性があります。しかし同時に、新技術が人権に対し侵害や長期的被害を起こす可能性もあり、非常に大きなジレンマとなっています。現在タブーとされている遺伝子組み換え(CRISPR-Cas9)やBCI(脳とコンピュータの接続)による強化人間の出現、また人工知能(AI)とアルゴリズムによって差別される人たちが出ることなどがその例です。技術が人間を変えてしまう境界や限界は何なのか、人権のあり方についても再考していく必要があります。

創造性と市場、障害者のために、障害者と共に、また障害者によって社会的な価値をつくり上げていくこと、倫理原則と適正な法制化、調査が重要です。EUの法規制や一つの国の法律が単独で技術のブレイクスルーを起こすことはできません。国際的な協力が必要です。

最後に、すでにロボット新戦略やSociety 5.0構想を打ち出している日本の技術とイノベーションが、障害のある人たちにとってアクセシブルなものになり、高齢化社会のアクセシビリティにおいて世界に良い例を示すことを期待しています。


【参考資料】

・国会図書館 「EUのアクセシビリティ指令」
https://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_11643920_po_02870002.pdf?contentNo=1

・『いくお~る』聴覚障害に関する情報ブログ【講演会】「欧州アクセシビリティ法(European Accessibility ACT)メモ」
https://ameblo.jp/bcs33/entry-12842559549.html

・László Gábor Lovászy(2021)“What if: Human Rights vs Science – or Both?: An Unusual Argument from a Disability Perspective”(英文。ラースロー・ロヴァーシ(2021年)「もしも:人権か科学か、あるいはその両方か?障害の視点からの異例の議論」スプリングラー著『デジタルヒューマンモデリングと健康・安全・人間工学・リスクマネジメントへの応用』第17巻(LNCS 12778, ISBN: 978-3-030-77819-4)

i なお建築物アクセシビリティについては、近年、「建築環境のアクセシビリティとユーザビリティ(EN 17210:2021)の機能的要件が欧州委員会や欧州障害フォーラム(EDF)など広範な関係者の協力のもとで策定されています。

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