自立生活センターSTEPえどがわ
市川裕美(いちかわひろみ)
NPO法人支援技術開発機構
北村弥生(きたむらやよい)
自立生活センターSTEPえどがわ(以下、STEPえどがわ)は、「どんな重度な障害があっても地域で当たり前に暮らせる社会の実現」を目指し障害当事者が中心となって運営するNPO団体です。平成14年に東京都江戸川区に設立、翌年から介護事業を開始し、現在約50名の利用者の支援を行っています。利用者の内訳は身体障害が約9割、障害程度区分は4~6で、約半数が独居、ADLのほとんどに介護が必要な者も多数いるため、利用者にとって介護は重要なライフラインの1つとなっています。
江戸川区は、荒川・江戸川・東京湾に囲まれ7割が海抜ゼロメートル地帯のため河川の氾濫、高潮発生時には1~2週間の浸水が予測されており、区が作成した水害ハザードマップの表紙には「ここにいてはダメです」と広域避難を推奨しています。
STEPえどがわでは、令和元年5月の上記ハザードマップ発刊を機に水害時の避難について考え始めました。利用者は慣れた介助者と一緒に避難しなければ、避難先での生活は困難ですが、1~2週間の避難生活は介助者にとっては相当な心身への負担となると想像されます。例えば、慣れない環境での日常とは違う介助方法、交代がいないために休みが取れないこと、介助者も被災者でありながら家族と別々の場所に避難することなどが考えられます。その解決手段として、利用者、介助者、それぞれの家族も一緒に集団で避難することを考えました。
集団広域避難について考え始めて間もなく、同年10月に大型の台風19号が迫って来ました。発生は6日(日)。翌日には注意喚起の報道が始まりました。3日後の9日(水)には気象庁緊急記者会見が開かれ「命を守る行動を」「東京湾近郊の低い土地では、自治体の発表を待たずして早めの避難を検討したほうがいいかもしれない」と発表がありました。一方、江東5区(江戸川区・江東区・墨田区・足立区・葛飾区)では大規模水害の恐れがある場合3日前から共同検討を開始し避難を呼びかけることになっていますが、台風上陸予想の3日前である9日にも呼びかけはありませんでした。気象庁からの推奨と区からの呼びかけがないことの間で悩みましたが、「無駄に終わればそれはそれでよし」と思い、10日(木)午前から集団広域避難に向けて動き始めました。
まず、利用者に電話で意向確認をしましたが、楽観視している人が多く、「避難したい」という声はほとんど出てきませんでした。それでも、事業所独自に決めた「STEP緊急事態宣言」というBCPの規定で、「宣言発令中は介助者の安全確保を優先し介助者の移動を中止すること」としているため、必ず介助が必要な者、独居者、1階に居住する者に避難を促しました。同時に避難先の確保をするためにホテルのバリアフリールームや障害者の宿泊施設などに電話で問い合わせました。しかし、台風が上陸する見込みの12日(土)は3連休の初日で予約は取れませんでした。さらに他自治体の障害者関係の公的施設の会議室を借りられないか相談してみても「居住自治体から避難自治体に要請を上げてもらわなければ難しい」との回答で避難先の確保はできませんでした。結局、事業所所有のマンション6階の部屋(自立生活用)と、埼玉県の親族の家に避難するスタッフの部屋(マンション5階)を借りて、避難を希望した3名は介助者5名と垂直避難しました。人工呼吸器装着のALS患者では入院した者もいました。11日(金)14時頃、公共交通機関の計画運休時間を確認の上、運休開始2時間前の12日12時から24時間(仮)の緊急事態宣言を発令しました。
12日朝から垂直避難する者を車で迎えに行く最中、9時45分に江戸川区から河川氾濫の恐れで一部地域に避難勧告が発令されました。すでに、強い雨が降り出し、避難所への車椅子の移動はかなり厳しい状況でした。そのため、自家用車で避難所に2名が避難したものの、利用者のほとんどは自宅に残らざるを得ませんでした。午後には雨と共に風も強まり「介助者が来なくていいので避難しない」という選択をしてしまった利用者はただただ不安な一夜を過ごしました。
自治体の避難所では、狭いスペースに多くの人が集まり、横になることもトイレに行くことも困難なため、雨がやみ暴風も落ち着いた深夜には2人とも帰宅しました。一方、氾濫の恐れのあった荒川の水位は上昇し続け、13日(日)の朝6時過ぎに最高水位、氾濫危険水位まであと70センチまで迫りました。なんとか氾濫を免れたのは幾つもの幸いが重なったおかげでした。
介助者の危険を回避するためとはいえ訪問を中止したことで、利用者に怖い不便な思いをさせてしまった経験から、台風が上陸する前に安全な広域へ集団で避難することが必要だという思いが一層強くなりました。
台風19号の経験をもとに同年12月、防災担当のスタッフとその家族(車椅子ユーザー4名、支援者・家族8名の計12名)で、車椅子ユーザーが利用したことのある山梨県清里のバリアフリー・ペンションへの避難を試みました。6名が事務所の車(リフト付き)、6名が公共交通機関(特急あずさ)に分かれ、台風19号のタイムラインに沿って、台風発生(上陸予想日の1週間前)から参加者に警戒の発信を開始し、上陸の2日前に移動を開始しました。試行では、避難する決断、避難先の確保、活動スケジュール調整は不要ですが、台風襲来の予報を得てから5日程度の間に避難を決断して移動準備をすることは容易ではないと予想します。また、特急あずさは1時間に1本の運行で、車椅子用のスペースは車椅子トイレに近い車両のみ2台分で、それも通路の幅を確保するために、車椅子に乗ったままで乗車できるのは1人に限られることがわかりました。さらに、乗車前日に車椅子席のチケット予約を電話したところ、確保できるまでに数時間待たされました。当日も、発券のために窓口に並ばなければなりませんでした。避難先が確保できても交通機関によっては集団で移動できない可能性があることもわかりました。
避難期間を最大浸水予測の2週間と想定して荷物を準備しました。備品がわかっているバリアフリー・ペンションなので寝具や福祉用具は持参不要で、衣類や生活用品などは現地調達も可能と考えると、本人が必要とする最低限の荷物量で収まりました。避難先では快適な環境で温かくおいしい食事を摂り、皆で旅行をするくらいの気持ちで過ごすことができました。
これらの経験から、安心な避難先があり、早期に決断し行動に移せるのであれば、広域避難は命を守る最良の手段であると実感しました。9月号では、この後に事業所として行った自主広域避難訓練をご紹介します。
編者注)東京都は「広域避難支援ガイドライン(令和4年)」を作成し、代々木オリンピック記念青少年センターはじめ戸山サンライズ等の公共施設と避難先の協定を締結準備中である。