実現・当事者目線の支援機器-家族等がいなくても重症心身障害児者の想いを解釈・代弁する会話補助装置「以心伝心」

「新ノーマライゼーション」2024年6月号

志エンボディ合同会社 CEO
苅田知則(かりたとものり)

はじめに

「以心伝心」は、家族・支援者の代わりに、重度の運動障害と知的障害等が重複する重症心身障害のある方(以下、重心児者)の想い(欲求や意図)を読み取って代弁する音声出力型会話補助装置(Voice Output Communication Aid, VOCA)です。

開発のきっかけ・意義

厚生労働省によると、日本には重心児者が約4.3万人いると推計されています。重心児者は、運動機能や知的・認知機能に重度の障害があり、自らの欲求や意図を言葉で伝えたり実行したりすることが難しい状況にあります。そのため、日常生活は、常に支援者(家族、福祉施設・特別支援学校の教職員等)の看護や介護に支えられています。

支援者は、重心児者と関わる経験の蓄積から、重心児者の表情や情動的行動・反応、生活文脈(場所・時間等)等の情報から、重心児者の想いを解釈し代行します。具体的には、支援者は、1.重心児者のいる地点(場所等)→2.現在時刻→3.温湿度等の環境情報等、生活文脈の情報を確認し、その生活文脈と重心児者固有の身体動作等を参考に「この文脈ではこう訴えたいのだろう」と推測し、本人に確認しながら代行しています。重心児者の日常や背景を知らない第三者には推測すらできません。しかし、日常生活の欲求を伝達するために必要な語彙は1,500語程度といわれており、前述の過程により2~5語程度の候補に絞り込まれます。そのため、ご家族・支援者であれば解釈の正答率は飛躍的に高まります。

一例を示してみましょう。放課後等デイサービス事業所を利用しているAさん。スタッフが他の利用者に話しかけると、Aさんがベッド上で随意性が残る右足を屈曲・伸展させ、音を響かせます。時計を見ると11時40分でした。スタッフは、Aさんが昼食の時間だと訴えていると解釈し「Aさん、お昼になったね。お腹減ったね。昼食にしようね」と伝えると、Aさんは音を出さなくなりました。

一方、発話が困難な方のコミュニケーションを支援する支援機器としてVOCAが広く用いられていますが、ユーザーがメッセージ画面を自分で判断して切り替える必要があり、重心児者には操作が困難です(図1)。そこで、前述した支援者が行う解釈・代行の過程を自動化することで、重心児者のコミュニケーションを支援できるのではないかと考えました。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で図1はウェブには掲載しておりません。

開発の経緯および苦労した点

開発の基盤となる技術は、プロジェクトリーダーの苅田が、本務先である愛媛大学において発明し出願した特許(特許6315744:意思伝達装置)を用いています。この基盤技術は、ICT端末のGPS機能・時計機能から情報を抽出し、ユーザーが発話したい場面を特定し、その場面で使用するメッセージの一覧を自動で表示します。今回開発している「以心伝心」においては、さらに、重心児者が随意的に表現する身体動作により、一覧の中から特定のメッセージを特定する方式を採用しました。過去には、動作解析機能付きカメラを用いる方法を模索したこともありましたが、姿勢・体位の変化に柔軟に対応できない等の課題が浮上しました。その問題を解決する上で、動作解析の手法を、手話を解析・翻訳するシステムの一部として用いられていた動作解析センサ「BrightSignグローブ」に変更しました(図2)。この変更により、姿勢・体位が変化した場合にも、重心児者の身体動作を感知し、メッセージを特定できるようになりました。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で図2はウェブには掲載しておりません。

ただ、特定のセンサにのみ依拠した方式では、センサが販売終了になれば提供できなくなってしまいます。そこで、他の動作解析センサについても利用可能性を検証し、他社のBluetooth型動作解析センサや、空中マウス、スマートウォッチ(Apple Watch)等も、動作解析センサとして用いることができるように開発を進めました。さらに、スマートフォン(iPhone)に標準搭載されたカメラを用いて、ユーザーの身体動作(顔・肩・腕・指の動き)を解析し、メッセージを特定する方式も追加で開発しました。

「以心伝心」の機能、現在の開発状況

「以心伝心」を使う準備として、1.重心児者の想いを解釈・代行できるご家族や支援者が、重心児者の生活文脈に沿って、重心児者が表現したい想い(メッセージ)と、その想いを表現する際の身体動作、よく表現する場面(場所・時間)を特定します。次に、2.「以心伝心」の設定画面において、重心児者が想いを表現したい場所をインターネット上の地図(Googleマップ等)で地点登録し、時間も設定します。その上で、3.重心児者の想いを表現する身体動作と、ご家族・支援者が代わりに言語化した録音メッセージを登録しておきます。

ユーザーとなる重心児者が、ICT端末を携え、ご家族や支援者が事前に登録した場所に来ると、4.GPS機能・時計機能が場面の変化(場所と時間)を感知して、その場面に事前登録されたメッセージの一覧が自動で表示されます。その場面で、5.重心児者が日常的に想いを伝える際に用いる身体動作を行うと、動作解析センサ等が感知し、一覧の中から対応するメッセージを特定します。最後に、6.特定されたメッセージ(録音された音声)が再生されて、重心児者の想いが他者に伝わります。

一連の流れについては、図3をご参照ください。現在、1から6までの流れは実装できており、完成度を高めたり動作解析の幅を広げたりする開発を続けています。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で図3はウェブには掲載しておりません。

対象ユーザー

「以心伝心」の対象ユーザーは、第一に重心児者です。重心児者以外にも、自らの発声発語や身体動作(ジェスチャー等)によって想いを表現することが難しい方も対象ユーザーとして想定しています。例えば、重度の全身性運動障害がある人、重度の知的障害がある人等が含まれます。

モニター調査等におけるユーザーの評価

理解啓発・販売促進活動として、国際福祉機器展(HCR)やニーズシーズマッチング交流会等において展示を行うとともに、モニター調査等も行いました。重心児者の支援者等から、機能性やアクセシビリティ、満足度と使用感等に関して高い評価を得ました。さらに、重心児者からの反応が返ってくるので、ご家族を含む支援者からは、安心して関わることができるようになった等のコメントもいただきました。

今後の展開

2024年度から、一部の機能(動作解析センサを用いる機能)を制限した「以心伝心」をWebアプリ(「以心伝心」レギュラー、ライト)として市販化していますが、2025年度にはすべての機能を搭載したフル版の販売を開始する計画です。これらの製品群を通して、障害のある方が地域の宝になるような社会の実現に寄与したいと願っています。

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