徳島県立近代美術館 課長(学芸交流担当)
竹内利夫(たけうちとしお)
みなさんは美術館や博物館などのミュージアムを観覧するのはお好きですか。展示の内容に興味があっても、静かに観覧するマナーがあるため小さなお子さん連れで見ることを我慢しなければならなかったり、暗い展示室で小さな文字が読めなくて苦労したりといった経験はないでしょうか。徳島県立近代美術館では、「誰もが楽しめる美術館」を合言葉にユニバーサルミュージアム事業に力を入れています。みんなにやさしいデザインを設計の段階から取り入れていく、ユニバーサルデザインの考え方にならって、美術館を少しでもバリアのない環境へと改善することを目指しています。2011年にスタートして以来、活動は13年目に入ります。
その大きな推進力となってきたのがアートイベントサポーターの存在です。やってみたいことを、できる範囲で参加できるボランティアの仕組みで、アートに関心のある人、人との交流に関心のある人、視覚や聴覚などに障がいのある人、さまざまな人が美術館スタッフと共同でイベントを運営したり、観覧の手助けとなるツールを作成したり、思い思いの立場で参加しています。メンバーは現在31名まで増えてきました。
このサポーターとの共同と並行して2018年から継続して開催しているのが、ユニバーサル美術館展と名付けた展覧会シリーズです。視覚障がいや聴覚障がいなど毎年テーマを設定し、障がいの有無に関係なく楽しめる展示を目指して、解説パネルや観覧方法などを提案します。その展覧会の看板イベントとなっている「あの手この手で交流トーク」は、見えない人がリーダー役をつとめる鑑賞プログラムや、聞こえない人がファシリテーターをつとめる「筆談トーク」など、サポーターと参加者が障がいの垣根をこえて交流しながら鑑賞を深めるものです。見えない人との対話に役立てる「触察図」などのグッズも手づくりで企画、製作します。このような、障がい当事者、サポーター、美術館スタッフが共同でつくる試みを継続してきた当館の特徴的な活動に対し、2023年3月「第16回国土交通省バリアフリー化推進功労者大臣表彰」を受けました。選定理由として「一緒につくる」ことを高く評価していただけたことに大いに励まされました。
みんなの力を集め、障がいをもつ人の我慢や願いをアイデアの源とする活動は、いわば仮説を検証していく試みの場であり、本来的な意味でのユニバーサルデザインに及ぶものではありません。障がいを含めさまざまなニーズを掘り下げていくには研究不足の面も多々あります。それでもこの取り組みの根底には揺るがぬ思いがあります。それはすべての人に鑑賞の楽しさを届けたいという願いです。
当館は1990年に開館した、都道府県立美術館の中では比較的後発の館です。開館当初より「人間像」を収集のテーマとし近代・現代美術に親しんでもらうことに力を入れてきました。2002年には学校教育との連携事業を開始し、学校の先生や教育関係者とともに鑑賞教育の研究実践を蓄積していきます。その歩みの中で、保育所の未就学児たちと美術館を結ぶ「アートの日」や、留学生など海外にルーツをもつ人の日本語教育の授業との協働など、経験と人脈が広がり、その土台の上に当館のユニバーサルミュージアム事業は立脚しています。そこで一貫して大切にされてきたのは、誰もが「自分らしく鑑賞を楽しむ」こと。美術鑑賞は自分の感覚や価値観が大いに活用され、また尊重されるべき世界です。障がいの有無や文化の違いにかかわらず、自分なりにアートと向き合う場であることは、「美術館の使命」といっても過言ではありません。ユニバーサルミュージアムの取り組みは、その使命を再確認する場となってきたように思います。
最初は学芸員のトークを手話通訳を介して伝えたり、見えない人のために絵画や彫刻のシルエットや構図を示す「触察図」を作ったりして、いかに情報保障ができるかという課題に取り組んでいきました。けれども交流型の鑑賞プログラムが増えるにつれ、決まった答えを一方的に翻訳すればよいわけではなく、むしろ何を分かり合い、共有したいのか、一緒に美術鑑賞を楽しむためにどんな環境が望ましいのか、そうしたことをみんなで考えるように変化してきました。
例えば「聞こえない鑑賞案内人」を自称するサポーターの小笠原新也さんが提案した筆談トークは、美術作品の前で、作品を見て考えたことを交流する手段として筆談による寄せ書きを行うものです。話すのが苦手な人や、書くのが苦手な人もゆっくり参加することができたり、あるいは目が見えない人も流れては消えていく声だけの対話にはない思索の時間に加わることができたりと、さまざまな楽しさがふくらみ成長しています。それ自体がアート活動として魅力的なプログラムです。
見えない人と絵について対話する手がかりになる「触察図」も、最初は主に輪郭や色をどのように翻訳できるかを考えて製作していました。しかし見える人と見えない人が一緒に美術鑑賞をする奥深さを楽しむにつれ、共に見たい、共に考えたいと思う事柄から発想してつくる例も増えています。
サポーターとの共同による活動は、ユニバーサルデザインの正解を追及するというより、みんなが一緒にアート活動を楽しむ事例を積み重ねる方法で、美術館の当たり前を確かに変えてきました。
この事業を通じて私たちは、共生の方法をひとつひとつ学んでいると思っています。他人と感じ方や表し方を尊重し合うことは、楽しいばかりではないかもしれません。むしろ気兼ねが必要となる場面もあるでしょう。でもそうやってお互いが大事にされていると安心しながら、感じたままを打ち明け合える場はかけがえのないものです。私たちが何を話しても絵が変わるわけではないのに、心の中で絵が動き出す。それは目の見えない参加者の心の中も同じなのではないかと思います。
誰もが自分らしくいられることを目指すユニバーサルでありたいと思います。むしろそれこそが、障がいに関係なく美術館の楽しみ方の一番大事なことではないでしょうか。当館の事業が「ユニバーサル」を名乗る理由もそこにあります。今後、すそ野をもっと広げることができればと思います。10年続けてきて輪の大きさでいえばまだまだ。でもサポーターの顔ぶれや催しのたびに出会う人の顔ぶれは確実に広がっています。
「誰もが楽しめる」ことが目標と言いました。その「誰も」とは、顔の見えないどこかの誰かではなく、障がい者をひとくくりにまとめた「みんな」でもない。ひとりひとりの「わたし」のためのユニバーサルを一緒につくっているのが徳島流なのだろうと考えています。