弁護士
林陽子(はやしようこ)
国連の統計では、世界の人口約80億人のうち約15%は障害をもっているとされ、その数は10億人を超え、そしてその過半数は女性である。
日本の女性運動と障害者運動には、国連の人権活動に刺激され、国際的な潮流と連動する形で進展してきたという共通点がある。国際的な「宣言」文書(「女性差別撤廃宣言」(1967年)・「障害者の権利宣言」(1975年))の採択に始まり、国際女性年(1975年)・国際障害者年(1981年)を経て、国連女性のための10年(1976-1985年)、国連障害者のための10年(1983-1992年)が続き、女性差別撤廃条約(1979年)、障害者の権利条約(2006年)の採択へと結実していった。
このような歴史の相関性があるにもかかわらず、障害に関する国内外の法律や政策において、長い間、障害のある女性に関する問題は無視されてきた。同様に、女性に関する法律や政策も、障害を視野に入れておらず、この不可視性が障害のある女性への複合的な差別的状況を恒常化してきた。
ここで複合的な差別とは、ある人が2つないしそれ以上の理由に基づく差別を経験し、その結果、複雑化あるいは増幅した差別が引き起こされる状態を指す。
1990年代は、ウィーン世界人権会議(1993年)、カイロ人口開発会議(1994年)、北京女性会議(1995年)などを経て、「女性の権利は人権」(Women’s Rights are Human Rights)を合言葉に、女性に対する暴力、リプロダクティブ・ヘルス・ライツが女性の人権課題として浮上した時代であった。そして21世紀に入り、障害者の権利条約に障害をもった女性が受ける複合的な差別についての規定(6条)が盛り込まれたことにより、女性と障害者というふたつの権利運動の相互間で本格的な対話が始まった。
障害者の権利委員会は2016年に複合差別に関する条約解釈のガイドラインである一般勧告3号を採択した1。この文書は、冒頭で、障害のある女性の人権擁護に関する主要な課題は、「暴力」「性と生殖に関する健康と権利(SRHR)」「差別」の3つである、と述べている。一般勧告はさらに、障害のある女性に対する差別が蔓延していること、性的暴力と虐待を含む根強い暴力が社会にはびこっていること、強制不妊手術、女性性器切除などのリプロヘルスの侵害、障害のある女性は公的政治的な活動に十分に参加できないこと、障害政策にジェンダー視点が欠如していることなどを挙げ、締約国が報告書にこれらの課題を記載することを求めている。いずれも日本の障害をもつ女性の現状を考える際に重要な課題である。
日本における女性の権利の状況は、国際的な指標の比較において非常に見劣りのするものである。世界経済フォーラムによるグローバル・ジェンダー・ギャップ指数2によれば、日本の2024年度の順位は146か国中118位であり、言うまでもなくG7では最低である。その原因がどこにあるのかを掘り下げることは本稿の主題ではないが、日本政府の女性政策が少子化対策と経済面での「女性活躍」政策に特化しており、包括的な人権のための枠組み(救済機関を含む)を持っていないことが大きく関係している。女性政策が「産む性」としての女性を過度に強調し、同時に労働市場に参画して労働力不足を補う役割を期待していることは、障害のある女性にとってさらなる困難を強いられている状況であると考えられる。
日本は1985年に女性差別撤廃条約を批准し、ジェンダー平等政策を進めるために男女共同参画社会基本法(以下「基本法」という)(1999年)を制定した。基本法は第1条の「目的」に「男女の人権の尊重」を掲げ、「男女共同参画社会の形成は(中略)、男女の人権が尊重されることを旨として、行わなければならない」(第3条)という、極めて性中立的な規定を置いた。男性・女性・その他のジェンダーのいずれかがより社会的に弱い立場にあり、不利益を受けやすく、だからこそ多様な支援を必要としている、という考察を放棄したものに等しい。したがって基本法に基づいて約5年ごとに策定される男女共同参画基本計画も、その視点は「男女の人権」であり、女性の人権を強化するという政策は皆無ではないが、非常に乏しいものとなっている。第5次男女共同参画基本計画は、第6分野「多様性を尊重する環境整備」の中で障害者の問題を扱っているが、成果目標に掲げているのは障害者の実雇用率のみであり、性別の統計もない。
日本は女性差別撤廃委員会(CEDAW)においてこれまで5回の報告書審査(建設的対話と呼ばれる)を経験し、2024年10月には8年ぶりの審査が予定されている。CEDAWから出される勧告(総括所見と呼ばれる)は、21世紀に入った頃から、複合差別の被害者の支援、権利回復を重視するようになっており、日本に対する勧告も例外ではない。前回2016年の総括所見3でも、障害をもつ女性をはじめとするマイノリティ女性の政治的意思の決定への参画が強く求められている。
男女共同参画の主流政策が前述したようなものである以上、障害者政策におけるジェンダー視点も極めて弱いものなっているのも事の必然であると言わざるを得ない。2011年の障害者基本法改正に際して複合差別の条項を基本法の中に盛り込もうという試みが女性の障害者を中心に取り組まれたが、実現には至らなかった4。2022年の障害者権利委員会による初めての日本への総括所見5も、日本の障害者基本計画にはジェンダーの視点がない、という指摘をしている。第5次障害者基本計画(2023年-2027年)には「障害のある女性、こども及び高齢者に配慮した取組の推進」という項目があるが、障害のある女性については国の審議会委員への選任について触れられている程度であり、障害者の権利委員会の一般勧告3号が指摘するような暴力、リプロヘルス、差別禁止法などについて踏み込んだ記載はない。
内閣府の障害者政策委員会では今後、基本計画の2023年度の実施状況のフォローアップがなされるが、障害者の権利委員会の総括所見が活かされることを期待している。特に、障害者差別解消法の部分的な改正で終わらせず、国連人権高等弁務官事務所が推奨する包括的反差別法6を日本でも制定し、内閣府の障害者政策委員会とは別に、独立した国内人権機関が設立され、障害者の人権問題について政策の立案・助言・監視と、差別からの当事者の救済がなされるべきであると考える。
1 国連文書番号 CRPD/C/GC/3. 和訳は障害保健福祉研究情報システムのHPを参照。
2 政治、経済、教育、健康の4分野における男女格差を指標化している。The World Economic Forum(weforum.org)
3 国連文書番号 CEDAW/C/JPN/CO/8
4 勝又幸子「障害者基本法改正と女性障害者」ノーマライゼーション2012年3月号
5 国連文書番号 CRPD/C/JPN/CO/1
6 国連人権高等弁務官事務所は2022年12月に包括的反差別法に関する実践ガイドを公表した。国連文書番号 HR/PUB/22/6. 日本語訳は反差別国際運動のホームページを参照。https://imadr.net