DPI女性障害者ネットワーク
臼井久実子(うすいくみこ)
DPI女性障害者ネットワークは、障害のある女性および女性(自認を含む)を構成員とする、国内のネットーワーク団体です。1986年に発足し、障害のある女性のエンパワメント、優生保護法の「不良な子孫の出生防止」条項の削除に力を注ぎました。2007年からは月例会を開き、複合差別を可視化する調査や政策提言を重ねています。個人として尊重され人権が守られる社会の実現をめざし、国連障害者権利条約、女性差別撤廃条約が国内で実施されるよう、さまざまな女性の活動とも協力関係をもっています。
アンケート調査を2011年に行い、翌年「障害のある女性の生活の困難―人生の中で出会う複合的な生きにくさとは―複合差別実態調査報告書」を発行しました。前例のない調査であり、回答者実数87名のうち35%が「生きにくさ」の質問に対して「性的被害」をあげたことは、特に衝撃をもって受け止められました。その後も、障害があり女性であるゆえに被っている暴力の実態を明らかにすること、安全に相談や避難ができ支援を受けられる法制度を含む環境づくりを求めてきました。DV防止法は障害のある人を含める法改正が2004年に成立しましたが、相談件数には障害のある人の集計がなかったため、集計を要望し、2012年分から集計が公表されるようになりました。
災害や緊急事態と障害女性について、東北関東大震災後まもなく、「あなたのまわりにこんな方がいたら」を作成配布しました。2020年に、新型コロナウイルス感染拡大下の障害女性の経験と声をアンケートからまとめ、政府に要望書を出しました。コロナ禍の影響で対面会議を開けなくなり、オンライン会議の経験がなかった人をはじめとして不安なく会議に参加できるように、オンライン会議お試し会を集中的に開催しました。
国際的な動きにも参画してきました。2023年にはW71サミット関連の場で発言を続け、「国連ビジネスと人権の作業部会」ステートメントに「重なり合う差別」という文言が加えられました。同年にタイで初めて開かれたアジア太平洋障害女性大会に代表者を含む複数名が出席しました。国連からの総括所見に、日本の障害のある女性の実態と課題が反映されるよう、審査期間中に複数名を介助者や通訳者と共に派遣して各委員会にアプローチしてきています。
女性差別撤廃委員会からの総括所見(2016年)は、優生保護法で不妊を強制された人等の調査と救済を日本に勧告し、その後の被害者の提訴などにつながりました。メンバーは各地の優生保護法被害訴訟の原告を支援し、現在は最高裁大法廷での勝訴をめざし、優生思想がない社会を共通の目標に取り組んでいます。障害者権利条約の委員会は、総括所見(2022年)で女性に対する暴力や保健サービスの実態、統計の不備等に懸念を示し、法律で複合差別を禁止すること、ジェンダーの視点を主流化すること、障害のある女性の参画に取り組むことを勧告しています。
これらの総括所見、勧告を活用しながら、今秋に日本審査が行われる女性差別撤廃委員会にむけて派遣を計画しています。
障害者権利条約は、障害の有無で分け隔てず、誰でも、いつでも、どこでも、差別なく共に生活できる社会にむけた取り組みを、締約国に求めています。分離ゆえに、障害のある人は性などの違いにかかわらず、「障害者」と一括りにされてきました。分離からの転換は、障害のある女性が一人の女性として尊厳をもって生きる上で、どうしても必要です。
女性に対する暴力について相談員を養成する研修講座で毎年、複数名で講師を務めています。大学の講座から、また、ゼミからフィールドワークに協力のご依頼をいただくことも増えています。こうしたところで障害のある女性が講師となり、多くの人の経験や声を含めて伝える意義は、双方にとって大きなものがあります。座学だけでなく共に街を歩くなどのフィールドワークは、障害のある人が社会でおかれている状況、障害のある女性が被っている複合差別を、体験を通してつかむ機会になっています。
「障害のある女性の困難~複合差別実態調査とその後10年の活動から」と題する、新たな報告書を2023年に発行しました。一般市民、とくに福祉・医療・保健・防災・行政・研究や報道に携わる人、そして障害女性当事者にむけて編集したもので、2011年の調査報告を再録して頒布しています。
この発行報告を兼ねた連続講座を、今年、各地で開催中です。熊本では「障害のある女性たちの困難 『複合差別』って何?」をテーマに、被災地益城町で女性や子どもの居場所を運営する女性を迎えました。京都では「私たちが性暴力被害者への支援にもとめていることって」と題して、ウィメンズカウンセリングに携わってきた講師にお話しいただきました。講師の女性は、障害のある女性と出会うまでは、「男女共同参画」と「障害者」が別々のものだったと話されました。現在、京都では障害のある女性2名が、女性に対する暴力にかかわる相談員をつとめています。札幌の講座は「私たちが声をあげるとき」というタイトルで、異性介助の問題をはじめ、“しかたがない”とされてきたことに焦点をあてて開催しました。いずれも、地域の障害者団体と共催し、例えば20歳代の障害のある女子学生や、複合差別を初めて知る人との出会いがあり、関心を広げています。次回は9月1日に名古屋で、そして11月16日に東京で開催します。
また、メンバーが複数参画した調査を元に、「障害があり女性であること―生活史からみる生きづらさ」(土屋葉編著、現代書館)が2023年に発行され、すでに重版しています。
複合差別の可視化と複合差別解消のための政策が、障害者差別をなくす取り組みと性の違いに基づく差別をなくす取り組みの、両方において必要です。
障害者政策においては、障害女性の参画確保と課題の主流化、ジェンダー視点の浸透を進めるために、障害者基本法、障害者差別解消法などの法律に複合差別の解消の明記を求めています。また、男女平等、男女共同参画という時に、現状は、障害のある女性がきちんと視野に入れられていません。国や自治体の審議会や検討会に、障害のある女性の参画を確保することが、すべての政策の基本です。
複合差別を解消する官民の取り組みは、大きなパワーを要します。それは、複合差別がないものとされて、長年放置されてきた結果といえます。誰にとっても、スタートラインは、困難が複合差別ゆえだと気づくことです。気づきが広がるよう、法や政策を変え有効な取り組みにつながるよう、障害のある女性のエンパワメントを土台に、微力を出し合って活動してきました。読者のかたがその一人に加わってくださることを、心から願います。
1 「W7」は、女性団体や市民組織が「G7サミット」にあわせて開催。女性やジェンダー平等をめぐる課題を議論し、G7が課題に取り組むよう政策提言した。