実現・当事者目線の支援機器-国産初の5指独立駆動型筋電義手「BITハンド」

「新ノーマライゼーション」2024年8月号

株式会社Mu-BORG
矢吹佳子(やぶきよしこ)
山野井佑介(やまのいゆうすけ)
黒田勇幹(くろだゆうき)
井上祐希(いのうえゆうき)
白殿春(バイディアンチュン)
横井浩史(よこいひろし)

1. 開発の経緯

「5本指のおててがほしい」。これは生まれつき手指が無い状態で生まれたお子さんの願いです。大人が病気や事故で思いがけなく手指を失うことになった時、取り戻したいと思い想像するものは、これまでと同じような外観で自由に動かせる状態の手指でしょう。

筋電義手は、人が筋肉を動かそうとする時に発生する微弱な電気信号(筋電位)を、皮膚の表面に付けた筋電センサから取得して手先具を動かす、機能性の高い電動義手です。5本の指を備えており、それらの方々の希望を叶える可能性がありますが、日本では、公的支援の制度が十分でないことなどが理由で、筋電義手の使用者は、義手を使用する人のわずか2%といわれています。

BIT(ビーアイティー)ハンドは、3つの筋電センサから取得した筋電位の情報を使って、握る、開く、3指つまみ、チョキなど、最大8種類の動作の識別が可能な5指駆動型の筋電義手として、2022年4月、厚生労働省の補装具完成用部品に指定されました。この義手の構成要素の多くには、25年にわたる独自の研究の成果が反映されています。

2. 特徴

○個性適応型制御ソフトウエアの搭載

義手を動作させる仕組みに機械学習を取り入れたソフトウエアの技術は、1999年に特許を取得した技術がもとになっています。3チャンネルから計測した筋電信号の特徴を学習し、そのパターンごとに、グー(握る)、パー(開く)など、予めプログラムしておいた義手の動作を割り当てます。そのため操作者は、1種類目とは違う筋電信号が出るような力の入れ方をして異なるパターンの筋電が出力できるようにするだけでよく、電動義手(機械)のほうが、「これはグーの信号だな」「これはパーの信号だな」とその特徴を識別して電動ハンドを動作させ義手が動くのです。これは、使用者のほうが機械の操作方法を習得して義手を動かす従来の方法と異なります。

また、ソフトウエアは、ある使用者ひとりの筋電の特徴を学習するのではなく、使用しようとする誰かのその時の筋電の特徴を学習することから、「個性適応型学習制御」と呼んでおり、これが搭載された筋電義手であることがBITハンドの特徴です。ひとりの使用者がひとつの義手の操作方法を習得して義手を動かす従来型の筋電義手は、握り開きを思い通りに操作ができるまでの訓練に2か月くらい必要ですが、個性適応型筋電義手は、誰でも1~2分で義手の握り開きを行うことができるようになります。現在では、グー・パーなどの簡単な動作を教えるだけで、自動的に筋電信号の特性に持続的に追従(教師無し学習)するような方法の特許を取得し、プログラムを進化させています。

○軽量

BITハンドの次の特徴は、軽量であることです。ある使用者の方のBITハンドの重さは、 660g(ソケット含む)でした。同じ方がお使いの外国製の多自由度筋電義手の重さを計らせてもらったところ、1,160g(同)でした。BITハンドが、外国製の筋電義手と比べて半分近く軽量であることが分かります。この理由として、海外では、負傷した軍人が戦争に戻ることを目的に義手が製造されるため、把持力が高いことや頑丈であることが求められますが、日本においては、義手は日常生活に使用することを目的とされるため、屈強であることよりも軽量で操作しやすいことのほうが必要であると考え、BITハンドは軽量化に注力して製作されました。この義手の使用対象者は前腕欠損の方ですが、前腕欠損の方は、残存した前腕部位と肘のみで義手を装着し手先具の重量を支えなければなりませんので、義手は軽量なほど使用者への負担が少ないのです。

○筋電電極

筋電センサの電極(筋電電極)にも特徴があります。筋電電極には、皮膚との密着度を高く保ちノイズの低減を図ることが可能な湿式電極を用いていましたが、湿式電極は使い捨てであり、設置の煩わしさとコストの面で課題がありました。そこで、カーボンとシリコーンを混合したハイブリッド電極を開発し、BITハンドの筋電センサモジュールに搭載しました。長く使用できる乾式電極のメリットと、皮膚への密着性の高いシリコーンの効果で、筋電の計測精度が高まりました。

3. 開発にあたり苦労した点

5指駆動型の筋電義手の開発に取り組み始めたのは、1998年頃のことです。その当時製作した電動手先具も5指独立駆動型でしたが、指と手首の曲げ伸ばし・前後屈・回内外は、15本のワイヤーにそれぞれモータを取り付け、安定化電源から電圧を供給しワイヤー牽引駆動で行っていました。筋電義手の重量は1.2Kgを超え、義手の制御を行うソフトウエアは、処理能力の点でノートパソコンを使用しました。被験者がすべてのシステムを残存肢に装着して義手を動作させることは不可能で、モータ部分を腰に巻き、安定化電源とノートパソコンは有線ケーブルが届く範囲に置くしかありませんでした。

筋電義手の仕組みは、現在も進化を続けており、構成要素の一つ一つを強度向上とともに小型軽量化するよう研究を進めてきました。BITハンドは、これらの研究の集大成です。

4. お客様の声

筋電義手を使われたことのある方がBITハンドを装着し最初に発せられることばは、「軽っ!」。そして、筋電義手がほんの1~2分の学習後に電動ハンドがグーやパーの形を示した時には、たいてい歓声が上がります。

しかし、個性適応型制御は、学習する動作数を増やすごとに筋電位が混じりやすくなるため、そこから先は、練習が必要です。BITハンドのモニターのWさんは、現在、4動作を学習させた後、目的の動作だけを抽出できる切替制御スイッチを使って練習されています。

5. 今後の展開

BITハンドは、公的支給の対象補装具の一つとして完成用部品にラインナップされましたが、多機能な筋電義手は高額であるため、本人の希望どおり申請が認められるのは、現状、労災保険での支給の場合がほとんどです。しかし、先天的な理由や後天的な事情で手指を必要とする時、その手に動かせる5本指が備わっており、それらの指が独立して動くことは、日常生活をスムーズに送る上で欠かせない機能であり当然の思いです。今後は、労災を原因とする方以外の方々にも筋電義手が手に届くことを目指して、さらなる小型化や低価格化を進めていく所存です。現在、幼児・小児用の5指独立駆動型の筋電義手の開発を進めています。

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