自立生活センターSTEPえどがわ
市川裕美(いちかわひろみ)
NPO法人支援技術開発機構
北村弥生(きたむらやよい)
本誌5月号、9月号では自立生活センターSTEPえどがわ(以下、法人)が行った自主広域避難の試行について報告しました。本稿では2度目の訓練として隣接自治体に避難した経験を報告します。
東京都江戸川区から山梨県北杜市への集団広域避難訓練(令和4年7月)の結果、災害時に法人がバスを借りて広域避難を実行することは、難しいと判断しました。台風発生早期から正しい危機感を持つ、避難場所と避難方法を確保する、避難場所設営と避難の準備、全員同時の避難の4点を満たすことは極めて困難だからです。リフト付きバス1台につき車椅子の収容台数は最大4台でした。そこで、実現可能と考えられる設定で、令和5年に、隣接する千葉県市川市の高台にある千葉商科大学地域交流スペース(3部屋約540平米)を避難場所として借用して、2回目の集団広域避難訓練を行いました。「場所は法人が確保し設営する。必要な物品は各自で用意し、各自で避難場所まで移動する」という設定としました。床はコンクリートなので各自で寝具を用意しました。事前の説明会(7月初め)では、キャンプ用のエアマットや簡易ベッドを体験できるように展示しました。前回より避難者の負担が多いため、参加者の減少が心配されましたが、障害者11名(車椅子利用者8名(人工呼吸器装着者2名を含む)、視覚障害者1名、知的障害者2名)が宿泊しました。他に、日帰りの障害者8名(精神障害者を含む)、介助者(途中交代の介助者も含む)、他事業所ヘルパー2名(見学)、千葉商科大学教員3名、運営支援者3名、学生ボランティア5名など合計72名が参加しました。
法人スタッフは10時から会場で準備を始め、参加者は公共交通機関や介護タクシーなどで各々のペースで13時を目指して集合しました。夕方と翌朝には、約1時間のグループワークを運営支援者の協力を得て行いました。グループワーク終了後、宿泊者は近くのコンビニで夕食を買い、消灯は22時でした。初めての環境で少し興奮する知的障害者もいましたが、顔見知りのヘルパーからの声掛けもあり、消灯と共に落ち着いて就寝できていました。基本的には、2室に男女を分け、ついたては使用しませんでした。男性利用者に女性家族が同伴する場合は男性用の部屋の隅に配置し、個人スペースとしてテントを持ち込んだ家族もありました。
夜間の体位交換が頻回な人とその介助者は、事前の説明会で実際に見た高さ45センチほどのエアベッド(約1万円)を購入し試したところ、本人も介助者・家族も負担が少なく過ごせたようでした。持ち込まれた多様なエアマットを比べた結果、体感はインフレーターマットが優れていることがわかりました。エアマットは空気が抜けることがあるのでチェックが必要なこと、空気を抜く機能付きのポンプが便利なことも共有されました。各自で、朝食と身支度を済ませ、グループワーク後の12時には解散しました。
グループワークでは、訓練での課題と解決策を考え、「避難先」「支援者」「移動」「荷物」「お金」の5つを話題にしました。全体として、「事前にいくつかの避難場所の候補・避難手段・支援者を検討しておかなければ、急な避難は難しい」という意見が目立ちました。特に、避難場所については、家族やペットの受け入れを含めた環境の事前確認が必要であることが指摘されました。
支援者に関する課題としては、1.長期間にわたる介助者の確保、2.慣れた介助者からの支援が受けられるか不明なことが出されました。解決案としては、集団広域避難のように介助者と共に避難できる場所の確保、指定避難所でも支援を受け入れられるような体制の構築があげられました。
移動に関する課題では、1.車椅子のサイズ、2.天候や渋滞等によって移動手段が限定されること、3.介護タクシーの確保があげられました。
荷物に関する課題としては、1.平時からの準備(特に医薬品)、2.避難を決めてからの荷づくりに介助者の協力が必要、3.時間をつぶすための物も必要、4.荷物の量によって移動に制約があることがあげられました。また、運搬の介助者の確保が必要となるため荷物を極力少なくする必要があるが、持ち出す荷物の選定・判断が難しいことが報告されました。解決案として、広域避難の場合は1.物品の現地調達を考慮する、2.集団避難であれば共有できる物品の調整、3.避難場所への事前配送が出されました。
経費に関する課題としては、公共交通機関の往復費用は580円でしたが、1.タクシーでは負担が大きい、2.実際に使えるかどうかわからない段階で物品を購入する負担感が大きい、3.早期避難が空振りだった場合の宿泊費・介助費、4.長期化した場合の費用があがりました。
また、2回の訓練による成果も言及されました。例えば、「今回は日帰りだが、次回は宿泊してみたい」「昨年は布団で身体がつらかったので、大きめのエアマットを持参し眠ることができた」という意見が出ました。記録は、助成金を得て独自に映像作家に依頼してYouTubeとして公開しました(※)。
さまざまな課題を解決する対策を含んだ訓練により、多くの障害者が感じている「避難できない」という不安は払拭できることが示されました。「合宿みたいで楽しかった」という感想も貴重と考えます。「準備しないと危険」という恐怖感ではなく、「準備しておけば安心」という安心感につながる訓練の重要性は、この連載の1回目に紹介した社会福祉法人浦河べてるの家でも指摘されました。
残る課題は3点です。第一は、近隣との関係構築です。日頃から自分のことを気にかけてくれるような関係性の構築と、障害者が避難することの困難さをさまざまな形で伝達する必要性があげられました。
第二は、集団で避難できる場所を近隣に確保することです。浸水しない避難所は居住自治体には極めて少ないため、東京都は広域避難所として国立オリンピック記念青少年総合センターと協定を結び、公的な福祉関係施設との協定締結も進めています。これらの施設への避難訓練は今後の課題です。より近い避難場所として、近隣自治体の避難所を集団で利用する場合、あるいは法人が独自に公的または民間施設と協定を結ぶ場合には居住自治体からの協力が必要になります。
第三に、訓練に参加した利用者は2割にとどまっていることです。「自宅に残らざるを得ない」という思いの利用者には丁寧な聞き取りを行い、大規模水害時であっても誰一人、命を落とすことがないよう引き続き取り組んでいきたいと考えています。
※「STEPえどがわ2023集団・広域避難訓練~Inclusive Evacuation~」https://www.youtube.com/watch?v=Ff7BZ8wgX4w&t=26s