読むことに困難を抱える児童生徒への支援~教育現場におけるデイジー教科書の活用

「新ノーマライゼーション」2025年2月号

長野県上田市立丸子中学校 教諭
池田明朗(いけだあきお)

漢字が読める、教科書が読めるようになって思考の世界が広まったA児とB児

「先生、僕、漢字さえ読めればいいんです…」

今から12年ほど前、私が小学校教諭だった頃、私と会うなりこう言ってきた小学校高学年のA児は、通常学級に在籍する児童でした。A児は視覚優位で聴覚からの情報入力がとても苦手です。教師の言語指示はあまり伝わりません。そんな様子から「いつも人の話を聞かない」「今言ったばかりなのに、もう忘れている」などと低学年、中学年までの学級担任に指摘されてきました。漢字の読み書きにも困難があり、算数科の文章題も計算より漢字の読みでつまずきます。しかし統計処理の能力は高く、正確にグラフを書いたり読み取ったりすることが得意です。また絵画も得意で、印象派のような独特の表現で描く絵はいつも絵画展で入選していました。

高学年の2学期に、学習内容がますます難しくなってきたこともあり、A児が授業中に机に突っ伏して教科書も開かず、居眠りをしていることもあるという様子を学級担任から聞いていました。そんな折、保護者の要望もあって、私のところへ相談に来たという次第です。

試しにタブレット端末とマルチメディアデイジー教科書(以下、デイジー教科書)の使い方を教え、今学習している国語科の単元の教科書文を、すべての漢字にルビを振ったデイジー教科書を使って音読してもらいました。するとA児はスラスラと音読を始め、「僕、この教科書なら読めます。これどこに売っているんですか?」とすぐに関心を示しました。A児には効果がありそうだと判断し、学級担任と相談して国語科の時間に通常学級の授業でデイジー教科書を使うようにしました。A児は机に突っ伏すことがなくなり、発言もするなど授業に積極的に参加するようになりました。

さらにA児の学級担任から、A児と同様に机に突っ伏して授業に参加していなかったB児のことも相談を受けました。B児も教科書を読んでいると漢字の読みでつまずくタイプです。3年生頃までは何とか読めていた漢字も、4年生からはほとんど読めなくなり、教科書の内容がまったく分からずに授業を受けていたため、学習意欲を失っていた状態でした。B児もA児と同様にデイジー教科書を使うことで効果がありそうだと判断し、同じ学級内で2人の児童がタブレット端末とデイジー教科書を利用する状況となりました。

国語科の単元テストで、A児はテストの問題文の漢字を読むことも困難なため、デイジー教科書の1台と、テストの問題文を「PLEXTALK Producer1)」(シナノケンシ(株))でデイジー化したものを1台、計2台のタブレット端末を使うようにしました。B児は3年生程度の漢字は読めるので1台のタブレット端末だけでテストを受けることにしました。

A児は2台のタブレット端末を駆使した結果75点ということで、A児が私に言ったとおり、漢字が読めればできるという結果となりました。学級担任の話では、本当は90点をあげても良かったということでした。詳しく話を聞くと、テストの範囲外、つまり教科書文の最後まで読み切ってしまい、テストに掲載されている教科書文以外の部分から解答を書いてしまったため加点しなかったとのことでした。ところが設問に対して解答の内容は間違っていなかったため、内容的には正解だということでした。ちなみにB児もこのテストで70点をとりました。ともにタブレット端末とデイジー教科書の効果があったということで、この後2人は国語科そして社会科の授業も、私のところからタブレット端末を借りていき、通常学級で授業を受けることとなりました。

6年生になったA児とB児は、国語科で「やまなし」の単元に新しく入り、単元導入の授業を終えた後に、2人で私の担当する特別支援学級で算数科の個別指導を行う予定になっていました。2人は私の教室に来るなり「先生、クラムボンって何ですか?」と同時に問いかけてきました。そして2人の会話が始まったのです。

A児「僕は読んでて人間か植物かと思ったんだけど。人間なら魚や海に関係する人かなって…」

B児「植物はどうかな。だって笑ったとか殺されたとか死んだとかってあったよ。僕は魚の可能性もあると思うんだけど。だって人が魚をとれば死んだってことになるじゃん」

A児「僕はさあ、泡とか光ってのもクラムボンにつながると思うんだけど。だって魚を銀色でたとえてるから光は金でしょ」

B児「そうか、殺されたとか死んだってあったから生き物だと思ってたけど。泡とか光だったら、まだ川で生きてるってことかなあ…」

A児「生きてる可能性もある…」

私は2人のやりとりを見ていて、目の前の黒板に2人の意見をとっさに板書しました。教師用の学習指導書別冊にはクラムボンについて「この正体について、時間をかけることは避けたい」と朱で注意書きがされています。算数の授業時間は始まっていましたが、私にはそれよりも2人がたった45分間の国語科の授業で、しかも初めて読んだ物語の世界をどう感じ取っているのか、それを知りたくて、算数の授業を今日は無しにしてでも、とことん2人の話を聞いてみたいという思いでいっぱいでした。そしてB児が最後に言いました。

B児「僕さあ、カニの兄弟の家族か知り合いもあるなって思った…。だって賢治には妹がいたでしょ。クラムボンって妹のことかもなって…」

私の板書する手が思わず止まり、体中には鳥肌が立っていました。「やまなし」の本文中には宮沢賢治の妹の話は出てきません。実はB児は45分間の授業時間の中で、「やまなし」の次に載っているお話「イーハトーブの夢」まで読んでしまっていたのでした。

私は特に2人に解説することもなく、なるほどと頷きながら2人が感じ取った物語の世界についての話を聞き、黒板の板書をそれぞれが使っているタブレット端末のカメラで撮影しておくように促しました。明日の国語科の授業で、2人がともに考え合った物語の世界を確認しながら、また「やまなし」の世界を読み進めることができるようにと。

それは、つい半年前まで文字を読むことが困難だったために、机に突っ伏して教科書を開くこともせず、授業や学習に意欲を持てずにいた2人が、自分の力で読めるようになったことで思考の世界が広がった姿でした。2人は、私の想像を超えて成長していたのです。思えば、以前2人が新聞記者から取材を受けた時にコメントした内容を思い出しました。「家でも本を読むようになった」。2人はこの半年間、自ら学んでいたのでした。

上田市のデイジー教科書利用について

2022年12月に文部科学省から公表された「通常の学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する調査結果について」では、学習面で著しい困難を示す小学校・中学校の児童生徒が6.5%いること、「読む」または「書く」に著しい困難を示す児童生徒は3.5%いることが報告されています。私は2012年から2年間、文部科学省委託による「通常の学級における授業のユニバーサルデザイン化」の研究について取り組んできました。その実践の一つが「読みに困難をかかえる児童への支援」としてのタブレット端末とデイジー教科書の利用でした。この研究は、上田市教育委員会、上田市の企業であるシナノケンシ(株)との協同研究でもありました。上田市では2015年から市内小中学校にある特別支援学級に1学級につき2台ずつタブレット端末とデイジー教科書を配布し、公的に普及を始めました。上田市のデイジー教科書利用状況ですが、令和5年度において小学校195名(市内全小学生の2.6%)、中学校17名(市内全中学生の0.4%)の利用がありました。小学校の利用者数は増加傾向にありますが、中学校の利用者数は年々減少傾向にあります。

中学校と中学校卒業後の課題

2022年に上田市教育委員会の協力のもと、市内の小中学校教員にデイジー教科書のアンケート調査を行いました。「マルチメディアデイジー教科書を知っていますか」という質問には、小学校は87%、中学校は62%の先生が「知っている」との回答でした。また、「デイジー教科書を中学校3年生まで使うことに不安や問題がありますか」という質問について集計をしたところ、「ある」と答えたのは、小学校教員が15%、中学校教員が32%でした。その理由について、小学校、中学校ともに不安や問題の一番は「高校入試」でした。さらに「デイジー教科書の利用をやめる時、高校入試のことが関係していますか」という質問に、小学校では24%、中学校では31%が「関係している」と回答しました。これは中学校でデイジー教科書利用者が減少する理由の一つと考えられます。

デイジー教科書による支援が、中学校および中学校卒業後も持続的な支援として普及発展していくために、次の2点が課題として挙げられます。一つ目は、デイジー教科書には高校の教科書がないことから、中学校在学中にアクセスリーディングなどの他の音声教材への移行を進める必要があることです。申請書類の記入も、学校での読むことの困難がよく分かっている中学校の先生と一緒に行うほうがよいでしょう。二つ目は、小中学校の時にデイジー教科書を利用していた児童生徒が他の音声教材に移行する場合、各団体が利用情報をお互いに共有して手続きを簡略化するなど、移行しやすい仕組みを整える必要があるということです。

私のこれまでの実践を振り返ると、デイジー教科書が支えてくれたものは、自分で読める、読むって楽しい、だからまた読みたいとなることだと思います。読むことが「できそうだ」という気持ちが支えられたこと、その意欲が継続したことで、児童生徒が主体的に学習を続けることができたこと、児童生徒の頑張ろうとする意欲、希望がいちばんデイジー教科書に支えてもらっているところではないかと思います。

デイジー教科書を使い、文字が読めない、漢字が読めないという壁を取り払うだけで、自分の力を発揮できる児童生徒がいるということを、もっとたくさんの児童生徒、大人たちに知ってもらえることを願っています。


1) WindowsOS上で動作する、音声/テキスト/マルチメディアDAISY製作ソフトウェア。詳しくは、http://www.plextalk.com/jp/products/producer/参照。

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