音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

国際連合と障害者問題- 重要関連決議・文書集 -

第2章 障害をもたらす諸要因

中野善達 編
エンパワメント研究所


E.他のいくつかの傷つきやすいグループに特有な問題

  1.難民

146.難民の状態は、障害の問題と、少なくとも二つの容易に認識できる接触点をもって いる。第一に、難民は戦争、武力紛争、政治的迫害などから逃れるために自らの国を離 れなければならなかった人たちである。換言すれば、なんらかの方法で、ある範囲内での暴力を経験し、そこで、あらゆる危険から逃れ、障害を引き起こす一つの要因として関与するあらゆる脅威に遭遇してきた人びとである。第二に、難民は受け入れてくれる国にすでに住んでいるときでさえ、どのような場合でも、とりわけ傷つきやすい人びとにしているさまざまな困難に対処しなければならない。
147.障害者でもある難民が直面する付加的妨害物は、この背景の下でアセスメントされなければならない。多くの国では、難民としての資格の申請は、ふつう、障害者であるならば、それを出願拒否の理由にしてしまっている。タイや他の東南アジアの国々で、決して手に入らないビザを待ち続けて数年を費やした、無数の障害をもつ難民の悲劇的状況を誰もが悲しみをもって思い起こすであろう。ビザは、移民法によって要求される、官僚主義による身体的・精神的健全状態を満たす人たちだけに発給されたのであった。
148.1981年、国連難民高等弁務官事務所に授けられたノーベル平和賞をもとにして始められ、その目的のために寄付された基金で設けられた「障害難民のための信託基金(Trust Fund for Handicapped Refugees: TFHR)」の設定まで、難民の中や、移住さ せられた人びとのキャンプ内での障害者の悲劇的状況は、ほとんどあるいはまったく知られていなかった。国連難民高等弁務官によるこの高潔な意思表示は、マスメディアの関心をあまりひかなかったが、生じている出来事について僅かながらも光を投げかけることになった。とはいっても、信託基金に振り向けられた資源が、これら難民の不幸な状況を緩和するのに使用されているのは事実である。例えば、彼らが難民となった国では提供できない特別な治療が必要な障害者は、それを提供できる国に移動させられた。最初の4年間に322人が移動したが、この人数はしだいに増大していっている。
149.あれこれの障害をこうむっている難民の人数に関する詳細な統計は存在しておらず、特別調査報告担当官に入ってくる断片的な情報も最新のものではない。しかし、問題の大きさを示すために、僅かな数字だけでも引用することにする。国連難民高等弁務官事務所の報告によると、障害者に関する22のプロジェクトが、1986年末の時点で98万3396ドルの出費で実施されつつあった。これらのプロジェクトはアフリカ、アジア、ヨーロッパ、ラテンアメリカで遂行され、その受益者は総計1万755名にのぼっている。これら22のプロジェクトは19か国で展開され、1986年には前年よりほぼ2倍の人びとに役立っている。これらのうち、パキスタンが障害難民(精神障害者3088人、身体障害者4050人)の人数が最も大きな国であった。
150.同じ報告が次のように述べている。1986年に第3世界の国々にたどりついた約300人の障害者のうち、65%は身体障害や器質性の障害であり、残りの35%は精神医学的障害、精神遅滞、拷問による心身症であった。1985年から1986年の間に、人数が増えていることも報告されている。いくつかの先進諸国は、障害難民を受け入れることに合意を示している。例えば、オランダは1978年にこうした政策をとることになり、1981年からその影響が現れてきていると、特別調査報告担当官に知らせてきている。
151.障害の原因のうち、一般的な原因とは別に、報告は、難民の人たちが貧困、貧弱な保健や衛生、不適切な保健教育によって著しく影響をこうむっていることを述べている。さらにこの人たちには、他の人たちよりも遺伝的な身体的・精神的障害、先天性疾患、栄養失調、事故が多いことも指摘されている。国連難民高等弁務官は、難民の参加を強調したリハビリテーション・プロジェクトを推奨している。そこでは、例外的な事例にだけは補助金を直接出すようにしているが、通常はリハビリテーションをおこなう地域社会に補助金を提供するようにしている。その目的は、障害難民が関連する地域との結びつきができるよう、接触を促進するようにしているのである。特殊教育という項目の下でも計画に補助金を出し、指導者、治療士、カウンセラーらのチームを雇用してい る。雇用についてみると、小企業を起こしたり、生産への参加とりわけインフォーマルな経済セクターへの参加によって、関心ある難民が労働の場に身を置けるようにしている。
152.「国連パレスチナ難民救済事業機関(United Nations Relief and Works Agency for Palestina Refugees in the Near East: UNRWA)」は、次の5つの地域で、登録された障害者への教育、保健ケア、補助サービスを提供している。すなわち、ヨルダン、 レバノン、シリア・アラブ共和国、イスラエル占領地区。障害の予防と障害者のリハビリテーションも、地方および国際的非政府組織と協力し、国連パレスチナ難民救済事業 機関の難民計画の中に組み込まれている。これらの手段は免疫、栄養、補足給食、保健教育を含む母子保健ケア、予防計画に含まれている。ケア、予防、治療の医療サービス は、1986年には184万5175人の難民に供給され、350万人の子どもたちが635校での保健教育を受けている。

  2.先住民

153.小委員会のさまざまな会期に、「先住民(indigenous inhabitants)」の人権保護に関心のある非政府組織から、これらの人びとが障害をこうむる危険性は、彼らの労働条件がしばしば消耗度の高い、たいへん危険にみちたものであるため、極端に高く、彼らの生活水準はふつう、他の人びとよりずっと低く、彼らが利用できる予防医療サービ スはしばしば、質の低いものであることが報告された。さらに、こうしたグループに属する障害者は通例、適切なリハビリテーションサービスや十分な政府からの助力にアクセスしていないのである。要するに、障害者の場合、二重の差別にさらされている傷つきやすいグループを形成する特徴が、この主題に関して語られるほとんどすべての人に明らかなのである。
154.入植地、採鉱や伐採搬出といった資源開発産業の拡大、水力発電ダムのような大規模開発プロジェクトなどは、最近まで生活を主として狩猟や漁労に依存してきた多数の人びとに、しだいに大きな影響を及ぼしてきている。これらの諸活動は、利用できる土地を少なくし、狩猟できる地域を狭め、野生動・植物を破壊させ、先住民の地域社会をしだいに、健康によくない大量の砂糖や脂肪を含む既製食品に依存させるようにしてしまっている。こうした糖質過剰は、心臓血管疾患やガン{48)}の罹病率を高め、糖尿 病{49)}の一要因ともなっているようである。要するに、産業プロジェクトや入植者たちによってもたらされた食事の組織的変化は、先住民の経済を破壊するだけでなく、精神をも奴隷化してしまっている。
155.なんらかの身体障害のほかはあまり明確ではないのであるが、学習障害がとりわけ危険なものとみなされている。それは、全住民に影響をもたらす可能性があるからであり、開発に抵抗する能力さえそこなってしまうおそれがあるためである。その結果、「独立国における先住民・部族民に関するILO第169号条約(ILO Convention No.169 concerning Indigenous and Tribal People in Independent Countries)」はこのための前進のステップを明示している。すなわちそれは、彼ら自身が開発のコントロールをすること、彼らの生活圏を管理・運営すること、環境保護のためのステップを踏むこと を各国に要求することの権利を認識している。条約の第4条、第7条、第2部に、こうした目的のための特別な規則が示されている。しかし、この条約はきわめて僅かな批准 しか得られておらず、先住民や非政府組織は、このことに国連がこれまで以上の強い関わりをもつことの必要性を強調している。1992年6月、ブラジルで開催される「環境と開発に関する会議(Conference on Environment and Development)」は、先住民の環境に関して、権利と責任をはっきり説明する特別な機会を提供することになるであろう。

  3.移住労働者

156.差別の犠牲になりやすいグループとしての移住労働者(migrant workers)および彼 らの家族の特別な状況は、長らく国連が関心を向けてきた主題の一つである。すでに述べたように、「あらゆる移住労働者とその家族の権利保護に関する国際条約 (International Convention on the Protection of the Rights of All Migrant Workers and Members of their Families)」は1990年12月18日に総会で採択された。これの準備作業文書に示された規則は、このカテゴリーに入る人びとがしばしば逃れられない危険な状況および、障害があることによって増大する差別に関心を向けさせる上で重要なものである。
157.矛盾しているようだが、国家レベルでは、いくつかの移民法は、障害をもつ人びとに対して適用される差別的規準を明らかにしてくれる一つの参考物となっている。多くの場合、後にみられるように、障害者に対しては自国への入国を拒否しているのである。

 F.人権侵害とみなされる低開発とそのさまざまな現われ

158.小委員会の討議と、受領した返答の多くは、障害{50)}の出現とその重度化に及ぼす低開発の重要な役割を強調している。悪循環になるのだが、教育、栄養、保健ケア の著しい不足は、開発に寄与できない障害者の増加をもたらし、このことは第3世界の国々の社会的重荷を増大させている。そこで一般に、国連で認識されている開発への権利を拒否するといった問題が出てきたりする。しかし、開発をおこなうことは、障害を克服する最も効果的手段の一つとみなされうる権利なのである。
159.返答の多くは、低開発に関連する障害の因果的要因のなかで、とりわけ以下のものを選んでいる。すなわち、貧困、食物や住居の不足、公衆衛生の欠如、環境の悪化、不十分な教育や保健情報、識字能力のないことなどである。
160.本章のはじめならびに他のところで確認した、障害をもたらす諸要因-拷問、手足の切断など-と異なる、諸現象(飢餓、栄養失調など)と結果として生じる障害との間の因果関係を検討する。しかしこの場合、例えば拷問のような場合に明らかな被害者と加害者間の直接の関連は見出せない。基本的な相違は、まず第1に、障害の原因の独特な性質(ある場合には市民的権利の侵害、他の場合には経済的・社会的もしくは文化的 権利の侵害)にあり、第2に、責任の特定化が実際的に難しいことにある。飢餓や貧困に責任があるものを認定することよりも、非人道的、残酷なあるいは見下すような行為の加害者を罰することの方がずっと容易である。しかしながら飢餓による死は、生きる権利の否定であり、拷問と同じく非難されなければならない残酷な行為であることは疑いない。
161.飢餓は、いまだに多数の人びとを荒廃させつつある、不幸を招来するものである。飢餓は、たとえすぐに死をもたらさなかったとしても、人がその精神的・身体的能力を 緩慢に減弱させる慢性的な栄養失調状態をもたらすことになる。その結果、飢餓は、より多くのエネルギーを消費し、より良質の食事をとる必要がある、最も厳しく、最も困 難で、最も危険な労働にも従わせてしまう、奴隷の病気とも言われている。WHOによって用意された表および上記(第110項)によれば、1億人以上の人が-すなわち、全障害者の20%以上-食べ物の欠如によるさまざまな種類の障害をこうむっている。また、各国などによる返答は、世界のほとんどの地域における最も共通の障害の原因が、栄養 失調による出産前の疾患や乳幼児期の疾病であるということを明らかにしている。
162.十分な保健システムがないことは、障害の主原因のなかにしばしば挙げられている。これは、決定的に重要な予防という課題を妨げるだけでなく、避けることのできる多くの障害を悪化させたり、障害を恒久的なものにしてしまったりする。さらに、妊娠中 や出産時に医学的配慮が欠けていたり、不十分であったりすることは、ユニセフによる と、子どもに障害をもたらす最も強力な要因の一つだという。非政府組織によると、不 十分な保健ケアによる諸問題は、経済的な状態や地理的位置と関係なく、すべての人に 基本的ケアがアクセス可能になるよう、保健サービスのネットワークを確立することによってしか解決できない、と強調されている。同様に、いくつかの政府や非政府組織は、多くの障害の原因のうち健康によくない住居をあげている。これは、非常に多くの疾患の温床であり、事故が起きやすいし、自然災害に遭遇したら立ち退いてしまったりするからである。さて、多くの回答は、「開発の権利に関する宣言(Declaration on the Rights to Development)」の第8条に言及している。これは、各国が開発の権利の実現のため必要なあらゆる手段に着手すべきこと、また、基本的資源、教育、保健サービス、食物、居住、雇用および所得の公平な分配にアクセスするさい、万人に機会の平等を保障すべきことを規定している。
163.自己浄化や自己再生産をする自然法則や自然の力を無視して進行する、科学や技術の驚くべき急速な進歩は、われわれの自然環境が警報を発する退歩や悪化をもたらしてきた。しかし、最近数年間の砂漠化{51)}、勝手気ままな山林伐採、土壌疲弊、オゾン層の低減、大気汚染、有毒廃棄物は、人の健康に広範なマイナスの影響を生み出し、さまざまな種類の障害の原因ともなっている。ソビエトにおけるチェルノブイリ原子力発電所の爆発や、インドにおけるボーパル化学プラント事故のような災害は、放射能汚染や環境汚染が人の保健や障害の発現に及ぼす悲劇的影響の顕著な例である。
164.小委員会のいくつかの会期に、殺虫剤や、ホルモン、抗生物質や他の添加物を含む飼料の使用と、これらが有害として自国では使用が禁止された後でさえ、開発途上国に輸出され続けていることに、特別な関心が表明されたことを想起しなければならない。さらに、「人権と環境」に関して提出された特別調査報告担当官の予備的報告書(E/CN.4/Sub.2/1991/8)が、この点を明確に示す一連の例を提供している。
165.障害の主たる原因のうち他のものは、危険物を扱う、もしくは不適切な条件で働くことによって引き起こされる傷害や疾患である。これに関しては、先進国から開発途上国への、不適切で欠陥があり、もしくは時代遅れの技術や機械の移送によって、休憩時間をろくにとらず驚くほどの長時間労働などによって、さまざまな問題が生じている。小委員会の会期で、ある参加者たちは、工場労働や農作業において安全基準が守られていないことに深い関心を示してきた。こうした基準が最近になって低められてしまった国々では、労働に関連した障害{52)}が驚くべき増加を示していることが指摘されている。危険物の影響はしばしば、労働者その人だけにとどまらず、家族全体に及ぶのである。例えば、ボーパルからの報告によると、死者が2000人以上あり、数千人が恒久的な障害者となってしまったが、化学物質に両親がさらされたことによって、障害をもった赤ちゃんの誕生や流産死産の率がきわめて高かったという。
166.最後に、特別調査報告担当官は、有毒物および危険物の移動や、それらの自国内や他国でのダンピングや、危険な化学物質や薬物の輸出を禁止するため、国連諸機関によってとられた手段に希望をつなぐことにした。多くの障害が、欠陥ベビーフーズによって、また、危険な副作用のため先進国で廃棄処分にされたり、禁止された薬物を開発途上国に配布することによって生じている。こうした行為は、まぎれもない人権の侵害であり、国際社会によってそのようなものとして扱われるべきである。
167.障害と緊密に結びついており、また、ある程度まですでに検討したものと結びついている一つの要因は、貧困である。すなわち、極端な貧困もしくは、ヨセフ・レシンスキー神父(Father Joseph Wresinski)によって命名された「至高の災厄」である。神父は、数十年にわたって最貧者のために立派な活動をしてきた「国際運動ATD第4世界 (International Movement ATD Fourth World)」の創始者である。貧困は、社会的排 斥の最も明白な表明であるだけでなく、障害と障害者への差別の両者を悪化させる要因 でもある。
168.非政府組織ATD第4世界から特別調査報告担当官に寄せられた書簡には、次のような 記述がある。
  あらゆる社会的事態に存在する、あらゆる形態の障害は、世界の最貧地区であれ、産業化された国々のきわめて貧しい地域であれ、極端な貧困状況下にある家族やグループの日常生活の一部にさえなっている。実際、障害は貧困としっかりと結びついており、障害をそれだけで一つの問題として別に取り上げるのは困難である。それは貧困の原因なのであろうか。それとも結果なのであろうか。貧困が厳しくなればなるほど、障害となる危険性は増大する。彼らの生活条件、労働条件、健康状態、無知などによって、最貧ということは、誕生時や幼児期だけでなく、人生のあらゆる段階で、とりわけさまざまな障害の出現にさらされることになる。その結果生ずる病気やハンディキャップは、個人の生活もしくは単一のグループの生活の経過中に累積されてくる。このことは、さまざまな統計で明らかにされている。これらには、きわめて危険で不健康な場にいる労 働者のいくつものカテゴリーに生じている障害の危険性の増大を示している。同様に、アフリカのハンセン氏病分布図は、飢餓の分布図とほとんど重なっている。極端な貧困と障害間の関係は、開発途上国の場合には広く認められているが、 産業化された国々に おける最貧地区に関してはあまりはっきりと認められているわけではない。
169.上記の組織は、さらにこう指摘している。
  貧困は障害の結果をさらに悪化させるし、複合した差別状況を生じさせることになる。障害の結果は、最貧者やその家族たちにより深刻で、長く続く困難をもたらし、一方、グループ全体としては、大多数のメンバーが障害をもたらされていることによってグ ループが弱体化してしまう。これはとりわけ、なんらかの身体的もしくは精神的欠陥を伴って生活する困難さを克服する方法-予防、再教育、職業訓練サービス-が、社会で最も恵まれていない人たちに欠けているのは確かである。こうして、同じ障害や病気で あっても、当該人の社会-経済的地位や訓練レベルによって、まったく異なった結果をもたらす可能性がある。例えば、一方の足を利用できなくなった法律家は、たぶん仕事を続けることができるだろうが、未熟練農業労働者だったら、生計の途を絶たれてしまうだろう。さらに、最貧圏にいて低いレベルの教育しかないもしくはまったく教育を受けていない場合、資源はふつう、最も貧しい人たちの状況を考慮にいれていないので、職業訓練の資源にアクセスさえできないことになる。産業化された国々でも、極端な貧困状態にいる子ども、青年、成人には、社会 において昇格、訓練もしくは統合の展望が開かれていない障害に関する行政規則に取り巻かれる傾向がある。 

 G.アパルトヘイト

170.この研究にアパルトヘイト(apartheid)を含めることがなぜ適切なのかについては 、主な理由が二つある。第1に、南アフリカに広く行き渡っているこのシステムは、この国の大多数を占める黒人の間の多くの障害の原因なのである。第2に、大多数の黒人に属している障害者は二重の差別の犠牲者なのである。有色人種とりわけソウェトに住 んでいて、バンツー族に属する者たちの大多数の生活条件は、飲料水の欠乏や適切な下水がないことによって特徴づけられる。さらに、栄養失調や全般的に貧弱な衛生は、障 害者の人数がこの地域社会にきわめて多いことを意味している。さらに、有色人種に対する白人少数集団による恒常的な圧制や絶えざる暴力は、障害者の人数を有意に増加させている。
171.この二重の差別に関連して、障害者インターナショナル(DPI)は人権委員会に、当時、広く報道され、とりわけこうしたおかしな出来事の生き生きした例を提供している ある事故について報告した。南アフリカを訪れた外国人の一団が車の事故に遭遇した。グループのメンバーのうち1人を除き、他の者は直ちに医療ケアを受けたが、黒人であった1人は、緊急サービスによる医療ケアを拒否され、結果的に四肢まひとなってしまった。障害者インターナショナルによれば、この事故はアパルトヘイトと障害間の関係 を明白に示しているとし、こうしたことがこの国の大多数の人たちには日常的に生じていることに遺憾の意を表明し、この事例は犠牲者が外国人であったために明るみになったのだと述べていた。
172.WHO によると、アパルトヘイトが黒人につくり上げている緊張が、精神衛生に影響 を及ぼしているという。この国では、悲惨な生活状況にある移住労働者たちのうち、流動性の高いグループを作り上げ、白人の経済的・政治的優位を永続させるため、黒人たちを都市から法制的に排除し、人口稀薄な地域を居住地とする命令を下した。さらに、精神障害をもつ有色人種の人たちの状態はきわめて深刻であり、政府の合意を得た私企業の非組合労働者としてしか雇用されなかった。特別調査報告担当官は最新の情報を欠いているが、数年前まで南アフリカ全体で黒人の精神医療専門家は一人もいなかったし、数千人にのぼる精神科の患者はパートタイムで働く医師にしか診てもらえなかったし、この医師たちは人種差別的色彩をもつ他の文化圏で養成された者であり、患者たちの言葉を話すことさえできなかった者たちであった。白人の住人1000人当り精神科のベッド数は黒人の場合の3.3倍多かった。
173.近年、南アフリカでは人権分野にかなりの進展、とりわけアパルトヘイトの法的廃止に進展がみられたが、特別調査報告担当官は、事態は満足できるものとは程遠く、そのため、小委員会によって要請されたように、アパルトヘイトと障害を結びつける諸側面を明るみに出す必要がある、と信じている。

 H.意図的に科せられた刑罰や他の処遇の形成に関連する問題

174.小委員会のさまざまな機会に、障害者のための非政府組織の代表や他の参加者たちは、国際法や人権{53)}の重篤な侵害として、以下の手段を一致して認定した。すなわち、刑罰としての四肢切断、障害者の施設収容、薬物の乱用を含む施設内虐待、強制的断種、去勢、女性性器の一部切除、抑留に代わるものとしての抑留者の目を見えなくすること、など。多くの発言者は、宗教的信条もしくは他の文化的要因であろうと、拷問や他の残酷で非人道的もしくは見下すような処遇や処罰を禁止している、拘束力のある人権基準に反するものとみなされる、こうした行為を正当化できはしないし、実行できはしないことを強調した。
175.手足の切断、とりわけ武力紛争中に捕虜となった戦闘員の四肢切断は、ジュネーブ条約や人権基準に反する、ある地域によくみられた常軌を逸した手段として非難されてきた。いくつかの非政府組織は、子どもをもたせないようにするため、男性よりも障害女性によりしばしば、強制的断種がおこなわれたと指摘している。しばしば、障害女性 は優生学的理由から、もしくは単に彼らがしばしば強姦の犠牲者であるという理由から、断種がなされた。実際、断種はときに施設{54)}入所の前提条件なのである。
176.多年にわたり小委員会は、家族や地域社会を害する因習を根絶する方法や、有益である{55)}風習を奨励する方法と同じく、人権に影響する、例えば性器の一部の切断といった伝統的な因習を詳細に研究してきた。この点に関し、特別調査報告担当官ハリマ・ウォーザジ(Halima Warzazi)によるこの問題に関して提出された報告(E/CN. 4/Sub.2/1991/6)の関連部分に特別な注意が向けられるべきである。
177.最後に、虐待、薬物の投与や第III章で検討される他の側面と同じく、障害者がしばしば犠牲者となる施設内虐待のうちでも、精神医学を政治的目的で利用すること、必要でもなく、勧められてもいないのに政治的敵対者や障害者を精神病院に不適当にも拘禁してしまうことが非難の対象となった。
178.結論として、特別調査報告担当官は、すでに予備的報告{56)}に表明したように、個人に障害をもたらすことを任意に意図した、四肢切断のようなある種の刑罰は国際人道法に反するものだという信念を再確認する。市民的および政治的人権に関する国際規約の第4条の正しい解釈は、-また同じ文脈で、ヨーロッパ人権条約の第15条と第27条や米州人権条約においてそれぞれ-残酷で、非人道的もしくは見下すような処遇ある いは刑罰はいつでもいかなる環境においても禁止されること、非常事態ということでこうしたことの理由づけはできないことを結論づけている。法的もしくは宗教的もしくは両者の原則に基づくものであろうと、残酷なもしくは非人道的な刑罰や処遇を伴うなんらかの処罰は、有効な国際的規準の光に照らして、人権侵害であるといえる。

 I.科学的実験

179.疑いもなく、障害を引き起こす最も重篤な人権侵害のあるものは、犠牲者のインフォームド・コンセントなしでおこなわれた科学的実験である。こうした行為はとりわけ、ジュネーブ条約および市民的および政治的権利に関する国際規約の第7条で禁止されている。それ以前に、こうしたことは国連憲章とニュールンベルグ法廷{57)}の裁判を基にした、第2次世界大戦の戦争犯罪人を罰するため設定された連合国の軍事裁判所によって、重要な決定の対象となった。そのさい、多くの複雑な諸問題のうち、子どもの諸器官の移植ということが、最も問題とされた。WHO の報告によると、移植のために利用可能な諸器官は常に不足しており、このため、多くの国々は供給を増加させるために諸手続きを確立してきた。もっとも、とりわけ提供を受ける者とは関連のない、生き ている提供者からの諸器官の商品としての売買が増加していることを示す十分な証拠は存在していない。それでも、結果的に、ほとんど常に子どもたちが主たる犠牲者である人体売買が存在していることを恐れる理由がある{58)}。
180.こうした問題は、とりわけ、最近の遺伝的・生物学的発展の面から、倫理的・規範 的性格のさらに徹底的な研究が要求される。特別調査報告担当官は、どうしても必要なこうした分析が、高度に複雑な技術的問題が関与しているので、この研究とは別個の研究形態をとるべきであると考える。こうした研究への着手にとって、WHO、さまざまな生物倫理・生命科学の諸協会の協力が望ましいであろう。

 注
 36) OMS, La Voz, Vol.1, No.2, Montevideo, June 1987.
 37) Referred to in Disabled Persons, Victims of Armed Conflicts and Civil Unre st. Eighth inter-agency meeting on the United Nations Decade of Disabled Persons, 1983-1992, Vienna, 5-7 December 1990, agenda item 4, paper No.1 (The Case of Refugees). Prepared by the United Nations High Commissioner for Refugees, Geneva, 1990, p.1 (English only).
 38) E/CN.4/Sub.2/1988/SR.11, para.16.
 39) E/CN.4.Sub.2/1985/SR.23, paras.11, 32 and 46,and E/CN.4/Sub.2/1988/SR/11, paras.42 and 61.
 40) AWEPAA: Conference Report on Child survival on the Frontline, Harare, Zimbabwe, 21-25 April 1990. See also note 37 above.
 41) According to a WHO report, more than three quarters of the victims of organized violence are women and children. See also note 37 above.
 42) See documents S/21363 and A/45/84, paras.160-170, A/45/576, paras.54-186, and A/45/726, paras.15 and 16, and also Disabled Persons, Victims of Armed Conflicts and Civil Unrest. Eighth inter-agency meeting on the United Nations Decade of Disabled Persons, agenda item 4, paper No.3, prepared by UNWRA, op.cit., p.143.
 43) Children and Armed Conflict. Additional reading material from Part Six: Children in Especially Diffcult Circumstances, a UNICEF Sourcebook on Children and Development in the 1990s. Published on the occasion of the World Summit for Children, 29-30 September 1990, at the United Nations, New York, p.12.
 44) Ibid. p.11.
 45) Relief and Rehabilitation of Traumatized Children in War Situations. Eighth inter-agency meeting on the United Nations Decade of Disabled Persons, 1983-1992, Vienna, 5-7 December 1990, agenda item 4, paper No.2. See note 37 above.
 46) For more substantial information see: Child-Labour : A Treat to Health and Development. Second (revised) addition, published by Defence for Children International, Geneva, Switzerland, 1985; and the report by Mr.Vitit Muntarbhorn, Special Rapporteur on the sale of Children, child prostitution and child pornography (E/CN.4/1991/51).
 47) Activities on Women and Disability: Division for the Advancement of Women/ Centre for Social Development and Humanitarian Affairs. Sixth inter-agency meeting on the United Nations Decade of Disabled Persons, 1983-1992, Vienna, 5-7 December 1988, agenda item 1,Background paper No.9, pp.1-2.
 48) B.Whitaker,“Revised and updated report on the question of the prevention and punishment of the crime of genocide”, United Nations document E/CN.4/ Sub.2/1985/6 and Corr.1, paras. 40-41.
 49) J.A.Kruse,“The Inupiat and development: How do they mix?”,United States Arctic Interests, W. E. Westermeyer and K.M.Shusterich, eds. (New York, Springer Verlag, 1984), pp.134-157.
 50) E/CN.4/Sub.2/1985/SR.23, paras.31, 40 and 41; E/CN.4/Sub.2/1988/SR.11, paras.17, 22, 24, 30, 42; E/CN.4/Sub.2/1988/SR.12, paras.7, 19, 20, 26, 34, 55, 57.
 51) See E/CN.4/Sub.2/1988/SR. 12, para.42.
 52) Ibid., para.26.
 53) E/CN.4/Sub.2/1985/NGO/10; E/CN.4/Sub.2/1985/SR.23, paras.39, 47
 54) E/CN.4/Sub.2/1988/SR.12, para.28.
 55) See E/CN.4/1986/42.
 56) E/CN.4/Sub.2/1985/32. paras.18, 27-29.
 57) See, for example, document E/2087 and Economic and Social Council resolutions 305(XI)and 386(XIII).
 58) Human Organ Transplantation (World Health Organization. ED 87/12, 19 November 1990), p.4.


主題 国際連合と障害者問題 - 重要関連決議・文書集 -
編者 中野善達 (Yoshitasu Nakano)
発行日 1997年6月25日 第一刷
発行所 エンパワメント研究所

第III章 障害者に対する偏見と差別:分野、形態および範囲

国際連合と障害者問題 - 重要関連決議・文書集 -

中野 善達 編
エンパワメント研究所

第III章 障害者に対する偏見と差別:分野、形態および範囲

 A.はじめに

181.本章では、他の章よりもとりわけ、障害者による「完全参加」の目標と、機会および処遇の「平等」を保障するための方略との間の関係に焦点をあてる筈である。さらに また、これらの目的と、障害者団体が最も大切にしている目標の一つ、すなわち、障害者に最大限の自律と自立を保障することとの結びつきに関して光を当てることにする。このことは、個々人を分類するためにディスアビリティなりハンディキャップを強調す るといった従来型の方法を採用するよりも、個人の諸能力を十分に発達させることを意 味している。というのも、従来型の方法は、なんらかの真のもしくは明らかな{57)}身体的あるいは精神的障害もしくは機能面の問題を抱えている人びとに対する、地域社会全体の態度の直接的結果もしくは悪化した結果であると思われるからである。
182.明らかに、適切なリハビリテーション措置を受けなかった人の障害は悪化してしまうであろうし、ときには急性のものとなってしまう。もしも、彼が障害を理由にして働く場で差別されたり、あるいは雇用機会を与えられないとするならば、彼の依存性や孤 立がさらに増大することであろう。もしも、教育制度が彼の特有の状況に応じられないとしたら、その障害者は教育制度から排除されてしまうことになるし、適切な指導がな されないならば、彼の障害は悪化してしまうであろう。もしも、社会の文化的活動やスポーツ活動が、彼以外の人たちの標準的なカテゴリーだけに対して計画されるならば、彼は文化的活動やスポーツ活動から締め出されてしまうことになる。もしも、輸送手段、舗装道路、建物がこうした人たちにとってアクセスできないものであるならば、彼は自由に動き回ることができないであろう。要するに、こうした障壁や差別が、かなりの程度まで障害を作り出したり、悪化させているし、実際、人びとを社会から切り離させ、多くの場合、彼らを地域社会にとっての重荷にさせてしまっている。このことは、障害者が最大限の自律および自立を獲得するた めの努力が、障害者の利益のためだけでなく、社会全体の利益のためにも重要であることを明確に示している。
183.スウェーデンの家族・障害者・高齢者問題担当閣僚ベンクト・リンドクヴィスト(Bengt Lindqvist)氏は、専門家グループ{60)}に次のように語っている。
 障害をもつ人びとの平等と完全参加という考えや概念は、書類の上ではかなり以前から発展させられてきたが、実体がないものであった。あらゆるタイプの生活条件において、障害によってもたらされるものは、障害者の生活の中でおよそ受け入れられないほ どの妨害をもたらすことになる。現存する妨害や制限の多くは、われわれの社会における市民としての状況にとって基本的に重要な分野に生じるのである。もしも車椅子を使用する人が、社会的なものであれ、文化的なものであれ、政治的なものであれ、公的な会合に出席しようとしても、また、もしも建物がアクセスできないため会合の部屋に到 達できないならば、彼の市民としての権利は侵害されてしまうわけである。さまざまな見地からの論議に関心をもっている盲人にとって、それらが展開される新聞にアクセスできないのは、同じような状況にあるといえよう。ある人が障害者であるということによって雇用から除外されるならば、彼は人間として差別されたことになる。もしも開発途上国において、一般教育制度が開発されつつあり、そこから障害児が排除されるようなことがあったとしたら、彼らの権利は侵害さ れたことになる。

 B.差別の分野と範囲

184.非政府組織から提供された情報のなかに世界退役軍人連盟からの報告もあったが、そこでは以下のような、障害者が彼ら自身、明確に不利益とみなしている分野や範囲を 挙げていた。
 (a) 教育すべての国において、教育諸施設は障害者にとって常にアクセス可能なものとはいえず、多くの場合、こうした人たちは他の人たちと同じ学校に入ることを許されていない。同じことが、職業教育・訓練や高等教育についても当てはまる。
 (b) 雇用多くの労働の場が障害の重い人たちにとって物理的にアクセスできないという事実に加えて、使用者はしばしば、身体障害は必然的に精神的インペアメントをもつのではないことを理解できないでいるし、同僚の労働者たちでさえ、障害者の雇用に反対したりするかもしれない。
 (c) 輸送アクセス可能な輸送手段を提供できないさいのきわめて差別的な影響および、それが障害者の自立生活に及ぼす障壁に関心が向けられている。
 (d) 住宅現在でもなお、高度に発展した国々においてさえも、障害者にとってアクセス可能でない建物が建造され続けているということを、驚きをもって指摘しておきたい。例えば、車椅子の利用は、多くのアパートメントできわめて困難であるし、不可能でさえあるのである。
 (e) 建造物一般上記のことは、公共建造物、レストラン、映画館、劇場、図書館、ホテル、スポーツ施設など、他の建造物にも当てはまる。(扉とか階段といった)建物の設計からもたらされる障壁を別にしても、しばしば、レストランやバーなどの建造物に障害者がアクセスするのを困難にしたり、不可能にする偏見が存在する。こうした施設の経営者が、障害者グループが入ろうとすると、席はすべてふさがっておりますなどという、ということをよく耳にしたりする。


主題 国際連合と障害者問題 - 重要関連決議・文書集 -
編者 中野善達 (Yoshitasu Nakano)
発行日 1997年6月25日 第一刷
発行所 エンパワメント研究所