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国際連合と障害者問題- 重要関連決議・文書集 -

第3章 障害者に対する偏見と差別:分野、形態および範囲

中野善達 編
エンパワメント研究所


 C.文化的障壁

185.回答のほとんどが、少なくとも暗々裡に、障害者に対する偏見や差別が存在することを認識しているにもかかわらず、こうした実態の原因や形態について調べている政府は僅かしかない。しかしながら、原因に関し、いくつかの回答は、あるカテゴリーの障害者に関し、恥辱感、迷信的な恐れや拒否{61)}を示す従来からの態度を客観的に指摘していた。政府からの回答にも、非政府組織からの回答にも、社会生活のあらゆる側面への障害者の統合と完全参加への主要な妨害物の一つとして、文化的障壁を挙げていたことを特に指摘しておきたい。

  1.教育へのアクセス

186.特別調査報告担当官は、世界退役軍人連盟によって提供された情報に加え、障害者の経済面、労働面、教育面、日常生活のあらゆる面に及ぼす文化的障壁のインパクトを強調するのが重要だ、とみなしている。例えば教育について、障害者に関する世界行動計画はその第120項で、障害児童もしくは成人に対しなんら差別なく、教育は可能な限り通常の学校制度の中で提供されるべきである、と規定している。しかしながら、この条件は、当局や教師、他の児童の両親による偏見あるいは障害児の両親による偏見のため、常に満足させられているわけではない。その結果、子どもの障害がそれ自体では妨げにならない多くの場合にも、差別が彼を通常の学校制度に入れることを妨げている。ある場合には、障害児は公的分離も同然な特殊学校へ行かなければならない、と法律自体が規定しているのである。他の場合には、学校へ行くことの妨害は、都市部であれ農 村部であれ、輸送手段がないことである。これは、農村部ではいわば当たり前ともいえることである。建築の設計上の欠点も、同じようなマイナスの影響をもたらしている。学校の建物へのアクセスや、校内での活動が困難であったり、トイレ などへのアクセスが妨げられていたりするのは、きわめてありふれた現象である。

  2.失業

187.受領した報告からすると、失業(unemployment)が障害者にとっての主要な問題の一つであることがわかる。ILOによると、障害者の失業率は、他の人びとより2~3倍 高いし、失業がきわめて当然な多くの開発途上国では、障害者の雇用見通しはきわめて低いか、全く存在していない。例えば、ヨーロッパの失業率は次のようである。英国の場合、1978年における障害者の推定失業率は14%であり、障害をもたない人たちでは5. 5%であった。フランスの場合、障害者の失業率は他の人びとより3倍ほど高かった。オランダとデンマークでは、1978年の失業率はともに7%であったのに、登録された障 害をもつ労働者のうち仕事を見出すことができたのはオランダで11.5%、デンマークでは17.5%にしかすぎなかった。ドイツ連邦共和国の場合、障害をもつ労働者の平均失業期間は16か月であるのに対し、障害をもたない人びとでは10か月であった{62)}。これらの数字は10年も前のものではあるが、障害者と他の人びととの比較失業率の明確な指標を提供している。
188.失業という重大な問題に関し、先進国であり、障害者の処遇についてきわめて先進的な取り組みをしているフィンランドでも、その公式報告の中で、特別な雇用サービスが存在し、使用者は障害者を雇うことに対し補助金を受け取っているが、その状態は、 失業の全般的増大との関係で悪化し続けている、と指摘している。カナダの公式報告は、法が障害者に対する差別を禁じているにもかかわらず、労働市場での不平等な処遇の多数の事例が見出されており、失業率は50%以上だと推定されると述べている。オーストラリア当局は、技能を獲得したり訓練を受ける機会の平等、平等な雇用機会、労働条件や昇進の平等性に関し、障害者に対しなんらかの労働差別があることを指摘している。さらにまた、多くの障害者が極度の貧困状態で生活していると述べている。
189.開発途上国において、失業している障害者がきわめて高率なことは、彼らが生き残るために物乞いに頼らざるをえなくさせられたり、あるいは、職が得られる恵まれた少数者も、きわめて低い賃金水準を受け入れざるをえなくさせられていることを意味している。さらにいくつかの国々だと、使用者は、障害者が仕事を得たいなら、労働組合に加入しないように強制さえしている。世界聾連盟は、技術援助や必要な通訳サービスが欠けていることに加え、全般的に偏見が、聴覚障害をもつ人びとが労働市場に完全に統合されるのを困難にしたり、不可能にしたりする主要因の一つであると指摘している。

  3.私生活

190.障害者の日々の生活に及ぼす偏見の否定的影響に関し、政府や非政府組織によって提供された例は多数であり、多様である。結婚について中国政府は、障害青年と健常な女性が恋愛事件を起こしたさいに生じる、特別な状況について信ずるに足りる例を提供した。こうしたことは異常でもなければ、非難されることではない筈であるが、双方の両親、友人、親族から認めてもらえないのがふつうである。こうした場合、相互が引き 離されたり、離婚させられて婚姻が終結させられてしまう。多くの他の類似例と同じく、この場合、一般的に統合や婚姻の継続を妨げるのは障害(disorder)や機能的障害だけでなく、障害者に対する社会の行動なのである(他の例は第197項および第198項に見出せる)。

  4.法的障壁

191.前に述べたように、障害者に特有な状況のため、彼らが平等の基礎の上に最も基本的な諸権利を十分に享受できることを保障するには、多くの「差別解消積極措置(positive actions)」がとられなければならない。しかしながら、多くの非政府組織は、特別調査報告担当官に対し、この要件を満たすことができないでいると報告している。例えば、いくつかの国々では、聾唖者は抗弁権を剥奪されてしまっている。司法当局や捜査当局が、こうした場合に必須である常置の通訳者を用意していないのである。
192.非政府組織からは、「差別解消への否定的措置」と呼ばれるものが、障害者を日常生活の多くの行為から法的に除外させているとして、かなり多くの苦情が寄せられている。多数の国において、今日においてさえ、書面で意思表示ができない聾唖者は、手話のようなすでに存在し、もしくは発展してきている他のコミュニケーション手段があるにもかかわらず、法的に無能力とみなされている。類似した別の例をあげてみよう。盲である人たちは、彼らがまったく完全に親としての役割や、後見人としての役割を果たせても、後見人の役割を果たすことを法的に妨げられてしまっている。最後になるが、汎アメリカ盲人会議によると、ラテンアメリカの国々のなかには、目が見えない人びとは、責任のある投票をすることが困難であったり、投票の秘密を保持するのが困難であることを理由にして、投票したり立候補することは認められていない、としていると報告している。

  D.とりわけ傷つきやすい精神疾患者の状況

193.しかしながら、こうした法的障壁が最も明白なのは精神障害の分野である。精神障害をもつ人びとが最も差別を受けているグループに入ること、また、エリカ-イレーヌ・ディーズ(Erica-Irene Daes)女史によって準備された「精神的不健康もしくは精神 障害をもっていることを理由にして拘禁された人びとの保護のための原則、指針および保証(Principles, guidelines and guarantees for the protection of persons detained on grounds of mental ill-health or suffering from mental disorder)」 という題目の特別報告もこの見解を完全に確認している{63)}。
194.国際精神障害者協会連盟(International League of Societies for Persons with Mental Handicap)から寄せられた情報によると、1989年6月、ドイツのマールブルクで開催されたさまざまな組織を代表する法律家の会議が、次の結論に到達したという。
 (a) 日常生活において、精神障害者は彼らの隣人、仲間たちなどと平等に扱われていない。バー、レストラン、水泳プール、ディスコなどに入ることをしばしば拒絶されることに加え、彼らはホテルに入ることもよく断わられるし、宿所を見つけることもきわめて困難だといえるし、アパートでさえ、とりわけ彼らがグループで入ろうとしたりすると認めてもらえないのがふつうである。
 (b) 法的分野では、例えば、差別の多くの例を移民法で見出すことができる。多くの国の移民法は、精神障害者が恒久的な在留者としてだけでなく、旅行者としてしばらく滞在するためでさえ、自国に入国するのを妨げている。西欧のほとんどの先進国(  カナダ、フランス、スイス、アメリカ合衆国)においてさえ、このタイプの制限を課す法律が、外国からの精神障害者の滞在は「保健サービスもしくは社会的サービスに過度の要求」{64)}を課すことになるであろうといった理由で、きわめて頻繁に適用されている事実に注意を向ける必要がある。
 (c) 重度の精神障害者でも実用的な技能を獲得できるし、それを改善することができるし、また、手仕事で高い熟練度に到達できることを示す数多くの証拠があるにもかかわらず、いくつもの国々で、精神障害児たちが発達し、学習する機会を否定されていることは遺憾なことである。
 (d) 精神障害者に対する最も望ましくない差別形態は、重度の障害である新生児の生命の終結を強制化しようとするキャンペーンである。
 (e) 最後に、精神障害者が精神病院内でしばしば強いられている嘆かわしい処遇に注意が向けられる。この問題は、以下で特別に扱われる。

 E.施設収容

195.これに関連し、小委員会の特別調査報告担当官エリカ-イレーヌ・ディーズ女史が、精神的不健康もしくは精神障害をこうむっていることを理由にして拘禁された人びと にとりわけ関係のある報告の中で、ある人びとは、医療倫理や関連する国際的文書に違反することだが、精神医学的施設の中で自由を奪われたり、多くの形態の精神医学的虐待をされたり、薬物利用による拷問さえ含む精神医学の誤用に従属させられてきたことを指摘した{65)}ことを想起すべきである。
196.これは、上記の報告や、「精神疾患をもつ人びとの保護と精神保健ケア改善の原則」に関する作業部会におけるさまざまな討議で十分に検討されてきた問題なので、ここでは、精神医学的施設に精神疾患者を収容することから常に生ずる虐待といった緊急な問題や、他の諸問題に簡潔に言及しておきたい。しかしながら、簡潔ではあるが、次の章で施設収容 (institutionalization)へのさまざまな代替方法を扱うので、ここではこれで適切と思われる。特別調査報告担当官は、いくつもの精神医学的施設で得た悲惨な状況に十分に光を当てること、また、そうした施設に拘禁されることの多くの、かつ深刻な残存する影響、最終的にこの分野における方針の変化をもたらすことの重要性を認識している。
197.障害者のうち少数の者だけが施設に収容されており、こうした収容が究極的にこうした人びとの最も厳しく、かつよくみられる排除の形態であることは確定された事実といえる。多くの施設は人口の少ない地域に位置しており、地域社会から物理的に遠く、このことが、こうした排除を増加させることにつながっている。施設内での生活は、一般に地域社会の生活とあまり関連がなかったり、まったく関連がなく、外部で生活している他の障害者たちの生活とさえ関連がなかったりする。施設内では、性別に分けられることにより、交際する自由もおよそ制限されている。収容者の手紙は検閲され、外部との他のコミュニケーション手段は否認されるのもきわめてありふれたことである。収容者は一般に、結婚することも、子どもをもつことも妨げられ、ある場合には、投票行動さえも妨げられる。拘禁はまた、行動統制のための薬物や他の形態の過剰な利用へと導く傾向がある。最も現代的で、施設・設備が整備され、十分なスタッフがいる施設でさえ、多少は非人道的な性質を帯びている。というのも、施設収容は、当該の人物は地域社会のメンバーとして自立生活を送ることがで きず、そのため、収容者は受身的で依 存的になる傾向がある、という仮定に基づいているからである。彼らが社会から分離さ れるというまさにそのことが、こうした傾向を促進しうるし、また収容者に、「施設性精神状態(institutional mentality)」と呼ばれてきたものを発展させるし、彼らの社会への再統合を妨げるようなこれまで以上のディスアビリティをもたらすことにもなる。
198.メディアでしばしば報道された、とりわけ、収容者の死を招くようなことがあったさいに報道されたたぐいの、精神医学の恐るべき誤用に加え、施設の通常の手順は、この種の施設を訪れたことがない人たちにはおよそわからない、もしくは信じられないような、すさまじい状況をひきおこしている。例えば、いくつもの非政府組織が、施設内の生活の典型的な面は、実質的に、収容されている者の私生活(privacy)の全面的な喪失である、と報告している。彼らは通例、2人での相部屋もしくは数人による相部屋に入れられ、そのため、私生活が完全に失われてしまっている。さらに、訪問者は共同利用の場所でしか収容者と会えず、そこで愛する者と会っても、この人たちにきわめて必要な、自然な愛情表現さえもできないようになっている。こうしたことから、とりわけ施設が都会地から遠く離れているならば、訪問は頻繁でなくなってしまったり、定期 的でなくなったりするのがふつうである。現代的で効果的な施設であっても、収容者は外部の世界に関する真の概念が失われがちであり、彼らの外界への接触はテレビを通じてだけであったり、もしもあるならば、親族もし くは友人の訪問だけだったりする。先進諸国においてさえ、施設に入っている人たちは、地域社会のメンバーとして生活でき るにもかかわらず、何年間も、ときには生涯にわたって、誰も訪れる人もなく過ごすことが知られている。
199.驚かれるかもしれないが、開発途上国のなかには、現状では、家族や地方環境に関する極端な貧困、人口過剰、非衛生的な状況からして、当局が障害者を施設に入れること以外の方法を採用できない、と指摘している国々がある。例えば、タイでは通常、5年以上も病院に入っているままの慢性患者が病床の30%以上を占めている。1986年に巡 回治療計画が導入されたにもかかわらず、慢性精神障害患者の22%は施設内に留まったままである。施設外でという治療方針にもかかわらず、ほとんどの精神保健サービスが施設内で与えられ続けており、また、患者たちは、解決方法を検討するさい積極的に参加したりしていないのである。

 F.虐待および差別行為の撤廃

200.このタイプの虐待を防ぐ効果的救済の存在(例えば、人身保護)や、差別を罰する法律の導入は、この章の終わりで十分に扱われる必要のあるきわめて重要な問題である。ここでは、この問題は非政府組織間では広く論議されているが、少数の例外をのぞき、各国政府は着手がきわめて緩慢な問題であることを指摘しておくのが必要である。
201.こうしたことの例外の一つが、アメリカ合衆国における1973年のリハビリテーショ ン法第504条である。ここでは、こう規定されている。「有資格障害者は、…障害という理由のみで、連邦政府の財政支援を受けるいかなる計画もしくは活動にも、参加することから排除されたり、利益を否定されたり、もしくは、差別を受けたりしてはならない。」この禁止は、1990年の障害を持つアメリカ人に関する法律(Americans with Disabilities Act: ADA'90)によって、私的セクターにまで拡大された。別の類似した例はオーストラリア、ニューサウスウェールズ州の反差別法(Anti-Discrimination Act)である。ここでは、知的障害者を社会生活の6つの重要な分野において、知的障害を理由にして差別することを違法としている。6つの分野とは、労働、宿泊、公教育、物品やサービスの供給、労働組合への加入、クラブへの加入である。1988年、アルゼ ンチンは、とりわけ障害者に対するものを含む、さまざまな形態の差別を処罰対象とする法第23592号を採択した。スウェーデンは現在、反差別法を準備中であり、オンブズマンがその実施を監視するよう指名されることで合意をみている。
202.特別調査報告担当官は、反差別立法、とりわけそれが障害者を対象としているものは、非難されるような態度と戦うための適切な手段であるとする見解に賛同する。とりわけそれが、差別をしているバー、ホテル、その他の公共の場の代表者を訴える可能性を与えてくれたり、担当官が差別をしている国や地方当局に苦情をもちこむことを可能にしてくれるのであるなら賛成である。とはいえ、特別調査報告担当官は、公的機関、労働組合、障害者組織によってなされる広報や教育キャンペーンこそ、持続している偏見を根絶し、差別を終結させるのにきわめて重要だと考えている。
203.差別と戦うための別の決定的なステップは、国内諸法を組織的にレビューし、そのなかに、障害者に対するなんらかの形の差別を明確に禁止する、さまざまな国際的文書に含まれている原則や指針を組み込むことである。この一例として、精神疾患をもつ人びとの保護のための原則にある、次の条項の適用があげられる。「これらの原則は、障害、人種、皮膚の色、性、言語、宗教…に基づくような差別なしに適用されなければならない…」。最近の国連総会決議45/113「自由を剥奪された青年の保護のための国連原則(United Nations Rules for Protection of Juveniles Deprived of Their Liberty)」は、付属文書の第4項で次のような表現をおこなっている。
  原則は、人種、皮膚の色、性、年齢、言語、宗教、国籍、政治的もしくは他の信条、文化的信念もしくは慣習、財産、出生もしくは家族の地位、民族的もしくは社会的出身や障害…によるような差別なく、等しく適用されるべきである。


主題 国際連合と障害者問題 - 重要関連決議・文書集 -
編者 中野善達 (Yoshitasu Nakano)
発行日 1997年6月25日 第一刷
発行所 エンパワメント研究所