〈報告〉 日本における「国連・障害者の10年」の評価と課題

〈報告〉

日本における「国連・障害者の10年」の評価と課題

青葉紘宇 *
丹直利 **

はじめに

 1980年12月の国際障害者年推進プレ国民会議の熱気、誰もが思っていても声に出すことをはばかった「完全参加と平等」が、1981年1月、行政やマスコミから堂々と聞こえてきた時の感激は忘れることができない。

 それに先だって、国連から提起された文章を読み進むうちに、これは大変な内容であることに気づき、様々な紆余曲折を経て国際障害者年日本推進協議会(以下「推進協」)が1980年4月に発足することになった。そして、1983年から「国連・障害者の10年」がスタートし、今年でその10年の終年を迎えることになった。

 以下、この10年の障害者施策に対する評価を推進協の資料をもとに述べてみたい。

1.障害当事者による評価

調査の概要

【対象】 推進協加盟団体および'89国民会議参加者(552名)

【方法】 郵送による記名アンケート方式

【日時】 1991年4月発送(回答は153名)

【項目】 政府の「後期行動計画('87年)」から90項目を設定し、①ほぼ達成②一部達成③なんとも言えない④ほとんど進んでいない⑤後退した、の中から選択。

 障害に対する各種研究や補装具等の福祉機器の開発および病院におけるリハビリ体制は、ある程度の前進があったとの評価であった。この分野は、研究費・医療費として一定額の財源確保が容易な領域であり、従前から他の国とも肩を並べる水準にあった。ただし、研究のための研究としか思えない事例もあるのではないかという意見も少なからずあった。

 1988年7月から施行された精神保健法は社会復帰の促進を強く打ち出す等、従来の精神保健法とは質的に異なる内容をもつものとして関係者の評価を得るものであった。しかし、推進協としても、障害者の範囲に精神障害者も含めるよう要望してきたが、今のところ障害者の範囲を変更するまでには到っていない。アンケート結果では、精神障害について施策の前進を認めつつも、現実の病院や日常生活・就労場面では無策に等しいという評価であった。

 さらに、慢性疾患対策や重度重症の対策は、医療との接点も多く、福祉政策から外されやすく、精神障害対策と同様「谷間の障害」になりつつあることが指摘されていた。この分野の改善は、研究等とは異なり常時多額の費用と介護の人手を準備しなければならない。日本人の福祉観を問い直すことも必要であり、改善は一朝一夕には進まないだろう。

 教育と労働関係については、各種の制度等については一部達成とする回答が比較的多く見受けられた。一方、後期中等教育および卒後対策にはマイナスの評価が多く、障害の重い子供の働く場についての問題提起が多く見られた。そのほか、教育と労働で目立ったのは、各種メニューは提案されているものの、現実の社会が競争の原理を貫き経済優先の社会となっているので、楽観できないというものであった。しかし、1987年に改正された「障害者の雇用の促進等に関する法律」が、名称から「身体」を除き、法律の上で障害の範囲を広げた意義は小さくない。さらにILO159号条約の批准も日程に上がっており、労働分野で障害者の状況が国際的水準へ一歩でも近づくことを期待したい。

 地域生活を進める上で必要不可欠な住宅・移動介護の対策については、ほとんど進んでいないとする評価であった。地域の社会資源が豊かになり地域で生活する障害者が多数となれば、自然に施設や精神病院のあり方も変わらざるを得なくなる。しかし、地域での生活の保障は、多額の経費と豊かなマンパワーがないと実現できない。1987年に成立した「社会福祉士及び介護福祉士法」は、マンパワーの確保に一石を投じるものであることは評価できるが、現在の介護人不足は老人福祉でも同じように非常に厳しいものがある。早急な対応を望みたい。

 1988年から施行された国民年金の改正に伴う障害基礎年金はこの10年の中でも大きな前進であった。年金体系の整備過程にちょうど国際障害者年が合致したのである。社会の大きな流れと障害者の粘り強い要求と関係者の前向きの姿勢が基礎年金を誕生させたわけである。年金額の低さや無年金者の問題を未だ残してはいるが、この改正によって年金を受給できた人にとっては、生活設計を立てる上でその比重は決して軽いものではない。今回のアンケート調査でも、年金の充実という項目に対しては一部達成と評価する回答が多かった。

 自由記述の中で気になったものとして、各種施策・サービスの地域格差の指摘、重度障害者に隠れた軽度障害者の諸問題についての指摘も挙げておく。

2.自治体の対応への評価

調査の概要

【対象】都道府県・指定都市(以下「県等」)は全部、市町村は1981年に行動計画を策定または予定中とした251ヵ所と、任意に抽出した60ヵ所

【日時】1991年11月発送

【方法】郵送による記名アンケート

【回答】県等 58(58) 市町村209(311) ( )は郵送数

1)長期行動計画への取り組み

 アンケートの集計結果は表1のとおりである。市町村については人口規模別に長期行動計画への対応をまとめてみたので図1を参照されたい。なお、今回の市町村の調査は主に1981年に行動計画に何らかの動きのあった市町村に回答を求めているので、大多数の市町村が調査の対象外になっていることを付記しておく。

表1 自治体における長期行動計画への対応
(平成3年11月現在)
  長期行動計画策定 中間年の評価 後期計画の策定 最終年の行事 10年の評価 10年後の取組 有効回答数
都道府県
指定都市
58 32 24 49 39 22(35) 58
市町村 136 48 28 47 58 65(41) 209

( )は国の動向を見てから等未定の自治体
表中の数値は取り組むと回答した自治体数。千葉市は市町村の中で処理した。

図1 市町村における人口規模別にみた長期行動計画への対応

図1 市町村における人工規模別にみた長期行動計画への対応

 後期行動計画の策定を実施した自治体の数は県等で約5割、市町村で約2割に過ぎなかった。真に実行をめざす計画であれば、計画の策定・点検・修正・見直しの作業は当然なされなければならない。アンケートの結果をそのまま受け取るとすれば、一連の作業がなされておらず行動計画は単なるスローガンであったと結論づけざるを得ない。県等にあっては地方心身障害者対策協議会もあり、当然計画の進行管理に注意を向けるべきではなかったろうか。自治体に今後の行動計画の策定を要望する上で、大いに考えていかなければならない課題である。

 最終年の行事計画は、多くの自治体で取り組むことになっているが、毎年企画している行事に「障害者の10年」の冠をつけただけと思えるものが目立つ。10年後の取り組みについても6割の県等においては国の動向を見てから決定するとの回答であった。市町村においても全体的傾向として同様のことが言える。1981年の熱気が冷めてしまったと言わざるを得ない集計結果であった。

2)県等の予算の推移

 都道府県の障害児者関連予算の中で、福祉の分野に限ってこの10年の推移を見てみると、2倍以上の伸びを示したのは12県。逆に1.3倍以下の伸びしか示さなかったのは2県であった。残りの県の平均は1.8倍であった。国の社会福祉費の伸びが1.7倍であるので辛うじて国の水準を上回ったと言えよう(有効回答37都道府県)。

 指定都市にあっては6市が2倍以上、残りの4市も平均1.8倍であり、県よりも高い予算の伸びとなっていた(有効回答10市)。

 なお、紙数の関係からK県の10年の予算の推移を事例として表2に紹介する。県等で作成した長期計画は総合的なものであるはずであり、その財政的裏づけも総合的に一覧できるものであって欲しかった。一部の県では障害者関係の施策に関して、年度が異なっても同じ項目で予算の推移を比較できる形で報告書をまとめていた。しかし、このような県は少数であり、大多数の県は一般の予算の中に障害者関係の施策についての予算が含まれた形でまとめていた。10年前の行動計画の多くは広い分野を視野に入れた総合的計画であった事を考えると、資料として寄せられた予算の枠組みを見る限り、総合性から程遠いものであった。実際にはどの自治体も広い範囲で障害関連予算を組んでいるはずで、その実績を一覧にする作業が抜けていたのではないだろうか。

 今後、地方自治を進める上で障害者の施策を統括し点検する部署の充実を望みたい。また、予算の上で各都道府県の障害者関係の施策を一覧できるような体制作りを求めていく運動も必要であろう。

表2 K県心身障害児者関連予算総括表
(単位:百万円)
昭和56年度 昭和62年度

平成3年度

県民部 754 556 734
民生部 11645 16628 25270
労働部 475 769 549
衛生部 9612 12367 18097
教育庁 3286 2557 2575
土木部 252 3439 7515
都市部 298 474 180
その他 142 9 12
合計 26467 36802 54956

3)市町村の単独事業

 地方自治体の建前からいって、それぞれの施策は地域の状況によって異なるのが当然であろう。しかし、今回調査した市町村の単独事業の中に、項目の中身に個性やユニークさを見いだすことはできなかった。むしろ地域による障害者施策・各種サービスのメニューの量の格差が顕著であった。

 町村レベルの単独事業は2~3項目に過ぎず、全体として人口が増えるに従って項目数は増加している。人口30万人を超える市になると、急に項目が増えるが、例外的にサービス内容が多い市や少ない市もあった。

 人口規模の少ない市町村の単独事業の内容はややもすると、見舞金のような慰労する性格のものが多く、地域生活を支える幹になるような内容はあまり見当たらなかった。人口規模が多くなるにしたがって、市独自のショート・ステイとか通所施設の県の助成金への加算等、生活を支えるのに直結する内容が現れていた。これから地方の時代を進めるにあたって、都道府県や国が小さな町のこのような役割を援助する体制が重要な意味をもつようになるのではないだろうか。

 今後、市町村の単独事業を検討する場合には、人口規模別によるサービスの質と量の格差の問題を忘れてはならないだろう。さらに、今回は単純に人口だけで集計したが、大都市近郊の小さな市町村と、過疎地の小さな市町村を同一レベルで処理してしまったので、今後詳細な分析をしていくことが必要である。

おわりに

 国連の提案を受けて、国や自治体が障害者の10年を受け入れたことは、お祭り騒ぎと非難されながらも障害の問題を世の中へ浮上させることになった。行動計画も作文の要素はもちつつも、障害者対策の一つの指針となった。あれから10年。アンケート結果にも見られるように、少しずつではあるが施策は前進し始めたといえよう。国際障害者年はいろいろな意味で軽く考えるべきものではなかったと思われる。

 しかし、日本の社会は国連の提案を純粋に深め、より新しい発想を生み出すことはできなかった。限られた少数の障害者は新しい発想に挑戦しているものの、社会を大きく巻き込む動きにはまだなっていない。アメリカではADAの成立にみるように、障害への対応で質的変化を遂げようとしているのに比べ、日本はその遙か後方を歩んでいる。

 日本は、障害者施策においても、その絶対量が不足し障害者の最低レベルの生活すら保障することができず、精神障害者や難病者に至ってはその実態すら行政に把握されないまま10年の最終年を迎えてしまった。

 不満は残しつつも10年が過ぎ、今後の10年を考える時期に来た。これまでに果たせなかった事に再挑戦する上でも、今までの10年を評価し問題点を整理し、新たな枠組みでこれからの10年に臨まなければならない。

*国際障害者年日本推進協議会政策委員会全国心身障害者をもつ兄弟姉妹の会副委員長
**国際障害者年日本推進協議会政策委員会日本障害者雇用促進協会労働組合


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1992年7月(第72号)29頁~32頁

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