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3.高機能広汎性発達障害児・者の母親の精神的健康への対応について

野邑 健二
(名古屋大学 発達心理精神科教育センター 准教授)

辻井●では、引き続き、野邑先生お願いします。

野邑●名古屋大学の野邑です。よろしくお願いします。

僕のお題は、親御さん、特にお母さんの精神的健康についての問題で、特に抑うつ状態 について調査をさせていただいています。それについてご報告したいと思います。

パンフレットの2 ページをご覧下さい。1990 年くらいから、広汎性発達障害の子どもの ご家族、特に親御さんに、かなり高い率で気分障害、うつ病が発症するということが言わ れています。広汎性発達障害の子どもを出産する以前から発症することもあるなどいろい ろ言われています。もう一つは、僕は児童精神科医ですので、発達障害の子どもさんのケ ースをずっと見ていますけれども、ほかの、統合失調症とかADHD とか、いろいろなほかの 精神障害の子どもさんも今まで見てきましたけれども、特に広汎性発達障害児のお母様に うつ病の発症が多く見られて、実際に薬を出したりとか、よそを紹介したりすることが多 いなというのが印象としてありました。それがこの研究をさせていただく一つのきっかけ になっています。

今までの研究の中で、ダウン症とかてんかんとか、他の障害の子に比べて自閉症の子の 親御さんでうつ病が高率に罹患しているとか、うつ病に罹患したこういった親御さんのう ちの6~7割が、その当該の子の出生以前に初回のエピソードがあるとか。それから兄弟 にも気分障害の罹患が高いのですけれども、対照群ではそういうことはないといった報告 があります。これらは、家族負因を示唆していると思われます。父親より母親のほうに気 分障害の罹患の増加がみられるとか、それからそうでもないというのがあります。

違った方向の報告もあります。母親の抑うつとかストレスというのは、子どもの行動障 害とか父親の抑うつが相関するのだけれども、父親の抑うつとストレスというのは母親の 抑うつとは相関するけれども子どもの問題とは相関しない。実際に子どもを育てていく上 での関わりや育児負担の問題は母親にとって大変大きいので、育児負担が抑うつと関連し ているとの報告です。こういった2方向の意見が先行研究の中でもあります。

お母さんのうつと、それから広汎性発達障害の子どもの養育については、双方に関係が あるかなと思います。一つは、うつの病因としての広汎性発達障害の子どもの養育です。 広汎性発達障害児には、いろいろな行動上の問題がありますので、ひどいこだわりだった り、パニックとか、学校でいろいろと問題を起こしたりとか、だいたい言うことをきかな かったりするものですから、育児負担が強い。それが、うつに至るようなストレスの原因 になる。あるいは、広汎性発達障害の子どもを育てていく中で、障害の受容――受容とい う言葉が適切かどうかは別ですけれども、あるいは将来に関してどうなっていくのかとい う不安というのが、多かれ少なかれあるものですから、そういうものがストレスになって、 それが抑うつの要因の一つとしてなり得るということです。

それから、実際にうつになった場合に、それが広汎性発達障害の養育に対して影響が出 る可能性も考えられます。抑うつ的になるといろいろなことの見方が悲観的になったり、 否定的になりますので、どうしても子どもに対するかかわり、見方に違いがでてきてしま う。それから、実際に抑うつ的になるとエネルギーが落ちますし、今までやってきたこと ができなくなったり、もうちょっと根気よく付き合えばいいのに、それができるだけの余 裕がないので、ついつい急かしてしまったりとか、否定的な対応をしたりとかということ で、子どものほうがキレてしまったりという、そういう適切なかかわりが困難になってい くことがあるかと思います。

実際の子どもの状態自体も変化することがあると思うんですけれども、それ以上に育児 負担感、子育てに対する負担感が、うつ状態になると増大するということになります。こ れは、お母さんのうつになった原因としての子どもの養育、うつになった結果としての子 どもの養育への影響、その双方への関与があって、発達障害の子どもを養育していく上で 関連が深いものではないかと思います。

調査としては2 種類行っています。一つは質問紙調査で、何年かに分けていくつかのた くさんの質問紙調査にご協力いただいています。抑うつに関すること、気質、性格、お母 さん自身の養育体験、家族機能、精神的サポートを受けられているか、子どもさんの行動 障害の程度。これはお母さん自身につけてもらうものと、あとはアスペの会のスタッフに 対してというのを一部で行っています。それから子どもに対する観察、あとは睡眠に対す る調査を最近はしています。一般のお母さんに抑うつに関してはご協力いただいています。

結果。抑うつ状態のところですが、BDI という抑うつに関する、ご本人に書いていただく 質問紙調査ですが、点数によっていちおう定型的に4 つに分けられています。一番左から 正常域、軽度の抑うつ域、中等度抑うつ域、重度抑うつ域と点数で分けられています。左 側の青いのが、広汎性発達障害のお母さん。右側のえんじ色が一般児のお母さんです。一 番左の正常域がアスペ母親群で、だいたい6 割くらい。一般の母親で8 割くらいですので、 逆にみると、抑うつ域に入っているのがアスペのお母さんで4 割くらい、一般のお母さん で2 割くらい。やはり比率は違うのですが、一番差が出るのが右の重度抑うつ域。広汎性 発達障害の子のお母さんでだいたい1 割くらい。これは一般の母親では1%くらい。これは かなり明確にうつ状態と言っていいくらいの点数です。これくらいの差があるということ です。

症状なんかで抑うつの傾向として、相関があるものとしては、お母さん自身の養育体験、 それからもともとの性格ですね、なりやすい性格かどうか。それから、実際に家族機能が 低下しているかどうか。精神的サポートが不足していると。それから結果として家族に対 する考え方がすごく大切だと。子どもの行動障害に関しては、お母さんの記入した分のみ、 かなりの相関がある。それから睡眠障害との関係が見られました。

まとめです。広汎性発達障害児の母親には抑うつ状態を呈している方が非常に多く見ら れました。軽度も含めて4 割、重度は約1 割。気質および母親自身養育環境が抑うつの発 症に関与していました。家族の状況や周囲からのサポートが抑うつと関連していました。 また、抑うつ状態となることで、客観的な子どもの行動障害の程度に関わらず、母親の感 じる育児負担感が増大しました。抑うつ状態が強いと育児負担感が増大し、児への批判的 な感情表出が強くなる傾向があるのではないかと考えられました。これらのことから、家 族のメンタルヘルスへの支援と心理教育は、児童への治療の観点からも重要であるとかん がえられました。

次に母親の睡眠障害についてご報告いたします。睡眠に障害のある方は、広汎性発達障 害児のお母様では36.1%と一般の同年代の女性の25.9%と比べてかなり高い値になってい ます。抑うつとの関係では、抑うつが重度の方では100%睡眠障害になりますが、抑うつが 正常域の方でも一般の方よりも高値になっています。このことから、広汎性発達障害児の お母様の睡眠障害は、抑うつと関連が強い群と関係ない群があるのではないかと考えられ ました。抑うつと睡眠障害の双方に対処が必要なケースがそれぞれあると考えるべきかと 思われます。

次に面接調査について、ご報告いたします。

質問紙調査では回答者の主観が大きく影響して実情と乖離している可能性があること、 抑うつ傾向は反映されるがうつ病なのかどうかの診断は明らかにならないこと、介入の必 要性が判断できないこと、などから限界があると考えられました。このため、抑うつの質 問紙で中等度以上の抑うつ傾向とされた17 名(100 名中)を対象として約1 年後に面接調 査をお願いいたしました。臨床面接と構造化面接を行なって、臨床診断および構造化面接 での診断を行ないました。あわせて、精神的問題(特に抑うつ)について治療や対処が必 要と考えられる方にはアドバイスをさせていただきました。

実際に面接調査にご協力いただいたのは14 名でした。14 名のうち、質問紙調査時点でう つ病であると考えられたのは10 名で、そのうち面接調査時点でもうつ病と診断されたのは 5 名でした。その方々を含めて面接時に9 名は何らかの治療が必要であると考えられました が、実際に治療を受けていたのは4 名のみでした。うつ病と考えられた10 名のうちの半数 は広汎性発達障害児の出産以前に「うつ状態」の既往があったと述べられました。父親の 支援のなさを述べたケースが多く、父親のうつ病が発症のきっかけとなったケースもあり ました。

発症のきっかけは、広汎性発達障害児の問題と他の家族の問題がそれぞれ約半数の方に 見られました。広汎性発達障害児の問題が誘因となるのは予想されたことですが、6 名で診 られました。うち3 名は結局特別支援学級への転籍になり、その後児が落ち着いたことで 母親自身も改善したそうです。他の家族の問題がきっかけとなるのは意外に多いように感 じました。ただ、もともと養育も含めていろいろな負担があるところに新たな負担(祖父 母や父の健康上の問題など)がかかり、大変になるのではないかとも考えられます。

全体のまとめです。広汎性発達障害児の母親にはうつ病が多いと考えられました。結果 からは少なくとも1 割程度と考えられました。回復したケースでも要治療な場合が多く見 られました。家族との関係は、発症要因としてもサポートの意味でも重要です。広汎性発 達障害の不適応が母親の抑うつの発症要因となる場合も多く、転籍などの環境調整が有効 な場合もあると考えられます。