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第3章 国際状況:サラマンカから国連障害者権利条約へ

児童・青年の教育は世界的課題である。OECD(経済協力開発機構)、国連機関、世界銀行などの国際機関は皆、質の高い教育への投資が、個人の健康、結束した社会、持続可能な経済にとって、いかに重要であるかを指摘している。就学していない、あるいは初等教育すら修了していない子どもたちが数千万人いると推定され、中等教育・高等教育へと進む者は、これよりはるかに少ないと思われることから、世界的に教育を課題とすることになったのである。

障害のある児童・青年についてはどうであろうか。インクルーシブ教育は、教育に関する世界的課題の一部として認められているだろうか。国際育成会連盟と、世界各地の知的障害者やその家族にとっては、そうであることは間違いない。本章では、インクルーシブ教育が各国政府および国際機関にとっても世界的課題となっているかどうか、そして投資対象とされているかどうかを問いかける。

インクルーシブ教育の国際的な枠組みを通じて、共通の目標や投資戦略、進展の評価方法を提供できれば理想的である。これによって協力が可能となり、各国はお互いから学ぶことができる。また、各国政府、ドナーおよび国際機関は、インクルージョンを達成する教育改革に十分な投資を行うことになるだろう。そして、世界中の障害のある児童・青年を対象としたインクルーシブ教育へのアクセス、その質と成果を評価する重要なベンチマークの国際的なモニタリングと報告が可能となるであろう。

インクルーシブ教育の国際的な枠組みがあるかどうかを検討し、15年前に採択されたサラマンカ宣言以降の進展を評価するために、本章では3つの質問を提起する。

  • 障害児の目標として理解され、認識されているインクルーシブ教育の確立に関して、世界でどれだけの進展があったか?
  • インクルーシブ教育は、「万人のための教育」とミレニアム開発目標を促進するための、教育に関する世界的課題や投資戦略とされているか?
  • インクルーシブ教育の世界的な進展は評価されているか?

本章では、サラマンカから始まった、インクルーシブ教育に対する国際社会のおもなコミットメントと、インクルーシブ教育開発のための投資の国際的な枠組み、そしてインクルーシブ教育に関する国際研究と私たちの独自の調査研究から明らかになった、現在までの世界的な進展について検討する。国際状況の分析を行うに当たり、重要な研究、国際機関職員とのインタビューや面談を利用した。

インクルーシブ教育は教育に関する世界的課題とされているか?

インクルーシブ教育に関する一連の総合的なコミットメントは、1994年サラマンカにおいて、各国政府および国際機関によって提示された。それから数年後の2000年に、各国政府と国際機関は、「万人のための教育」と初等教育の完全普及を目標としたミレニアム開発目標を採択した。これらは現在、2015年までに達成されるべき世界的な教育課題となっている。しかし、インクルーシブ教育に関する明確なコミットメントは、この枠組みのどこにも見つけられない。「万人のための教育」ダカール行動枠組みの採択後、インクルーシブ教育促進のための比較的小規模なイニシアティブが複数発足した。そしてサラマンカから15年後、国連障害者権利条約では、障害者の権利を認め、教育制度をインクルーシブにするという各国政府の義務と国際機関の使命を定めている。

このように、インクルーシブ教育に関する国際社会のコミットメントは、サラマンカと障害者の権利条約の間に強化されてきた。しかし総合してみると、いかに好意的に考えても、インクルーシブ教育が、教育に関する世界的課題にあとから付け加えられたものであったことは、国際社会によるこれらの4つのコミットメントを見れば明らかである。

サラマンカ宣言

1994年のサラマンカ宣言では、教育は障害児を含む「すべての」子どもたちの基本的権利であると認めている。そして、教育制度をインクルーシブなものとし、すべての児童の多様性を考慮して策定することを求めている。また根本的な信念として、以下のように記している。

…このようなインクルーシブ志向の普通学校は、差別的態度と闘い、友好的な地域社会を作り、インクルーシブな社会を築き、万人のための教育を実現する、もっとも効果的な手段である。さらにこのような学校は、大多数の児童に効果的な教育を提供し、教育制度全体の効率を高め、最終的には費用対効果を改善する。

サラマンカ宣言は、各国政府に以下を要求する。

  • 個人差あるいは個別の困難に関わらず、すべての児童の受け入れが可能となるよう、国内の教育制度を改善することを、政策および予算において最優先すること
  • インクルーシブ教育の原則を、法律あるいは政策の問題として取り上げ、別の方法を取るやむを得ない理由がない限り、すべての児童を普通学校に入学させること
  • デモンストレーション・プロジェクトを開発し、インクルーシブな学校に関する経験がある国との情報交換を奨励すること
  • 特別な教育的ニーズのある児童・成人に対する教育的措置の計画・立案、モニタリングおよび評価のための地方分権・参加型機構を確立すること
  • 特別な教育的ニーズにかかわる措置の計画・立案および政策決定プロセスへの、親、地域社会および障害者団体の参加を奨励し、促進すること
  • インクルーシブ教育の職業訓練的側面とともに、早期認定および早期介入戦略に、より多くの努力を払うこと
  • 制度変革の際には、教員に対する就任前および在職中の研修プログラムで、インクルーシブな学校における特別支援教育の実施を必ず取り上げること

サラマンカ宣言ではまた、世界銀行およびユニセフ、ユネスコ、国連開発プログラムなどの国連機関を含む国際資金援助機関に対し、「インクルーシブな学校教育のアプローチを承認し、すべての教育プログラムの不可欠な部分としての特別支援教育の開発を支援すること」を要求した。そして国際社会に対し、教育にかかわる権限の範囲内で、インクルーシブ教育の促進、計画・立案、資金援助、および進捗状況のモニタリングを行うよう求めた。

しかしこのような行動要請は、その数年後に「万人のための教育」ダカール枠組みと初等教育の完全普及を目指すミレニアム開発目標としてついに確定された、教育に関する世界的課題のどこにも見つけることは出来ない。

すべての人の教育を受ける権利とインクルーシブ教育に対する認識

1948年 世界人権宣言(第26条)
1952年 ヨーロッパ人権条約(第一議定書)
1966年 経済的、社会的および文化的権利に関する国際規約
1982年 障害者に関する世界行動計画
1989年 子どもの権利条約
1990年 ジョムティエン 万人のための教育世界会議
1993年 障害者の機会均等化に関する基準規則
1994年 サラマンカ宣言および行動枠組み
2000年 ダカール 世界教育フォーラム
2006年 国連障害者権利条約

ダカール行動枠組み

2000年にセネガルのダカールで開催された世界教育フォーラムで、「万人のための教育」ダカール行動枠組みが採択された。これは、2015年までにすべての人を対象とした質の高い基礎教育を実現することを各国政府に求めている。ダカール枠組みは、以下の6つの総合目標に関する国際社会の新たなコミットメントと合意をもたらした。

  • 就学前保育・教育の改善
  • 2015年までに、すべての人に無償の初等義務教育を実施
  • ライフスキルプログラムへの平等なアクセス
  • 2015年までに、成人識字率の50%改善を達成
  • 2005年までに、男女格差を解消
  • 教育の質の測定可能な改善を実現

ダカール枠組みでは、障害児の問題に取り組む必要性に言及していたが、サラマンカで各国政府および国際社会に対して出された要求は、盛り込まれていなかった。

ダカール枠組みが採択された後、「万人のための教育」のイニシアティブに障害児が含まれていないという問題に対処するため、ユネスコは「障害者の教育の権利:インクルージョンに向けて」と題した「万人のための教育」旗艦目標を策定し、この排除されているグループのために、国際的なリーダーシップと連携を促した。そのおもな目的は、国内の「万人のための教育」計画に障害者を組み込むことである。しかし、最低限のリソースしかないことと、これをユネスコのプログラムに結び付ける正式な体制がないことから、限られた成果しか上がっていない。

6つのダカール目標の達成に向けた進展は、毎年ユネスコによってモニタリングされており、背景調査と各国政府による全国調査に基づくグローバルモニタリングレポートが発表されている。サラマンカ宣言の目標に関するグローバルモニタリングレポートはない。

ミレニアム開発目標

2000年、8つのミレニアム開発目標が世界各国の政府によって採択され、初等教育の完全普及に関するもう1つの重要な国際社会によるコミットメントが打ち出された。ミレニアム開発目標は世界的貧困を終結させるもっとも総合的なコミットメントであり、この目的の中心となるのが教育であると認め、「初等教育の完全普及の達成」という目標を掲げている。国際機関は「万人のための教育」を初等教育の完全普及というミレニアム開発目標の目標を達成するための国際的な枠組みとして認めている。どちらも2015年までに実現される予定である。

「万人のための教育」と同様、ミレニアム開発目標では障害に言及していない。「万人のための教育」は、各国政府、国際機関および他の市民社会団体に、知的障害者やその他の障害者とその家族が、教育およびその他の目標にどのように完全参加できるかを示すために、ミレニアム開発目標の枠組みを開発した。

表2 国連および国際育成会連盟のミレニアム開発目標

国連
ミレニアム開発目標
国際育成会連盟の
ミレニアム開発目標
極度の貧困および飢餓の撲滅
2015年までに、1日に1ドル未満で生活している人々および飢餓に苦しむ人々の割合を半数に減少させる。
障害者とその家族の極度の貧困の撲滅
2015年までに、知的障害者とその家族が貧困と差別から解放された生活を送れるようにする。
初等教育の完全普及の達成
2015年までに、男女ともすべての子どもが初等教育を修了できるようにする。
インクルーシブ教育の達成
2015年までに、すべての知的障害児が、それぞれの子どもが最大限の可能性を実現できる適切な支援を伴う質の高いインクルーシブ教育を受けられるようにする。
男女平等の推進と女性の地位向上
可能な限り2005年までに、初等・中等教育における男女格差を解消し、2015年までに、すべての教育レベルにおける男女格差を解消する。
障害のある女性のための男女平等の推進
2015年までに、障害のある女性・少女とその母親に対する社会的、経済的および政治的差別を撲滅する。
乳幼児死亡率の削減
2015年までに、5歳未満の乳幼児の死亡率を3分の2減少させる。
障害児死亡率の削減
2015年までに、生まれつき障害のある児童あるいは生後間もなく障害を負うようになった児童の死亡率を、3分の2減少させる。
妊産婦の健康の改善
2015年までに、妊産婦死亡率を4分の3減少させる。
児童および家族の権利の実現
2015年までに、国連子どもの権利条約で述べられている障害児の権利が尊重され、すべての子どもの幸福と健康な発達を確保するために、母親が出産前および出産後に適切なヘルスケアを受け、障害のある家族の介護と支援に必要な援助を家族が得られるようにする。
HIV/AIDS、マラリア、その他の疾病のまん延防止
2015年までに、HIV/AIDSのまん延、マラリアおよびその他の主要な疾病の発生を阻止し、減少させる。
HIV/AIDSのまん延防止
2015年までに、障害者のコミュニティにおけるHIV/AIDSのまん延を減少させ、孤児となった障害児が、地域で支援とケアを受けられるようにする。
環境の持続可能性の確保
2020年までに、少なくとも1億人のスラム住民の生活を大幅に改善する。
環境の持続可能性の確保
2020年までに、極度に貧しい生活をしている知的障害者とその家族の生活を大幅に改善する。
開発のためのグローバルなパートナーシップの推進
グッド・ガバナンス、開発および貧困削減に関する国内および国際的なコミットメントを含む、さらに開放的な貿易・金融システムを構築する。
開発とインクルージョンのためのグローバルなパートナーシップの推進
2015年までに、グッド・ガバナンスおよびグローバルなパートナーシップを推進する国際的な取り組みにより、市民権および経済的権利を含む知的障害者の人権に貢献する。

国連障害者権利条約(CRPD)

サラマンカ宣言は、普通教育における障害児のインクルージョンを明確に求める初めての国際的な法律文書であったが、もはやそれが唯一ではない。2006年12月、国連総会は国連障害者権利条約を採択し、その第24条で国際法におけるインクルーシブ教育の権利を保障している。しかし、国連障害者権利条約は単にインクルーシブ教育の権利の付与を認めているだけではない。国連障害者権利条約は、インクルーシブな教育制度のための目標の枠組みも提示しているのだ(第24条に基づく業績のベンチマークに関する解説は、第7章を参照)。それは、質の高いインクルーシブ教育を、障害のあるすべての児童および青年のために成功させるのに必要な支援と条件を提供する責務を、各国政府および国際機関に課している。

国際育成会連盟は障害者の権利条約の策定と協議に積極的に参加した。5年以上にわたり8回開催された特別委員会で、各国政府と市民社会団体は協力して障害者の権利条約を協議した。最後の特別委員会までに、800名を超える市民社会団体代表が、対話と協議のプロセスに関与したことになる。

インクルーシブ教育は、障害者コミュニティにとって、長年物議を醸し続けてきた問題であった。協議の過程は、インクルーシブ教育に関する共通の立場を築く機会をもたらした。第24条は、インクルーシブ教育の権利を認めながらも、盲やろうの生徒、および盲ろうの生徒が集団で教育を受ける権利も尊重するという、国際障害者組織間の慎重な合意を反映している(第7章

第24条は、障害者の権利条約が全体として障害に対する新たな理解を反映していることを示す一例であり、障害者の権利を実現する新たな枠組みを提示している。

2009年10月の時点で、70ヶ国が障害者の権利条約を批准し、143ヶ国が批准の意思を示して署名している。この成果は、インクルージョンという目標に対する認識が高まっている証拠である。障害者の権利条約が定める義務とガイドラインによって、各国政府、国際機関および市民社会団体は、すべての人のための教育の改善と、教育における障害者のインクルージョンの確保に、ともに取り組むことができる。

これまで同条約を批准したすべての国の中で、唯一英国のみが、第24条を「留保」している。これは事実上、障害者の権利条約が定める完全にインクルーシブな教育制度を英国内で開発する責務を果たすことに、英国政府は同意しないという意味である。私たちは、政府が教育制度を完全にインクルーシブなものへと変換するには時間がかかること、そして障害者の権利条約が政府にすべての特殊学校を閉鎖することを義務付けているわけではないことは認めるが、しかし、政府がこのプロセスを開始し、行動を起こさないことを正当化しようとせず、障害のある生徒の普通学校・普通学級に在籍する権利を否定しないことを、緊急に求める。

障害者の権利条約とその意味についてのさらに詳しい分析は、本報告書の第7章に掲載されている。

障害者の権利条約が各国政府および国際機関を動かし、インクルーシブ教育をこれまで以上に総合的な世界的課題としていくことができるかどうか、私たちは時間をかけて見守っていく。

インクルーシブな教育制度への投資およびその実施のための国際的な枠組みは存在するか。

「万人のための教育」の目標および初等教育の完全普及というミレニアム開発目標の目標を達成するための立案・実施および投資活動は、どのように進められているのだろうか。国および/または州レベルの政府は、自国の教育制度を立案、実施し、これに投資することに一義的な責任を負っている。ほとんどの先進国では、2、3の例外を除き、政府は二面的な制度(健常児の普通教育制度と知的障害およびその他の障害のある児童の分離「特殊」教育制度)に投資し、これを実施している。

ほとんどの場合、この二面的なアプローチが、低所得国や開発途上国でも取り入れられている。前述のように、このような国では障害児の大多数がまったく就学していない。また、多くの開発途上国において、特殊教育は教育省や教育部の担当ではなく、社会福祉問題と見なされている。多くの開発途上国では、政府とドナーはほとんどの場合、社会福祉制度の一環として、また慈善の立場から、分離学校で特殊教育を行う非政府機関に資金を提供してきた。開発途上国において公的制度に特殊教育が組み込まれてきた所でも、それは非常に小規模で、おもに分離特殊教育制度を通じて実施され、ほとんどの児童が制度から取り残されている。

開発途上国の教育制度への投資に対する支援には、経済援助と技術的支援の両方があり、多くのルートを通じて支給される。ドナー国は、二国間援助機関を通じて直接支援を行う場合もあれば、世界銀行、地域開発銀行、ユニセフなどの国連機関、そして欧州連合加盟国の場合は欧州開発基金のように、多国間機関を通じて援助を行う場合もある。世界銀行などの多国間機関は、ドナー国から開発途上国への援助を仲介するとともに、世界銀行の場合は債務救済、信託資金、ローンの利下げなどによる直接的な援助も行っている。これらの援助形態および支援金支給方法のすべてが、開発途上国の教育制度開発投資に利用されている。

このような国際援助制度は、おもに二面的なアプローチに従っている。1つは国際的な「万人のための教育」およびミレニアム開発目標の教育課題全般に対する投資であり、もう1つは、これよりはるかに小規模な特殊教育への投資の流れである。前者の流れは、教育の供給、アクセスおよび質を改善する教育改革への多額の投資だが、これは通常「障害者のインクルージョン」という視点を伴っていない。

後者の流れは、通常は分離学校で一斉に行われる「特別支援」教育への投資であり、「標的」戦略と見なされている。多くの政府が不就学児集団(女子、ロマ族の子どもたち、児童労働者など)を優先させているが、これらの児童を救済する戦略は、大規模な学校改革の取り組みには組み込まれていない。関連のある教育制度の改革をせずに、社会から取り残されている集団を対象としたプログラムを策定することは、さまざまな集団のニーズへの個別対応を増やし、ひいては特殊学級と特殊学校を増やすことにつながる。

このはるかに小さな第二の流れに乗せて、インクルーシブ教育への投資や、「特殊」分離教育からインクルーシブ教育への移行に対する投資が行われてきた。インクルーシブ教育に対する比較的少額の投資は、通常、インクルーシブ教育に関するパイロットプロジェクトや研究で、「プロジェクト」性を帯びており、非政府機関(NGO)のパートナーを通じて、特殊教育やインクルーシブ教育のプロジェクトにかかわる開発途上国のNGOを支援するためにドナー国から支給される。これらのプロジェクトの概要は、世界銀行や二国間ドナー機関の報告書やウェブサイトに掲載されている。しかし、それらは教育制度改革に不可欠であるとは見なされていない。これらのプロジェクトを検証すれば、つまり、不就学障害児の95%が就学できるように、インクルーシブ教育のスケールアップを実現できたかどうかを検証すれば、不合格とされる可能性が高いだろう。だがそれは、これらのプロジェクトが重要ではないという意味ではない。それらは間違いなく、よりどころとなる優れた教訓を提供するからだ。問題は、それらが第二の投資戦略の流れに限定され続けていることである。それらのプロジェクトが、世界的な教育課題に対する真の投資が行われる場である第一の流れを変えることは、事実上ない。

二面的なアプローチを支持する議論の1つでは、すべての障害児のニーズを普通教育制度の中で満たすことはできない、それは財政的に実行可能ではない、と主張している。実際はOECD(1994年)の研究によれば、障害児を普通学級に受け入れることは、分離制度を維持することに比べて、7倍から9倍コストが低いとのことである。別の施設、別の運営機関、別の教員研修は、はるかに高くつくアプローチなのだ。不就学障害児童の95%全員の教育へのアクセスを確保するには、さらに多くの投資が必要であることには、疑問の余地がない。しかし、普通教育制度を利用したアクセスの拡大に対する資金援助は、短期間金融コストを負担することで長期にわたる成果を出せる点で、はるかに費用対効果の高いアプローチなのである。

インクルーシブ教育が、教育に対する主要な国際投資戦略に十分に組み込まれていないという事実は、いみじくも「エデュケーション・フォー・オール・ファスト・トラック・イニシアティブ(FTI)」と名付けられた、世界銀行が取りまとめるイニシアティブに関する、最近の研究でも裏付けられている。この研究は『教育が見失った数千万人(Education's Missing Millions)』1と題され、ワールド・ビジョン(World Vision)によって実施された。FTIを通じてドナー機関は、貧困削減戦略と国内教育計画を持つ開発途上国に対し、教育資金の追加を約束する。ワールド・ビジョンの研究では、FTIのイニシアティブが、障害児の初等教育に対する障壁の解消にいかに効果的であったかが検討された。研究からは、障害児の人数やそのニーズを的確に確認し、学校の建物のアクセシビリティ、教員研修、親への支援、地域社会の関与、十分な資金援助、あるいは効果的なモニタリング方策を確保するための戦略を提供する、権利に基づく計画の開発や実施を行った国はなかったことが明らかになった。とは言うものの、報告書では、カンボジア、ケニアおよびベトナムなど、「強力かつ適切な計画」が開発されている国をいくつか指摘している。しかし、再検討されたほとんどの国内教育計画において、障害への言及は最小限にとどまるか、あるいはまったく見られなかった。

インクルーシブ教育への投資が「脱線」し続けているおもな理由の1つは、援助機関の政策と関連がある。2003年、国際育成会連盟は、援助機関の障害者関連政策を詳しく調査した。本報告書を準備するに当たり、障害政策を採用する機関が増えたかどうか、そしてそれらの政策がインクルージョンを促進しているか、またこのようなアプローチが援助機関の教育政策にも取り入れられてきたかどうかを判断するために、援助機関の障害政策が教育政策と合わせて見直された。

過去6年間、私たちは開発機関における障害者関連政策とプログラムの増加を目の当たりにしてきた。しかし、これらの開発機関の活動全体にわたり、インクルーシブなアプローチが取られるようになったわけではない(表3 開発機関の障害・教育政策参照)。このことは、教育現場において、インクルーシブ教育が二国間機関の教育イニシアティブの一部としてはまだ採用されていないことを意味する。ある二国間機関は、インクルーシブ教育を促進するイニシアティブの提案を受けた際、インクルージョンをトレンドとしては見ておらず、また、プログラミングの中で、障害のある生徒だけでなく「すべての生徒」のニーズに取り組むことに関心を持っているので、インクルーシブ教育のイニシアティブは支援しない、と回答した。

ワールド・ビジョンによる最近の調査からは、20のドナー機関で、「(インクルーシブ教育に関する)個別の政治コミットメントの増加」が見られるが、「(中略)組織的な行動や具体的な財政コミットメントを伴っていない」ことも明らかになった。その結果、「軟弱な政治的意思と問題の過小評価により、進展が妨げられている。」同じ調査では、「これはドナーが単独では対処することのできない、お金のかかる問題である(Lei 2009年)」というドナーの言葉が引用されている。同様に、世界銀行の調査によれば、「PRSPs(貧困削減戦略白書-貧困削減のための国家計画)の67%が、障害児教育に関するコミットメントを掲げているが、これに相応する予算項目を持つのはそのわずか20%にすぎない。2

表3 開発機関の障害・教育政策

政府機関 障害政策あり 教育政策に障害を含める 障害政策に教育を含める
AusAID(オーストラリア国際開発局)  
CIDA(カナダ国際開発庁)      
DANIDA(デンマーク政府開発援助機関)      
DFID(イギリス国際開発省)    
EU委員会(欧州連合)
GTZ(ドイツ技術協力公社)  
JICA(国際協力機構)    
NORAD(ノルウェー開発協力庁)    
NZAID(ニュージーランド国際援助開発庁)      
SIDA(スウェーデン国際開発協力庁)
USAID(米国国際開発庁)  

私たちは最近になって2つの開発機関から相談を受けた。どちらの機関も基礎教育への重点的な取り組みを廃止することを計画していた。これは、これらの機関が分析した結果、初等教育の完全普及という目的の達成が近いと判断したからである。残念ながらそのような分析では、多数の未登録の障害児や、国の教育省が責任を負わない児童を無視している。もはや基礎教育を優先する必要はないと開発機関が想定した場合、必要な改革が行われず、障害児が排除され続ける危険がある。

インクルーシブ教育が「万人のための教育」促進の中心となるまでは、障害のある児童・青年の教育は、分離「特殊教育制度」が責任を担うものと見なされ続けるであろう。そしてインクルージョンの成功に必要な組織改革は行われないであろう。

インクルーシブ教育の世界的な進展は評価されているか?

ユネスコのグローバルモニタリングレポート

「万人のための教育」およびミレニアム開発目標の世界的な教育課題の進展を評価するおもな方法として、ユネスコが毎年発行している、「万人のための教育」に関する『グローバルモニタリングレポート』の利用があげられる。このレポートは、「万人のための教育」の6つの目標に関する各国の実績を明らかにし、その達成に向けての国際的な進捗状況を示すものである。しかし前述のように、ダカール枠組みでは、知的障害あるいはその他の障害のある児童・青年の教育へのインクルージョンという目標に関して、具体的なターゲットや方策が示されていない。

障害のある児童・青年、あるいは障害のある少女・若い女性のための計画・立案、投資およびモニタリングの指針となる明確な目標や方策がまったくないことから、このような人々のための「万人のための教育」目標の達成にはほとんど進展が見られない。付録2では、2002年にグローバルモニタリングレポートが初めて発行されて以来増加している、障害への言及をまとめている。2009年のグローバルモニタリングレポートには、現在までに発行されたレポートの中でもっとも総合的な、障害と教育に関する議論が掲載されている。そこでは、初等教育の完全普及という目標の達成を妨げる3つのおもな障壁の1つとして、児童労働と病気とともに障害をあげている。レポートは学校への交通手段の欠如/物理的な距離、アクセシブルでない施設、研修を受けた教員の不足、そして障害児に対する社会の否定的な態度を、排除につながる具体的な障壁として認めている。

ほとんどのグローバルモニタリングレポートでは、インクルージョンに関する個人的な、スケールの小さい成功談と、障害児教育に対する障壁についての一般的な内容が述べられている。しかし、教育に関する世界的課題の一部としてのインクルーシブ教育を、効果的に立案し、これに投資し、その進展をモニタリングする上で指針となる基盤を、政府や国際機関に提供するデータは不足している。

最新のレポートに掲載された情報によれば、就学・不就学の障害児に関する国際的な報告方法の考案は、サラマンカ以降、そのような情報が要求されているにもかかわらず、まったく進展していない。2009年のレポートでは、再びデータの問題に触れているにもかかわらず、多くの開発途上国における障害者率をわずか1-2%と推定し続けている。しかし世界銀行の報告書によれば、障害者率は推定10-12%であり、ニュージーランドでは20%という高い数値となっている。障害者率がこれほどに過小評価されているため、就学している障害児の推定割合は劇的に上昇する。たとえば、最新のグローバルモニタリングレポートに引用された「調査結果」では、インドにおける年齢の高い学齢期の障害児と健常児の教育へのアクセスの差はわずか4%となっており、ブルンディにおいてはまったく差がないことになっている。3これらの推定値は非常に疑わしい。

「経済協力開発機構 生徒の学習到達度調査(PISA)」

経済協力開発機構は、本章で概要を述べてきた教育への二面的アプローチにおいて多くの役割を果たしている。経済協力開発機構は加盟国4に、先進国と開発途上国における教育政策の幅広い方向性を検討する場を提供する。また、調査研究を実施し、教育およびその他のセクターにおける、加盟国による二国間援助の取り組みに対する効果的な支援戦略を提案する。さらに、先進国、開発途上国および市場経済移行国におけるインクルーシブ教育に関する国際比較調査を実施し、その結果を公表してきた(例 OECD 2009年、2007年、1999年)。

しかし、世界的な教育課題に最大の影響を与えているのは、経済協力開発機構の「生徒の学習到達度調査(PISA)」である。この評価プログラムには、現在50を超える国が参加し、15歳の就学児童を対象に、読解、科学および数学に関する能力の標準テストを実施している。それは、国内の教育制度の効果を評価する手段として、学校で標準テストを実施する最近の大局的な傾向の一端である。

このアプローチは一般市民により支持されているが、カナダのある地方新聞で「オタナビー・バレー(校)州内でほぼ最下位:特別なニーズのある生徒によってゆがめられた成績」(Marchen 2004年)と報道されたように、標準テストの成績を下げていると「責められる」ことが多いのが、障害のある生徒たちである。

標準テストの結果、障害児は入学を拒否されるか、あるいは教育制度の全般的な実績評価において、その「成績」をカウントされない特殊教育に組み込まれるか、どちらかの措置が取られることになる。学習者中心型アプローチで生徒を評価する場合は、生徒の個別の目標に対する到達度を評価し、生徒が学級に多様性をもたらす「多重知能」を認める。これは、インクルージョンを可能にする評価方法である。しかし標準テストは、障害のある児童・青年を受け入れない教育を世界的課題として推進している。実際それは、障害者を参加させないようにする、成績重視のシステムの構築を促している。

その他の国際調査

「万人のための教育」を背景としたインクルーシブ教育に関する文献のもっとも総合的な考察の1つに、現在までの調査結果をうまくまとめているものがある(Peters 2004年)。ピーターズ(Peters)は、障害児の視点から見た「万人のための教育」目標の達成には、広範囲にわたる組織改革が必要であることが、調査の結果明らかになったと述べている。そして、ミクロレベル(学校と地域社会)、メゾレベル(教育制度)、およびマクロレベル(国内外の政策と国内法)での変革が必要であるとしている。ピーターズはまた、インクルーシブ教育の政策と実践は「さまざまな形態を取り、さまざまなレベルにおいて、さまざまな目的をもった社会単位によって、さまざまな状況および力関係の下に、繰り広げられる闘い」であることを、調査結果が示唆していると述べている。

インクルーシブ教育に関する調査の結果、教育の地方分権化、資金援助、アクセスと参加、教員の就任前および在職中の研修と専門能力の開発、法制改革、学校の再編成および「全校」改革、評価、そしてNGO、地域社会、政府および多くのセクターとの連携による能力構築などの、緊急に解決しなければならない課題が提起されたのは、この闘いの現状を踏まえてのことである。

前途有望な動向

教育に関するインクルーシブな世界的課題には組織的な問題があるにもかかわらず、最近、国際機関の動向に明るい兆しが見えてきた。12カ月以上にわたり本調査を実施する間に、以下の機関の政策と活動に、有望な変化が認められたのである。

ユニセフは、10年以上もの間、障害児を事実上無視し続けてきたが、今では障害者の権利条約の実施においてユニセフが果たすべき役割として、インクルーシブ教育の促進を優先事項としている(UNICEF 2009年)。本調査に貢献するものとしてユニセフによって作成された報告書からは、知的障害児を含む障害のある児童・青年のインクルージョンを促進する活力と情熱をユニセフが「取り戻している」ことが認められた。現在では、障害児の認定、教員研修、学校のアクセシビリティ改善、障害、人権およびインクルージョンに関する情報ツールおよびリソースの開発などに焦点を当てた、ドナー国と被援助国が参加する大規模なイニシアティブを含む多数のイニシアティブが、ユニセフ本部および各地の現地事務所で進行中である5。障害者の権利条約は、この分野におけるユニセフの権限と活動をともに強化する、好ましい影響を与えている。ユニセフ本部では、ユニセフのグローバル教育戦略の枠組み内での、障害児を対象とした早期介入とインクルーシブ教育の促進および実践に関するポジションペーパーが作成されつつある。

ユネスコは1994年のサラマンカ会議以来、インクルーシブ教育の促進を、基礎教育推進部のインクルージョン・質向上セクションの担当としていた。だが、このセクションはほとんど政府からの資金援助に依存しており、ユネスコの政策全般に重要な影響を与えることはなかった。しかし、2008年のインクルージョンに焦点を絞った国際教育会議以来、ユネスコ国際教育局はこの問題の優先順位を高めてきた。

経済協力開発機構は、優れたインクルーシブ教育の実践を認め、教育革新研究センターと教育局を通じて、加盟国と非加盟国の両方に比較可能なデータを供給することに極めて協力的であったが、最近になってこれらの活動を縮小した。経済協力開発機構の開発援助委員会は、ドナー政策の策定に重要な役割を果たしているが、障害問題には目を向けてこなかった。

世界銀行は、ジェームズ・ウォルフェンソン(James Wolffenson)が総裁を務めていた時代、インクルージョンを強力に推進していた。国家計画の好ましい事例は数例ほどで、中でもベトナムが際立っていたが、全体として障害とインクルージョンの問題は、教育課題に不可欠な要素としては取り上げられることはなかった。しかし現在、インクルーシブ教育に関する知識ネットワークが、世界銀行によって開発されている。ワールド・ビジョンによって作成された『教育が見失った数千万人』では、世界銀行が進めているファスト・トラック・イニシアティブが、インクルージョン推進において、どのように一層積極的な役割を果たすことができるかを確認しており、同報告書の提言の一部が実施される兆しがある。

まとめ

一連の目標、投資戦略、そして進捗状況をモニタリングする手段を伴った、教育に関する重要な世界的課題がある。しかし、この世界的課題の中のインクルーシブ教育に関する約束は、大部分が美辞麗句となってしまっている。前途有望な動きも一部に認められ、インクルージョンとその重要性に対する注目も高まってはいるが、この目的は概して今なお世界的課題としては重要ではないと考えられている。

それでは、教育に関する世界的課題を今後インクルーシブなものとするためには、コミットメントや投資戦略およびモニタリングの枠組みをどのように再構築していけばよいのだろうか?現在、「万人のための教育」と初等教育の完全普及をめざすミレニアム開発目標によって課題が推進されているのなら、そこから始めることが重要であると思われる。またこれらの目標の達成が、知的障害者とその家族の視点からはどのように見えるのかを問いかけることが重要である。教育に関する真にインクルーシブな世界的課題を設定する際に直面する障壁や課題について、何が語られてきたのか?次章ではこれを取り上げる。


1 ワールド・ビジョン(World Vision)『教育が見失った数千万人:教育への障害児の受け入れ EFA FTIプロセスと国家セクター計画(Education's missing millions: including disabled children in education EFA FTI processes and national sector plans)』 ロンドン:ワールド・ビジョン 2007年

2 フィリッパ・レイ(Philippa Lei)『目標を達成しているか?ドナー、障害児と教育(Making the Grade? Donors, disabled children and education)』 講演より(2009年9月 ロンドン ワールド・ビジョンUK)

3 たとえば、2009年のグローバルモニタリングレポートでは、開発途上国14カ国で実施された調査から得られた、障害児と教育に関する世界銀行の分析データに言及している。しかしこれらの調査では、アフリカ、アジアおよび南アメリカの多くの開発途上国において、障害者は人口のわずか1-2%であると推定している。この推定値は、先進工業国でさえも、少なくとも人口の10%が障害者であるという国際的に認識されている推定値よりもはるかに低い。UNESCO EFAグローバルモニタリングレポート2009『格差の克服:ガバナンスはなぜ重要か(Overcoming inequality: why governance matters)』(パリ UNESCO 2008年 pp.82-83)、デオン・フィルマー(Deon Filmer)『開発途上国における障害、貧困、および学校教育:14件の世帯調査結果(Disability, Poverty, and Schooling in Developing Countries: Results from 14 Household Surveys)』世界銀行 エコノミックレビュー(The World Bank Economic Review)(Vol. 22 No.1 2008年141-163)およびダニエル・モント(Daniel Mont)『障害者率の測定(Measuring Disability Prevalence)』SP討議資料No.0706(ワシントン:世界銀行 2007年)

4 経済協力開発機構(OECD)はおもに高所得の30カ国からなる組織である。www.oecd.org

5 UNICEF『「万人のための教育」への人権を基本としたアプローチ(A Human Rights-Based Approach to Education for All)』(ニューヨーク:UNICEF 2007年)および『障害児:差別終結と参加、開発およびインクルージョンの促進(Children with Disabilities: Ending Discrimination and Promoting Participation, Development, and Inclusion)』(ニューヨーク:UNICEF 2007年)参照