第7章 「万人のための教育」達成のための国連障害者権利条約の利用
本調査に関する研究では、開発途上国と先進国の両方において、インクルーシブ教育の実施と成功が可能であることを示す証拠と事例を紹介している。しかし、本調査に参加した国の中で、あるいはほかに報告されている中で、「万人のための教育」の達成手段として、インクルーシブ教育を制度に導入するまでに至った好事例や強力な政治的コミットメントが見られる国は、ほとんどなかった。
ダカール目標に向けた進展と障害者受け入れの取り組みの分析から、各国政府および国際機関が、インクルーシブな結果をもたらす教育ガバナンス、政策、計画、資金調達、実施およびモニタリングへのアプローチの導入に失敗したことは明らかである。とはいえ、世界中の国々が、「万人のための教育」の達成に向けた今後の取り組みに直接影響を与える、拘束力を持つ法律文書である障害者の権利条約を採択し、批准を進めている。
国家レベルでの各国政府の義務に加えて、ユネスコ、世界銀行、ユニセフおよびその他の国際機関もまた、それぞれに与えられた権限の範囲内で、国際協力の取り組みを通じて障害者の権利条約を実施することに責任を負っている。国連専門機関は、国連加盟国の手足となり、人権条約やその他の法律の促進と実施に当たる権限を与えられている。これは、各国政府と国際機関による「万人のための教育」とダカール目標の達成への取り組みでは、障害者の権利条約を考慮しなければならないことを意味している。
本章では、「万人のための教育」にとって障害者の権利条約がどのような意味を持っているのか、また、ダカール目標とこれまでの「万人のための教育」の取り組みにおける「インクルージョンの欠陥」を解決するために、障害者の権利条約はどのような基盤を設定しているのかを検討する。
国連障害者権利条約第24条と教育の権利
障害者の権利条約の第24条は、特に教育に言及しており、各国政府に以下の2つのことを行う義務を課している。
- 障害のある児童・青年および成人に、他の者との平等を基礎として教育を提供する。
- その教育を、インクルーシブな制度の中で提供する。
第24条が意味する所は明白である。障害者の教育の権利を実現するには、「あらゆる段階におけるインクルーシブな教育制度」の確立が必要である。障害者の権利条約が教育制度改革にもたらす影響の分析は、表6にまとめられている。表6では、本調査の面談参加者とフォーカスグループが指摘した、障害者の権利条約第24条で認められているインクルーシブ教育に対する権利が知的障害者の生活で実現されることになった場合の重要な成果を明らかにしている。
コラム
障害者の権利条約第24条は締約国に「教育についての障害のある人の権利を認める。締約国は、この権利を差別なしにかつ機会の平等を基礎として実現するため、あらゆる段階におけるインクルーシブな教育制度及び生涯学習…を確保する。」
表6 障害者の権利条約第24条がインクルーシブ教育にもたらす成果
第24条1 締約国は、次のことを目的とするあらゆる段階におけるインクルーシブな教育制度及び生涯学習を確保する。 |
乳幼児のケアおよび教育、初等・中等・高等および成人教育におけるインクルーシブ教育にもたらす成果 |
(a)人間の潜在能力並びに尊厳及び自己価値に対する意識を十分に開発すること。また、人権、基本的自由及び人間の多様性の尊重を強化すること。 |
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(b)障害のある人が、その人格、才能、創造力並びに精神的及び身体的な能力を可能な最大限度まで発達させること。 |
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(c)障害のある人が、自由な社会に効果的に参加することを可能とすること。 |
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教育制度改革によりこのような成果がもたらされるという期待は、学習者、親、教師および政策立案者に共通している。これらの成果は、障害の有無を問わず、多様な学習者に当てはまることであり、またダカール目標と「万人のための教育」のビジョンを根底で支えている。しかし「万人のための教育」の課題は、ダカール目標が理論上ではすべての学習者を対象としている一方で、インクルーシブな教育制度の計画と成功の指標は述べられておらず、ましてや説明もされていないということだ。障害者の権利条約は、そのギャップを解決する。
第24条は、同条約の他の規定とともに、第6章で明らかにされた制度上の欠陥と障壁を解決する総合的なガイダンスを確立する。第24条以外の関連のある障害者の権利条約の規定としては、障害者の権利を促進できるよう、家族を支援する必要性の認識(前文)、「一般原則」(第3条)、平等及び非差別〔無差別〕(第5条)、障害のある子ども(第7条)、意識向上(第8条)、アクセシビリティ(第9条)、家庭及び家族の尊重(第23条)、労働及び雇用(第27条)、文化的な生活、レクリエーション、余暇及びスポーツへの参加(第30条)、国際協力(第32条)および国内的な実施及び監視(第33条)がある。
下記の表7では、これらの条文すべてを引用し、教育制度の計画と実施のために障害者の権利条約が定めた「インクルージョン・ベンチマーク」として提示する。下記の表のコラム1では、障害者の権利条約の前文と条文の文言を引用している。これらは教育制度を障害者の権利条約に準拠したものとするために、満たさなければならないインクルージョンの基準である。これらのベンチマークに基づき、コラム2では、乳幼児のケアおよび教育政策、計画、投資、実施およびモニタリングのメカニズムが、障害者の権利条約のインクルージョンに関するベンチマーク/基準を順守しているかどうかを評価することができる「成功指標」を明らかにする。
表7 インクルーシブ教育に関する障害者の権利条約のベンチマークおよび「万人のための教育」成功指標
1.教育制度に関する障害者の権利条約のインクルージョン・ベンチマーク | 2.「万人のための教育」成功指標 |
第24条2:教育 (a)障害のある人が障害を理由として一般教育制度から排除されないこと、及び障害のある子どもが障害を理由として無償のかつ義務的な初等教育又は中等教育から排除されないこと。 |
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(b)障害のある人が、他の者との平等を基礎として、その生活する地域社会において、インクルーシブで質の高い無償の初等教育及び中等教育にアクセスすることができること。 |
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(c)各個人の必要〔ニーズ〕に応じて合理的配慮が行われること。 |
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(d)障害のある人が、その効果的な教育を容易にするために必要な支援を一般教育制度の下で受けること。 |
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(e)完全なインクルージョンという目標に即して、学業面の発達及び社会性の発達を最大にする環境において、効果的で個別化された支援措置がとられること。 |
以下を含む個別化された支援が随時利用可能
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前文…家族に関するセクション 家族が、社会の自然かつ基礎的な単位であり、かつ社会及び国による保護を受ける権利を有することを確信し、また、障害のある人及びその家族の構成員が、障害のある人の権利の完全かつ平等な享有に家族が貢献することを可能とするために必要な保護及び援助を受けるべきであることを確信し |
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第3条:一般原則 この条約の原則は…社会への完全かつ効果的な参加及びインクルージョン |
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第5条:平等及び非差別〔無差別〕 締約国は、障害に基づくあらゆる差別を禁止するものとし、いかなる理由による差別に対しても平等のかつ効果的な法的保護を障害のある人に保障する。 |
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第7条:障害のある子ども 締約国は、障害のある子どもが、他の子どもとの平等を基礎として、すべての人権及び基本的自由を完全に享有することを確保するためのすべての必要な措置をとる。 |
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第8条:意識向上 締約国は、次のための即時的、効果的かつ適当な措置をとることを約束する。 (a)障害のある人の置かれた状況に関する社会全体(家族を含む。)の意識をの向上、並びに障害のある人の権利及び尊厳に対する尊重の促進 (b)あらゆる生活領域における障害のある人に対する固定観念、偏見及び有害慣行(性及び年齢を理由とするものを含む。)との闘い (c)障害のある人の能力及び貢献に対する意識の促進 |
措置には以下を含まなければならない。
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第9条:アクセシビリティ このような措置は、アクセシビリティにとっての妨害物及び障壁を明らかにし及び撤廃することを含むものとし、特に次の事項について適用する。 建物、道路、輸送機関その他の屋内及び屋外の施設〔設備〕(学校、住居、医療施設〔医療設備〕及び職場を含む。) |
学校およびインフラストラクチャーに対する投資のための国レベル/州レベルの教育計画には、乳幼児のケアおよび教育プログラムや学校への往復のためのアクセシブルな交通手段と、アクセシブルなプログラムおよび学校施設に関する予算と計画を含めなければならない。 |
第23条:家庭及び家族の尊重 締約国は、障害のある子どもが家族生活について平等の権利を有することを確保する。締約国は、この権利を実現するため並びに障害のある子どもの隠匿、遺棄、放置及び隔離を防止するため、障害のある子ども及びその家族に対し、包括的な情報、サービス及び支援を早期に提供することを約束する。 |
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第24条:教育 締約国は、教育についての障害のある人の権利を認める。締約国は、この権利を差別なしにかつ機会の平等を基礎として実現するため、あらゆる段階におけるインクルーシブな教育制度及び生涯学習を確保する。 |
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第27条:労働及び雇用 障害のある人が、一般公衆向けの技術指導及び職業指導に関する計画、職業紹介サービス並びに継続的な職業訓練サービスに効果的にアクセスすることを可能とすること。 |
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第30条:文化的な生活、レクリエーション、余暇及びスポーツへの参加 締約国は、障害のある人が他の者との平等を基礎として文化的な生活に参加する権利を認めるものとし、次のことを確保するためのすべての適切な措置をとる。 障害のある子どもが、他の子どもとの平等を基礎として、遊び、レクリエーション、余暇及びスポーツの活動(学校制度におけるこれらの活動を含む。)に参加することができることを確保すること。 |
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第32条:国際協力 締約国は、この条約の目的及び趣旨を実現するための国内的な努力を支援する者として国際協力及びその促進が重要であることを認識し、また、これに関しては、国家間において、並びに適切な場合には国際的及び地域的な関係機関並びに市民社会(特に障害のある人の団体)と共同して、適切かつ効果的な措置をとる。 |
第32条で提案されている方策を利用し、締約国はドナーや国際機関と協力し、次のようなインクルーシブ教育の促進のための措置をとる。
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第33条:国内における実施及び監視 締約国は…この条約の実施に関連する事項を取り扱う1又は2以上の担当部局〔フォーカルポイント〕を政府内に指定する。(中略)この条約の実施を促進し、保護し、及び監視〔モニター〕するための枠組み(適切な場合には、1又2以上の独立した仕組みを含む。)を自国内で維持し、強化し、指定し又は設置する。(中略)市民社会、特に、障害のある人及び障害のある人を代表する団体は、監視〔モニタリング〕の過程に完全に関与し、かつ、参加する。 |
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これはインクルーシブな教育制度のための一連の総合的なベンチマーク/基準であり、「万人のための教育」に関する計画および投資の企画と評価の指針となる指標である。そして、各国政府が国や州レベルの教育計画を考案し、これに投資する際に、従わなければならないガイドラインである。家族や当事者、市民社会団体にとって、この一連のベンチマークと指標は、「万人のための教育」の計画、モニタリング、および実施に向けた進捗状況の報告において、政府やその他の教育関係者と連携するための手段としても役立つ。
各国政府に対し、この枠組みは以下を提供する。
- 国レベル/州レベルの教育計画あるいは国レベル/州レベルの法律およびプログラム計画の見直しの根拠
- 障害者の権利条約で規定されている定期的な報告とモニタリングのための、第24条の実施に関する情報収集の枠組み
- インクルーシブ教育における好事例を確認し、収集するための基準
- グッドプラクティスから組織的な改革へとスケールアップするための知識開発と能力構築の方向性
家族、当事者、障害者団体および市民社会団体に対し、この枠組みは以下を提供する。
- シャドーレポート作成のための第24条実施に関する情報収集の根拠
- インクルーシブ教育に関する好事例を確認し、収集するための基準
- 「万人のための教育」の計画およびモニタリングにおいて、各国政府、ドナー機関および国際機関と連携する際のガイダンス
- 国レベル/州レベルの人権申し立て制度および障害者の権利条約選択議定書の下で予測される苦情を確認する仕組み
第24条や教育の権利を支持するその他の条文は、「万人のための教育」の達成に不可欠とされるインクルーシブ教育に関する課題を推進する根拠を提供する。第24条実施の出発点として、各国政府は、教育における障害児の完全なインクルージョンに対するあらゆる差別的な条項および障壁を確実に取り除くために、人権法と教育法、そして政策を見直さなければならない。
さらに、国あるいは州の教育法でも、すべての児童が普通教育制度の下で、障害を理由とした差別を受けることなく、教育を受ける権利を確立しなければならない。インクルーシブ教育を積極的に促進する法律と政策には、すべての児童の教育に関する全般的なコミットメントとインクルーシブなアプローチの両方を盛り込むとともに、障害児のインクルージョンとそれに伴う必要な支援の提供に関する具体的なコミットメントも含めなければならない。
次章では、インクルーシブな教育制度に関するこのベンチマーク/基準の枠組みと「万人のための教育」成功指標を利用し、障害者の権利条約に準拠した「万人のための教育」の確立に向けた次のステップの概要を述べる。