第8章 提言:障害者の権利条約に準拠した「万人のための教育」に向けて
本調査のもっとも重要な提言は、各国政府、ドナーおよび国際機関が、ガバナンス、政策、計画・立案、資金調達、サービスの提供、実施およびモニタリングの枠組みにおいて、インクルーシブな「万人のための教育」を開発していかなければならないということである。障害者の権利条約はこれを行うために、成果、ベンチマーク、指標および義務をまとめて提示している。この取り組みの指針となる4つのおもな提言を以下に記す。
- インクルーシブ教育のための強力かつ効果的なガバナンス、政策および計画・立案
- 教育制度改革を目的とした、各国政府、ドナーおよび国際機関による投資
- 学区レベルでの効果的な実施システムとサービス提供システム
- 障害者が参加するモニタリングと報告の枠組み
私たちが行った調査の結果と提言は、教育への権利に関する国連特別報告官が『障害者の教育への権利(The Right to Education of Persons with Disabilities)』(Munoz 2007年)に関する特別報告書で述べている結果および提言と一致している。
インクルーシブ教育のための強力かつ効果的なガバナンス、政策および計画・立案
強力かつ効果的なガバナンス、政策および計画・立案
- インクルーシブ教育に関する政治的リーダーシップと政府の責任の確立
- 政府、教育専門家および市民社会団体代表による国レベル/州レベルの「インクルーシブ教育のためのパートナーシップ」の確立
- 以下に重点的に取り組む、インクルーシブ教育に関する国レベル/州レベルの計画の開発と実施
- インクルージョンと非差別のための法律および配慮のためのガイドライン
- 政府教育部門がすべての児童の教育に責任を負うことの保障
- 障害児の認定、教育へのアクセス、教育の質および成果の確認
- 親に対する支援
- 教員研修
- 支援の提供
- アクセシブルな施設
- 学校への往復の交通手段
- 移行
- 一般の人々の意識向上
- 人権申し立て制度
- インクルーシブ教育に関する知識ネットワーク
- 政府高官による政治的リーダーシップを伴うガバナンスの仕組みと、乳幼児のケアおよび教育、教育、医療および社会的支援、交通手段、資金調達にかかわる政府各省庁/部門と、インクルーシブな「万人のための教育」の確立にかかわるその他の部門が参加する政府代表機関の設立。
- 重要な課題の確認と、国レベル/州レベル、地区レベルの計画開発のための、国および/または州レベル、地区レベルでの、以下の機関との「インクルーシブ教育のためのパートナーシップ」の確立
- 当事者および家族の団体
- 乳幼児のケアおよび教育、教育、医療、資金調達などを担当する部門を含む、政府各部門
- 教育提供者(乳幼児のケアおよび教育提供者、教師、学校経営者、医療および社会的支援提供者)
これらのパートナーシップは、市民社会団体、政府および教育関係者によるさまざまな課題の確認と効果的な計画の開発を実現するために不可欠である。
- 上記のパートナーとの連携による国レベル/州レベルのインクルーシブ教育計画の開発。計画では、以下の目的に必要な措置を重視しなければならない。
- 教育におけるインクルージョンと非差別を確保するための法律の改正
- 就学している障害児と就学していない障害児の確認、アクセス、教育の質および成果に関するデータ収集
- 親に対する支援プログラム、インクルーシブ教育に対する当事者および親の関与とリーダーシップ
- 乳幼児のケアおよび教育プログラム提供者および教師に対する研修
- 乳幼児のケアおよび教育プログラムおよび学校を拠点とした医療・社会的支援(援助と支援機器、治療)を、インクルージョンを可能にする方法で提供すること
- アクセシブルな乳幼児のケアおよび教育施設と学校
- 乳幼児のケアおよび教育および学校への往復の交通手段
- 乳幼児のケアおよび教育、小学校、中学校、高等学校、成人教育および労働市場と成人期を通じての、学習者/生徒の進級・移行への対処
- ベストプラクティスやインクルーシブなプログラミングに関する情報へアクセスするための知識ネットワーク
- インクルーシブ教育に対する支持を得るための、一般の人々を対象とした意識向上プログラム
- 個別の申し立てのための独立した人権制度、法的権利擁護のための支援活動、制度上の差別に関する調査
- アクセス、教育の質および成果に関するモニタリングと報告
- 乳幼児のケアおよび教育、初等・中等・高等・成人教育に関するすべての法律において、障害を理由とした差別のないインクルーシブ教育を義務付けることを保障。
- 初等・中等学校教育に関する教育法が、障害児にとってインクルーシブであり、これを担当する教育省/部門が、インクルーシブ教育制度を考案する使命、権限、責任および手段を持つことを保障。
- 独立の人権機関が、障害を理由とした教育における差別の個別申し立てを受理するとともに、同じ理由による組織的な差別に関する調査を行う権限も持つことを保障。
- あらゆる教育プログラムにおける障害のある生徒のインクルージョンと配慮に関する法的ガイドラインの策定(就学前から高等・成人教育まで)。
- インクルーシブ教育に関する教員研修制度(就任前および在職中)の確保。
- すべての教育政策の開発、計画・立案、資金調達、実施およびモニタリングにおいて、「インクルーシブ教育の視点」を義務付ける。
- 障害のある児童・青年および成人を認定するための識別システム、データ収集システムの確立(ジェンダー、障害の種類、必要な支援に関して)
- インクルージョンのための研修・支援プログラム(専門性開発、児童が必要な援助と支援機器、プログラムに基づいた個別支援の提供、治療、および乳幼児のケアおよび教育から小学校、小学校から中学校、中学校から高等職業訓練校、就労への移行)を提供する地区レベルの仕組みの確立。
- インクルーシブな乳幼児のケアおよび教育から初等教育を経て高等・成人教育に至るまでの、インクルーシブなプログラムと教材の好事例に関する情報が容易に利用できる知識ネットワークの創設。
- 一般の人々、教育専門家および障害者とその家族の、インクルーシブ教育の展望、可能性および人権としての重要性に関する意識を向上させるための、継続的な啓蒙プログラムの開始。
教育制度改革を目的とした、各国政府、ドナーおよび国際機関による投資
インクルージョンを目的とした教育制度改革への、各国政府、ドナーおよび国際機関による投資
- 教育制度をインクルーシブにするための公的資金の導入(連携、計画・立案、すべての人を対象とした公的制度に対する必要投資、障害に基づく分離特殊教育制度からの移行、学校および学区レベルでのインクルーシブ教育の実施、アクセスおよび教育の質と成果に関するモニタリングと報告)
- ドナー機関は、インクルーシブ教育の計画のために共同で投資し、インクルーシブな教育の計画に対してのみ、援助を行う。
- 経済協力開発機構と世界銀行は、教育に対する援助がインクルーシブな制度に当てられるように、ガイドラインを開発しなければならない。
- ユニセフとユネスコは、各国のインクルーシブ教育に関する国/州の計画および戦略の開発を支援し、インクルーシブ教育に関する国際的な知識ネットワークの創設を支援しなければならない。
これまでの「万人のための教育」にかかわる経験によれば、各国政府、二国間ドナー機関および国際機関による既存の資金調達の仕組みでは、知的障害あるいはその他の障害のある児童・青年および成人による教育への平等なアクセス、あるいは質の高い教育は達成されていない。ドナーおよび国際機関(世界銀行など)の両方の政策と資金調達プログラムを眺めてみると、インクルーシブ教育に関するコミットメントは明らかに増加している。しかし、これらのコミットメントは、まだ効果的な計画と資金調達に形を変えていない。
特定の資金調達機構の検討は、本調査の範囲外であるが、調査結果は、国レベル/州レベル、ドナーおよび国際機関レベルでの資金調達方法の改革が必要であることを示唆している。
- 政府、ドナーおよび国際機関による、障害のある児童・青年および成人の教育にかかわる資金調達では、すべての人を対象とした公的制度に焦点を絞り、障害に基づく分離特殊教育制度への投資は終わりにしなければならない。これまでの分離特殊教育制度からの移行を実施するには、短期資金調達が必要となるだろう。就学していない、障害のある児童および青年すべてのニーズを満たす分離制度のための資金調達は、障害者の権利条約を侵害するとともに、財政的にも実行可能ではない。これは、同じ障害を持つ者がともに学ぶことで利益を得られる、一部のろう児童および青年、そして盲ろうの児童および青年が、そのような選択をできるようにするための投資をしてはならないという意味ではない。しかし、これは主流の公的制度の施設と枠組みの中で達成されるべきである。
- ドナーおよび国際金融機関を通じての資金調達など、教育のための公的資金調達には、以下を目的とする資金を含めなければならない。
- 上記のインクルーシブ教育のためのパートナーシップの確立と維持
- 前述の国レベル/州レベルのインクルーシブ教育計画のすべての要素
- 効果的な実施およびサービスの提供
- モニタリングと報告の枠組み
- ドナー機関および国際機関は、教育制度改革のためのシステムレベルの投資を増やさなければならない。ドナーは障害関連政策の開発をさらに進めているが、これらはまだ、インクルーシブ教育改革のための適切な国レベル/州レベルの計画あるいは資金調達へと変換されていない。ほとんどの資金調達は、ターゲットグループを対象とした特定のプログラムに焦点を絞っており、それは通常、NGOによる制度であるか公的教育制度であるかを問わず、分離特殊教育制度に対する資金援助として効果をあげている。具体的な提言は、以下の通りである。
- ドナーおよび国際機関は、開発途上国における教育投資に対するすべての開発援助の指針となる「障害とインクルージョンの視点」を開発しなければならない。
- ドナーおよび国際機関は、国レベル/州レベルのインクルーシブ教育の計画・立案、資金調達、実施、およびモニタリングと報告を進める、すべての連携機関の潜在的な可能性に投資しなければならない。
- 障害と教育に目標を絞った資金調達は、国レベル/州レベルのインクルーシブ教育計画に従ったものでなければならない。
- 国連機関、経済協力開発機構および世界銀行などの国際機関は、インクルーシブな教育制度の計画と資金調達に関する政府開発援助の明確なガイドラインの策定において中心的な役割を果たさなければならない。
- 国連各機関、特にユニセフとユネスコは、国レベル/州レベルの教育計画、資金調達および実施のためのツールとガイダンスを開発し、インクルーシブ教育の国際的な知識ネットワークの開発を支援することにより、効果的な投資に貢献することができる。
学区レベルでの効果的な実施システムとサービス提供システム
学区内でのインクルーシブ教育の実施
- すべての障害児を認定し、親を支援する。
- 親/家族のグループが、インクルーシブ教育に関してリーダーシップを発揮できるよう、リソースを提供する。
- 乳幼児のケアおよび教育プログラムおよび学校の教師に対し、インクルージョンに関する研修を実施する。
- アクセシブルな乳幼児のケアおよび教育プログラムと学校を創設する。
- 児童および青年の教育制度上の移行を支援するプログラムを創設する。
- インクルージョンを成功させる方法に関する情報と知識へのアクセスを教師に提供する。
本調査の結果を受け、国レベル/州レベルの計画を実施するに当たり、学区レベルでは以下を優先事項とすることを提案する。
- 0歳児から6歳児までを対象とした支援および認定戦略の実施
- 親の参加とリーダーシップの開発
- 乳幼児のケアおよび教育プログラムの提供者、初等・中等教育の教師に対する研修およびリーダーシップ開発
- 必要な援助および支援機器の提供を含む、学校施設の改良および改修
- 乳幼児のケアおよび教育から小学校へ、小学校から中学校へ、中学校から高等職業訓練校へ、そして就労への移行を管理する仕組みと権限の設定
- 教授法、カリキュラムおよびインクルーシブな学校開発のベストプラクティスに関する知識ネットワークへの、学校および学区レベルでのアクセスの提供
- 教師、学校経営者、一般の人々を対象とした、障害、インクルージョンおよび乳幼児のケアおよび教育と学校教育の重要性に関する肯定的な情報とメッセージを伴う啓蒙プログラムの提供
モニタリングと報告の枠組み
「万人のための教育」に関するモニタリングと報告
- 各国政府は、国連条約のインクルーシブ教育に関するベンチマークと指標を利用し、児童・青年および成人の教育へのアクセス、質、および成果に注目した「万人のための教育」に関する報告をしなければならない。
- 国連は、各国政府と協力し、国内の調査に利用できる障害に関する共通の定義を設定しなければならない。
- ユネスコは、児童と教育に関するグローバルモニタリングレポートで、障害と教育に関して報告するために、さらに多くの取り組みをしなければならない。
本調査から得られたおもな所見の1つに、「万人のための教育」とミレニアム開発目標の優先目標である乳幼児のケアおよび教育および初等教育における障害児の教育へのアクセス、教育の質および成果の、組織的なモニタリングと報告の欠如があげられる。既に指摘したように、障害児のプロファイリングに対する関心が高まりつつあるが、これは十分ではない。また、ユネスコのグローバルモニタリングレポートも、教育における児童(おもに非障害児)と少女に関する組織的な報告に代わるもの、あるいは匹敵するものとはなっていない。首尾一貫したモニタリングと報告の枠組みがなければ、市民社会団体、各国政府、ドナーおよび国際機関は、インクルーシブ教育の計画や資金調達について効果的に対話することができない。
障害者の権利条約は現在、障害者の権利条約が認める人権の実現に関する報告を各国政府に義務付けている。ユネスコおよびユニセフなどの国連機関も、これと同様の責務を負っている。インクルーシブな教育制度は障害者の教育の権利の実現に不可欠であると障害者の権利条約は認識しており、障害のある学習者や生徒の教育へのアクセス、教育の質および成果に関する情報と報告の間に見られるこのギャップは、解消されなければならない。よって私たちは以下を提言する。
- 各国政府は、第7章で述べたインクルーシブな教育制度の成果、ベンチマークおよび指標に基づくデータ収集と報告のシステムを確立しなければならない。
- 障害の定義および評価、教育へのアクセス、教育の質と成果に関する国際比較統計は極めて重要である。この目的のために私たちは、国連統計委員会が障害者の人口統計データの問題を「特別な関心を寄せるべき優先課題」の1つとして確認し、解決することを提言する。国連経済社会理事会、締約国および国連機関、特にユネスコとユニセフにより、国内の障害に関する統計の開発、改善と比較に必要な措置が取られなければならない。これを行うに当たり、同委員会が、障害児の認定、乳幼児のケアおよび教育および初等教育へのアクセス、質と成果の確認を優先事項とすることを、私たちは提言する。この提言を優先し重視するのは、初等教育の完全普及というミレニアム開発目標を、インクルーシブな方法で監視し報告できるようにするためである。さらにもう1つの理由としては、乳幼児のケアおよび教育と初等教育が、その後の教育、労働市場へのアクセス、社会参加、そして健康と幸福に、非常に長期にわたり影響を及ぼすことがあげられる。
- ユネスコは、「万人のための教育」に関するグローバルモニタリングレポートのためのプロファイリングと報告を改善するため、障害児の乳幼児のケアおよび教育および初等教育へのアクセス、教育の質および成果を優先・重視した迅速な措置を取らなければならない。国際比較の方法とデータセットの開発には時間がかかるであろう。一方、総合的な国別の報告については、国連統計委員会によるさらなる開発を待たなければならないが、報告目的で入手できる障害と教育に関する信頼できる国内のデータセットの数は増えている。
要約すれば、障害者の権利、視点、体験、ニーズおよび可能性は、教育制度の策定においても、またその実績のアカウンタビリティにおいても、あまりに長い間排除され続けてきた。障害者の権利条約は「万人のための教育」の新たな基盤を提供し、障害者のためにギャップを解消する。そして、締約国、ドナー機関および国際機関に、インクルーシブな教育制度の運営、策定、資金調達、実施およびモニタリングの、総合的な成果とベンチマーク、および指標をまとめて提示し、これらを義務付けている。これらの関係者が、改革のために障害者の権利条約に準拠した実践的なロードマップを作成する支援をするために、私たちは以上の提言を行う。