第4章 ダカール目標:インクルージョンの欠点
「あるグループが『万人のための教育』のキャンペーンを始める所だと聞き、そのグループに加わろうとしたのですが、私たちの子どものことではないと言われました。」
国際調査に寄せられた、南アフリカの親からの報告
教育へのアクセス、教育体験および成果に見られるギャップを、知的障害者とその家族の視点から検討したグローバルレポートはない。本調査を実施したのは、各国政府および国際機関による、教育に関するよりインクルーシブな世界的課題の設定を可能にするには、私たちの声を一層明確に届けることが重要であると感じたためである。
本章では、会員組織によって作成されたカントリープロフィールや、75を超える国の当事者、家族、教師およびその他の重要な情報提供者に対して実施されたアンケートや聞き取り調査、フォーカスグループによる討議、面談、そして多数のドナーおよび国際機関から得られた調査結果を分析する。
私たちの目的は、6つの「万人のための教育」ダカール目標と、初等教育の完全普及を目指すミレニアム開発目標に基づく世界的な教育課題に、どのようにすれば障害者を完全に参加させることができるかを検討することである。本章では、教育に関する世界的課題が、知的障害およびその他の障害のある人々の生活に、どのように影響を与えているのか、あるいは与えていないのかを問いかける。
6つの「万人のための教育」ダカール目標の全文は、以下の通りである。
- 就学前保育・教育
最も恵まれない子供達に特に配慮を行った総合的な就学前保育・教育の拡大及び改善を図ること。 - 無償の義務初等教育
女子や困難な環境下にある子供達、少数民族出身の子供達に対し特別な配慮を払いつつ、2015年までに全ての子供達が、無償で質の高い義務教育へのアクセスを持ち、修学を完了できるようにすること。 - 全ての青年及び成人の学習ニーズ
全ての青年及び成人の学習ニーズが、適切な学習プログラム及び生活技能プログラムへの公平なアクセスを通じて満たされるようにすること。 - 成人識字率
2015年までに成人(特に女性の)識字率の50パーセント改善を達成すること。また、全ての成人が基礎教育及び継続教育に対する公正なアクセスを達成すること。 - 初等教育における男女平等
2005年までに初等及び中等教育における男女格差を解消すること。2015年までに教育における男女の平等を達成すること。この過程において、女子の質の良い基礎教育への充分かつ平等なアクセス及び修学の達成について特段の配慮を払うこと。 - 教育の質
特に読み書き能力、計算能力、及び基本となる生活技能の面で、確認ができかつ測定可能な成果の達成が可能となるよう、教育の全ての局面における質の改善ならびに卓越性を確保すること。
私たちは、以下の6つの各セクションで、「万人のための教育」ダカール目標のそれぞれについてデータ分析を行う。
目標1:就学前保育・教育
「最も恵まれない子供達に特に配慮を行った総合的な就学前保育・教育の拡大及び改善を図ること。」
「乳幼児のケアおよび教育」(ECCE:Early Childhood Care and Education)は、障害児にとって特に重要である。早期介入と他の子どもたちとともに受け入れられる機会とは、地域社会と近隣の学校に子どもが受け入れられるか否かに重大な影響を与える可能性がある。質の高い「乳幼児のケアおよび教育」へのアクセス獲得が重要なのは、児童の発達のためだけではない。それは、障害児を介護している家族に対する支援でもあるのだ。
障害児への「乳幼児のケアおよび教育」の重要性にもかかわらず、アクセスの乏しさ、教育モデルの欠如や教育制度への連携の欠如、そして調整力の欠如に関する報告は絶えない。私たちが知り得たプログラムの大半は、インクルーシブというよりもむしろ障害に特化していた。
乏しいアクセス
- 調査から、障害児を抱えている家庭の方が他の家庭に比べて、就学前プログラムや早期介入プログラムの利用が大幅に少ない傾向があることが判明した。高所得国においても、もっとも恩恵を受けられるはずの人々(弱く、不利な立場にある人々)が、もっとも「乳幼児のケアおよび教育」を利用できずにいる場合が多い。
- 0歳児から5歳児を対象としたサービスを家族が利用できる場合も、それは障害者専用のサービスか、あるいは教育的なカリキュラムがほとんどない、もしくはまったくない保育プログラムであることが多い。
- 回答者の40%が、「乳幼児のケアおよび教育」プログラムは知的障害児が小学校進級の準備をする場となっていないと述べた。
- 25%の国の回答者が、すべての児童が出生時に登録されるわけではないことを示唆した。調査結果には、障害児が登録されないことが多いとの報告があったアフリカからの回答は、あまり含まれていなかった。登録されていない障害児は、サービスを利用したり学校へ通ったりすることができない。
医療モデルの優位
障害児の就学前教育へのアクセスは、2つのおもな問題によって制限されている。その問題とは、多くの国において「乳幼児のケアおよび教育」サービスが全体的に利用しにくくなっていることと、「乳幼児のケアおよび教育」が社会福祉サービスあるいは保健省を通じて提供されるために、教育ではなくリハビリテーションが重視されていることである。
「欠陥児童」モデルでは、成績不振は、児童の学習に対する教師や学校の指導力・支援能力ではなく、児童の方に限界があると考えられるために起こるとしている。これは、公式には「インクルーシブな学校」と言われている学校でさえも存在することが明らかになった、広くまん延している問題である。
中東/北アフリカ地域の多くの国々では、障害児が学校に入学したりプログラムに参加したりする際には、たとえ特殊教育の現場であっても、健康状態や他の生徒に危険があるかどうかを記した医師の診断書を入手する必要があるとの報告があった。多くの場合、医師は子どもに家にいた方が良いと勧めるが、これは何も得るものがない場所に子どもを行かせることに意味がないからである。医師は多くの場合、聴覚障害児用の補聴器に価値を認めることすらしないが、これは訓練が難しすぎ、そして訓練を行っているのが聴覚障害者のリハビリテーション施設のみだからである。(レバノン、ヨルダンおよびシリアのカントリーレポートより)
乏しいサービス、弱い首尾一貫性、そして不十分な責任
「万人のための教育」目標達成のために、各国政府による重要な取り組みがいくつか進められているが、国の教育計画では、「乳幼児のケアおよび教育」に対して十分な関心が寄せられてこなかった。
- 「乳幼児のケアおよび教育」の政策および立案は、国の教育計画に統合されていない。また教育省は、5歳未満の乳幼児について責任を負わない場合が多い。
- この例は、カントリープロフィールから収集された情報にも見ることができる。アメリカ合衆国では、3歳から5歳までの児童の57%しか地域の施設を利用した就学前教育に参加していない。一方コロンビアでは、5歳未満の児童の35%しかサービスを受けておらず、そのうち教育的要素を備えたプログラムに参加しているのは40%未満である。コロンビアから得られたさらに詳しい情報によれば、5歳未満の児童で障害がある者はわずか2.5%と推定されており、教育プログラムを利用している人数についてはデータがない。家族に対するアンケート調査からは、これらの児童は政府によって運営されている通常の早期教育プログラムをなかなか利用できないことがわかった。
- 会員の報告によれば、国内の「乳幼児のケアおよび教育」の中心目的が不明確に思えることが多く、その実施方法についても混乱が見られる。たとえば中東/北アフリカでは、さまざまな省が「乳幼児のケアおよび教育」を担当していることが明らかになった。レバノンでは保健省の担当であり、イエメン、アルジェリアおよびスーダンでは労働省、そしてバーレーン、クウェートおよびヨルダンでは社会問題省が担当している。この結果、政府機関が民間機関を通じて、ほとんど一貫性がないまま散発的に「乳幼児のケアおよび教育」を実施していることが多く、初等教育制度への連携も、ほとんどないか、まったく見られない。
私たちが受け取った報告書によれば、「乳幼児のケアおよび教育」へのアクセスの欠如に加え、その質の悪さと不十分な実施状況は、以下のことを意味する。
- 障害児は医療、予防接種、聴覚・視覚障害予防プログラム、摂食・栄養プログラムへのアクセスを持たない。なぜなら、これらは就学前プログラムで提供されるからである。このことは、インドにおける就学前プログラムへのアクセスに関するおもな調査によって裏付けられている。この調査からは、障害児が国内の主要な「乳幼児のケアおよび教育」プログラムにおいて「見えない存在」となっていることが明らかになった(Alur 2003年)。
- 障害児の親は、子育て情報、親に対する教育および支援へアクセスする機会がない。
- 障害児は、親が就労中に安全でない環境に置かれることが多く、また、同世代の子どもと一緒に遊んだり交流したりする機会が与えられない。
- 「乳幼児のケアおよび教育」へアクセスできないため、障害児は臨界年齢のときに必要な、その不利を軽減し、回復力の育成を助ける支援を得ることができない。
- 障害児には、「就学レディネス」や小学校入学のための準備に対する支援を受ける機会が与えられない。
「乳幼児のケアおよび教育」が障害児にもたらす直接的な利益に加え、家族および地域社会に与える影響も、インクルーシブな地域社会の構築にとって基本的に重要である。
- 障害児の親は、保育サービスへのアクセスが乏しいので、労働市場に参加できる可能性が低く、これがさらなる不利と貧困を招いている。
- 「乳幼児のケアおよび教育」は地域社会を強化し、社会的結束を高めるために役立つ。
児童の早期教育および保育は、すべての国において、経済的・社会的インフラストラクチャーの基盤である。政策立案者と各国政府は、幼い子どもたちの保育と教育に対する投資だけでなく、それを提供する家族への支援に対する投資がもたらす利益についても、ますます認識を高めている。
目標2:初等教育の完全普及
「女子や困難な環境下にある子供達、少数民族出身の子供達に対し特別な配慮を払いつつ、2015年までに全ての子供達が、無償で質の高い義務教育へのアクセスを持ち、修学を完了できるようにすること。」
調査を通じて収集された情報の大半は、初等教育へのアクセスに関する内容だった。その結果明らかになったのは、インクルーシブ教育を支援する法律と政策の改革には大きな進展があり、教員研修も行われてきたが、学校や学級レベルで実践される際には進展が遅く、なすべきことが数多く残されているという実態である。
政策と法律-限定的なコミットメントおよび/または実施
調査対象国の大部分がインクルーシブ教育に関するコミットメントを採択していると、本調査参加者が評価しているのにもかかわらず、家族と当事者は、優れた法律と政策がある国でさえ、インクルージョンはいまだに実現していないと語っている。
- 中米では、ほとんどすべての国がインクルーシブ教育を支持する法律または政策を採択しているが、その実践は目標からはるかに遅れている。
- カナダ、ニュージーランド、アメリカ合衆国およびヨーロッパの数カ国では、障害者の権利を保護する包括的な人権法とインクルーシブ教育を約束する教育法が、国や地方、県や州に存在する。しかし会員の報告によれば、実際には、これらの法律およびコミットメントの実施に当たり、人権を基本としたアプローチによる教育は行われていないとのことである。
- アフリカでは、障害児に特に言及した声明や政策を採択している国は数ヶ国にとどまっている。
- 一部の地域では、排除されている人々のインクルージョンについて、法律と政策で言及しているが、障害児については触れていない。
- 障害児のニーズに焦点を当てた法律により、差別や孤立化が進んでしまった例もある。
たとえばコロンビアでは、子どもに高いニーズを伴う知的障害がある場合、行政当局によって選択された施設(そのほとんどは教育制度外である)において介護を受けると法律で定めている。
政策および法律と、知的障害のある生徒が地域社会、学校および学級で受けているサービスの現状との間には、大きなギャップが存在し続けている。
教育の責任の分担化
教育省は障害児教育を担当していないことが多く、むしろ社会問題省がこれを担当している(例『障害者の教育への権利 教育への権利に関する国連特別報告官の報告書(The right to education of persons with disabilities,Report of the Special Rapporteur on the right to education)』2007年2月参照)。調査参加国の大多数において、教育全般を担当していない省庁が障害児教育を担当していた。
回答者の約80%が、学齢期の児童の中には普通教育プログラムに参加していない者がいるが、社会福祉あるいは医療を担当する省庁が提供する、多くの場合不十分な教育で、これを補っていると述べた。
この結果、障害児は教育へのアクセスを持たないことが多く、せいぜい隔離されて医療や社会福祉サービスのプログラムを利用する程度で、大抵の場合、自宅に取り残され、孤立してしまっている。
普通学校および普通学級からの排除
アンケート調査、聞き取り調査および面談から、開発途上国および先進国の障害児の大部分が、必要な支援を受けながら普通学校に通うことをしていないことが確認された。多くの当事者と家族が、学校経営者、校長および教師から、どのように拒まれ、追い返されてきたかを語ってくれた。これは開発途上国で起こっていることだが、分離教育が普及している富裕国でも同様にまん延している。子どもたちが排除されやすい要因として確認されているすべての要素(女子、HIV/AIDS、貧困、民族性など)の中でも、障害は排除の主要な理由とされることが多い。
ボリビアのある親は、娘について次のように語った。
「娘が幼かった頃、いろいろな学校に連れて行ったものです。でも先生方は何が問題なのかがわからず、この子は学校に合わない、ほかの子のようには学ばないだろう、家に連れて帰った方がいいと言うのでした。」
インドのフォーカスグループの1つは、インクルージョンの例はいくつかあるが、それらは特別な例で、勇気ある個人の行動の結果であり、「制度」としてアクセスを推進しているのではないと報告した。
「すべての親の夢は、子どもが自立し、自分の可能性を完全かつ最大限に実現し、社会の役に立ち、貢献できる人間になることです。特別なニーズのある子どもの親の夢も、まったく同じです。しかし、(障害児は)主流のコミュニティから排除されることが多いので、彼らが主流のコミュニティに参加し、その中で役割を果たす姿を見るために、また、人間としてふさわしい尊厳を持って受け入れられ、扱われる姿を見るために、闘い続けてきました。そうは言っても、所々の限られた地域を除けば、インクルージョン/統合が私たちの国で実施されているようにはまったく思われません。たとえ実施されたとしても、それは制度ではなく、おもに数少ない個人の寛大と勇気によって達成されたことなのです。」
- 「乳幼児のケアおよび教育」のセクションで述べたように、障害児の多くは出生時に登録されない。このため統計には表れず、また教育を受ける権利も持たないので、入学資格がない。
- 扉を閉ざされてしまったために、何らかの教育へのアクセスを得ようと他の都市や国に移ったり、またそのために家族が離れ離れになったりすることさえ余儀なくされる家庭もある。ヨルダンのある母親は次のように報告した。
「私たちは息子が教育を受け続けなければならないというニーズに気付いていました。そこで生活を大きく変えなければなりませんでした。息子が教育を受けられるように、夫は外国での契約を受け入れました。家族が離れ離れになるのはつらかったのですが、息子を受け入れてくれる学校に学費を支払える方法は、それしかありません。」
- 南アメリカ、中東および北アフリカ、アジアおよびアフリカの開発途上国では、料金が手ごろでないことが何度も指摘された。子どもを受け入れてくれる学校がないことがわかったとき、レバノンのある親は次のように語った。
「家族で子どもを施設に入れることを選択しました。インクルーシブな学校の授業料を負担しきれないからです。」
- 多くの人が、教師と経営者の否定的な態度を報告した。これについては、「質」に関する次のセクションで報告する。
学校における支援の不足、費用の個人負担
調査回答国の大半は、自国の障害児には兄弟姉妹とともに普通学校に通う権利があり、何らかの支援を受けることができると述べたが、ほとんどの国では、必要な支援は通常不十分で役に立たないか、親がその費用を自己負担しなければならないとのことだった。子どもたちは学校に在籍していても、資金と支援がないために通学していないことが多い。
スリランカのカントリーレポートではこの問題を特に取り上げている。
「中退率は全体的に低下している。(中略)しかし、障害児の中退率は、依然注目すべき問題である。これは、学校における障害児に対する教育支援の質が悪いことに加えて、研修を受けた教師、指導方法などのリソースが不足しているという理由によるものと考えられる。」
カントリープロフィールに対する回答は、障害児の中には普通学級に入学する者もいるが、ほとんどの場合、必要な支援を得ていないことを示している。調査対象国の60%を超える回答者が、自国の障害児の少なくとも一部は、同級生とともに普通教育を受けることができていると述べた。しかし、障害児が、必要な支援の少なくとも75%は受けていると感じている回答者は、調査対象国の40%をやや超える程度であった。
特殊教育の失敗
ほとんどの国で、普通学校への障害児受け入れの失敗に対する回答として、分離特殊教育制度が出現した。その結果、分離特殊教育制度に資金が回され、ごく一部の障害児にサービスが提供されることになった。
たとえば、エチオピアには推定160万人の障害児がいるが、教育を受けているのはわずか35,000人にすぎない(2009年4月のインクルーシブ教育ワークショップにおける教育省官僚の報告)。数件の小規模なパイロットプロジェクトを通じて教育を受けている障害児の大多数は、民間機関あるいはNGOによって運営されている分離特殊教育学校に在籍している。エチオピアのような国では、不就学の160万人の障害児に手を差し伸べる分離特殊教育学校を十分な数だけ設立するイニシアティブのためのリソースが、まったく不足している。
目標3:青年および成人の生涯にわたる学習ニーズを満たすこと
「全ての青年及び成人の学習ニーズが、適切な学習プログラム及び生活技能プログラムへの公平なアクセスを通じて満たされるようにすること。」
すべての人にとって、もちろん知的障害者にとっても、学習は正規の小学校の教室で始まり、終わるものではない。家族と当事者からは、教育へのインクルージョンや教育からの排除が、地域社会に受け入れられているという感覚に与えてきた影響について報告があった。インクルーシブ教育を通じて得られた生活技能と、同級生との間に確立された関係によって、知的障害者は地域社会に貢献し、参加できるようになる。基礎教育からの排除は、高等教育および職業訓練へのアクセスからのさらなる排除と不利益を障害者にもたらす傾向がある。
高等教育への限られたアクセスと高等教育における柔軟性
近年、開発機関および国際機関による、高等教育に対する資金援助が増加している。しかし、初等教育から排除された人々と正規の高等教育を受ける資格のない人々を対象とした、これに類似するプログラムやアクセシビリティへの投資は、ほとんどないか、まったく見られない。
一般に、会員の報告によれば、初等レベルに比べて中等および高等レベルの方が教育へのアクセスがさらに減少する。多くの国では中等教育へのアクセスが非常に限られており、障害のある生徒用には修正されていない標準テストに合格した生徒しか進級できない。また、中等教育の費用は家族が支払えないほど高額である。コロンビアのある母親は、調査のために組織されたフォーカスグループに、次のように語った。
「子どもたちのほとんどは小学校に通っていますが、それでわかったのは、進級することはかなわず、中学や高校、大学にいろいろな人が行けるように、教育制度を柔軟なものに変えることもできないということです。」
インクルーシブな初等教育がここしばらく実施されてきた国々では、高等教育におけるインクルージョンの優れた実践例がいくつか認められる。ニュージーランドでは、3つの大学が学生に対しインクルーシブ教育を行っており、1つの大学がインクルーシブ教育の研究拠点を設立した。その他の例としては、カナダ、アメリカ合衆国およびヨーロッパの大学とカレッジのプログラムで、障害(知的障害を含む)のある学生を受け入れている。
これらのモデルは、今後の高等教育の選択肢開発に向けて、その基礎を提供するが、特に知的障害のある学生にとっては、制度の転換を示す兆候というよりはむしろ、国際社会における特別な事例にとどまるといえる。
「行き詰った」訓練と教育-就労および成人期への移行
当事者、家族および障害者団体から提起されたもう1つの共通課題は、成人教育や職業訓練が、障害のある青年がきちんとした仕事に就くための準備、あるいは労働市場にアクセスするための支援になっていないという問題である。一般向けの職業訓練の費用は高すぎる。
スリランカのカントリーレポートは次のように記している。
「スリランカ政府は、教育をインクルーシブなものにしようと最善を尽くしているが、職業教育センターは依然としてほとんど孤立した状態であり、通常、障害者のための分離特殊教育制度の下に置かれている。正規の教育を終えた後、ほとんどの学生が、障害者のために設立された技術・職業訓練機関で、職業訓練を受けるよう指示される。
職業訓練を通じて障害のない青年と交流する機会は2つの理由から阻まれている。政府が主催/支援する訓練機関では、障害者のみを対象として無償の訓練を行う。一方民間機関はすべての人を対象としているが、高い授業料を取って訓練を行っている。このため低所得層の障害者は、民間の訓練施設を利用できない。
また、このような機関で訓練を受けた青年は、就職先を探すことだけでなく、自分の労働力にふさわしい賃金を得ることでも困難に直面する。講師らによれば、そのような青年たちは非常に失望し、自分が搾取されていると感じてしまう。彼らは自分が提供するサービスに対して低い賃金を支払われ、その収入は、就職するために自分が負担してきた費用に比べ十分ではない。しかし講師たちは、問題を学生のせいにするのである。」
ブラジルでは、国内に2000を超える特殊学校があり、集められた体験談の多くは、特殊学校に通っている当事者や、特殊学校が運営する職業訓練プログラムに参加している当事者から得られたものであると会員組織が語った。当事者は自分にとって学校へ行くことは重要だと述べた。「学校へ行かないのなら、どこへ行くのですか?」「特殊学校の職業訓練プログラムに行くことが、家以外での唯一の活動です。」
目標4:成人識字率
「2015年までに成人(特に女性の)識字率の50パーセント改善を達成すること。また、全ての成人が基礎教育及び継続教育に対する公正なアクセスを達成すること。」
高い非識字率
障害者、特に知的障害者の非識字率は、一般人口に比べて過度に高い。障害者の識字問題を研究した最近の論文では、世界の6億5000万人の障害者の内、読み書きができるのはわずか2000万人と推定されている(Groce およびBakhshi 2009年)。
読み書きができないのは、排除の結果であり、貧困と排除の状況を引き起こす要因でもある。識字能力は、就職、政治的プロセスへの参加、サービスおよび支援へのアクセスの能力に影響を与える。
乏しいアクセスと低い質
障害者の低い識字率には、多数の要因があると考えられる。正規の教育へのアクセスが乏しいこと、教育の質が悪いこと、そして識字教育プログラムおよび非公式教育プログラムへのアクセスが乏しいことなどである。
知的障害者については、教師やコミュニティワーカー、政策立案者、そしてときには親が、基本的な読み書きの技能を身につけることはできないと思い込んでいることが多い。このような間違った考えが、ほとんどの人々が読み書きの技能を獲得する場である初等教育へのアクセスを否定する結果を招いている。知的障害児が何らかの形態の(通常、隔離された環境における)教育へのアクセスを持っている場合でも、質の低い支援と教育を受けていることが多い。多くの子どもたちが、非公式な教育支援を自宅や地域社会で受けているが、障害児の親は、読み書き能力を向上させるための支援や励ましを受けていない。親は、息子や娘が読み書き計算の基本的な技能を学ぶのを助けるために、自分が特別な訓練を受ける必要があると考えていることが多い。
不十分な識字プログラム
国際的なコミットメントや「万人のための教育」への対応としては、おもに正規の初等教育制度の改善に重点が置かれてきた。
「国家政府および国際社会は、幼児、青年および成人への投資の政治的・経済的利益は、学齢期の児童への投資から得られる利益よりも少ないと推測する傾向があった。その結果おろそかにされてきたことが、ミレニアム開発目標にわずか2つの「万人のための教育」目標しか盛り込まれなかったことと、初等教育の完全普及に向けた唯一の重要な多国間援助手段である「万人のための教育」ファスト・トラック・イニシアティブを制限する決定により、一層悪化している。」(UNESCO 2006年)
排除されている人々のニーズをターゲットとした正規の教育制度外の識字プログラムは、通常、知的障害者にはアクセシブルではない。たとえば、新しい移民や成人学習者のための識字プログラムは、知的障害者のニーズに対応するようには作られていない。
障害児の大多数が就学している国でさえも、読み書きの技能の維持や向上を支援するために作られたプログラムで、障害者も対象としているものはほとんどない。そのようなプログラムがある場合も、評価やモニタリングを受けることのない、一度限りのイニシアティブであることが多い。(GroceおよびBakhshi 2009年)
マレーシアのある当事者は次のように語った。
「私は学んだことを何も覚えていませんでした。今でも私は読み書きができません。私はほかの人にとても頼っているのです。」
目標5:ジェンダー
「2005年までに初等及び中等教育における男女格差を解消すること。2015年までに教育における男女の平等を達成すること。この過程において、女子の質の良い基礎教育への充分かつ平等なアクセス及び修学の達成について特段の配慮を払うこと。」
ジェンダーと障害―少女と女性にとっての「二重の不利益」
障害のある少女は、男女平等を促進する取り組みと、障害者の平等を促進する取り組みの両方において、多分に無視され続けてきた。障害とジェンダーに基づく文化的、社会的障壁と差別的な態度が、障害のある少女の教育の機会を制限している。障害のある少女の教育へのアクセスは、障害の種類、家庭の経済状態、居住地、民族性など、さまざまな要因に左右される。
障害のある少女の教育事情については、ほとんどデータが存在しないが、家族に対する調査から、障害のある少女が就学する可能性は低く、また成功する可能性も低いということを裏付ける証拠が得られた。
「障害のある女性と少女はかなりの数に上るにもかかわらず、特に(アジア太平洋地域の)開発途上国で、隠され、口を封じられ、その不安は知られることなく、その権利は見過ごされ続けている。地域全体にわたり、都市のコミュニティでも農村のコミュニティでも同様に、彼女たちは社会による三重の差別という大問題に立ち向かわなければならない。それは、障害だけでなく、女性であり、貧しいという理由による差別である。」(UNESCAP 1995年)
利用可能なデータは限られているものの、それによれば、障害のある女性と少女は、障害のある男性や障害のない女性に比べて、教育分野における成績がはるかに低い。たとえば、ユネスコ、世界盲人連合およびその他の機関は、障害者全体の識字率が推定約3%であるのに対して、障害のある女性の識字率をわずか1%と推定している(Groce 1997年)。個々の国や地域の統計では高い数値となることが多いが、それでも男女間の不均衡が確認されている(長田 2003年)。
学校、教育計画およびモニタリングにおけるジェンダー/障害に敏感なアプローチの欠如
調査からは、障害のある少女のニーズやインクルージョンに取り組むことを目的とした政策やプログラムがほとんどのないことがわかった。会員の指摘によれば、インクルーシブ教育を目的としたドナー・プロジェクトの一部に、ジェンダー戦略を要求しているものがあったが、障害のある少女と女性が教育で直面する「二重の不利益」に、国レベルあるいは州レベルの教育計画で取り組んでいる証拠は見つからなかった。ジェンダーは「万人のための教育」とミレニアム開発目標の両方で重要な焦点となっている一方で、障害のある少女と女性が直面している排除は、国内あるいは世界の教育課題の中でモニタリングされておらず、「乳幼児のケアおよび教育」、初等教育、高等教育および成人教育における障害のある少女と女性のインクルージョンをうたった目標も設定されていない。
目標6:質
「特に読み書き能力、計算能力、及び基本となる生活技能の面で、確認ができかつ測定可能な成果の達成が可能となるよう、教育の全ての局面における質の改善ならびに卓越性を確保すること。」
インクルーシブ教育が効果的であれば、質の高い障害児教育と学校制度全体に貢献することになる。別の見方をすれば、すべての生徒のために教育の質を改善し、卓越性を達成することができない現在の制度に、障害児を押し込んでいるだけでは、インクルーシブ教育を成功させることはできない。
調査から、インクルージョンをもたらす質の高い教育について、4つのおもな要素が明らかになった。それは、インクルーシブな態度とインクルージョンを容認する学校文化、研修と支援を受けた教師、改良されたカリキュラムと評価、そして支援的かつアクセシブルな学校環境である。カントリープロフィールから得られた回答を分析した結果、これらが実際に普通教育にアクセスした障害のある児童・青年の入学と卒業に影響を与えているおもな要素であることがわかった(図1参照)。
図1 入学と卒業に影響を与える教育の質に関する要素
図1内のテキストの訳
タイトル:普通学校における学齢期障害児の入学と卒業に影響を与えているおもな要素は何か?
横軸:左から、財政、態度/文化、法律/政策、アクセシビリティ/環境、学校/教師の実践力、その他
否定的な態度
「インクルージョンはただの見せかけです。仲間に入れてはくれるけれど、受け入れてはくれません。」
当事者 ニカラグア
- 当事者、親および教師は皆、質の高い教育を可能にするためには、インクルージョンと障害に関する肯定的な価値観が重要であることを指摘した。現実には、大部分のフォーカスグループ参加者と調査回答者に対し、否定的な態度が存続している。この評価は、さらに多くの人数を対象とした調査からも裏付けられた。
- カナダのカントリーレポートは、大規模な世論調査の結果、インクルーシブ教育を支持しているのは、カナダ人のわずか33%にすぎないことがわかったと述べている。
- ブラジルからは、調査によれば、教師、校長および生徒18,500人のうち95%以上が、障害者に対する否定的な先入観を持っており、その大部分は知的障害者に関するものであるとの報告があった。99%が自分の学校には障害者を受け入れたくないと述べた。
- インドのカントリーレポートでは、障害はその人自身、あるいは親の「罪」が原因で起こるという迷信に基づく、学校での否定的な態度が指摘された。
- 14歳から16歳までの若者を対象とした英国の調査からは、昨年度、学校のカリキュラムの中で、障害者について学ばなかった者は50%を超えていることがわかった(The Children’s Society 2005年)。
- 世界各地における調査とフォーカスグループの討議の中で、親は、自分の子どもと家族に対する否定的態度の高い代償について語った。
就任前および在職中の教員研修の不足
インクルーシブ教育に関する研修を受け、熟練した技術を持ち、知識が豊富で、このような方法による指導を支持している教師は、世界各国の教育制度において依然少数派である。調査によれば、普通教育を受けている児童の親の3分の2が、担任教師は子どものニーズを理解していると感じているが、担任教師が子どもを受け入れ、教える技術と知識を持っていると感じている親は、わずか3分の1に過ぎなかった。教師自身も、校内の他の教師はクラスに障害のある生徒を受け入れる準備ができていないと、70%が感じていた。
世界各地の750人を超える教師が調査に回答してくれた。教師に対する調査から明らかになった重要な問題の一部は、以下の通りである。
- 重要な調査結果として、障害児を指導する研修を受けた教師が、分離特殊教育学級あるいは普通学級のいずれかで障害児の指導に当たっている傾向が見られる。このような研修を受けていない教師が自分のクラスに障害児を受け入れている例は、はるかに少ない。インクルージョンのための教員研修は、いまだに教員教育の片隅に押しやられている。
- 教師が研修を受けていても、それはインクルージョンのための学習スタイルや教育戦略を重視したものではなく、障害の医療モデルに基づく内容であることが多い。リハビリテーション分野のNGOが多数、教員研修を行っており、医療の視点と特殊教育パラダイムに基づく傾向が見られる。
- 研修の多くは、啓蒙と感化を目的としており、学級レベルでの課題や教師に必要な戦略への取り組みはほとんどない。
- 普通学級の教師が受ける研修には、後に教室で直面することになるさまざまな生徒への対応に必要な手段が含まれていない。そのため、障害児が普通学級に在籍することがあっても、教育は受けていないという事態が生じる。ザンビアのカントリーレポートには、次のように記されていた。
「ザンビアの学校制度では、すべての児童が同級生と同じ学校へ通い、同じ授業に参加することが認められている。しかし、クラスに在籍することと、学習することは違う。」
- インクルーシブな授業のニーズに対応するための、就任前および在職中の教員に対する研修に参加する大学はほとんどない。このような研修が行われている所でも、ほとんどの場合、それは教員教育の必修項目とはされていない。
- いまだに多くの教師が、障害のある生徒を担当するのは特殊教育教師だけだと考えている。
- 研修に参加する教師は、通常、特殊教育教師や、障害のある生徒だけを対象とした特殊学校の支援教師、および/あるいは既にインクルーシブ教育を行っている一部の教師である。
- 調査から、分離特殊教育学校で指導している教師の方が、インクルーシブ教育の戦略に関して、普通学校および普通学級で障害のある生徒を指導している教師よりも、高いレベルの研修を受けていることが明らかになった。
- 自分たちの習慣を変えることを望まず、障害のある生徒のためのよりよい選択肢として、今もなお分離教育を促進している特殊教育教師に関する報告が、多数寄せられた。
アクセシブルでない教室と学校
地域のアクセシビリティ、交通手段、そして校内のアクセシビリティは、障害児が通学できるかどうかを左右する重要な要因である。
- 回答者の75%が、学校は物理的にアクセシブルではないと述べた。
- 77%が、アクセシビリティは、障害児の普通学校への入学と卒業に影響を与える重要な要因であると述べた。
柔軟性のないカリキュラムと評価
インクルージョンの支援に必要な物理的なリソースと人的リソースに加えて、家族と当事者が語ったのは、カリキュラムと評価にかかわるさまざまな課題が、障害児、特に知的障害児に対する障壁を作り出しているということであった。
- ユニバーサルデザインに基づくカリキュラムおよび指導法の改善、個別指導、段階別指導、および多重知能に対する認識は限られている。
- 調査結果によれば、大部分の児童は、必要な個別支援を受けながら近隣の学校に通うことをしていない。
- 50%を超える回答者が、学校制度は知的障害児に配慮していないと述べた。
- 標準テストは、悪い成績をとりがちな生徒を学校から排除することを促進する可能性がある。
- 生徒の評価方法(全盲の生徒に書き取りテストを義務付けるなど)が改良されない場合、生徒は中等教育への進級ができなくなる。
- 教育の質を示す唯一の指標としての、画一的な学習成果の測定により、多くの児童がアクセスを否定されている。あるいは、個別学習目標に沿った評価が、教育の質の評価に不可欠であると考えられていない。
オーストリアのインクルーシブ教育に関する最近の研究(Spect他 2006年)では、標準テストの点数以外の、教育の質を測る尺度を提示している。
「成果基準の策定に専念することは、解釈が難しく矛盾した厄介な結果を引き起こすだけなので、その代わりに、学校における特別なニーズに対する支援について、(生徒に与えられる以下の支援・機会の程度を測定する)より明確な基準を明示するほうが適切だと思われる。
(a)個別の能力および長所を発達させるための最大限の支援
(b)社会環境および社会へのインクルージョンの最大限の機会」
既に知られている成功要因が、インクルージョンのために改善されていない。
サラマンカ以降、障害児を普通学校に入れるための多くの取り組みがなされてきた。「普通学校で提供されるのは、リソースのわずかな改善と再分配により、教育の卓越性と平等を確保する手段である」(Lloyd 2002年)というのが、基本的な考えである。
これは今回の調査で、教師と家族の両方から寄せられたメッセージでもある。否定的な態度、物理的な障壁、教室での支援不足を克服し、カリキュラムと評価方法を改善できれば、すべての子どもが質の高い教育を利用できるようになるのだ。
次の表は、ユネスコのために準備された背景報告書(Richler 2005年)からの引用であるが、教育制度において必要とされるおもな改善・変更内容を示している。これらはガバナンスや教師の研修と支援、校内支援が中心となっている。コラム1では、教育の質を高め、学校が成功を収めるための課題に関する要素を明らかにしている。コラム2では、当事者、親および教師が語った、障害のある生徒を普通学級から排除し続けているさまざまな障壁を解決するために、これらの要素をどのように改良して行くことができるかを示している。
表4 学校の成功を促進する要素-インクルージョンを促進する要素
学校の成功を促進する要素 | インクルージョンを促進する要素 |
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十分な研修を受け、高い評価を得ている教師1 | 特別な教育的ニーズのある生徒を指導する研修を受けた普通学級教師2 |
能力別のグループ分けをしない3 | クラス内でカリキュラムを分ける4 |
教師によるチームワーク5 | 学校に拠点を置いた生徒支援チーム6 |
教師への支援7 | 普通学級教師の支援という新たな役割を担う特殊教育専門家8 |
学校レベルおよび学区レベルにおけるガバナンスと自由裁量のバランス9 | 国レベル、地方レベルおよび地域レベルでのインクルージョンの支持10 |
まとめ
本章は、教育に関する世界的課題が、知的障害のある児童・青年および成人の生活に影響を与えているかという問いかけから始めた。「万人のための教育」が知的障害者にもたらすべき変化が、いまだ実現されていないことは、分析から明らかである。
実際には、「万人のための教育」は私たちの期待を裏切っているのだ。
「万人のための教育」目標1の就学前保育・教育は、特に障害児にとって、乳幼児期の健全な発達と小学校への「幸先の良いスタート」に不可欠だと十分認識されている。しかし本調査のために収集されたデータは、プログラムがアクセシブルでないこと、知的障害のある幼児は受け入れられないこと、そして何らかのプログラムを利用している者も、就学準備に必要な内容は習得していないことを示している。障害の「医療モデル」が優勢であり、それがしばしば知的障害児にレッテルを貼り、彼らがさらに教育を受けることで利益を得られるという期待を妨げるもう1つの障壁となっている。プログラムの不足や一貫性のない政策とプログラミングはすべて、子どもたちとその家族を「就学準備」のための支援や介入がないまま取りこぼしてしまう「乳幼児のケアおよび教育」制度の原因となっている。
多数の障壁が、知的障害児による「万人のための教育」目標2の初等教育へのアクセス獲得を妨げている。政府の社会福祉部門または学校や学区の特殊教育部門という異なる部門が、障害児に対する責任を担っていることは、障害児が普通の小学校にアクセスする上で、大きな障壁となっている。これに加えて、多くの知的障害児が出生時に登録されず、そのために入学できないという事実や、校内の支援不足、親にのしかかる利用費なども障壁となっている。多くの場合、このような人々の教育の権利は、制度全体によって否定されているのだ。
「乳幼児のケアおよび教育」および初等学校教育に対する障壁は、知的障害児が入学を果たしても、教育課程を修了しない場合が多いことを意味している。またこれは、中等教育における入学者がさらに少なく、「万人のための教育」目標3の高等教育あるいは重要な生活技能や職業技能を提供する職業訓練の場においては、ほとんど入学者がいないということにもつながる。高等教育に進むことができた幸運な者も、通常、カリキュラムに柔軟性がなく、成功や卒業のための支援が不足していることに気づく。多くの当事者は、簡単にあきらめてしまったこと、あるいは「職業訓練」の場として紹介された福祉作業所で働くようになったことを、体験談として語ってくれた。そうでない場合は、当事者はいつの間にか地域社会で完全に孤立してしまっていた。
「万人のための教育」目標4の成人教育は、知的障害者にとっても達成が難しい。非識字率には大きなばらつきがあり、ほとんどの地域社会において、当事者は数少ない利用可能なプログラムへのアクセスを制限されている。また当事者は、成人教育から利益を得る可能性が低いと考えられている。
知的障害のある少女と女性の場合、「乳幼児のケアおよび教育」、初等・中等および成人教育に対する障壁はさらに高くなっている。あらゆるレベルにおける教育からの排除こそ、彼女たちを、貧困、病気および虐待の被害を特に受けやすい存在にしているおもな要因である。「万人のための教育」目標5の、教育における男女の平等は、知的障害のある少女および女性にとって、依然として実現にはほど遠い願いなのである。
若干の例外を除き、「万人のための教育」目標6の質の高い教育は、知的障害のある児童・青年および成人にはまったく利用できないものとなっている。本調査では、教育の質を4つのおもな側面を持つものとして定義している。それは、インクルージョンを肯定し、実現しようとする態度、研修を受け、支援してくれる教師、改良可能なカリキュラムと評価方法、そしてアクセシブルで支援的な学校である。これらの教育要素をすべて「満たしている」ことは、良い教育の基本である。調査からは、これらの要素のいずれについても、ほぼ必要なだけ整っているとは言えず、このため教育における排除が定着してしまっていることがわかる。
教育の質とインクルージョンに対してこのような一連の総合的な障壁があり、「万人のための教育」の「万人」がすべての知的障害のある児童・青年、および成人も意味している場合、どのように世界的課題を開発し、実施していけばよいのであろうか?まずは、共通の方向性が必要である。国際調査の結果に基づき、表5ではそのような方向性を提示している。それは、知的障害およびその他の障害のある児童・青年および成人を受け入れるために、「万人のための教育」ダカール目標をどのように定義し、評価しなければならないかを明らかにしている。
インクルーシブな方法でダカール目標を達成するためには、学級、学校および学区、そして州および国レベルの教育制度など、あらゆるレベルで進められている、ますます多くのインクルーシブ教育の成功例を検討することから始める必要があると私たちは信じている。本調査を通じてこのような事例を一部収集したが、次章ではそれらを紹介する。これらの事例は、すべての人のための質の高いインクルーシブ教育に対する障壁に立ち向かうための「ロードマップ」の提供を始めるものである。
知的障害者とその家族の経験から、インクルージョンが可能であることがわかった。そしてそれが、個人、家族、学校および地域社会に変化をもたらすことも明らかになった。ニュージーランドのある親は、本調査のフォーカスグループによる討議で、次のように発言した。
「地域社会に根差したインクルーシブ教育の機会を得て、息子は地域の中で、姉や友人、同級生と一緒に成長し、学んできました。息子は、人間関係やネットワークづくりに役立ち、将来の雇用や地域社会への参加に向けた十分な備えとなる、有効な、そして実践的なソーシャルスキルを身につけたのです。同様に重要なのは、1500人を超える生徒と教職員も、地域社会に障害者を受け入れる方法を学んできたということです。」
次の段階は、すべての人がこれをできるようにすることである。
表5 ダカール目標はインクルーシブ教育をどのように促進することができるか
万人のための教育:ダカール目標 | 目標達成へのインクルーシブなアプローチ |
---|---|
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就学前保育・教育が、障害児にとってインクルーシブかつアクセシブルであり、インクルーシブな初等教育への進級の準備となる。 |
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障害児が、公教育制度の普通学校および普通学級に受け入れられ、無償の義務初等教育を修了するために必要な支援を得ることができる。 |
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障害のある青年および成人が、インクルーシブな中等・高等・成人・識字・職業および継続教育プログラムのすべてに参加するために必要な、障害に関連する支援を受けることができる。 |
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障害のある成人が、他の者との平等を基本とした識字達成のための識字プログラムへの完全なアクセスと必要な支援を得ることができる。 |
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障害のある少女および女性が、「乳幼児のケアおよび教育」から初等・中等・高等および成人教育に至るまで、年齢相応のインクルーシブな教育への平等なアクセスを得ることができる。 |
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「乳幼児のケアおよび教育」、初等・中等・高等および成人教育において、以下を通じて、質の高いインクルーシブ教育が可能となる。
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コラム1
「乳幼児のケアおよび教育」は、家族、友人、隣人、ケア提供者の家を利用した児童のためのデイケア・サービス、地域にある施設を利用したプログラム、学校における授業・プログラム、保護者のためのプログラムなど、多様なアクターが相互に連携して行う継続的な取り組みである。
「万人のための教育」グローバルモニタリングレポート 2007年
コラム2
乳幼児期のケアおよび教育は「児童の誕生から小学校(フォーマル、インフォーマル、ノンフォーマル教育による)へ入学するまでの子どもたちの生存、成長、発達と学習(健康、栄養、衛生、認識・社会・身体・精神的発達を含む)をサポートし、(中略)政府機関、非政府組織(NGO)、民間の提供者、コミュニティや家族などによって提供される」。
「万人のための教育」グローバルモニタリングレポート2007年
コラム3
貧しい国々では、すべての子どもを出生時に登録させる責務を果たすための資源(予算)と政治的意思がしばしば欠けている。市民登録所が中央に集中していることが多いので、親は大都市まで長い距離を旅しなければならない。また出生登録の手続きは、通常病院で開始されるため、親が自宅で出産した新生児は登録されないことが多い。出生登録を妨げるその他の要因としては、文化的な理由による差別や迫害の恐怖に由来する行政当局に対する不信、出生登録制度に従わない慣習があげられる。
ニカラグア カントリーレポート
コラム4
私たちの国では、インクルーシブ教育のレベルにさえ達していませんし、そのもっとも深い意味も理解していないと、私は確信しています。インクルーシブ教育を目的にはしています。けれども、このような子どもたちに(医学的な)レッテルが貼られ、参加するすべての者に平等をもたらす真の教育へのアクセスを、この子どもたちが得ることを妨げているのです。
教師 メキシコ
コラム5
昨年4月に開始された、壮大な「マドラサティ(私の学校)」イニシアティブでは、教育を社会的責任とすることを模索しています。これは、就学前教育を担当しているNGOと教育省との連携を図ることが狙いです。このイニシアティブはインクルージョンを約束していますが、知的障害のある生徒への言及は何もありません。学業達成とテスト・評価は依然として、新たなプレスクールへの入学や普通教育制度の1年生への進級を果たすために、子どもたちが経験しなければならない決定要因なのです。
ヨルダン カントリーレポート
コラム6
『教育省主旨書(The Ministry of Education’s Statement of Intent)2007年-2012年』では、障害のある生徒が最高の教育を受けられるようにするには、ニュージーランド障害戦略を教育政策の一部としなければならないと認めている。
ニュージーランド IHC(知的障害者協会)からの報告
コラム7
障害のある生徒の約90%が普通学校に通っている。障害のある生徒の約半数が、80%の時間を普通学級で過ごしている。
『アメリカ合衆国における教育とインクルージョン 概観(Education and Inclusion in the United States: An Overview)』
2008年9月
コラム8
初等教育完全普及プログラムでは、一家族につき4人の子どもに無償の初等教育が提供された。家族の中では障害児の教育が最優先され、次に女児が優先された。
ウガンダ政府の報告 1998年
コラム9
家族に対する調査から得られたおもなメッセージ
- 大多数の家庭が、家族のメンバーが教育施設に通っていると回答した。しかし、そのほとんどは、短期間(2年間から4年間)しか通っていなかった。
- 中等学校を卒業する障害児はほとんどいない。
- 学校からの支援は限られている。家族は教室での子どもに対する支援の費用をほとんどすべて負担させられている。
- 資金に限りがあるため、家族は早い時点で子どもを退学させざるを得ない。学校で子どもに必要な支援(補助具や支援員)の費用を支払うことができないからである。
- 就学していない障害児の家族は、子どもの能力に対する低い期待と学校の否定的な態度が、学校から排除されるおもな原因であると述べた。
- 家族の多くは、特殊教育の指導法に関する教師の知識不足が、子どもの教育的発達に対するおもな障壁であると考えている。
- 家族は、子どもを特殊教育学校ではなく普通学校に通わせたいが、特殊教育学校の利点は、子どもが「傷つけられる」可能性が低いことであると語った。
全体的に家族は、インクルーシブな地域社会の構築は今なお達成されるべき目標であり、インクルーシブ教育はこの目標を達成する手段であると信じていると語った。
コラム10
学校経営者は最初、私の入学を拒否しました。私を教える資格を持った教師が1人もいないこと、そして私とコミュニケーションがとれる人が誰もいないことが理由でした。
ケニー(Khenyi) スーダン
コラム11
家族は支援に必要なリソースを持っていません。政府もそれを提供してはくれません。もちろん、生徒に関心を持ち、生徒を尊重する教師との素晴らしい体験はありますが、いまだに多くの抵抗が見られます。障害児は障害のない人と一緒に学べるということを、まったく受け入れないのです。特殊学校は障害児のインクルージョンを支援するために必要な改革を実施することを望んでいません。
教師のフォーカスグループ アルゼンチン
コラム12
私の子どもは普通学校に通っていましたが、適切な教材を与えられていませんでした。彼はいつも遊んでいました。(インクルージョンを信奉する私立学校へ)転校させたことで、私の人生は変わりました。子どもの人生を3年間無駄にしてしまったことがやっとわかったのです。息子が今通っている学校の先生方は、とても理解があり、前向きですし、息子のニーズに合わせてI.E.P.(個別教育計画)を立てる時間も取ってくれます。先生方はほかの先生方や保護者、そして子どもたちに協力的です。
親 ロンドン
コラム13
娘は学校に通っていますが、毎年、これが最後の年になるのではないかと心配しています。学校は私たちに経済面でも精神面でも非常に多くのことを要求してきます。それは娘に限られたことではなく、ほかにも同じような人たちが学校にいます。そしてそれぞれの家庭が費用を負担して子どもの影の教師(支援者)を雇っているのです。ほとんどの生徒は、怖がって娘には近づきません。娘が攻撃するかもしれないと考えているからです。そして教師は、彼女が自閉症で、そのために違った行動をするのだという事実を、生徒に伝える時間を取ってくれないのです。
母親 バーレーン
分離特殊教育の失敗
南米諸国では、障害のある生徒のための教育制度は、おもに限られた数の特殊学校を基盤としてきた。以下の事例が示すように、これは大きな中進国にも、また小さな低開発諸国にも当てはまる。
- ニカラグアには、特別な教育的ニーズのある子どもがおよそ15万人いる。このうち、国の制度で対応できるのはわずか2.4%(3,600人)で、97.6%の障害児のニーズは満たされない。
- チリでは、従来の学校で、中度の障害児に対する特殊教育の取り組みを行っているが、重度の障害児は対象とされていない(Milicic およびSius 1995年)。さらに、ほとんどの特殊教育学校は、1種類の障害だけを対象としており、複数の障害のある児童は見過ごされてしまうことが多い。チリ国内の特殊教育学校300校で対応できるのはわずか30,000人の生徒で、これはこのようなサービスを必要としている生徒の3分の1である。
- エルサルバドルには、障害のある学齢期の若者がおよそ222,000人いる(インクルージョン・インターアメリカーナ2000年)。このうち約2,000人が、国内に30ある特殊教育学校で授業を受けている。これは、何らかのタイプの学校に通っている者は1%に満たないことを意味している。
ポーター(Porter) 2001年
コラム14
すべて人は、教育を受ける権利を有する。教育は、少なくとも初等の及び基礎的の段階においては、無償でなければならない。初等教育は、義務的でなければならない。技術教育及び職業教育は、一般に利用できるものでなければならず、また、高等教育は、能力に応じ、すべての者にひとしく開放されていなければならない。
世界人権宣言 第26条
コラム15
子どもたち全員が同じカレッジに入学したわけではないので、授業の始まりと終わりの予定が複雑です。障害のある息子は違うカレッジに通っていますが、ほかの生徒の理解が得られなかったり、仲間に入れてもらえなかったりします。
母親 メキシコ
コラム16
大学レベルの政策がないため、大学でのカリキュラムの変更は教育省によって禁止されています。(中略)そのため娘は非常に不満を感じ、大学を退学しました。教育省には訴状を提出しましたが、娘に対してカリキュラムの柔軟性を認めなかったのは、大学の人なのです。(後略)
母親 アルゼンチン
コラム17
娘は何校か普通学校に通いましたが、初等教育を修了することはできませんでした。その後リハビリテーションセンターに行き、今は作業所にいます。
母親 メキシコ
否定的な態度に反撃する親たち-教室内外で-
メキシコ、アルゼンチン、ボリビア、カナダ、イエメン、クウェート、タンザニアからの報告
「息子が勉強しなかったので、先生は息子を教室から連れ出しました。別の先生は、息子の目つきが気に入りませんでした。フェデリックは屈せず、『学校に行きたい』と言いました。」
「障害者の人権を尊重しない学校や教師がいるという印象を容易に受けます。多くの教師が障害に対して否定的な考えを持っているか、そうでなければ何も知識を持っていません。その結果、息子を積極的に排除し、あるいは息子の学習ニーズにきちんと対処できていないのです。」
「先生方は息子を愛してくれますが、通常の活動にはほとんど参加させてくれません。同級生との交流はほとんどありません。」
「ときには大変ストレスを感じます。すべての関係者を知っておく必要があり、また全員が同じ考えを持つようにしなければなりません。(家族と学校制度の両方の側で)約束がいつも守られるとは限りませんでした。教育支援員から前向きな話を聞きたいと主張しなければ、ストレスで疲れ切ってしまいます。」
「息子は特殊学校に通っていました。その後普通学校へ移り、それからまた特殊学校へかわりました。今は特殊学校に籍を置いていますが、自宅で1対1での学習をしています。息子は教師やほかの生徒の否定的な態度に直面しており、特にそのことが原因となり、行動上の問題をたくさん抱えています。」
「親の自尊心が傷つけられています。自分はこれで十分なのだと感じることはなく、何を主張していけばいいのかわかりません。」
「特別支援学校では何も問題はありませんでしたが、小学校では教師を除けば誰も受け入れてくれませんでした。息子を差別し、関心を持ってくれなかったのです。現在は、経済的な事情からどの学校にも行っていません。」
「娘は最重度の子どもたちのいる学校に入れられ、教師はかかわってくれませんでした。私たちは差別されていると感じ、(中略)娘に学校を辞めさせ、自宅で世話をしてくれる人を捜しました。今娘は30歳ですが、彼女が学んだことは、私たち家族が彼女に教えたことです。」
「今普通学校に通っている娘を見ることは、彼女にとっても、また私たち親にとっても、この上ないことです。娘は兄と同じ経験をしています。(中略)娘は中学校に通っています。教師と同級生はインクルージョンに敏感です。」
コラム18
教師たちが語ってくれたこと:
- 教師たちは、学校で障害児が受けているプログラムに満足していない。
- 教師たちは、学校経営陣からの支援が限られていると感じている。
- 教師たちは、教室内で支援員による支援がさらに必要であると述べた。
- 教師たちは、自分や他の教師が適切な研修を受けていないと感じている。そのため、障害のある生徒をクラスに受け入れる準備ができていない教師が多いが、機会と支援があれば、受け入れに同意するだろうと考えている。
- 教師たちは、研修不足、就学を妨げる行政上の問題、障害児に対する否定的なステレオタイプの見方が、障害児の就学を妨げているおもな理由であると述べた。
- 70%を超える教師が、親と生徒にインクルーシブ教育を「勧める」と述べた。
- 教師たちは、インクルーシブ教育が同級生との関係を改善し、連帯感を育成すると強く感じている。
コラム19
教師に対する調査から得られたコメント
「新卒の教師として私たちは、最近、教室にいるような人たちとかかわるための十分な研修を受けていません。」
「特殊教育教師としての研修は、極めて不十分です。継続教育が不可欠です。」
コラム20
インド農村部で暮らしている障害児にとって、地域の学校に通うことは困難な課題である。学校がはるか離れた場所にあったり、交通手段がなかったりする。学校には、障害児のニーズを満たすスロープや改良されたトイレなどがない。
インド カントリーレポート
コラム21
ポーランドには、多くの建築上のバリアがあります。息子はエレベーターがない学校に通っていました。幼いころは、学校の友人がかばんを運ぶことや、階段を上がることを手伝ってくれました。しかし息子が成長すると、友人には重すぎるようになってしまったのです。今では息子の日常生活を支援してくれる介助者を雇わなければなりません。ほとんどの学校には、学校を身体障害者にとってアクセシブルでない場所にしてしまう、建築上のバリアがあります。
母親 ポーランド
コラム22
メキシコのカントリーレポートから得られた標準テストに関するコメント
近年、メキシコではLINKテストが実施されてきた。このテストの目的は、生徒の教科に関する知識に基づいて学校を評価することである。このテストで「良い成績」をあげることが、その教育機関の全国的な評判を高めることになるため、これは教育機関間の激しい競争を生み出してきた。
評価では、インクルージョンの価値や全体的なアクセシビリティ状況、入学者の多様性などは重視されないが、これらはすべてインクルーシブな環境の構築につながるものである。この状況が、学校間の競争を引き起こし、(学校がより高得点を獲得するのを妨げる要因と見なされている)障害のある生徒に対する排除と差別を悪化させてきた。
コラム23
「子どもに対する入学試験は禁止されるべきです。一番ふさわしい子どもたちだけが入学を許されることになるのですから。」
母親 メキシコ
コラム24
「すべての子どもたちが同じように学ぶわけではないということ、また同じ学習プロセスをたどるわけではないということを忘れています。(中略)うまくいっている学校であるように見せるため、いつも満点を取りたいと思っているのは学校の方です。」
母親 メキシコ
コラム25
柔軟性の欠如-学校と教師(特に中学校)は、多くの場合、障害のある生徒のニーズに合わせるために、自分たちの実践を分析したり変更したりする気はないのだとわかりました。たとえば試験の時に、朗読者/代筆者をお願いすることはできませんでしたが、これは基準に当てはまらなかったからです。私たちがたびたび受け取ったメッセージはこうです。「これがここのやり方です。あなたのお子さんの役に立たないのなら-お気の毒様。」
ニュージーランドのカントリーレポート
1 J. D. ウィルムズ(J.D.Willms) 『ケアの基準:ラテンアメリカにおける児童の教育成果改善に対する投資(Standards of Care: Investments to Improve Children’s Educational Outcomes in Latin America)』 乳幼児期の発達に関する会議(Conference on Early Childhood Development)2000年で発表された論文 2000年4月(ワシントン 世界銀行 2000年)
2 ドン・レイボンおよびピーター・エヴァンズ(Don Labon and Peter Evans)『OECD加盟国における最近の動向(Recent Developments in OECD Member Countries)』 OECD議事録:インクルーシブ教育の実践(Implementing Inclusive Education)(OECDパリ 1997年)
3 Willms前掲書
4 Labon and Evans前掲書
5 マイケル・フラン(Michael Fullan)『教育改革の新たな意味(The New Meaning of Educational Change)』(ニューヨーク:Teachers College Press 2001年)
6 ゴードン・ポーター(Gordon Porter)『障害と教育:インクルーシブなアプローチに向けて(Disability and Education: Toward an Inclusive Approach)』 (ワシントン:インターアメリカン開発銀行 2001年)
7 Fullan前掲書
8 Porter前掲書
9 Fullan前掲書