1.調査研究について

1.調査研究目的

既存の情報支援の枠にとらわれずに障害者の情報支援ニーズを掘り起こし、すべての人にそれぞれの地域で対等な情報アクセスを保障するインクルーシブな情報提供サービスのあり方を明らかにし、その実現のための提言を行うことが調査研究の目的である。具体的には下記4項目の活動を行う。

  1. (1)海外における情報支援サービスの成功事例をわかりやすく情報提供する。
  2. (2)成功事例を参考にしながら、日本における具体的な地域におけるインクルーシブな情報提供サービスの実効性のある提言を行う。
  3. (3)国内外の研究グループのネットワークの形成を促進して、今後の障害者の自立生活を支援する調査研究と実践に寄与する。
  4. (4)調査研究の成果は、マルチメディアDAISY版を含むアクセシブルな資料としてインターネットで公開し、知識の共有を進める。

2.課題とその切迫性

情報アクセスにおける障害の概念は、情報コミュニケーション技術の発展の中で大きく変わりつつある。

活字印刷による出版は、近現代における知識と文化の共有の方法として最も普及し、図書館による体系的な文献の集積と書誌情報の国際的な標準化によって、包括的かつ体系的な知の集積を国境と世代を超えて共有することを可能にした。近現代の文化と科学技術の発展は、このような紙による出版物によって支えられてきた。

しかしながら、総人口の少なくとも10%前後におよぶ人々が様々な理由で、出版物等の視覚で読み解く情報にアクセスできないために、この知識と情報の共有体系から疎外されてきたと考えられる。具体的には、視覚に障害がある人(視覚障害)、視力はあっても視線を制御する脳の機能に問題があって文章を読むことができない人(視機能障害)、先天性の聴覚障害のある人、ディスレクシアやADHDにより文字で記した文章の理解が困難な人、脳性まひや脳梗塞あるいは事故等で上肢の機能に障害があって本を持ちページをめくることが困難な人、知的に障害がある人、脳梗塞や事故で頭を強打して読字障害がある人、紙アレルギーの人、パーキンソン病で本を読むのが困難な人、等々である。

現代社会において知識と情報から疎外されることは、医療、保健福祉、仕事、教育訓練等の生存権に直接関わる深刻な社会的疎外を意味する。情報が必要な時に理解できるかたちで提供されなければ、医療や仕事、教育訓練をはじめとするあらゆる社会参加が困難になり、一人一人の健康で安全な生活が脅かされる。たとえば、各種のインフルエンザに関して、適切に感染を避けつつ過剰な反応による生活の質の低下を避けるためには、地域ごとに提供される様々な掲示や文書を読み理解して、自ら判断することが必須である。

「自由で、事前の情報に基づいた合意」(Free, Prior and Informed Consent: FPIC)は、毎日の生活における個人が責任ある判断をするための原則であり、人々の合意に基づく民主的な社会の根幹である。悪性インフルエンザの感染を避けるための集会の中止や感染の疑いがある場合の自宅待機等は、地域・職場・学校等での時宜を得た情報共有に基づく合意があって初めて機能し、一人一人の命と健康を守ることができる。その意味で、文字等で記された掲示や印刷物の配布だけでは、多くの読むことに障害がある人々の生命と健康に危険が及ぶ可能性を残すだけではなく、すべての地域住民が協力して初めて達成できる感染の予防という目標の達成が困難になるのである。

情報コミュニケーション技術(ICT)の急速な発展は、デジタル・ディバイドと呼ばれるICTから疎外される人々を生む反面で、電子出版とネットワークという新しい知識と情報の共有体系を生み出した。国連障害者権利条約は多くの条文を情報アクセスにあてて、すべての障害がある人が、必要な時に(他の人に遅れることなく)、必要なかたち(点字、録音、大活字、手話、字幕、動画、DAISY、図解つき要約等)で、情報を得ることを権利として保障し、そのために、ICTにおけるユニバーサルデザインの推進と支援技術の開発の促進による合理的配慮としてのICTを活用した情報アクセス環境の整備による問題解決を要請している。

また、ICTを活用して印刷物の内容と形式をアクセス可能なものにする行為には必ず複製が伴うので、著作権を尊重しつつ知識と情報へのアクセスをすべての人に保障するために、情報アクセスを支援するための技術開発と共に著作権法の整備が不可欠である。

日本においては、世界で最も早くDAISY(Digital Accessible Information System)技術が全国の点字図書館に1990年代末に厚生省予算で導入され、数万タイトルのDAISY図書がすでに製作されていながら、今日まで著作権法の壁が視覚障害以外の読むことが困難な数多くの人々のDAISY図書の利用を阻んできた。日本に一歩遅れてDAISYを導入した諸外国では、DAISYを十分に活用してすべての読むことに障害がある人に対等な情報アクセスを保障する法整備と技術開発が並行して行われ、必要な時に必要なDAISY図書をオンラインですぐに入手できるサービスが実現している。

幸い、本調査研究事業関係者も含む十年来の各方面への働きかけが実り、本事業の期間中である平成20年9月に義務教育教科書に関わる著作権法条文(33条)が改正され、すべての読みに障害がある生徒にDAISY形式を含む「必要な形式」で教科書等を提供できるようになった。更に、平成22年1月には、教科書と同様の著作権制限を一般図書に広げる著作権法改正(37条等)が予測されており、初めて障害を特定しない「読みに障害がある人々」の情報アクセス権が法律の上で明確に規定されようとしている。

このような障害者の情報アクセス権にかかわる大きな転換点であるというタイミングと、平成20年度および21年度の補正予算という大きな事業投資が行われる時期であるというタイミングを考慮して、22年度概算要求に対する提言のみならず、中・長期的な戦略目標を踏まえながらも、切迫した情報ニーズを21年度中にも満たすための支援方策を含む具体的な提言が求められている。

3.調査研究方法

1年間の短期的な調査研究プロジェクトとして特に留意したことは、ICTを活用した情報障害者支援に関する先行研究の成果を十分に活用することと、国連障害者権利条約が保障する合理的配慮を実現するために必要な支援技術開発とユニバーサルデザインの推進とを結合することである。また、特に地域に着目した理由は、情報ニーズが地域社会の言語、文化、社会、経済、歴史、自然等の複雑な要素に依存するが故に、問題解決のための方法と資源もそれぞれの地域に根差した持続的なものでなければならないと考えるからである。この地域に根差すという視点は、それぞれの努力がたこつぼ掘りに陥らずに、有限な資源を効果的に活用するためにグローバルな標準化を推進するための立脚点としても重要である。

(1)有識者による調査研究委員会を設置し、研究協力者からの聞き取り、調査研究発表等の情報提供を受け、研究討議を行った。

「インクルーシブ情報提供サービス調査研究委員会名簿」

  • 石川 准 (静岡県立大学)
  • 河村 宏(国立障害者リハビリテーションセンター研究所)*
  • 神山 忠(岐阜県立関特別支援学校)
  • 野村美佐子(財団法人日本障害者リハビリテーション協会)
  • 服部いづみ(NPO法人支援技術開発機構)
  • 濱田麻邑(NPO法人支援技術開発機構)
  • 山内 繁(早稲田大学)

* 主査

「研究協力者名簿」

岩井和彦(NPO法人全国視覚障害者情報提供施設協会)、加藤俊和 (NPO法人全国視覚障害者情報提供施設協会)、長谷川貞夫(桜雲会体表点字研究プロジェクト)、高妻富子(兵庫県LD親の会「たつの子」)、山中香奈(兵庫県LD親の会「たつの子」)、井上芳朗(障害者放送協議会著作権委員会)、二峯紀子(NPO法人かかわり教室)、濱田滋子(NPO法人奈良デイジーの会)、山本義久(山本内科小児科)、秋山里子(浦河べてるの家)、吉田公子(浦河べてるの家)、池松麻穂(浦河べてるの家)、小野康二(熊本県聴覚障害者情報提供センター)、渡辺哲也(国立特別支援教育総合研究所)、北村弥生(国立身体障害者リハビリテーションセンター研究所) 、殿岡 翼(障害学生支援センター)、小田浩一(東京女子大学)、氏間和仁(福岡教育大学)、山本幹雄(広島大学)、高橋知音(信州大学)、水内豊和(富山大学)、鈴木昌和(九州大学)、巌淵 守(東京大学)、小澤 亘(立命館大学)、広瀬洋子(放送大学)、Jim Marks (Association of Higher Education and Disability: AHEAD、アメリカ)、Mika Taylor- Watanabe ((University of Montana、アメリカ)、Francisco Mart?nez Calvo (Spanish National Organization of the Blind: ONCE、スペイン)、Markku Reino (Celia Library、フィンランド)、Kevin Carey (Royal National Institute of the Blind, UK、イギリス)、Richard Orme (Royal National Institute of the Blind, UK、イギリス)、Stephen King (Royal National Institute of the Blind, UK、イギリス)、Lailani David (Autism Society Philippines、フィリピン)、Mai-Linn Holdt (Dysleksiforbundet、ノルウェー)、Arne Kyrkjeb? (National Library for the Blind, Norway、ノルウェー)、Margaret McGrory (Canadian National Institute for the Blind, Canada、カナダ)、Trish Egan (Vision Australia, オーストラリア)、Monthian Buntan (Senator, Thailand、タイ)、Edmar Schut (Dedicon、オランダ)、Kjell Hanson (Swedish National Library for Talkingbooks and Braille、スウェーデン)、Judy Brewer (W3C/Web Accessibility Initiative、アメリカ)、Andrea Saks (ITU consultant、イギリス)、Dipendra Manocha(World Blind Union、インド)、Greg Vanderheiden (Trace Center, University of Wisconsin, アメリカ)、Jim Fruchterman (Bookshare, アメリカ)

(2)外国調査

  • ● アメリカ:モンタナ大学等ミズーラ市における情報支援調査、NIMAS諮問委員会出席、ATIA会議、CSUN障害と技術会議
  • ● スウェーデン:国立録音点字図書館(TPB)、教育省特別支援教育センター
  • ● ノルウェー:ディスレクシア協会、国立盲人図書館、フーズビー資料センター
  • ● フランス:フランス盲人協会図書館、国際図書館連盟盲人図書館会議(ヨーロッパ各国の情報収集)

(3)招へい

  • ● 平成21年2月に講師を招聘し、京都(国際研究集会)、東京(高等教育における支援と就労支援に関する日米交流)、長野(信州大学工学部学生を対象する支援技術開発に関する講演と意見交換会)において研究集会を実施。
  • ● ノルウェーのディスレクシア当事者団体の青年部役員(高校1年生)を招聘し、同世代の学習障害児とその家族・支援者による交流と講演を実施。

(4)総括研究集会(平成21年3月29日、神戸市)

調査研究事業を総括し、提言を討議するために、京都および東京の国際研究集会とは別に研究集会を神戸市内で開催した。なお、すべての研究集会は、磁気誘導ループ、パソコン要約筆記および手話通訳による情報保障を行った。国際研究集会においては、更に同時通訳を利用して日本語での参加を保障した。

4.調査研究結果

調査研究の結果得られた知見は下記のとおりである。

(1)欧米諸国では、最新のICTを活用して読むことが困難な人への支援を体系的に行うことによって、教育、保健福祉、仕事等における障害者の情報アクセスの機会均等を実現しようとしている。

(2)本報告書に収録した各国のレポートは、各国が例外なくDAISYを軸にして読むことが困難な人々に対する体系的な情報アクセスの機会均等を保障しようとしていることを明らかにしている。

(3)現在のインターネットの世界では、アクセシブルでない動画コンテンツが台頭し、同じくアクセシブルでないPDF形式の電子図書コンテンツが目立っているが、すでに米国とEU諸国は、障害者と高齢者を含むすべての人が対等に情報にアクセスすることを前提にした情報社会像を明らかにしており、法的な拘束力を持つ国連障害者権利条約の目標を達成するための技術開発とインフラの整備を進めている。

(4)具体的には、W3C(www.w3.org)のWebアクセシビリティー・ガイドラインに沿ったアクセシブルなWebによるオンライン情報の提供と、従来の出版物に代わる体系的な知識情報のDAISYコンソーシアム(www.daisy.org)のDAISY規格によるアクセシブルな電子図書による提供が、障害者と高齢者の情報アクセスにおける機会均等の実現をめざす先進諸国の趨勢である。特に欧米の電子出版の標準化団体であるIDPF(www.idpf.org)のEPUB規格は、幅広い業界の支持を得て、電子出版の事実上の国際標準となると思われるが、目次やページを用いてのナビゲーションとともにアクセシビリティーを確保するために、DAISY規格のサブセットとして開発され、更に、両規格の次世代版をDAISYコンソーシアムが一括して開発することが合意されている。2010年末に公開される予定の次世代のDAISY規格においては、手話(動画)を含むマルチメディア電子出版のフル規格としてのDAISY規格と、音声や動画を除いたそのサブセットとしての電子図書用のEPUB規格という形で両規格が共存してアクセシビリティーを確保する可能性が高い。マイクロソフト、Google、アドビというIT主流の各社が相次いでDAISYコンソーシアムに加入し、DAISY形式のサポートを表明しているのは、EPUBを含むDAISY形式が電子出版におけるアクセシビリティー確保の主流とみなされていることを示唆している。

(5)また、インターネットを活用したデジタルテレビ放送であるIPTVの本格的な展開を控えた動画配信の技術においても、DAISYコンソーシアムが推進しているW3CのオープンスタンダードであるSMIL 3.0が2008年末に正式勧告となった。SMIL 3.0においては、SMILのサブセットとしてのDAISYプロファイルが規定されていて、インターネット上の動画のアクセシビリティーの開発がDAISYを中心に進む基盤が形成されている。現在開発中の次世代のDAISY規格は、スウェーデン政府等の要求により手話と動画を含むものとなる予定ある。また、DAISYコンソーシアムのUrakawa Projectは、地震と津波の避難を想定して、身体、知的、認知、精神の各分野における障害がある人すべてを含む住民および外来者にアクセシブルでありかつ理解できる防災情報を、動画を含む次世代DAISY規格コンテンツで提供することを想定して、そのためのオーサリングツールを開発している。Urakawa ProjectとSMIL 3.0の開発には国立障害者リハビリテーションセンター研究所が大きく寄与している。

(6)ICTのアクセシビリティーの開発は、W3CとDAISYコンソーシアムの開かれた国際標準規格(オープンスタンダード)戦略を軸に進められており、DAISY専用機のみならず、ノキアの携帯電話あるいはソニーのe-bookリーダーのような一般利用者向けの機器の中にも、徐々にこれらの標準をサポートするものが現れようとしている。

(7)PC用DAISY対応ソフトウエアは、マイクロソフトのInternet Explorerに基本的なDAISY再生機能を付加するButtercup Reader(マイクロソフト社製の無償ソフト)と機種に依存しないインターネットブラウザーとして評価されるFirefox用のDAISY再生付加モジュールであるDDReader(Bookshare製の無償ソフト)が相次いで開発されている。これは、一般に使われるインターネットの検索と閲覧の基本ソフトそのものにDAISY形式の電子図書の再生機能を付加するもので、近々、利用者は特にDAISY形式であることを意識する必要なく閲覧ソフトが自動的に形式を判別してDAISY図書を再生できるようになることを示唆する。

(8)DAISY形式のコンテンツ製作についても、世界で最も使われているワープロソフトであるマイクロソフトWordは、"Save as DAISY Translator"と呼ばれるDAISYコンソーシアムおよびマイクロソフト社の共同開発によるオープンソースで無償の付加ソフトによって簡単にDAISY形式に変換できるようになった。また、オープンオフィスと呼ばれる無償のマイクロソフト・オフィス相当のソフトウエアのワープロ用にも同様の付加ソフトが開発済みである。印刷用のDTPソフトウエアにおいても、業界で大きなシェアを占めるアドビ社のInDesignは、EPUB形式と共にDAISY形式のXMLファイルを生成できる機能を内蔵している。このように、コンテンツ製作においても一般に使われるワープロからDTPソフトまでのDAISY対応が進んでいる。

(9)読みに障害がある利用者に向けたDAISY関連ツールは、極めてきめ細かく対応が進み、高機能で無償のオープンソース再生ソフトであるAMISと数式を含むDAISY図書も音声合成および点字で読むことができる有償のghPlayerがソフトウエアプレイヤーの代表格である。ディスレクシアを特に意識して製作された読み書きを支援するDAISY対応ツールもあり、音声、点字、大活字、カラーコントラスト、等の出力の柔軟な選択と音声コマンド、スイッチ、点字キー、タッチパネルなどの多様な入力の選択が可能になっている。これらのツールの多くのものが、WebのHTMファイル、Wordファイル、PDFファイルと共にDAISYファイルを読める多機能なものになりつつあるのが特徴である。

(10)PCとDAISY専用再生機のほかに、携帯電話用アプリケーションも現れており、2009年6月に予定されるDAISYオンラインプロトコールのリリースによって、携帯電話、インターネット、ケーブルテレビ等のデジタルネットワークを用いた情報通信サービスを活用したDAISYコンテンツ配信が一層普及すると思われる。

(11)国連機関においてもDAISYへの注目は高まっており、通信、放送、電話を担当し、デジタル・ディバイド解消を目指して2003年と2005年の国連世界情報社会サミット事務局をつとめた国際電気通信連合(ITU)は、2008年を「障害がある人々をつなぐ年」(Year for Connecting Persons with Disabilities)とし、同年のITU世界情報通信社会賞 (ITU World Telecommunication Information Society Award) をDAISYコンソーシアムに贈った。授賞理由に挙げられたDAISYの恩恵を受ける人々は、(1)障害がある人々、(2)少数言語派に属する人々、(3)文字を持たない先住民族、(4)非識字者、とされている。

(12)同じく国連機関であるWHOにおいては、WHOのすべての文書と出版物をDAISY規格に容易に変換できるようにするための全職員向けの文書作成マニュアルの改訂の検討が始まり、国連機関の先頭を切ってすべての文書のアクセシビリティーを確保するために、DAISYコンソーシアムとの共同事業計画を準備している。このように、DAISYが、障害者のみならず、障害以外の理由で読み書きあるいは現在の紙による出版そのものにおいて不利な状態にある人々を含めて「自由で、事前の情報に基づいた合意」(FPIC)を約束するICTにおけるユニバーサルデザインとして評価される傾向は、国連障害者権利条約の批准国の増加と国連機関における同条約の実施によって加速されようとしている。

(13)また、先住民族の障害者率が極めて高い(カナダで2倍)ことが明らかになり、貧困、AIDS、災害等における先住民族の憂慮される状況の改善に国際的な注目が集まりつつある。他方、先住民族の知識が津波災害から障害者も含むコミュニティー全員の命を守った事例も知られるなど、科学的な知識と伝統的な知識の保存・普及と交流による連携の推進が、地域の安心・安全に極めて有益であることが知られている。日本政府も賛成した「先住民族の権利に関する国連宣言」が明記するFPIC原則を実現するためには、書記文字を持たない先住民族言語や非識字者も含めて情報を共有できるDAISY形式のデジタルコンテンツの活用が、最も有望かつ現実的な解決策である。

(14)国内においては、障害者放送協議会著作権委員会が中心になって全国の障害者団体として10年越しで進めてきたとりくみが実り、抜本的な著作権法改正による障害者の情報アクセス権の保障(著作権の一部制限)が実現する見込みであり、これを地域におけるすべての障害者への情報支援にどう生かすのかが緊急課題である。具体的には、従来は視聴覚障害者の著作物の利用に限られていた著作権の一部制限が、すべての障害がある人の利用に拡大される。また、視聴覚障害者の情報アクセスを保障するための著作権の制限も大きく拡張される。地域の障害者支援にかかわる団体と、著作権法改正により新しく障害者支援のために著作権者の許諾を求める必要なく障害がある人々が必要とする形式(マルチメディア・デイジー図書等)に著作物を変換して提供できるようになる国立国会図書館および公共図書館等との緊密な連携が必須である。

5.考察

様々な障害により読むことが困難な人々が、必要な時に必要な知識と情報に地域でアクセスできるようになる時、それは、子供や日本語を読むことに慣れていない外国人も含むすべての地域の人々が情報にアクセスできるようになる一歩手前である。あらゆる障害のある人の読みのニーズにこたえる環境は、技術的にはすべての人のニーズにこたえることとほぼ同義である。

1990年代に障害者の情報アクセスを国際的に保障するためにテクノエイド協会の研究助成を得て開発されたデイジー(DAISY: Digital Accessible Information System)は、無償で利用できるマルチメディアの国際標準規格として世界中で障害者の情報支援団体に支持されていることが今回の調査研究で確認された。この規格を維持開発する国際非営利団体であるDAISY Consortiumが、「墨字情報を読んで理解することが困難な人々およびすべての人に対等な情報と知識のアクセスを保障する技術と国際標準規格を開発し普及すること」を使命としているように、DAISYは障害者の支援技術にとどまらない情報のユニバーサルデザインを推し進める技術である。国連障害者権利条約第2条は、合理的配慮と共に支援技術と連携したユニバーサルデザインを定義し、すべての障害者のニーズを包摂できる環境は、すべての人々のニーズを満たす環境に限りなく近くなり、やがて点字や手話等の障害に固有の支援技術の利用のほかには、敢えて障害者のための特別の配慮の必要もなくなる(ユニバーサルデザイン)という技術開発のあるべき道筋を示している。

国連障害者権利条約に平行してICTにおける障害者のデジタル・ディバイドの解決策を詳細に議論した国連世界情報社会サミット(WSIS)は、最終的に障害者コーカスの提案を受け入れて、ICTにおけるユニバーサルデザインと支援技術の連携による技術革新の推進をデジタル・ディバイド解消の基本戦略の一つとして受け入れた。権利条約は随所にICTに関するWSISの成果を反映しており、第2条もその一つである。

具体的には、あらゆる文書の製作においてワープロを使う今日、ワープロ文書が簡単にDAISY形式の文書に変換でき、更に、印刷用版下を製作するDTPソフトのファイルも簡単にDAISY形式に変換できれば、この理想の実現に近付くことができる。現在、Webのアクセシビリティーが重要という認識は定着しつつあるが、文献コンテンツの多くがアクセシブルとは言えないPDFファイルである。このWeb上の文献がDAISY形式のファイルになることによって、文書製作者が積極的にWeb上の文献のアクセシビリティーを高めることができる。国際機関や国・自治体等の公的な文書はもとより、あらゆる事業所においてもDAISYの利用により、積極的にアクセシブルな情報提供ができるようになると同時に、読みに障害がある人の雇用機会を拡張することができる。

DAISYコンソーシアムは、マルチメディアの最先端技術を活かして、無償かつ完全に公開され、特定のプラットフォームに偏らないオープンスタンダードとしてのDAISYを開発し普及を進めているが、その背景には、ブロードバンド時代に移行しようとする今、障害者も共にアクセスできる情報と知識を共有するため国際標準を、確立することによる人類としての計り知れない利益と、逆に標準規格の確立に失敗した場合の取り返しのつかない深刻な事態の認識がある。

インクルーシブな社会をめざす情報支援の長期的な展望は、国際標準を抜きにはあり得ず、その国際標準は、「公開(open)の、私的に所有されていない(non-proprietary)、複数のプラットフォームで稼働する(inter-operable)、アクセシビリティーが証明されている(proven track record of accessibility)」ものでなければならない。W3Cのアクセシビリティーガイドラインとデイジー規格は、国際的に認知された情報アクセシビリティーの国際標準として地域における長期および短期の情報支援システム開発において常に参照すべきものである。

6.結論

(1)地域における障害者に対するインクルーシブな情報支援の構想は、障害者本人と障害者支援団体等、保育所・学校・保健医療施設等を含む行政や自治組織、新聞や放送等のメディア、交通機関、地域の商店等、および職場が連携してそれぞれの役割を果たし、障害者が情報と知識の対等のアクセス機会を得て、主体的に地域社会に参加することを目指すものである。

(2)そのためには、情報発生源におけるアクセシビリティー確保と紙による出版物等へのアクセスを保障するための情報支援サービスの両面における取組が必要である。

(3)W3C(www.w3.org)のWebアクセシビリティー・ガイドラインとDAISYコンソーシアム(www.daisy.org)のDAISY規格による電子図書が、ITを活用した情報支援の国際標準として各国で採用されており、共に障害者のための支援技術から、すべての人が参加して推進するユニバーサルデザインへと脱皮を遂げようとしている。特に欧米の電子出版の標準化団体であるIDPF(www.idpf.org)のEPUB規格がDAISY規格との親和性を持つだけでなく、両規格の次世代版をDAISYコンソーシアムが開発することが注目される。そこには、手話(動画)を含むマルチメディアのフル規格としてのDAISYと、音声や動画の無いそのサブセットとしての電子出版規格としてのEPUBという、世界の障害者コミュニティーと電子出版業界を含むIT産業の間で形成されつつある国連のレベルで合意された障害者のデジタル・ディバイド解消のためのグローバルな戦略がある。

(4)紙による出版物を読むことに障害がある人々のニーズを満たすマルチメディアの無償の国際標準規格であるDAISYは、マイクロソフト、グーグル、アドビ、ノキア、モジラ財団等の国際的なIT産業の支持を広げており、更に、欧米の電子出版業界の標準規格であるePUBフォーマットおよび米国の教科書教材標準フォーマット(NIMAS)とも将来にわたる互換性を確立しつつある。

(5)欧米先進国の障害者情報提供施設は、国立図書館、公共図書館、学校図書館等や、各種の専門情報センター、出版者等と提携して、著作権法を含む法律および制度の整備を行い、出版者から電子ファイルの供給を受けてDAISY形式のマスターファイルを製作して「上流での解決」をはかっている。

(6)日本においては著作権法の制約でこれまで障害者が自由に利用することができなかったテキストを含むDAISY形式の図書を、諸外国では有効に活用して、マルチメディア図書、録音図書、大活字図書および点字図書をDAISY形式のXMLファイルセットから製作するいわゆるワンソース・マルチ・ユースの効率的な製作方法を採用して、発達障害、精神障害等の様々な障害分野を含む多様なニーズを効率的に満たしている。

(7)国立国会図書館は、著作権法改正により平成22年1月1日以後はすべての納本図書の電子化が可能になり、同時にすべての読みに障害がある人へのDAISY形式に変換した資料の提供ができるようになる。唯一の国立中央図書館の責任として、電子図書館と現行の障害者図書館協力係の業務との調整を行って、今読みに障害がある人々が切実に求めている納本された図書を、すべての人がアクセスできるDAISYあるいはEPUB形式の電子図書に変換して提供することが強く求められる。

(8)その際に、平成14年より一括して納本されている教科書を優先してマルチメディアDAISY化し、これまで教科書へのアクセスが保障されてこなかった各地の読みに障害がある成人と児童に対して、全国の公共図書館、学校図書館、視聴覚障害者情報提供施設、病院図書館、試験研究機関資料室、矯正施設図書館等のネットワークを通じて体系的に提供することが緊急に求められる。

(9)また、著作権法改正を機に、すべての「読みに障害がある人」による既存の視覚障害者用DAISY図書の全国的な共同利用を促進するとともに、新たに製作するDAISY図書についてはワンソース・マルチ・ユースを実現するべく、国立国会図書館を含む全国的な分担製作と利用ネットワークの研究開発をオープンスタンダードとオープンソースを開発戦略の中心に据えて緊急に進める必要がある。

(10)上記の研究開発には、今回の調査研究事業で形成された国内外の関係者のネットワークを生かすと共に、障害者自らの積極的な参加と、地域からの積極的参加を実現するための創意工夫が強く求められる。

(11)地域においては、防災、保健医療、就労、教育等の具体的な情報ニーズに即して障害者本人とその家族、支援者等に著作権法改正によって情報アクセスがどう改善されるかについて啓発しつつ、全国的な情報サービスネットワークを最大限に活用するための地域の情報支援システムのモデル構築が求められる。

(12)具体的には、モデル地域を設定して、障害児者、家族および支援専門家、社会福祉協議会、ボランティア、学校、公共図書館、視聴覚障害者情報提供施設、国立国会図書館、出版関係者、支援ICT研究開発者、労働・福祉・教育の各行政担当者を含む総合的な研究グループによるインクルーシブな地域情報支援活性化モデル事業を立案実施して試行と評価に基づく提言を5年間程度継続的に行うことが望ましい。

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