米国視察報告 ~NIMAS会議とATIAカンファレンスで考えたこと~ 福井哲也

(社福)日本ライトハウス 点字情報技術センター 福井哲也

私は、NPO法人支援技術開発機構のご助成により、2009年1月26~31日、同法人の濱田麻邑氏・日本ライトハウス盲人情報文化センターの久保田文とともに、米国視察の機会をいただいた。訪問先はフロリダ州オーランドで、同地で開催されたNIMAS (National Instructional Materials Accessibility Standard=全米教材アクセシビリティ規格)の会議を傍聴し、またATIA 2009 Conference (Assistive Technology Industry Association=支援機器工業会の展示会)を見学した。

折しも日本では、2008年9月に教科書バリアフリー法(障害のある児童及び生徒のための教科用特定図書等の普及の促進等に関する法律)が施行され、障害児のための教科書供給に新たな展開が見え始めている。拙い英語力と予備知識の不足から、特にNIMAS会議については、内容の大枠を理解するにとどまったところもあるが、教科書供給における電子データ活用の先進的取り組みの一端に触れられたことはまことに貴重な体験であった。

以下、点字出版施設で点字教科書等の製作に携わる立場から、今回の視察を通して考えたことなどを述べたいと思う。

1.NIMAS会議

会議は二日間にわたり行われ、初日(27日)がNIMAS Implementation Advisory Council Meeting (実施諮問会議)で、システム全般にわたる事項の討議、二日目(28日)がNIMAS Board Meeting (規格委員会)で、より技術的な課題についての討議が行われた。

(1)NIMASの概況

米国では、幼稚園から高校段階で使われる教科書類を出版する会社は、活字書を直接利用できない生徒のために、その電子データを提供することが義務付けられた。NIMASとは提供すべき電子データの規格で、XMLをベースにしている。NIMASの規格策定にあたっては、DAISY規格がほぼそのまま採用されたと聞く。そして、全米の教科書会社からのデータを一括管理し、必要に応じて提供する機関がNIMAC (National Instructional Materials Accessibility Center)で、これは米国有数の点字出版施設であるAmerican Printing House for the Blindの中に設置されている。NIMACはインターネット上で教科書のデータの授受を行う。

NIMASデータの利用形態は大きく次の二つに分かれる。一つは、NIMASに対応するソフトウェアを組み込んだパソコン等を用い、生徒が直接スクリーンや点字ディスプレイ等で読んだり合成音声で聞く方法。もう一つは、専門業者(AMP=Accessible Media Producer)や教師の手により、NIMASデータを元に大活字版・点字版・音声版などを製作する方法である。NIMASデータの提供は、各地の認可機関(authorized user)を通じてのみ行われる仕組みになっている。

NIMACのサーバーの書庫にはこれまでに約13,000タイトルのデータが登録されており、その内訳は5分の1が教科書(textbook)、残りが副読本(supplementary reader)である。2008年のダウンロード数は約1,200タイトルで、その多くは教科書であった(教科書の登録タイトル数に対するダウンロード数の割合は約35%、副読本のそれは約3%)。ダウンロード数は前年に比べ大きく伸びてはいるが、書庫に蓄積されたタイトル数に比較するとまだまだ小さな数字と言わざるを得ない

利用が広がらない原因としては、現場の教師がNIMASのシステムをよく知らなかったり、障害児がそれを必要としているのにそのことを理解できなかったりすること、利用手続きが複雑なこと、さらにNIMASの規格や利用のためのソフトウェアなど全てが発展途上で、必ずしも満足に機能する状態にないことなど、会議の中で実に多くの課題が論じられていた。また、教科書会社から提供されるデータに質的に問題のあるものも含まれている(書誌情報が欠落していたり、図や写真に適切な説明が付されていないなど)ことも多く話題になっていた。

(2)NIMASでできること、できないこと

NIMASはXMLをベースにしているので、そのテキストデータから大活字版の文章部分を作成することは容易であり、見出しの構造も反映させられるはずである。表形式のデータについても(会議の中ではほとんど言及されていなかったが)対応は可能と考えられる。

ソフトウェアによる点字や合成音声への変換も可能である。点字化や音声化は精度100%というわけにはいかないし、合成音声については発音やイントネーションが肉声とは異なり多少不自然になることは避けられない。しかし、英語には漢字の読み下しや分かち書きの問題がないため、機械点訳・機械音訳の精度は日本語に比べて数段上と言える。日本語の場合、機械点訳・機械音訳したものを、人による校正を経ずに教科書として使用することは考えにくいし、またするべきではないが、英語では供給のスピードやコストの低さを考慮すれば、それも現実的選択の一つと考えられているようだ。また、人による校正を行うにしても、製作の手間の軽減につながるのは確かである。

テキストと音声・画像を同期させたマルチメディアDAISYも、NIMASデータを利用し合成音声を使えば、製作を相当自動化できるものと考えられる。

数式については、以前はその記述方法が規格化されていなかったため、数式部分だけ画像データではめ込まれたりしていたが、MathMLと呼ばれる記述方法がNIMASに組み込まれたことから、点字化・音声化の自動処理が可能になったと言う(ただしMathMLはかなり複雑で、これを作成するには高度の技術を要するとの指摘もある)。

楽譜についても、MusicMLというような記述方法がアイディアとしてはあるようだが、まだ研究段階である。MusicMLがNIMASに組み込まれれば、楽譜部分の自動処理も可能になると言われる。もっとも、楽譜の表現形式は数式に比べてかなり複雑かつ自由度も大きいので、どこまで規格に盛り込めるかはまだ不明である。

図・イラスト・写真などのグラフィックデータは、多くはJPEG形式で、一部はPNGやSVGなどの形式で文書データに付けられている。グラフィックには多くの課題があるが、まず問題になったのは、データサイズが非常に大きくなることだ。1冊の本が数GBという例も報告され、通信インフラに過大な負担がかかると指摘されていた。そのため、画像の解像度を300~600dpiまでに制限することが論議されていた。

グラフィックデータは、原図をそのままか単純に拡大して印刷または画面表示するのには大いに有効だが、弱視者に見やすくするためデフォルメしたり、表現方法を変えたり、一部の情報をカットするなどの加工が必要な場合には、人の手による処理が不可欠となる。また、触図の作成に関しては、触読の特性を考慮し一からデザインしなおす場合も多く、原図のデータが省力化に結びつくケースはかなり少ないと考えられる。

教科書を音声化して利用する場合、グラフィックは言葉による説明に置き換える必要がある。点字化においても、触図にするよりも言葉による説明の方が有効な場合は多い。このため、グラフィックデータには言葉による説明を付加することが求められている。しかし、適切な説明文を作るには、図や写真で表現しようとする内容を理解する力と、音声や点字でそれを伝えるテクニックが必要で、実際に教科書会社から提供されるデータの中には、説明文がほとんど意味をなしていないものもあると指摘されていた。これはNIMASの規格そのものの問題とは性質が異なる。会議では、図や写真に説明を付けるためのガイドラインや模範事例集の必要性が訴えられていたが、それでどこまで改善が図れるのかは私にはわからない。

(3)なぜNIMASなのか?日本もまねるべきか?

今回の会議を傍聴したかぎりでも、NIMASはその実施運用面で多くの課題をかかえていると同時に、規格そのものについても多岐にわたる高度な要求が提示されている。規格の高度化・複雑化(例えばMathML・MusicMLの導入)はデータ利用をより効果的に行うために必要とされているが、それは教科書会社の負担を増大させ、実施面の問題をさらに大きくする危険もあるのではないか。グラフィックに付加する説明文の質などの問題も同様である。NIMASが理想とする教科書供給体制の実現には膨大なエネルギーと時間が必要ではないかと直感したのである。

しかも、前述のように、NIMASが障害児の教科書問題の全てを解決できるわけではない。そのことを会議メンバーはどうとらえているのかに私は大きな関心があったので、休憩時間に何人かの人に、グラフィックの問題などを例に尋ねてみた。その結果、この点についての彼らの認識は私の見方とほとんど同じだと理解した。彼らもけっしてNIMASが万能と考えているわけではない。ただ、二日間の熱い議論を聞く中で感じたのは、NIMASで救いきれない部分はもちろんあるが、NIMASで実現し得る部分を最大限広げようという強い意志と使命感だった。活字教科書の出版には全面的にコンピュータが使われているわけで、その電子データを活字以外のメディアで教科書を読む生徒のためにもフルに活かすことが最も合理的だという信念があるのだろう。だからこそ、道は遠く険しくとも一歩ずつ前進しようと努力しているのだと思う。

では、日本でもNIMASを手本にシステムの整備を進めていくべきであろうか。教科書バリアフリー法の施行により、日本でも教科書会社は文部科学省検定教科書の電子データを文科省に提供することが義務付けられた。文科省はそのためのデータ管理運営機関の設置を予定していると聞く。拡大教科書・点字教科書等を製作する団体・施設は、この機関を通じて必要な電子データを入手することになるようだ。

日本のシステムはこれから運用を開始するところで、予測のつかないことが多いが、教科書会社が提供するデータの形式はPDF、画像についてはJPEGと決められた。このデータは、あくまで拡大教科書・点字教科書等を製作するために利用されるのが前提で、米国のNIMASデータのように、生徒がそれを直接パソコン等で読むことは想定されていないと思われる。PDF/JPEGというのは、教科書会社にとってそれほど大きな負担がかからない形式として規定されたのかもしれない(きちんとしたデータを供給するのに本当に負担が少なくて済むかはわからないが)。まずはその運用の実態を見守りつつ、具体的問題点を洗い出すのが先決であろう。

また、日本語は欧米の言語に比べて、機械点訳・機械音訳の精度を上げることが難しいという現状は直視しなければならない。すなわち、日本の方が点字版・音声版を製作するのに自動で処理できる範囲が狭いということであるさらに、レイアウト、グラフィックの処理等、人手をかけざるを得ない部分の質をいかに高めていくか、わたくしの想いはどうしてもそこへ向いてしまうのである

もう一点、教科書というのは、学校教育の一つのツールであるという位置づけを再確認したい。すなわち、教科書を全ての生徒にとってアクセシブルにすることは極めて重要な課題ではあるけれども、活字教科書の中の写真・イラスト・図などを含む全ての内容を点字(触図)・音声・拡大等で伝えなければならないかは検討を要すると思うのだ。例えば、晴眼の生徒には教科書の図や写真で容易に説明できることでも、視覚障害の生徒には実物観察(教室外含む)、立体模型、あるいはもっと別の方法が有効な場合がある。「教科書で」教えることだけに拘らない方がよいように思うのだ。特に、一般校で学ぶ障害児の場合には、現場の教師・教科書製作者と専門家がタイアップして、教科書の何をどのようにアクセシブルにするかを検討できる体制が必要ではないだろうか。

2.ATIAカンファレンス

今年で10周年を迎えたATIAの展示会は、28~31日の4日間開催された。障害者の情報・コミュニケーション機器を中心に約130社が出展し、また展示会と並行して、テーマ別の1時間程度のセッションも数多く行われた。私たちは28日の夕方と29・30日に会場内のブースを回り、いくつかのセッションにも参加した。

(1)特に印象に残った製品

gh PLAYER (gh, LLC):
NIMASファイル、DAISYファイル、デジタル・トーキングブック、テキストファイルなどを音声・拡大文字・点字で再生するソフトウェア。MathMLによる数式のスクリーンへの表示と音声読み上げ、表形式のデータをキー操作でセルごとに移動しながら読ませる機能などを体験した。ショートカットキーをわかりやすく配し、洗練された操作性を実現していた。デジタル図書の近未来の形を実感させるソフトウェアである。
Music Scanning, Lime, GOODFEEL (Dancing Dots Braille Music Technology, L.P.):
視覚障害のミュージシャンをサポートするソフトウェア群。墨字楽譜をスキャナで読み取り、音符を一つずつ音声で読み上げたり、点字楽譜に変換。パソコンのキーボードから音符データを入力・編集し、墨字楽譜としてプリントするなど、多彩な機能を持つ。スキャナの認識精度が気になるところだが、魅力的な製品と感じた。
Braille Star 80 (Handy Tech North America):
ハードウェアで最も印象に残った製品。80マスの点字ディスプレイだが、特長は点字セルの下端の方が少し浮き上がるようにカーブしていること。点字ディスプレイは、パソコンのキーボードの手前に点字表示部がくるように配置するのが普通だが、こうすると点字を読む手は指をやや曲げた形となる。この手の構えのとき、指の腹が点字セルに自然にフィットするように、カーブが付けられているのである。これが実に読みやすい。
Pocket Money Brailler (independent living aids, LLC):
米ドル紙幣は、1ドルから100ドルまで全てサイズが同じで、触覚識別マークもない。そこで、紙幣に点字と浮き出し文字で数字を刻印するのがこの道具。平たいクリップのような物の間に紙幣をはさみ、パチンと押すだけのローテクの道具である。自分の財布の中の紙幣だけでも触覚で識別できるように、外出前に印を付けておくのであろうか。店で受け取るおつりは店員を「信頼」するしかないが、こんな強引な方法でも金銭を自分で管理しようという発想がおもしろいと思った。(ちなみに同社では、Note Tellerという、紙幣を差し入れると金額を音声で知らせてくれる小型の電子機器も発売している。)

(2)触図に関するセッション

30日の夕方、会場で過ごした最後の時間に、"So, What About the Graphics for Students Who Read Braille? "と題するセッションに参加した。発表者はLucia Hasty (Rocky Mountain Braille Associates, Tactile Graphics Committe of Braille Authority of North America議長)、教育関係で長く触図に関わってきた専門家である。

彼女は、「子どもたちの教科書では、文章中にはなんの説明もなく、単に絵だけで表現されているようなところがたくさんある」というようなことから話し始め、「墨字の図をなんでも触図化すればよいというものではなく、どれを触図にするかの見きわめが大切」「触図にする場合は、いかに必要な情報だけを残し、デフォルメするかが重要」といった、最も基本的な考え方をレクチャーした。その内容に目新しいことがあったわけではないが、私たちが点字出版の仕事の中で、触図を作る際に何を大切にし、何に心を配っているかということと彼女の話とがあまりに一致していたので、ある種の感動を覚えたのだった。

セッションの初めに、普段触図製作にどんな道具を使っているかの確認があったが、参加者は異口同音にViewPlus TechnologiesのTiger Braille Printerを挙げていた。この点字プリンタは、日本でも輸入販売されている。展示会の各社のブースでも尋ねてみたが、比較的精細な触図が描けるプリンタとして、Tiger以外の情報を得ることができなかった。なお、American Printing House for the Blindでは、亜鉛板で図を作るのにPEARLという機械を使っているとのことである。

最後に私が、「点字出版での触図製作をもっとコンピュータ化したいと思うが、今の点字プリンタの描画機能では満足できない。手作りの亜鉛板の図の方が多彩な表現が可能」と言ったところ、「あなたの悩みはよく理解できる。解決策はわからないけれど」と答えてくれた。

以上、個人的見解や印象が中心となってしまったが、これをもってこの度の米国視察の報告にかえさせていただきたい。

最後に、このような貴重な機会を与えてくださったNPO法人支援技術開発機構に心より感謝申し上げたい。

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