クラスターII型(コミュニケーションが困難で、対応困難)の事例②

事例の概要 男性、33歳、父、母、本人、弟(別居)の4人家族
身長172.0㎝、体重78.3㎏
服薬の状況 ハロステン、パーキネス、バレリン、テグレトール、ロドピン、ロヒプノール、セレネース、マグラックス

1.生育歴、相談・治療・教育歴

(1) 生育歴

出生時 妊娠4ヶ月の時、切迫流産の心配から2週間入院したが、その後の経過は順調で、出生時も特に異常はなかった。出生時の身長49.5㎝、体重3,120g
乳幼児期 1歳過ぎに遅れに気付き、3歳でことばの教室に通う。その後、児童相談所を来談したところ、「自閉症、発達遅滞」と言われた。療育機関を紹介され、相談・保育園と合わせて通所。その他、地域の訓練会に参加している。
4歳時に高熱を出し、ひきつけを起こした。5歳時に脳波検査。てんかんの診断を受け、抗けいれん剤の服用を開始した。
  発育経過 栄養 母乳
定頸 4ヶ月、座る 8ヶ月、歩行 1歳3ヵ月
友だち遊びができず、表出言語はほとんどなかった
学齢期 就学前に養護教育総合センターで養護学校を勧められたが、地元小学校の特殊学級に入学。特殊学級では対応が難しく、1年生の2学期から養護学校初等部に転校した。小学校5年時からTシャツを破る行為が出始める。
その後、同じ養護学校の中等部・高等部に進学。高等部より、本人の嫌なことや叱責の声を聞くと担任への暴力がみられるようになり、スーパーなどの人混みでパニックを起こすようになり、連れて行かなくなる。自宅でも母親への暴力が出る。また、この頃からシャツ破りが多くなる。
成人期 養護学校高等部卒業後、地元の通所更生施設(知的障害者のグループと重度心身障害者のグループで活動する施設)の利用を開始する。活動内容は、ホールでのリトミックや公園への散歩・ランニング、週に2~3回半日単位で木工作業を行なう。作業は工程の一部(他の利用者がボンド付けしたピースを両手でくっつける)を行なうが、一人ですべてはできない。シャツなどの破衣がみられる。母親と自家用車で通所し、遅刻や欠席はほとんどなかったが、朝、自宅や通所中の車内でパニックを起こした時など、月に1~2回欠席したことはあった。
20歳時頃から、自宅や施設でガラスを割ったり、シャツを破ることが目立ち始める。施設で1日に2~3枚シャツを破ってしまい、裸で過ごすこともあった。また自宅では、本人の暴力が高齢の祖母に向かうので対応に苦慮するようになる。

(2) 相談・診断・治療歴

3歳 ことばの教室に通所
児童相談所を来談し、「自閉症、発達遅滞」と診断される。療育センターへ通所
5歳 脳波検査の結果、てんかんの診断を受ける。療育センターの診療所に通院
児童相談所にて療育手帳A1(最重度知的障害)の判定
15歳 Y大学病院に転院。診断名変更なし
17歳 更生相談所にて総合判定(結果は後記)
18歳 通所更生施設の利用を開始する。併せて、同じ法人が運営する診療所に転院。診断名変更なし
20歳 更生相談所にて療育手帳の再判定の結果、A1判定変更なし
21歳 福祉事務所に相談。東やまたレジデンスに入所する
25歳 別の精神科に転院。診断名に変更なし

2.障害の状態像:障害名(診断名)、発達検査等の客観的評価データ

(1) 更生相談所総合判定結果(17歳、養護学校高等部3年時実施)

(医学判定)

最重度精神遅滞、てんかん(抗てんかん剤の服用が必要)、衝動的な行動に対して精神安定剤服用の必要の可能性有り

(心理判定)

  • 田中ビネー知能検査 算出不能、1歳級の2問のみ通過
  • 大脇式知能検査 拒否のため実施不能
  • 遠城寺式乳幼児分析的発達検査表

移動運動3歳4ヶ月、手の運動2歳3ヶ月、基本的習慣2歳9ヶ月
対人関係1歳0ヶ月、発語0歳5ヶ月、言語理解1歳2ヶ月
判定室への入室拒否が強く、着席後も注意は集中しにくい。大脇式実施時は積木を投げたり、椅子への頭突きや椅子を投げ倒したため検査を中止した。遊びは感覚レベルからは脱しており、TVの幼児番組に興味を示す。本人にとって嫌なことがあると不安定になり、器物破壊や他者へ噛みつくなどの問題行動がある。

(総合判定)

てんかんを伴う最重度の知的障害があり、多動で指示に従おうとする態度に乏しく、衝動行動もみられる。今後は精神医学的治療も継続し、徐々に耐性の涵養、適応能力の向上や生活習慣の確立を図る方向で指導を受けることを目的に、更生施設の利用が適当である。

(2) 障害の状態(入所時の福祉事務所資料より)

周囲の理解できる本人からの表現は、手を引っ張る、簡単なサイン程度(トイレの時にズボンをずらす、自分の行きたい場所に手を引っ張り移動するなど)。発語はなく、文字の理解はできない。日常生活で使う単語による指示の理解ができる程度。併せて、次に行なう活動で使う物を見せるとさらにわかりやすい。ADLは一部、または全介助が必要となる。

本人の気分が良い時は、特定の気になる施設利用者や職員に抱きついたり、頬にキスをしようとしたりするが、拒否すると怒り、次第に興奮して頬を噛むこともある。ドライブは大好きで、施設で連れて行く時は問題ないが、家族が連れていく時はパニックを起こすことがある。また、買い物などの活動も自発的にはしないが、施設で行く時は好きな食べ物などを買うが、家族とはパニックを起こしてから行っていない。多数の人がいる場所よりも静かな所を好む。

数字は読めず、時間は理解していないが、時計が1時になると自分で作業室に行くことができる。普段は、何か行動・移動すべき時に自分から動こうとすることはほとんどなく、職員の指示や促しがないと動かない。

家では、庭での泥遊び、洗濯機が回るのを見ている、広告などのチラシ破りをしている時が落ち着いている。

3.行動障害の状態

(1) 利用前の様子(通所施設)

気分が高まると、声を出して笑いながら自分の着ているTシャツなどをビリビリに切り裂くことがある。1日に2~3枚切ってしまうこともある。2年前の通所当初はみられなかったが、4ヶ月前より始まった。職員から見ると本人は楽しんでいる様子で、止められることも喜んでいる様子。

本人のわかりにくい内容やすぐに結果が出ない作業は混乱してイライラしやすく、パニックに発展することも多い。先の見通しが立ちやすい、わかりやすい、パターンが決まっている作業はパニックが少ない。また、他の利用者の奇声などを嫌いパニックにつながる。パニックを起こすと、他人や壁への頭突き、噛みつく行為が出る。

(2) 利用前の様子(家庭)

  • ドライブは好きで、自分からも要求してくるが、途中でパニックを起こすことがあり、通所の途中でパニックになることがある。また、決まった場所で決まった事柄にこだわる。
  • ガラスを割る、叩く、頭突きや噛みつきなどがある(特に母親に対して)。
  • よく寝る時期とあまり寝ない時期の繰り返しで、睡眠リズムの乱れがあって生活にも影響する。寝ない時期は暴力も多くなる。
  • 下に落ちている小さなゴミを口に入れたり、早食い・大食いでおかずをご飯の上にかけて食べることが多い。
  • 夜尿をすることがある。時々、トイレ通いが多くなるが、ほんの少し排尿があるだけ。
  • 家庭でもシャツ破りや布団破りが多く、困っている。気が付くと破られていることが多い。また、衣類やトイレットペーパーをトイレなどに詰まらせることがある。
  • 自分の唇を指でむしり、血がにじんでも止めると怒る。

(3) 利用前の判定基準点数の分布(旧法による強度行動障害の判定基準)

自傷3点、他傷3点、こだわり1点、もの壊し5点、睡眠障害3点、摂食障害1点、排泄障害1点、多動3点、パニック5点、粗暴5点

合計 30点

4.行動障害の要因等に関する分析、とらえ方

  • 家ではほとんど自分の思い通りの行動をしており、母親曰く「殿様状態」で、制限されることに弱く、思い通りにならないとイライラして怒り、結果として要求を通す。コミュニケーション能力の不足により、自分の意思を伝えて解決する手段を持たないため、パニックとなる。
  • 本人がイライラする要因は、自分が思っていたのと違うこと(ドライブのつもりが施設への通所だった)、見通しが付かないことや理解のできない活動を要求されること、過度の声かけ・促しやしつこいかかわり、眠気が強い時に活動を促される(睡眠の乱れの影響)など。
  • 理解能力やスキルがあまりないため、自立的に行なえる活動が少なく、経験も少ないため、不安になる場面が多くなる。また、自立的に行動できることが少ないため、介助者のかかわりや促しが多くなるとストレスも大きくなる。
  • 大きく生活リズムが乱れることはないが、睡眠時間の乱れが生活にも影響が出ている。しかし、家での生活習慣はなかなか変えられない。

5.行動障害改善のためのプログラム、支援経過

(1) 支援体制

  • 居住棟は小舎制ユニットで全個室。1ユニットあたり利用者7名に対して、常勤の夜間勤務者職員1名と非常勤職員1名を配置している。日中活動は1グルーブあたり利用者12~15名に対して、常勤職員4名と1~2名の非常勤職員で対応している。
  • 強度行動障害を示す利用者も、それ以外の利用者と一緒に支援を行なっている。
  • 支援課長によるスーパーバイス、心理士や嘱託医からの助言、個別支援計画に基づく支援を行なっている。

(2) 支援経過

【1年目】

① 入所時の本人・家族の状況と希望

  • 本人の希望は不明(能力的に意思を伝えることが難しい)。
  • 両親は協力的で、祖母もよく手伝ってくれる。しかし、父親は変則勤務で、祖母は高齢、弟は高校生のため、基本的には介護のほとんどは母親である。そのため、両親(特に母親)は、家庭で本人の行動に振り回されている状態に限界を感じている。これまで、ショートステイなども利用しながら対応してきたが、体力的にも限界に来ている。
  • 一定期間で良いから本人と離れて暮らしたい。しかし、本人の状況が改善されれば、また家庭で過ごしたいと考えている。
  • 当面は、施設での生活に慣れ、3年ほどで本人の状態が落ち着いたならば、また一緒に生活したいと願っている。そのため、関係が切れないよう、基本的に週末帰宅を希望していた。

② 他傷行為やパニックの軽減

  • 入所当初は、非常に落ち着かないこともあったが、全体の生活の流れを体験することによって落ち着いてきた。
  • 本人への声かけ・促しに際して、シンプルな表現でしつこくしないよう職員の対応を統一したこと、自立的に動けるように次の活動がわかる物の提示の工夫によって、他傷やパニックの頻度は減少した。

③ 衣類や布団破りの軽減

  • 布団や衣類について、不要な時は居室押入れの施錠を徹底するなどの環境整理により減少した。人目のない所で着ている服を破る行為は、防げないことが多かった。
  • 破衣は遊び的要素が強いと思われたため、居室ユニットではなるべく職員の目があるリビングで過ごさせ、居室では本人の楽しめる別の感覚遊びをさせるようにした。

④ 睡眠リズムの乱れの軽減

  • 日中活動をきちんと行なうことで睡眠リズムを付けていくために、作業をする上での課題分析をして、本人が意識して取り組める活動を模索した(主に室外作業)。
  • 週末帰宅の直後は睡眠時間の乱れが続いたものの、その後はリズムが取れてきた。しかし、早朝に起床することが多かった。

⑤ 帰宅中の家庭での生活の改善

帰宅は毎週末に行なった。施設での取り組みや様子を伝えてはいたが、家族の対応は基本的にこれまでと同様であったため、あまり改善はみられなかった。家族との面談や家庭訪問を行ない、アイデアを出してみたが、親も週末の対応を頑張るのに精一杯という1年だった。

【2年目】

① 他傷行為やパニックの軽減

  • 1年目の作業の課題分析を参考に、日中の作業を本人にわかりやすい方法でさせるようにし、活動の見通しが付きやすくすることで、日中の問題はかなり軽減した。
  • 特定の利用者の声が苦手なことがわかったため、居室を変更した。

② 衣類や布団破りの軽減

自室での遊びが定着し、徐々に頻度は少なくなったが、気が付くと破られていることがしばしばあった。また、時期によって多く続くこともあった。

③ 睡眠リズムの乱れの軽減

夕食後、居室ユニットですることがないと寝てしまうようになってきたため、非常勤職員と散歩(約40分のコース)を始める。起床時間は1年目より遅くなってきた。

④ 帰宅中の家庭での生活の改善

  • 睡眠時間について、頓服薬が処方されると一時的に効果はあったように思われたが、服薬後から本人が不安定になってきたため、両親と一緒に医療機関に相談して、飲ませ方を変更することで改善した。
  • 家から施設に戻る際に本人が拒否的となり、母親では対応できないため、施設より職員が迎えに行くことが数回あった。家族の疲労感が強くなってきたため、3ヶ月程度週末帰宅の中止を提案した。

【3年目】

① 他傷行為やパニックの軽減

  • 時間がわからないので作業中にタイマーを使い、より見通しの立った活動をしてもらい、作業場での休憩場所も人の動きや騒音がないところに変更した。
  • 生理的不快感を除くため、乾燥しやすい肌のケアなども継続した。その結果、問題はほとんどみられなくなった。

② 衣類や布団破りの軽減

  • 着ている服を破る行為について、場面によっては、温度・湿度の調整を行なうと以前より減少した。
  • 布団などを破る行為は、環境的な整理での効果や睡眠リズムの改善により減ってきたが、まったくなくなることはなかった。

③ 睡眠リズムの乱れの軽減

  • 2年目の取り組みを継続し、施設での睡眠の乱れは帰宅直後を除くとみられなくなった。
  • 帰宅中の課題は、情報が得やすい施設嘱託医への転院によって服薬の調整を進めることにした。

④ 帰宅中の家庭での生活の改善

週末帰宅を中止していたが、母親から有料送迎サービス利用の提案があり、送迎業者(身障者・高齢者の送迎を中心にしている)に注意すべきことを伝えた。母親は付添いのみという安心感もあり、帰宅を再開した。その後、家族も自宅の車をワンボックスにするなどの工夫を行なった。家の中で必要な所に鍵を付けるなどもしていたが、基本的な対応に変化がないため、帰宅時の家族の生活は大変な状態が続いた。

6.行動障害の転帰

(1) 利用終了時の様子

施設内での他傷行為、破衣、睡眠の乱れは減少してきたが、日常生活で見守り介助の必要な場面は多い。家庭での状況やグループホームの設置状況を考慮して、入所施設での支援と帰宅時の支援を継続することとなった。

(2) 利用終了時の判定基準点数の分布(旧法による強度行動障害の判定基準)

自傷0点、他傷0点、こだわり1点、もの壊し3点、睡眠障害1点、摂食障害1点、排泄障害3点、多動0点、パニック5点、粗暴0点

合計 17点

7.アフターケア(4年目以降の経過)

入所して3年間が経過した後も、施設では一定した睡眠時間の維持、他傷行為やパニックのない生活の維持、衣類・布団破りのさらなる軽減のための支援を継続した。また、帰宅時の家庭での生活を安定させ、入所当初の家族の希望であった、退所して家庭での生活を再開することを模索した。

しかし、施設での生活は安定してきたものの、両親の協力にもかかわらず、帰宅中の生活について大きく変化することはなく、その後、高齢の祖母の疾病、祖母死亡後の母親の内科疾患、両親の加齢などの要因により、現在では家庭での全面引き取りは難しいと判断しており、両親も同じ意見である。ただし、父親が定年退職してからの帰宅中の生活は比較的安定してきており、月1~2回の帰宅は継続されている。

  • 現在の判定基準点数の分布(旧法による強度行動障害の判定基準:平成20年10月)
    自傷0点、他傷0点、こだわり1点、もの壊し3点、睡眠障害1点、摂食障害1点、排泄障害5点、多動0点、パニック0点、粗暴0点 計 11点
  • 直近の障害程度 区分6

8.得られた知見、今後の課題

施設内での行動障害は、全般的にかなり軽減された。作業にも安定して取り組んでおり、ADL面の介助がかなり必要であるが、生活全体は安定してきている。新たに獲得できたスキルはあまり多くないが、時間をかけて課題分析し、既に持っていたスキルを伸したことは有益だった。

家族は入所当初から、家庭に戻すことを望んでいたこともあり、積極的に帰宅を行なうなど協力的であった。しかし、家族の頑張る姿勢は、大変でも「帰宅させること」を頑張ることではあったが、「対応を変えること」を頑張るということにはならなかった。

本人が持っている要求手段(ドライブの時は車の鍵、お菓子は木の皿、ご飯は茶碗)を利用した活動の整理や、ドライブ経路の工夫(養護学校の近くに行くと不穏になる、行き先・経路が本人の予測と違うと不穏)など、いくつか助言を行なったが、家族(特に母親)にその余裕はなかった。

家族と協力して支援を進めるには、家族の意思だけではなく、内容をきちんと理解してもらうことや、家族の力量をきちんと踏まえて方針を出す必要のあることがわかった。

また、ここ数年来、本人の排泄障害(居室での排泄行為)が多くなり、1年前に本人が感染症疾患により長期入院するなど、新たな行動障害の軽減のための支援が課題となっている。

今後はケアホームへの入居などをめざしていくが、ケアホーム整備計画を検討していく中で、支援を進めていくことになる。

外部評価委員からのコメント

【奥野 宏二 会長】

  • 服や布団破りについては、感覚遊びではないかと思う。反射的な動きも固着しており、個室での感覚的な遊びが、こうした行為を促進してしまったのではないかと感じる。例えば、ケアホームのように一人で過ごす空間で生活することをめざすならば、そこで過ごせることを身に付けなければ、こうした感覚遊びのような行為を促進しまう恐れがある。排泄障害についても同じことが言えるかもしれない。そのことをもう一度検討してもいいのではないかと思う。
  • 横浜市は地域での療育をカバーするという構想で、幼児期には療育センターができていると思うが、その割に、このようにあちこちを転々としているのは疑問である。療育センターの地域での役割はどうなっているのか?生涯にわたってアフターケアをしたり、情報を集約するなどができる組み立てをしているはずなのに、どうしてなのか?
    →この方の世代の場合は、まだ療育センターの整備が進んでいない頃だったので、いわゆる地域での核としての役割はできていなかったと思う。
    また、生涯にわたるアフターケアの問題について言えば、子どもの年齢で切れてしまっている。現在でも、療育センターは幼児期を中心に対応しており、一部学齢期のアフターケアも行なってはいるが、学齢期は教育委員会の養護教育センター、大人になると更生相談所というように切れているのが現状である。子どもの情報が幼児期と学齢期、成人期の療育機関の間で生かされていないところがあると思う。
  • 施設の利用目的に疑問がある。施設で本人が改善されたからといっても、必ず家に帰れば前と同じになってしまう。また、家庭の事情も変化してくるのが自然で、帰ってきたら対応できない事情が生じてきてしまう。そうした意味で、帰るために家族がどうすべきで、期間までに家族がどう変われるかが重要と考えられる。その点を意識して整理しないと戻すことは難しい。
  • 本人にどういうメッセージを伝えるかが重要となってくる。なぜ施設に来ているのか伝えられていないことが多い。親にとってはレスパイトでいいかもしれないが、本人は何らかの形で、親に見捨てられたのはわかっている。施設利用の目的を明確にしないと施設の個別支援計画が成り立たない。
  • 特に大変な人ほど、本人が施設で改善されると、これまでの親のやり方を否定する側面がある。親を共同作業に引き込むためにも、親にそうしたメッセージを伝え続けないといけない。家族支援という意味で、職員がその苦労に共感しながら一緒に向き合っていく支援が必要と考えられる。
  • 外泊についても、何となく家に帰し、本人の意欲につながるとか、親に忘れさせないようにというのではあまり意味はない。親に対しても、帰宅の意味を明確にした家族支援のプログラムが必要である。行動障害を示す人への取り組みの半分以上が家族療法と言える。

【古屋 健 委員】

  • この事例は、家庭に帰すという目標があったのであれば、最初にプログラムとして、家族支援の視点を明確にしておくべきだったと思う。週1回の帰宅の目的や最終的にめざすものを明確にし、家族サポートをしながら家族を巻き込むことが必要と思われる。
  • 施設に入所して行動の改善が顕著にみられたケースだと思う。その理由は、要因分析が的確に行なわれて対応されたためと考えられる。基本的には、コミュニケーション能力の問題に着目した対応、見通しを持てるよう事前に伝えることや、自立的な行動ができる環境的な組み立てをするなどの対応が有効となっている。特に睡眠時間の管理をきちんとするなど、行動障害そのものよりも、その背景にあるスキル獲得や生活習慣の確立で、結果的に行動障害も改善されたケースと考えられる。
  • 家庭に無理なケアを要求するのではなく、基本的なスキルと生活習慣を獲得することによって、家庭生活の中で行動障害を軽減することを考えてもらうことができたと思う。1~2年目にこれだけ改善されたところをみると、家庭との連携がうまく取れていれば家庭でも大分改善され、家族の負担も軽くなり、予定通り家庭に帰すことができたのではないかと思う。そういう意味でも、最初にプログラムを立てる際に家族支援を考えることは大切である。
  • 余暇支援について、もう少し計画的に取り組んでいく必要があったと思う。家族は買い物にも連れて行けないということであるが、最初の段階で、交通機関の利用や買い物の経験など、基本的な生活スキルの訓練ができれば良かったと思う。初期に行動障害の改善が図られ、次の目標を改めて見直されていたらと感じる。行動障害が改善した時にこうした生活スキルの訓練をすることで生活の拡がりができ、家庭に戻った後も安心して外出するなどの改善もみられたと思う。

【河島 淳子 委員】

  • この事例のように障害が重く、スキルや言葉を持っていないと、学校生活で文字を教えるという学習はまずさせていない。そういう意味で、学校生活にブランクがあったことは問題と思われる。
  • そのため、母親はかわいがって世話をするしかなかったのだろう。その結果、子どもの方が勘違いをして、母親を召し使いのように使い、母親は自分の思い通りに動くものと思うようになった(殿様状態)。要因分析の欄に、「自分の要求を伝えるコミュニケーションの手段を持たないためにパニックを起こす」とあるが、パニックを起こすことが、母親を自分の思い通りに動かす手段となっている。そういう意味で、さまざまな問題行動がコミュニケーションの手段として使われているため、適切なコミュニケーションの手段を教えることは重要と考えられる。
  • 行動障害改善のプログラムが4点あげられているが、このくらいの年齢になってしまうと、環境が悪くなると以前の問題行動がまた出てきてしまうのは確実である。良くなってきたということは、施設の環境が良いことだと思うが、家に帰ると同じだと思う。
  • 母親を召し使いからリーダーへ育てていくことが大切と考えられる。年齢にかかわらず、作業や学習だけではなく、料理などの家庭内技術を教えることを通じて、指示に従うことを学ばせていくことは大切である。母親にそうしたかかわり方を教えていくと、違った対応ができると思う。
  • 施設での作業などを通して続けられることも大切である。できることをきちんとさせることによって、何もすることのない時を減らし、問題行動を減少させることができる。ただし、改善してもマンネリ化してしまうので、同じことを行なっているのではなく、新たな取り組みがなければ不十分と考えられる。

質疑応答、報告内容の確認について

(1) 障害像について

  • 服や布団破りについて、何度も一緒に手に取って、大事な物は破ってはいけないことを伝えられなかったのか?また、本人がかかわってほしいとか、コミュニケーションを求めているとか、不安を感じるなどのサインとは考えられないのか?また、布団破りなどの問題行動の改善を通して、人間関係を構築していくきっかけとしていく取り組みはどのように行なわれたのか?
    →服破りの要因については、本当に遊び的なものが強いと思う。破っている時の姿や表情を見ていると、満足さみたいなものが感じられる。暑くても汗をかくなどの体温調整ができないといった生理的な問題も考えられるが、やはり遊び的な要素が強い。本人はどうしてもそれをしなければいられないということではなく、特に何もすることがない時にすることが多い。作業中はちゃんと作業をしているが、居室でひとりの時にする。また、休憩時間などに職員が他の利用者のトイレ介助をしている時など、目がないとしてしまうことも多い。 布団破りも同様で、遊びに近いものがある。一人で寝ている時にいつもするわけではないが、家庭では、母親が横で寝ていて破られることもある。施設においては、寝る時以外は布団を鍵の掛かる押入れに入れておくなどの対応をしている。そういう意味で、指摘のような取り組みは、理解能力の問題も含めて行なっていないのが現状である。
  • 排泄の問題というのは、失禁なのか、意識的にやっているのか?人の反応を見てすることはないのか?服破りについても、人を呼んでいるという側面があるのではないか?
    →排泄の問題は、意識的にするということである。自宅でも、落ち着きがないと何度もトイレに行くとか、搾り出すように排尿する。また、トイレ以外の場所で排泄してしまうのは、何かのきっかけでそこでしてしまった後、同じ場所でする癖が付いたと考えられる。人の反応を見るというのは、汚したのを職員が清掃するのを見ているかもしれないが、それを意識しているかどうかわからない。深夜に居室で排尿しても、すぐ職員が駆けつけられるわけではない。
  • 失禁をした時、職員がそこで何かやりとりすることはないのか?
    →自分で始末させることよりも、何か話しかけるにしても淡々と清掃している。

(2) 余暇活動について

  • 本人の楽しめることは少ないようであるが、本人が気に入っている職員と何か一緒にやれる余暇活動はないのか?また、好きなドライブなどは、個別的にドライブを保障したりしているのか?
    →人と一緒に何かして楽しむ活動はあまりない。個別でドライブに連れ行くということはないが、週末に職員や他の利用者と出かけるのは楽しんでいる。それは、この職員と行けるから嬉しいというよりは、この活動ができるから楽しいという感じである。散歩について、今は職員の都合が付く範囲内で出かけているが、誘われれば嫌な顔をせずに行って帰ってくる。

(3) 居室ユニットでの過ごし方について

  • ・居室ユニットでの過ごし方について、職員の目があるリビングで過ごすのと合わせて、居室に入って一人で楽しめる生活をさせているが、どちらに価値を置いているのか?一人で過ごせることを目標にしているのか?
    →できれば、一人でできることを増やしてあげたいと考えているが、一人でずっと何かをして過ごすのは難しいと思っている。職員の目がある時間帯はリビングで過ごしてもらい、職員の目が少なくなる時間帯に一人でできる活動を増やしたいと考えている。どちらか一方に価値を置くということはなかったと思う。

(4) 本人への説明について

  • 母親が「殿様状態」と言っているということであるが、「こういうふうにするから、あなたも聞いてくれ」という勧誘的な働きかけはしているのか?
    →理解能力の問題から、そうした働きかけは難しいと考えている。他の利用者の場合は、「こういうことが守れたら(できたら)、こういうことができるよ」という働きかけはしているが、そうしたやりとりのわからない利用者には行なっていない。

(5) 家族について

  • 帰宅中の家庭での生活は3年間で改善されず、家族の方がだんだん疲れてきているように思われる。服破りやパニックについて、施設内では減少していったが、帰宅時には同じような頻度で起こっていたのか?
    →家庭では、何か行動を止めたりすると大変な状態になってしまう。いわゆる母親が言う「殿様状態」である。本人の要求することをしてあげたり、問題となる行為もよほど危険な状況でない限りは強く静止していなかった様子で、同じような頻度だったと思われる。

(6) 生活の流れの理解について

  • ある程度の状況認識はできるようであるが、それをどのように日常生活に生かしたのか?
    →時間の理解はできないが、職員や他の利用者の動きなどを手がかりに行動している。例えば、汚れ物を洗濯機まで職員と一緒に持って行くなどの生活に必要な役割は声かけで行なっているが、「この活動の次はこれ」というルーチンの活動は、周囲の動きを見てスムーズにできている。そう形で生活の流れをつかんでもらっている。

(7) ケアホームへの移行について

  • 今後、ケアホームへ移行する方向で支援することになっているが、具体的に候補者としてあげて体験させる予定や、家族への説明、協力の要請はしているのか?
    →まだ、具体的な移行計画は進めていない。実際には、法人として実際に新ホームの計画を立ててから進めることになる。この事例については、重度者に対応できるケアホームができる際の候補者として考えている。そういう意味で、こちらの準備の問題という側面があると思う。
  • この事例の場合、ケアホームの方がより濃密なケアができるという前提でなければ、余計孤独に追いやるのではないかと危惧する。ケアホームが彼にとってより価値があるという理由を聞かせてほしい。
    →この事例の場合、重度者に対応できる体制を前提で考えている。私たちの法人では、重度者に対応するケアホームは、入所施設よりも人的体制が厚く、夜間5名の利用者に対して常勤職員1名と非常勤職員1名が配置されている。
    そのため、経営上は採算がとれないので、簡単には増やしていけない状況にある。この事例にとっては、刺激の多い施設よりも、人手の厚いケアホームでより地域に近い環境で生活するという目標を立てている。

事例検討のまとめ
-自閉症や強度行動障害を示す人たちへの有効な支援/予防的支援-

A.自閉症、強度行動障害全般について

(1) 日常生活での経験を増やし、安定した生活の流れを作る

障害が重度であったり、既に成人して年齢も30歳を超えている場合でも、今まで経験のないことや活動を少しでも身に付けていくことによって行動障害が軽減され、安定した生活の流れを作るのに役立てることができる。

(2) 専門機関・教育機関とのかかわりと、適切な療育や相談・指導

幼児期から学齢期に専門機関による適切な療育や相談・指導を受けられない場合、本人の発達を促す機会が少なくなるばかりでなく、家族の養育態度が消極的になり、本人の経験が増えてこないため、行動障害も助長されてしまう。すなわち、適切な早期療育は行動障害の予防効果も大きい。

(3) 構造化された環境での、本人にもわかりやすい活動の提供

行動障害の多くは、家庭や学校・施設などで通常のルールを無視して、自分なりのルールや行動パターンを作りあげてしまったものである。それらを改善していくには、構造化された環境で本人にわかりやすい、行動を変えやすい伝え方と活動提供による支援が必要となる。また、ある程度行動が改善された場合、施設からケアホーム・グループなど、より落ち着いた環境での支援によって生活も安定していく。

(4) 施設の利用目的を明確化し、不安が大きい家族や本人に理解を得ながら進める

強度行動障害を示す人たちやその家族は自信を失ない、不安が大きいため、支援内容や目的をきちんと伝え、家族状況を把握して家族へのサポートを行なうことが重要である。特に施設から家庭に帰すことが目的の場合は、入所時の確認が重要である。

B.クラスターⅡ型(コミュニケーションが困難で、対応困難)について

この事例の場合、知的にも最重度のため、十分にコミュニケーションをとることが困難で、行動障害があるために生活上の経験も少なく、スキルも十分に獲得されていないことから、さらに行動障害が助長されている。

C.今後の課題

1.家庭での対応が困難になった事例の地域生活支援の方向性の見極め

家庭や本人の状況によっては、施設から家庭に戻すことが困難な事例も多く存在する。どのような条件があれば家庭へ戻していくべきか、あるいはケアホーム・グループホームなどの資源を活用して地域へ出していくべきか、その方向性によって支援の内容も目的も違ってくる。その方向性の見極めを関係者がどのように行なうのかが課題である。

2.地域生活へ移行するための人材確保と、運営可能な支援体制の確立

親なき後のことを考えた場合、いずれ家庭での生活は困難になってくる事例は多い。しかし、すべての方を入所施設で受け入れるのは難しく、また施設から地域移行することも望まれている。その場合、自閉症や強度行動障害を示す人たちが安心して暮らせるケアホームなどが必要となってくる。そのため、運営可能な支援体制を整えるとともに、実際に支援できる人材の養成と確保が課題となっている。

資料作成:中村 公昭(東やまたレジデンス)
事例報告:山本 俊彦(東やまたレジデンス)

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