クラスターIV型(自傷攻撃破壊、摂食排泄睡眠の障害が激しい)の事例①

事例の概要 女性、27歳
父(別居中)、母、祖母、本人の4人家族
利用開始日 2005年11月
利用期間 2年5ヶ月

1.生育歴、相談・治療・教育歴

(1) 生育歴

乳幼児期 出生時体重3,500g、初歩1歳、1歳6ヶ月健診の際、名前を呼んでも振り向かないなどの発達の遅れを指摘され、母親の実家に転居した。4歳で知的障害児通園施設を利用開始する。本人の状態としては多動であった。
学齢期 12歳に児童施設(入所)を利用開始。器物破損、落ち着きのなさがみられる。また、突然飛び出すこともある。これらの一連の行動は、周囲が本児に対して言語による積極的なかかわりを重視した結果からではないかと思われる。このため、周囲に対してかかわりを持ってほしくて植木鉢をひっくり返す、学校への送迎の際に運転する母親の首を絞める行動がみられている。
成人期 自宅帰省中、破壊行動および暴力行為による騒ぎが発生し、支援スタッフが駆け付けて対応する。翌日に服薬調整を含め、精神科入院(医療保護入院)を決定。
平成17年11月より当センターの利用を開始する。行動障害の軽減により、平成20年4月よりケアホームでの生活を開始する。

(2) 相談・治療・教育歴

H 6.4~15. 4 児童施設(入所)
H 9.4~12. 3 高等養護学校
H15.4~16. 4 入所施設(自閉症特化型施設にて有期訓練)
H16.5~16. 8 児童施設(入所)へ再入所
H16.9~17.11 精神科入院

2.障害の状態像:障害名(診断名)、発達検査等の客観的評価データ

(1) 診 断 名

自閉症、てんかん、重度精神発達遅滞(療育手帳A判定)

(障害程度) 区分6

(2) 生活能力

言語表出 形態:2語文、内容:主に要求・説明・注意喚起、対象:要求の通りそうな人物
言語理解 形態:言語の意味理解は不十分、2語文以上・1往復以上のやりとりは困難
文字:平仮名やカタカナの単語、内容:指示、説明は文字が有効である
社会性 自他の区別、ルールの理解が困難である(異食、裸で歩く、他利用者の居室侵入、他者の使用している物を破壊)
興味関心 食べ物への関心が強く、外食などを楽しみにしている。しかし、「次回はいつか」などの要求が執拗になり、物壊しなどに発展することがある。
これに関連して、行事で体験した特定の食べ物や服装についても季節が移り変わるたびに思い出して確認や要求が激しくなるなど、強い不安を感じている
感覚 聴覚 他者のくしゃみ、咳などの破裂音。周囲の騒音に対して過剰に反応する
触覚 静電気が発生しやすい金属性のドアノブや衣類の拒否。衣類の締め付けや繊維の刺激、皮膚の乾燥に強い抵抗がみられる。
視覚 以前からその場所にある物は気にしないが、後から増えてきた物が気になり破壊行動の原因となる。他者が使用している写真カードに反応し、取ってしまう行動がみられる
認知記憶 手順の理解は、4~6段階の事柄について1度のモデリングで理解が可能。「終わり」の理解については、その場からなくすと終わる(紙であれば破いて捨てるなど)。過去にあった負の経験と現在行なわれていることが結び付き、パニックになることがある。
注意集中 見通し:20分程度、スケジュール:1活動に2段階程度を文字にて上→下へ提示している
運動姿勢 ボール遊びやモップを使った掃除、雑巾がけを丁寧に行なう。また、折り紙、塗り絵などの指先を使う活動も可能

(3) 発達検査等の客観的評価データ

全訂版田研田中ビネー知能検査(平成20年5月実施) MA 4歳7ヶ月、IQ 26

序盤は検査用具に興味を持って集中していたが、同じような言語的課題が年齢級ごとに繰り返されてくると徐々に表情が険しくなり、身体を揺すり、椅子から腰を浮かせて跳ね上がりながら大きな声を上げることが多くみられ、拒否的になっていった。注意集中が維持できるのは短時間であった。

語彙課題では4歳級まで正解しており、簡単な指示に応じることはできている。しかし、文章の話し言葉の質問や指示には、言葉自体の理解ではなく、その場にある物やその場の経験によって反応を返す傾向が強くうかがわれた。言語理解のレベルについて、基本的に類推のような抽象的な課題では求められていることが理解できず、語尾やエコラリア、経験によるものと思われる単語への反応を返すのみであった。語彙の課題を経験した後に他の課題で絵を見せるとすべて命名するなど、一度経験したことから切り替えるのが難しいことも特徴的であった。

一方、見ることによって一目瞭然で期待されている反応がわかる視覚的な課題に対しては、比較的スムーズに取り組むことができており、形の認識や視覚的な記憶、識別については力を発揮できている。ただし、一度やったやり方で対応しようとするため、同じ道具で違う課題を行なうと着目できず、前と同じやり方で対応することが見られるなど、作業などにあたっては、本人にわかる伝え方、堤示方法などについて十分な配慮が必要と思われる。

3.行動障害の状態

(1) 利用前の様子(入所施設)

  • 入所2日目、要求が叶えられないとわかると、大声を出す、職員を叩く、爪を立てて引っ掻く、噛みつくなどの行為がみられる
  • 他者の皿に牛乳を入れ、その皿をひっくり返し、その後トイレに入った際にすべてのドアレバーを破損させる
  • スキンクリームの蓋を飲み込む異食がみられる
  • 要求が通らない際は人前で裸になる
  • クリスマス会までの期間が気になり、確認が頻回にある。このやりとりで混乱して、スケジュールカードすべてを破損させる。また生活寮において、ガラス戸、壁など、建物内部を破壊し、他利用者が生活困難な状況を作る。

(2) ゆい利用後の再評価

  • 特定の音や人の声に対して過敏に反応し、顔叩きなどの自傷がみられる
  • 要求が通らないと、叩く、爪を立てて引っ掻く、噛みつくなどの行動が出る
  • 他利用者の写真カードに強く固執し、音に対しても過敏に反応する。他にも、季節外れの衣類を着ると繰り返して要求することがある
  • 過去の不快場面を思い出し、テレビを破壊したり、布団を破いたりすることがある
  • 外泊時に寝ないなど、環境が変わると睡眠リズムが崩れる
  • 落ちている物などを口に入れる異食、盗食、あるいは摂食拒否もみられる
  • その他、放尿行為、要求が通らない場面やトイレ内での全裸行為などがみられる

(3) 家庭での様子

  • 帰省中は一睡もせずに過ごす
  • 自宅へ向かう際に、母親への首を絞めるなどの他害が出る
  • 帰省中に食器、家具などの破壊行為がみられる

(4) 行動障害の状態

養護学校中学部入学と同時に入所施設を利用開始した。入所理由としては、器物破損、落ち着きのなさがあげられる。また、突然飛び出すこともある。これらの一連の行動は、本児に対して周囲が一方的な言語指示で繰り返しかかわっていたことが影響していると考えられる。そのため、実母に対してかかわりを持ってほしくて植木鉢をひっくり返す、学校への送迎の際に運転する実母の首を絞めるイタズラもみられている。そうした行動がエスカレートし、自宅帰省中の破壊行動および暴力行為に至り、急遽支援スタッフが駆け付けて対応することになっている。翌日、服薬調整を含めて精神科入院(医療保護入院)となった。

ゆい利用後もしばらく不安定な状態が継続し、利用前と同じような行動障害がみられている。特に頻度の多い、他害・こだわり・器物破損については、優先的な対策が必要と考えられた。

(5) 利用前の判定基準点数の分布(旧法による判定:平成17年11月)

自傷3点、他害3点、こだわり5点、器物破損5点、睡眠障害3点、摂食障害1点、排泄障害5点、多動3点、パニック5点、粗暴5点

計 38点

4.行動障害の要因等に関する分析、とらえ方

本人の障害特性として、感覚の過敏性と強いこだわりがある。二次的な問題として、要求が通らない時に他害、破壊行為、自傷が見られている。また、表出言語は2語文程度で、機能的なコミュニケーションは難しいと考えられる。しかしながら、本人とのかかわりについて、言語コミュニケーションを中心に進めてきたことで誤学習が生じ、他害、破壊行為、自傷などの行為が強化されたと考えられる。また家族が、本人の認知特性などのフォーマルな情報をもとにした支援の受け入れに不満を持っていたことも行動障害の要因のひとつと考えられる。

本人の障害特性を鑑みた支援対応としては、環境への配慮や本人への情報提供のあり方、これらの支援の前提となる一貫した対応が必要であるととらえた。

5.行動障害改善のためのプログラム、支援の経過

(1) 支援の体制

直接対応はマンツーマン体制を基本とし、複数人の担当者にて支援の枠組みをプログラム化した上で、その妥当性をチーム全体で議論しながら統一した支援の決定を原則とした。なお、その妥当性判断はスーパーバイザー(施設長など熟練者)からの意見や確認のもと、個別支援計画に反映され期限を意識しながら支援にあたっている。

(2) 支援の経過

【1年目:初期】

① 破壊行為や自傷行為、他害の軽減

以前利用していた施設においても、破壊、自傷、他害等の行為が頻発し、結果的に精神科入院となった。これらの要因を次のように分析した。

以前に経験した行事、外出などの余暇が行なえるのかという思い、また、行事などで得た快の体験だけではなく、不快な体験も混ざり合って不安になるのではないかと仮定した。支援としては、本人が期待する行事や外出などの余暇がいつ行なわれるかを数日前に視覚的に伝えるが、理解することが難しく、待つことができなかった。

本人へ事前に予定を伝えることが混乱の要因ではないかとの結論に至る。このため、利用当初は、破壊や自傷行為は軽減せず、ユニット内の破壊、支援員への他害、自傷がみられている。

破壊行為については、観察の結果、注意喚起の目的で行なう場合や、身の回りに新たな物品が増えた際に行なうことが明らかとなった。この1年間の破壊行為による修繕費は302,659円(保険適用分)となった。

② 日常生活能力の回復(1年目のみ実施)

当センター入所前まで医療保護入院をしていたこともあり、日々の生活の中で基本的な習慣を再構築するため、本人への負担がかからない清掃活動などを始めた。活動の前後の出来事でも不安定になることはあったが、活動自体は取り組んでいる。

③ こだわりへの対応

衣類に関しては常にパジャマ、外出の際のみズボン、トレーナーなどを身に付ける。このため、清掃などの活動前にパジャマから着替える取り組みを行なう。着替える際に抵抗する事や衣類を破くこともみられていたが、継続することで定着していった。さらに、他の活動についても同じように継続して行なうことで、次第にこだわり意識は弱まっていった。

その他として、ポシェットを常に掛けているこだわりがあった。また、ガムやキャラメルをこねて、本人曰く「ねこ」を作ってこの中に入れている。入浴時のみ手放すが、他の場面では手放そうとしなかった。

【2年目:中期】

① 破壊行為や自傷行為、他害の軽減

1年目にみられた季節ごとの行事の確認については、その後も、気温の変化や雪が溶けることによって景色も変化するため、強い確認がみられていた。

それらの確認は、常に楽しみにしている様子だけでなく、不快を示す言動も生起することから、過去の快・不快な出来事が混ざり合って思い出すと考えられた。

こういった要因の他、表面上は感覚の過敏性が要因とみられる破壊や自傷、他害もみられ始めていた。しかしながら、こうした表現をする背景には、本人の期待する情報が理解可能な内容で伝えられていないことや、職員の対応方法が統一されておらずに混乱を来たしていることが考えられる。

軽減への対応として、情報提供の方法の統一化を図った。また、破壊や自傷、他害に至った際、これらの行為が強く持続しないように、カームダウンを身に付けていく支援を行なった。破壊や自傷、他害が生じた際は居室へ誘導して布団をかける。約20分間、カームダウンしてもらう統一した対応を行なった。

② こだわりへの対応

日中活動の散歩の途中、近くを流れる川にポシェットを自ら投げ入れている。この時、本人は注意喚起で行なったと思われる。それまで手放すことのなかった物であるため、職員は代用品の必要性を検討したが、話し合いの結果、代用品などは提供せずに対応した。この間、支援スタッフは、本人からポシェットに関する話しかけがあった場合に「ありません」と書いた文字カードを見せ、統一した対応を行なった。その後、次第に要求は消失していった。

【3年目:後期】

① 破壊行為や自傷行為、他害の軽減

当施設での生活の中で本人なりのリズムをつかみ、期待している行事は行なわれないことへの理解が進んできた。季節が移り変わる際に確認は見られたものの、徐々にではあるが1年目の持続性や強さは軽減している。

② こだわりへの対応

細部への注目が強く、爪が若干伸びたことを気にして爪切りの要求を執拗に繰り返すことがみられた。このため、入浴後に行なうことをスケジュールで伝え、職員が見守って爪切りを行なう。

耳垢除去についても同じように伝え、就寝薬服用後に職員介助のもとで行なう。待ち時間が発生してくる状況でのスケジュール適用は難しいが、このケースのように、連続した比較的短い時間でのスケジュール適用は効果を奏した。「いつ行なうか」を本人へ情報提供することで、二次的な破壊や自傷、他害へ至ることが軽減した。

6.行動障害の転帰

(1) 利用終了時の様子

全般的に行動障害は軽減されたが、他の利用者の対人的な刺激や突発的に発生する音刺激、物の位置変化など、感覚過敏による不適応行動の多くは残存している。

(2) 利用終了時の判定基準点数(旧法)の分布(平成20年3月)

自傷3点、他害3点、こだわり3点、器物破損3点、睡眠障害1点、摂食障害1点、排泄障害1点、多動1点、パニック5点、粗暴5点

計 26点

7.アフターケア

本人の要望をできるだけ汲み取りながらも、混乱を来たさない量やタイミングで本人に理解可能な情報提供に留意してきたことにより、本人の情緒的な安定度は増してきた。現在はケアホームでの生活を送っているが、それが実現できたのは、こだわりや認知・記憶の特性に関する行動障害が低減されたことや、従来から家族が熱望していたことに加えて、支援に困難を来たしていた感覚過敏への環境的配慮が期待できることから、ケアホーム実現につながったと考えられる。

ゆいでの支援を基盤として、ケアホームへ移行して10ヶ月程経過するが、現在はゆい入所時よりもさらに落ち着いた生活を送っており、「家に帰る!」と、ケアホームを自分自身の帰る場所であると自然に発するまでになった。

8.得られた知見

他者へ思いを伝えたい時の表現方法として、破壊や自傷、他害でしか表現できない点については、快・不快を問わず、一度経験した事柄はどんなに状況が変化してもまたやらないといられないなど、本人の認知・記憶に関する特性に基づくもので、「上書き」による消去は難しい状況と考えられる。3年間の経過を振り返ると、本人の認知・記憶の特性から季節ごとの行事についての確認や混乱はあるものの、それらの持続や強さについては軽減されている。この背景としては、基本的な生活の安定を図るために、生活環境への配慮、本人の要望に沿って個別の余暇保障などを行なったことが大きいと考えている。また、本人の「いつ行事があるのか」という気持ちは受け止めつつ、本人が混乱を来たさないように簡潔な情報提供を重視した結果と考えている。

外部評価委員からのコメント

【奥野 宏二 会長】

  • 強度行動障害の点数は高く、障害程度区分6の方であるが、実際の行動状態が自傷や感覚過敏という言葉で片付けられており、文章から実態が読み取りにくい。感覚過敏であるならば、生育歴の中で例えば「寝付けない」「じっとしていない」「食べ物に反応する」など、何らかの記述があると思うが、このような問題は記述されておらず、こだわりといっても、本当にこだわりなのかわかりにくい。パジャマを着替えることやポシェットなどについて、こだわりが強ければ、もっと強い反応を示すはずである。全般的に情報が不足しており、実際の本人の姿がみえてくると、もう少しとらえやすかったと思われる。
  • 本人の状態像に関する具体的な記述が少ないため、その分析結果について議論しにくい。議論する材料がほしい。
  • 家族との関係が把握にくい。文中では、母親が一方的な言語指示でかかわってきたとの記述がある一方で、早い時期に入所施設を決断するなど、子どもとのかかわりに熱心さも垣間見える。親子関係についても、イメージ化できるような情報がほしかった。

【河島 淳子 委員】

  • 「実母の首を絞めるイタズラ」という記述は、好意的な見方と考える。学齢期という多感な時期で、当然、首を絞められる行為は運転に支障が生じるはずである。言語による一方的なかかわりをしてきた母親の気性から考えても「イタズラ」の域ではなく、相当のエネルギッシュなやりとりがあり、持て余していた背景が推測される。その「イタズラ」という中に、いろいろな思いや恐れが含まれているように感じる。
  • 「快の体験だけでなく、不快な体験も混ざり合って不安になるのではないかと仮定した」とあるが、この事例には破壊や衝動行動があり、物を投げ捨てることでアピールしている。こうした人たちの中には外向的な方が割合多く、怯えて何かする感じではないと思われる。不安と不安定は別なもので、この事例はそのような不安に感じるタイプではないと考える。例えば、コミュニケーション・シーンを再現して、要求なのか、文句なのかを検討すると、必ずしも「不安」というシーンが出てくることは少ない印象を受ける。要求度は高く、愛情を求めやすいように思われるが、「諦める」こともできると見受けられるため、「不安」に感じやすいという解釈が本当に適切であったのか、疑問が残る。
  • 親子関係において、他に課題があるか否か見えてこない。母親が、本人についてどう思っているのか情報がほしかった。例えば、文字のやりとりが可能ならば、母に手紙を書くなどで職員が本人と一緒に取り組んだりすると、母親がこれまでになく喜びを感じ、また母親から本人へ手紙を返す。さらに、それを見た本人自身が喜びを見出し、笑顔が増え、さらに不適応な行動も減少してきた経験談を持っている。本人は要求度が高く、外向的で、積極的に生きようとする健全な人である。母親と本人の両者に対して、心が豊かになるような楽しみを見出していくための取り組みを模索し、この後の人生をどう生きていくのか考えてみてほしい。

【小林 信篤 委員】

  • 背景として、本人の意味理解の水準を重視した積極的な支援の展開が感じられる。ゆいの方針として、行動障害がなくなってから地域に出るのではなく、2年半で地域生活をするという目標を明確に示し、それに向けて職員がきちんとした形で継続的な支援を行なっている。
  • こだわりなどを尊重するという考え方もあるが、屈せずに付き合わないという考え方も評価すべきである。本人とのやりとりの中で「納得」させていくのは難しいと思われるが、わからないことや先の見えないことについて、その時点での納得を求めるだけではなく、どう納得してもらうかを支援すべきである。どちらかというと、満更この生活も悪くないという心地良さを追求すべきである。本人の行動に関する仮説が正しいか否かの問題はあるが、ある程度できているが故に、結果的にケアホーム移行が実現できたのではないかと評価したい。

質疑応答、報告内容の確認

(1) 事例の特徴について

  • ポシェットは何年くらい持ち続けていたのか?
    →始まりは不明であるが、中1の頃にはすでに身に付けていたため、小学校時代からの可能性が高い。
  • 一連の不適応行動は必ず感覚過敏が起因しているのか、それらの因果関係・相互関係をどう考えているか?
    →具体的な評価はしていないが、ケアホームで落ち着いた場面においても鼻をすする音などの微小な音に反応し、繰り返し訴える状況から、感覚過敏が起因したケースと考えられる。ただし、常に感覚過敏というわけではなく、当然、気持ちが落ち着かなかったり、混乱している時に感覚過敏になることも考えられる。こうした意味で、不適応行動や過敏性は低減してきたと考えられる。
    →基本的に感覚過敏であると思うが、現在、それが気にならなくなった状況ではないのか。当然、気になることやすべきことがある場合、集中してやることがない場合など、いろいろな環境において誰しも過敏に反応しやすい状況になるものである。病的な過敏性なのか、新たに出てきた過敏性なのか考えてみると、新たに出てきた過敏性であれば、状態が安定してくると感じなくなるものである。

(2) 家族に関して

  • 家族(母親)への理解と支援はどのように進めていったのか?
    →最初、構造化に批判的であった母親は、本人の状態が崩れて入院となってしまったことや、ゆいに入所して実際に構造化支援を受け、次第に落ち着く場面が増えていく現実を知るにつれて理解も進んできた。また、帰省するたびに状態が崩れやすいことからも、母親も本人にとって何が必要なのか考えてくるとともに、帰省から面会へと対面方法を代えることにも理解を示していった。現在も、家族と本人は定期的な面会という形式で会っている。

(3) 支援に関して

  • ケアホームの方が施設よりも刺激が少ないとは、具体的にどういうことか?
    →ケアホームでは目に見える物が施設よりも少なくでき、対人的な相性に関しても、接触機会の少ない利用者を同居人に選定している。また、過敏に反応しやすい点については、出入りする人の数が少なく、環境的に物音のする機会も少ないと言える。さらに、職員が身近にいるので、突発的に不穏な行動が起こっても迅速に対応できる利点がある。本人への生活上の縛りはなく、個別性が尊重された空間と考える。
  • ケアホームに移る上で本人はすぐに納得したのか。それとも何か配慮はしたのか?
    →事前に伝えていたが、本人の理解能力を考えると「理解した」とは言い難い。時間をかけて、自然に理解するのを待った。現在は、「家(ホーム)に帰りたい」との発言も出るなど、ケアホームの存在は確実に本人の中に浸透している。また、幼少期からずっと施設とかかわってきているが、顕著な不適応行動については、家庭でなく施設や学校などの集団生活で激しさを増してきた経緯がある。こうした意味から、本人にとっての暮らしの場は、入所当初から家庭に近い環境が望ましいと考えていた。なお、ケアホームに移行した後の破壊行為は1度のみで、結果的にも本人が良い状況にあると判断している。
  • ポシェットを川に投げ捨てたことについて、本人の納得をどう得たのか?
    →散歩の際に起こったが、自分で川に投げたこと、沼地で取りに行けないことは本人もおそらくわかっており、その時には諦めた様子であった。しかし、帰ってから断片的に思い出し、ポシェットの発言が聞かれている。本人への説明として、新たに購入するか、代用品を用意するかを議論したが、「自分で投げた」意識は感じていることから、「自分で投げた」→「ない」ことを繰り返し職員から説明した。もしも職員が処分したのであれば本人の反応は異なるのかもしれないが、その差がポシェットを諦められた理由と考えられる。
  • ポシェットの件は、以前から排除する話があったのか?
    →代用品になる物が見つからないので、本人も手放せずにいたと考える。おそらくポシェットを持ち続けていた何らかの要因はあると思うが、安心した暮らしができるようになれば手放せるようになると思っていた。落ち着いた生活ができるようになってきたこともあり、自分で投げ捨てたのを良い機会と考え、職員がこのように判断した。さらに、ポシェットの中に噛んだガムやキャラメルを溜め込むという衛生上の問題もあり、本人が最も好きなおやつとしての楽しみがこだわりに変容し、本来の楽しみとは違ってきたことも、「ありません」と押し切った理由のひとつである。
  • パジャマから着替えることの支援について、具体的な経過はどうなっているのか?
    →思っていたほど激しい抵抗はなく、破衣行為も職員が見守り、止めている中で次第に収束していった。

(4) その他

  • 頭を打ち付けるなど、自傷行為によるケガの程度は(コンクリートや強化ガラスなど)?
    →コンクリートへ打ち付けたのは1回のみであったが、強化ガラスの破壊は数回みられている。幸いにも大きなケガはなく、表面的な切り傷や擦り傷のみであった。なお、本人の自傷行為は、注意喚起を目的とした行為が多いと判断している。

事例検討のまとめ
-自閉症や強度行動障害を示す人たちへの有効な支援/予防的支援-

A.自閉症・強度行動障害全般について

(1) 混乱した生活環境から離れる

家族の一員として安定して過ごすことが難しくなり、激しい行動障害から危機的な状況に陥っている家庭もある。また、施設ではさまざまな空間による感覚刺激や集団生活から生じてくる多くの対人的な刺激、集団プログラムからの制約など、自閉症者にとって苦手な生活環境が多く、不適応行動として訴えが現れる場合がある。このような混乱した状況下での修復は非常に困難を極める。したがって、それまでの生活から一旦離れ、別な環境下でリセットすることは有効である。

(2) 障害特性を踏まえた個別的なプログラム

自閉症、および本人の障害特性を踏まえた個別支援プログラムの提供と、個別化された支援環境が重要となる。利用者の状況によっては集団での活動も可能であるが、障害が重ければ重いほど、個別の活動や生活の流れが必要となってくる。プログラムの具体的内容は、本人の認知レベルに合わせた構造化(スケジュール、場所、人、やり方など)が有効で、医療との連携を図りながら、プログラムの妥当性を定期的に検証する必要がある。

(3) 生理的リズムを整える

食事・睡眠・排泄などの生理現象に関する不快感は、体調面および情緒面のどちらにおいてもバランスを崩しやすく、不安定をもたらすことが多い。また、その逆の関係も成立し得るので、適切な生活を組み立てることによって生活リズムを整えることは重要と考えられる。快適な生理的・情緒的安定を得ることは、行動障害修復の基本となる。

(4) 地域生活での暮らしを支える生きがい支援

子どもの頃、彼らの多くは、集団の中に積極的に参加することによって言語や社会性が発達するという誤った対応を受け、大変苦しんできた経験を持っている。あくまでも個人が期待すること、夢や希望をどうしたら実現できるのか、そのプロセスも含めて丁寧に支えていくことで信頼関係が深まっていくのではないだろうか。

自閉症の人たちが地域で自立し(支援付き)、「僕の(私の)人生はそんなに悪くなかった」と思えるような地域社会を作っていくために寄り添っていく必要がある。

(5) 将来への布石としての支援

施設における支援によって行動障害が軽減し、生活が安定してきたとしても、それはあくまで施設の中での安定にすぎない。その成果を将来彼らが暮らすべき地域生活にフィードバックできなければ、元の状態に戻ってしまう可能性が十分に考えられる。支援における成果と現在の本人状態が地域社会に適応可能なのか、常に検証することが必要となってくる。

B.クラスターⅣ型(自傷攻撃破壊、摂食排泄睡眠の障害が激しい)について

感覚の過敏性やこだわりにより衝動的に発生する要求について、思いを遂げられない場面での自傷・攻撃・破壊行為で表現しようとする行動が今日まで持続し、本人流の解釈でパターン化している。また、環境の変化に脆弱で、生理的行動(摂食・排泄・睡眠など)の乱れにも波及している。全般的な過敏性への対応と本人に適した情報提供量を調整した予防的対応が必須となっている。

C.今後の課題

1.地域移行における受け皿の確保

ゆいは、概ね3年を目処に地域(ケアホーム)に移行することを目的とした、有期限・有目的の入所施設である。しかし、移行利用者の入居条件に合致した物件の確保は容易でなく、さらに移行利用者が増えていくことで新たな日中活動の場所や人材の確保も必要となってくる。他の法人との連携も考えられるが、近隣で通える生活介護事業所は少なく、また重度の自閉症者ということで敬遠されるなどの難しい現状がある。今後も地域移行を進める上で、受け皿の準備は大きな課題である。

2.専門性向上と人材の確保

ゆいの入所機能は有期限による一時トレーニングの場であり、限られた期間の中で効率的な支援が望まれる。そのため、個別支援計画の有用性は非常に重要で、アセスメント能力や実行力が大いに期待されるなど、迅速かつ柔軟な対応力が不可欠となる。そのような過密業務において、さらに専門性を向上させていくことは厳しい状況にある。また、ゆいで養成された職員がケアホーム職員として配置されることを基本とするため、さらに求められるスキルは多くなる現状がある。地域展開を行なうことは新たな人材の確保も必要となるが、昨今の福祉情勢では今後大きな課題となり得ることが予想される。

資料作成:藤嶋 巧(札幌市自閉症者自立センターゆい)
事例報告:蝦名 健徳(札幌市自閉症者自立センターゆい)

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