クラスターIV型(自傷攻撃破壊、摂食排泄睡眠の障害が激しい)の事例③

事例の概要 女性、26歳、父、母、本人の3人家族
服薬の状況 (朝、夕)ビカモール、セレネ-ス、デパケンR、テグレトール、ビオスリー、アデコック、ゼスラン
(眠前)レボトミン、ハルシオン、ネルボン
(頓服)アモバン、デパス、べゲタミンA、コントミン
利用開始日 平成15年4月1日

1.生育歴、相談・治療・教育歴

(1) 生育歴

出生時 身長51㎝、体重2,910g、普通分娩・仮死なし
乳幼児期 育ててみて、兄や姉とは何か違うという感覚があった。具体的には、物音に過敏、視線が合いにくい、自分の要求ばかりを訴えて、周囲のあやしにも反応を示さないなどの違いがみられた。発語はあったものの言葉の発達がみられないことで、兄や姉と違うという確信を持つ。2歳8ヶ月の時、小児自閉症と診断される。
5歳頃から外に出る時にフードや上着で頭を覆い、目を閉じる行為をするようになる。大きな物音、特に花火や爆竹、運動会でのピストルの音、風船の割れる音など、突然の音に過剰な反応を示し、恐怖心が強くなった。テレビで同様の場面があるだけでパニックになった。人が集まる場所に入って行けなくなり、車の中で座布団をかぶってうずくまっていた。不機嫌な時や要求が通らない時に噛みつきがみられた。
友だちと遊ぶことは多く、言葉が増える。また良く歌を歌って覚えていた。
学齢期 6歳で養護学校小学部入学。ますます音に対する恐怖心が強くなり、避難訓練の時に発煙灯を見てからは運動場に出られなくなる。2年生の時に脱感作技法を受け始める。トイレに逃げ込む、衣類を頭からかぶるなどの行為がみられ、泣きや夜間の不眠などにつながることもあったが、徐々に散歩や買い物に行けるようになった。2年生の12月、てんかん発作が初発した。
9歳の時、普通学校の障害児学級に転入。3年生の5月頃に1時間を超えるパニックになり、泣き叫びながらテーブル、椅子、ラジカセ、花瓶、ふすまなど等を蹴り、手を噛む自傷行為がみられる。その後1週間程大パニックが続き、本人は「ちがう、ちがう」「学校ちがう」と口にしていた。5月末から友だちをつねったり、噛みついたりして、母親にも他傷行為をするようになる。3年生の8月に2度目、11月に3度目のてんかん発作がみられたため、抗てんかん剤の服薬を開始した。
3年生の3学期から、友達とふざけ合う。粘土を丸めてパンツに入れ、「ウンチ、ウンチくさーい」と友達をからかうこともあった。母と一緒に料理や縫い物をするようになり、外食も楽しめるようになった。
卒業式の後から情緒の乱れが目立ち、パニックが頻回で、さらに多動になる。トイレ、水への固執も強くなる。
12歳、養護学校中等部入学。作業では紙すきのプレスをうまく行なっていた。糸屑を引っ張ってハンカチや靴下を分解する、食事では口に入れた物を吐き出す、割れそうな物を投げる、故意に力んで失禁をするなどの行為がみられる。
15歳、養護学校高等部入学。朝は特に機嫌が悪く、泣き、ひっくり返って暴れることを繰り返しながら登校していた。トイレへの固執、破壊などの不適切行為、失禁、パニックがひどくなる。入所施設や通所施設を利用している。
17歳、高等部3年(H10.8.13~9.8)時に入院。学校でひっくり返ってはあらゆる物を蹴り倒して暴れ、対応困難となる。睡眠が取れず、危険範囲を超える量の薬を服用するが眠らず、破壊行為とパニック、失禁、便失禁を繰り返す。精神科に入院と同時に高等部中退。

(2) 相談・治療・教育歴

2~3歳 療育期間で感覚運動訓練を受ける
3~5歳 保育園(創造保育で障害児研究を実践していた)
4~11歳 大学の付属機関で感覚統合訓練を受ける
5~6歳 精神遅滞児通園施設に通園
7~8歳 養護学校小学部入学、脱感作技法を受ける
9~12歳 普通小学校障害児学級に転入
13~15歳 養護学校中等部
15~17歳 養護学校高等部
17歳 養護学校高等部中退
17~18歳 施設入所、同施設退所
18歳 三気の里のショートステイを利用後、三気の里入所部を利用開始する

2.障害の状態像

(1) 障害種別

重度の知的発達遅滞、自閉症

(2) 障害程度

区分6

(3) 生活能力

言語 単語や2語文を使って、要求の訴えと自分の状況を表現できる。同時に、本人独特の擬音を連呼する表現も多数ある。身の回りの物の名称を理解し、動作の指示も理解できる。
ADL 日常生活動作はほぼ身に付いているが、力の加減が難しく、適切な行動から外れやすいために全介助の状態で、常に付き添いを要する。

3.行動障害の状態

(1) 利用前の様子

ひどい自傷 些細なことで即ひっくり返り、身体や頭を床や壁に激しく打ち付ける。自分の腕を力まかせに噛む。身体中に50を超える掻き傷があり、毎日出血させて傷を悪化させる
激しいこだわり ガラスを肘で突きながら歩く、目に入る物はすべて破る、投げ割る、蹴り割るなどしなければならない。衣類は、必ず同じ部位を破る
激しいもの壊し 衣類を身に付けていることができず、スタッフが手を握っていても日に3~5枚は破る。パンツは1日に10枚程度一瞬で引きちぎる。手にした食器や籠は手を添えていても投げ割る。目に入った瓶や陶器を瞬間的に手に取り、投げ割る。または、蹴り倒して割る。スチールの事務机や6人掛けのテーブルを一蹴りでひっくり返す。25型の50㎝ほどの厚みのあるTVを3回投げている。その間1秒とない。ワンボックスカーの後部座席で両側を家族に抱えられて座っていても、フロントガラスを蹴って割ること2回。廊下の非常灯を歩きながら通りすがりに踵で蹴り割るなど、目に入り、触れられる物は何でも壊し兼ねない状況にあった
睡眠の大きな乱れ 薬を服用するが、寝付きの悪さ、夜間の覚醒が毎日みられ、月に10日くらい数時間の睡眠も取れないことがある
食事関係 食事を目にすると払い飛ばす、投げ散らす、口に入れようとしない、吐き出す。食後2時間経っていても嘔吐する。介助するスタッフに体当たりする、テーブルを蹴り倒すなどまでして食事をひっくり返す
排泄関係 トイレの訴えが多く、自在に排泄できる。失禁が日に何度もみられる。トイレで排泄をしたばかりでも力んで失禁をする。布団の中で故意に便失禁をする
激しい多動 日常的に3分と同じ場にとどまったり、同じ姿勢で活動ができない。状態が悪く睡眠が乱れると動きが止まらず、本人も支援者も抑えられない
著しい騒がしさ 常に叫ぶような同じ単語、同じ音の繰り返しでまったく加減ができない
強い他傷 他傷行為はみられない
パニック、粗暴行為 一瞬で激しい自傷、破壊行為があるため、まったく気が抜けない。自傷、パニックは激しく、命を落としかねない

(2) 判定基準点数の分布

旧法 強度行動障害判定指針 新法 重度障害者包括支援
ひどい自傷(5)、激しい他傷(0)、激しいこだわり(3)、激しい物壊し(5)、睡眠の乱れ(3)、食事関係(5)、排泄関係(3)、著しい多動(5)、著しい騒がしさ(3)、パニック(5)、粗暴(5) 意思表示(1)、説明の理解(1)、異食(0)、多動行動停止(2)、パニック(2)、自傷(2)、破壊(2)、抱きつき(2)、奇声(2)、飛び出し(0)、過食反芻(2)、てんかん発作(1)
計42点 計17点

4.行動障害の要因等についての分析、とらえ方

環境の変化、周囲の刺激に対してとまどい、不適切な行為を繰り返すうちに適切な行動を取ることができなくなってしまった。そして、自らも不適切行為を取り続けていることへの不安や嫌悪感、周囲の人に対する不信感が強くなっていった。環境や日課の調整を図るとともに、反射的ともいえる不適切な行為が出る前に直接介助により適切な行為に導きながら、適切な行動を取り続けられたという経験を積み重ねていくことや、自分の行動をコントロールできるようになることを課題とした。

5.行動障害改善のためのプログラム、支援の経過

(1) 支援プログラム

本人に失敗させないで、適切な行動を取り続けられるようになることを最重要課題(目標)とした。具体的には、本人が動き出せる時間、動き出せるタイミングで日課の活動を行なう。本人専用のワークエリアや作業課題を提供し、その中で課題に取り組む姿勢を身に付け、生活のリズムを整えていく。1対1で歩行やストレッチなどの動作課題を行ない、動きやすい身体作りに取り組む。スタッフが直接支援を行ないながら、徐々に他の利用者と同じ時間帯や同じ並びで活動に移行する。自らの行動をコントロールでき、状況に応じて適切な判断ができるようになるとともに、集団の一員としての支援に移行する。見守りと必要に応じた確認を主な支援とした。

家族には、支援者が本人の行動や動作をコントロールしていくことの重要性を説明し理解を求めた。表出している言葉や動きが必ずしも本人の望んでいるものではないことを繰り返し伝えた。思いつくままに、身体の動くままに何かをやり続けていると不適切行為につながっていくという障害特性について説明した。また、情報と刺激をコントロールし、本人の感情の変動が最小限に抑えられるように、課題提供をしていくことを説明し協力を得た。

(2) 支援体制

初期は、十分に本人の行動や感情の変化に対応できるように、経験年数の長いスタッフを中心に取り組んだ。課題の導入時には2~3人のスタッフで支援にあたり、課題に沿って適切に活動できるようになるとともに徐々にスタッフを減らして、1人のスタッフが身体に触れられる距離で支援する。また、次の課題へと移行する時に、課題の終了間際からスタッフ数、支援度を増やして対応した。

(3) 支援経過

【1年目】

本人 本人専用の空間や日課、本人の動きだせるタイミングで活動を行なうことで、不適切行為がなく行動を続ける。行動の修正と適切な行動の習得を図る
家族 本人が自分の身体に動かされるままに動くのではなく、家族が本人の行動や動作をコントロールしなければ、不適切行為を繰り返し、状態は悪くなるばかりであることを説明し理解を得る
① 本人への取り組み

一応の日課はあるが、本人の状態に合わせて課題を変えて場面を設定するので、流動的な環境や日課の提供となった。課題に向かおうとしても、集団に入れなかったり、課題の場面に入れないとパニックにつながりかねないため、簡単な動作課題(歩行やストレッチ)を行ない、指示や課題に沿って身体を動かすようにした。スムーズな動きができるようにしてから、作業課題や集団での活動に取り組んでいる。取り組み時間は5分~10分と短いが、集団の中での活動もできるようになった。受注作業に移行するが、製品や道具を壊すことはほとんどなかった。
スタッフは、本人の不適切な行動を直ちに止め、適切な行動に導ける距離で支援していた。

② 家族への取り組み

家族は、「本人が欲しているから言葉で訴えている」という認識から、次第に「怖いからこそ口にしている」「怖いからこそ固執する」という認識に変わってきたものの、うまく対応するのは困難であった。家族関係がこじれ、父親が大声で怒鳴るなどの行為もあった。

③ 次の課題に向けた評価
  • 作業への導入にあたっては、上記のように丁寧な対応が必要となったが、作業課題には確実に乗れるようになった。
  • 10月以降、周囲の利用者と一緒に動き出そうとすることが多くなり、周囲の動きに合わせて課題へ導入できるようになってきた。

【2年目】

本人 毎日決まった日課や課題に沿って活動を行なう。毎日決まった活動を繰り返しながら、適切な動作を取り続けていくことで身に付けていき、心身の安定に結び付けていく
家族 自分たちの状況や感情をすべて伝えて理解を求めるのではなく、情報や外部刺激をコントロールして、本人の感情の変動を最小限に抑えられるようにしていくことを説明し理解を得る
① 本人への取り組み

作業や日常生活の課題では、何らかの不適切行為や不穏状態はみられるものの、適切な活動を積み重ねていくにつれて落ち着きを取り戻せるようになった。また、課題そのものが、本人にとって落ち着きを得られる場面となっていった。気持ち良く日常課題を重ね、日課に沿って活動していくことで、生活全体が落ち着いていった。しかし、1日の中でも、入浴の待ち時間など、不穏状態になりやすい時間帯や場面はあり、課題も残っている。

食事場面、日課に変更があった後の活動、睡眠は不安定なままであった。処方されている薬数種類服用しても、効果はみられなかった。

② 家族への取り組み

家庭環境の悪化で、日帰り帰宅や面会という形になってしまった。両親は、夏前から別々に面会に来ている。家族と会うと興奮状態になるため、スタッフが付き添って介助した。

③ 次の課題に向けた評価
  • 作業部品の入荷が止まったり、緊急に普段より多くの仕事を受けた時など、一定して作業課題が提供できない場合にも、予想していたほどのとまどいはみられなかった。「これだけしないとお金がもらえないからね」という言葉かけに不穏な表情は見せるものの、作業時間の延長と作業量の増量を受け入れられた。
  • スタッフの姿が本人から見えなくなっても、背後からの言葉かけで指示が通るようになってきた。また、5分に1回程度の注意の促しと評価をすることによって、安定して活動ができている。

【3年目】

本人 決まった日課や課題、活動をもとに、仕事の搬入状況に合わせた課題や日課の変更など、その時々の状況に合わせて活動する。働いて作業賃金をもらうことを励みに安定した生活を送る。徐々に支援者との距離を離していき、見守りと注意などの促しで適切な行動を取り続ける
家族 家族の心身の安定と環境の安定を図る。本人と家族それぞれの生活を確立していくよう求める。本人への影響を防ぐため、帰宅を見合わせる
① 本人への取り組み

作業場面では、状況を見て変更を受け入れ、日替わりの課題に取り組めるようになった。また、他の利用者とひとつの課題をやり通すことができるようになった。スタッフが本人との距離を2m以上空けられるようになり、作業賃金でおやつを買って食べることが作業の励みになる。しかしながら、不適切行為はなくなったわけでなく、日課に乗りにくいことが月に数日程度みられる。

週末、行事、家族との面会後に寝付きの悪さ、早朝覚醒、食事の際の不適切行為が出やすく、普段以上の注意と支援を必要とする。

作業が3日以上休みになると、1週間程遅れて興奮状態、夜間の覚醒が出ている。休みの日の過ごし方が課題となり、散歩の他、本人が意識を向けられるアニメや音楽番組のビデオを観る。アニメ1本の長さは15分、音楽は20~40分強。本人の好きな曲を集めたCD、本人のテンションが上がる曲を集めたCD、落ち着いて聞くことができる曲を集めたCD、さまざまな曲を入れたCDなども、本人の活動の補助具として利用している。

② 家族への取り組み

父親との連絡がまったく取れなくなる。母親に家族や自宅のことを訴え続け、そのことで母親が不安定になる。11月と年末、母親の実家に外泊を行ない、夜間の睡眠を6時間程度取ることができた。その後、母親が住居を移したため、外泊は再び中止となる。

③ 次の課題に向けた評価
  • 本人への問いかけを進めていく中で、適切に返事ができていた。また、視線を合わせて返事ができている時は行動にブレがみられなかった。
  • 動きが取れない時は、何度問いかけても返事をせず、目も合わせようとしないため、本人の返事の有無で気持ちが確認できると判断された。また、本人から適切な返事を引き出せた時は、行動に移すことができるという考え方に変わってきた。

【4年目】

本人 十分な配慮のもとで、集団の一員として生活・活動を行なう。事前にうまく取り組めそうであるか否か、本人に確認させた上でまかせていく。不安な様子がうかがえたならば、課題を下げるか、または支援を増やして再び確認させ、本人が自信を持って活動を行なえるよう配慮する
家族 新しい生活環境で本人と行動パターンを作るための環境設定を行なう。本人がうまく自分をコントロールし続けるためのルール作りとその徹底を図る
① 本人への取り組み

本人の特性に合わせた支援や環境への配慮により、不適切行為はたびたびみられたものの、作業場面では、見守りと事前の注意の促しで本人の行動を安心して見ていられるまでになってきた。生活場面では、2~3ヶ月に4~5日、食事の際にスタッフが2人以上でないと対応困難な状態が出てくる。

② 家族への取り組み

母親だけで、本人を車に乗せて出かけられるようになった。三気の里周辺の店で弁当を買い、公園や広場で昼食を食べて、ドライブを30~40分して帰園するという面会のパターンが定着した。本人は、興奮気味に大きな声で喋り続けたり、車内でCDや室内灯のスイッチ、ルームミラーに手を出そうとすることもあるが、車を止めて母親が言い聞かせると、何とか指示に従って面会時間を過ごすことができるようになった。

③ 次の課題に向けた評価
  • 本人の動きを止め、一緒にいる利用者の方に目を向けさせると、黙って見ていることが増えてきた。
  • 「お友だち」「後で」などの言葉が出るようになり、周囲への関心が言葉で表せるようになってきた。
  • 状態の崩れは、課題や日課への不安よりも、本人の体調などの生理的なサイクルと関連していると考えられた。

【5年目以降】

本人 周囲の状況や人の動きに合わせて行動し、人と一緒に活動する
家族 本人と母親が共に過ごす環境作り、活動内容に関する支援を行なう。本人、母親、スタッフの3人で新たな経験を積む
① 本人への取り組み

作業では、準備から片付けまでを自分で行ない、必要に応じて製品や道具を補充するための確認や報告を自発的に行なえるようになった。ペアを組んでいる利用者が常同行動や離脱で作業の流れを止めてしまったりすると、「ネット、ネット」「くださーい」と声に出して訴えたりすることもある。

毎回ではないが、食事の際、他の利用者と同じテーブルに並んで食べることができるようになり、気軽に外食できるようになってきた。

② 家族への取り組み

母が施設の近くに移り住んできた当初の外泊で激しいパニックがあり、スタッフが駆け付けて対応した。それ以降は、母親と食事を摂り、ゆっくり腰を下ろしてCDを1枚(30分程度で本人が好きな曲を編集している)、アニメの短編1~2本を見聞きして過ごしている。施設内で取り組んだ余暇活動が自宅で行なえるようになった。母親と一緒に簡単な物を作って食べたり、ファーストフード店で母親と食事をすることも可能になった。

③ 今後に向けて

当初は緊急措置として三気の里に受け入れ、利用開始から3年のうちに地元で生活できる場を探して移行する予定であった。しかし、家族としては、本人がうまく生活できるようになったものの、パニックや睡眠障害がみられることから、自分たちだけでは十分に対応できず、他の施設に移すことにも不安があった。同じ頃、家庭内でのトラブルが増し、母親が施設の近くに移り住んで来たこともあって、本人を地元の施設に移行する話は立ち消えとなっている。

しかし、昨年夏に母親が自宅に帰り、家族の生活の基盤が元に戻ったことで、近年中に地元の施設に移行することを母親は了承している。

6.行動障害の転帰

(1) 現在の様子

ひどい自傷 判断に困ると立ち止まり、支援を待っている。「先生」と人を呼んだり、戻ってスタッフの手を引くことができるようになったので、激しい自傷は数ヶ月に1~2回程度。身体の掻き毟りは、どこかに1箇所ある程度に減った
激しいこだわり ガラスを肘で突きながら歩く、掲示物は触らなければ気が済まない、スイッチが目に入ると付けたり消したりを繰り返すなど多数あるが、事前に注意を促す、言葉かけで制止することで防げるようになった
激しいもの壊し 一度破壊行為が出ると、立て続けに破壊や破衣をしやすいが、呼びかけや注意の促しで抑制できる。昨年10~11月には、タオルやハンカチを20枚程破ったが、その他の月は、合計で3~4枚程度と軽減している。衣類を破る、裂くという行為はみられなくなってきた
睡眠の大きな乱れ 生理や発作と関連して、月に3~5日くらい夜間の覚醒、早朝覚醒がみられる。まったく眠らない日はこの2年間ない
食事関係 スタッフが付き添い、手を添えるなどの配慮は必要であるが、払い落す、投げ割るような行為がみられなくなった。今年度中、払い落す行為が5回みられたが、新人スタッフの反応を試していたようにも感じる
排泄関係 便失禁はない。尿失禁は2~3ヶ月に5~6回程度。一度失禁をすると、同じ日や翌日の同じ時間帯、同じ場面で連続する
激しい多動 一定の場所でCD1枚40~50分、アニメのビデオ1時間程度はゆっくり腰を下ろして見聞きするようになった。3秒と動きの止まらないことが、1ヶ月に1週間~10日程度あり、ほぼ生理やてんかん発作の時期と重なっている
著しい騒がしさ 月に10日以上は同じ単語、同じ音を繰り返し叫んでいる。フロアに響きわたるほどの大声を出し、まったく加減ができない
強い他傷 みられない
パニック、粗暴行為 2ヶ月に1~2度、本人の予測を超えた時に大声を上げてひっくり返り、手足をバタつかせながら周囲の物や家具を蹴り倒したり、壁を蹴り、破ろうとする。繁華街、イベント会場、祭りなどの賑やかさは、未だにパニックの要因となり得る

(2) 現在の判定基準点数の分布

旧法 強度行動障害判定指針 新法 重度障害者包括支援
ひどい自傷(3)、激しい他傷(0)、激しいこだわり(3)、激しい物壊し(5)、睡眠の乱れ(1)、食事関係(3)、排泄関係(1)、著しい多動(5)、著しい騒がしさ(1)、パニック(5)、粗暴(5) 意思表示(1)、説明の理解(1)、異食(0)、多動行動停止(2)、パニック(1)、自傷(1)、破壊(2)、抱きつき(2)、奇声(2)、飛び出し(0)、過食反すう(2)、てんかん発作(1)
計32点 計15点

7.アフターケア

現在も継続して事業による支援を続けている。

8.得られた知見、課題

これ以上失敗を経験させることで、今持っている不適切行為を強化してはいけない。反射ともいえる不適切行為を適切に修正していく作業が取り組みの第一歩であった。不適切な行為が出る前に適切な行為に導いていく。日常の些細な個々の行動が、適切な行為を行なうための助走であることを痛感している。

毎月の嘱託医との支援会議で、行動障害を示す場合、ホルモンバランスの異常などが身体へ影響しやすく、さまざまな視点から検証する必要があることを学び、行動障害やこだわりの対処の際、より適切な判断を行なうことができた。

本人の行動障害の激しさと、環境の変化に影響を受けやすい性質を考えると、3年という期間で地域に移行することは困難と考えられる。3年かけて生活のリズムを整え、集団の中で生活をしていく基盤作りをしたことで、家族も本人も生きていくことに安心を持てるようになったと思う。4年目以降は、人とのかかわりや行事を楽しむことを身に付け、地域の中で活動を行なうという生活の拡がりを持つことができるようになった。

本人の持つ障害の困難さを考えると、今後もあくまでも家族とは別の生活基盤を持つことが望ましいと考える。

外部評価委員からのコメント

【古屋 健 委員】

  • プログラムや目標が必ずしも年度ごとにはなっていないが、その時々の見方や判断が的確であったと感じる。コミュニケーションが堪能な分、事例②よりも一歩先に行ける。作業課題だけでなく、次の目標に向けて計画的に進めている印象がある。家族に対する支援が、それぞれの状況に合わせて詳しく説明してある。
  • 書かれていない工夫や実際のやりとりのコツなど、見えない部分が浮かび上がってこないといけない。移行先には支援のコツこそが重要で、伝えなければならないことである。
  • 母親と2人だけでドライブに行けることについて、いつからか、何がきっかけで良くなったのか。その時の普段の様子がわかると、生活全体の中でどう変わってきたのか見えやすくなる。生活全体の様子と支援する側のゆとり、見極めなどの情報があると参考になる。
  • 家族支援について、直接説明する時のキーワードなど、具体的なコツなども知りたい。移行の際は、それらを言語化しておくことが大切である。

【奥野 宏二 会長】

ポイントは、家族と本人がどうかかわっていくかである。施設内ではそれほど大変なことではなく、問題は家に帰るとか、家から通っていく形に切り替えていくことが重要な問題となる。強度行動障害事業の7~8割が家族支援で、最も苦労するところでもある。家に帰ろうとしているケースで通所に通う場合、母親がひとりで送迎できなければならない。家でも父親が仕事の時は、母親がひとりで対応しなければならない。親子の関係を修復しなければ帰せない。このケースは、行動障害が出た時に親への暴力とか、親が逃げなかったのか。もう一度「ダメよ」と言える関係になるのは、凄いプロセスが必要となる。親が「ダメよ」と言ったら普通はパニックになってしまうので、逃げてしまう。逆に考えると、母親だけなのでこのケースは変われたのかもしれない。

質疑応答、報告内容の確認について

  • 本人が普通に動かしていても、身体は勝手にフルスピードで動いている場合がある。親に他傷が出る前の時点で、三気の里の支援を受けたことは大きい。激しい他傷などに至る前に対処できたのが幸いしたと考えられる。
  • 「自傷、パニックは激しく、命を落としかねない」とあるが、どの程度のことか?パニック時はどのような対応をしていたのか?
    →強化ガラスに体当たりして、全身ガラスまみれになっている。一瞬でコンクリートの床にひっくり返り、音が響くほど頭を打ち付けて、手足をバタつかせたことがある。その瞬間には、彼女を抱きかかえる、頭を抱え込む、手足を押さえ込むしかできず、泣き叫んでいる本人の名前を呼びながら、治まるのを待つしかない状況であった。ひとつ言葉が入った時に、スッと覚める。
  • 頓服を服用しても効果が得られないとあるが、特に時間帯を決めていたのか、支援員もしくは看護師の判断で頓服を飲んでいたのか?
    →医師と相談して、22時頃に声高に喋る、身体の動きが止まらない、身体の火照りが強いなどの状態の時は、支援員の判断でデパスを服用し、その後30分くらい経っても同様の状態がみられる場合はベゲタミンを服用する。興奮が激しく、まったく動きを止められない時は、22時前後にデパスとベゲタミンを服用する。眠前薬と同時に服用するのではなく、布団に入って様子を見てから頓服を服用するという指示があった。
  • 強度行動障害支援事業の対象になると同時に受注作業に移行したが、本人に対する事前の説明やかかわりの中で、何か改善されたり、工夫があったのか?
    →突然受注作業に移ったわけではなく、以前の作業の中でテーブルを皆の方向に向けたり、違う課題も入れた様子を観察するなど、いくつかの段階を踏みながら検討して移した。
  • 普通小学校から養護学校中等部に入学した際の母親の気持ちの整理はついたのか?
    →中学校になると、普通学級との交流はまず困難であろうと考えた。また、信頼できる先生がいたので養護学校への進学を決めている(後日確認)。
  • 初潮と小学校3年生の不安定時期との関係はどうであったか?
    →小学校2年生の時に初潮を迎えているが、出血がほとんどなく、1年間ホルモン治療を受けていた。3年生になって、普通に出血がみられるようになったので、ホルモン治療を終了している。
    →嘱託医にその旨を報告し、ホルモン治療に関する説明を受けた。ホルモン治療は必要な治療であり、胸が目立つ前にホルモン治療を受けるとその後も身長は伸びるが、初潮を迎えてから治療を開始すると身長の止まる可能性が大きい。初潮が始まるまで、ホルモン治療の必要性には気が付かなかったのではないか。ホルモン注射は筋肉注射で、それ自体の痛みに加え、薬の分子が刺々しいために投与後も痛むなどの違和感を感じるとされる。身長は小学2年生で止まっている。

事例検討のまとめ
-自閉症や強度行動障害を示す人たちへの有効な支援/予防的支援-

A.自閉症・強度行動障害全般について

(1) 場面を変える

固執した刺激、こじれた関係、失敗経験のある空間、不適切行動へとつながる動作や日課から離れて、本人が適切な行動を取りやすい環境、かつ支援者が適切行為へと導きやすい環境で行動する。

(2) 適切な行動の繰り返し

誤って身に付いた動作、習得していない無意識的な一連の動作を細かく分析した上で、ひとつずつ順を追って適切な身体の動かし方、使い方、力加減を身に付ける。

(3) 本人の意思、人の言葉に沿って動かせる身体作り

必要な情報を適切に受け取り、適切に判断し、行動できる身体の動きの形成や、自分の身体をコントロールできる耐性の獲得を行なう。

(4) 本人独自の環境から一般的な環境への移行

刺激のない環境下での活動、特定の支援者や場面の設定を行ない、人や物の存在について、自分で整理できる力を身に付け、音や視覚刺激のある環境下での活動や、他者とのかかわりのある活動へと生活スタイルを変えていく。

(5) 励みとなる活動や課題の提供

固執した動作や刺激を求めるのではなく、決まった手順で動作を行なったり、人とかかわる活動を行なうことで、本人に利益をもたらし、他人に頼りにされるという自分の役割を認識できるようにする。

B.クラスターⅣ型(自傷攻撃破壊、摂食排泄睡眠の障害が激しい)について

細かな身体の部位の使い方を習得することと、誤って習得してしまった使い方を消去していく手順が必要となる。繰り返して失敗を積み重ねてしまい、反射的な行動と化している場合は、直接的な刺激に対して誤った動きが出ないよう支援をしていく必要がある。

C.今後の課題

1.専門的な知識と本人の特性について、施設、家族、地域の中の支援者、各関係機関で共有できること

ある場所で適切に支援を行なうことができても、認識や支援にずれがみられることで、一歩その場所を離れると状態を保てないことが多い。本人に関係する支援者が共通認識を持つことが必要と考えられる。

2.移行時の評価、移行後の定期的なフォローアップのできる体制を確立すること

それぞれの関係機関や施設間での認識の違いから本人が混乱を招かないように、それまでの経過、必要な支援内容、個人の特性を詳細かつ明確に引き継ぎ、移行後も定期的にフォローアップや支援を行なうことが必要と考える。

3.専門性を持った資源が増えること

本人が次のステップや新たな活動を望んでも利用できる資源が少なく、ひとつの事業所ですべてを担っていることが多いように感じる。信頼して利用できる資源が増えていくことが必要と考える。

資料作成:石丸 直美(三気の里)
事例報告:石丸 直美(三気の里)

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