クラスターⅤ型(多動固執パニック、摂食排泄睡眠の障害の激しい)の事例②

事例の概要 男性、23歳、知的障害を伴う自閉性障害
事業の開始 2004年3月15日
利用開始日 4年4ヵ月

1.生育歴、相談・治療・教育歴

(1) 生育歴

父親(単身赴任中)、母親、姉(別居)、本人の4人家族。

切迫流産(妊娠4ヶ月)。這い這いはまったくせず、始歩後から飛び出し、多動傾向が認められた(1歳3ヶ月)。初語は1歳6ヶ月で、10種類くらい言葉が出た。

生後3ヶ月、授乳中に落下。その時は心配になる症状はみられなかったが、5ヶ月時にひきつけを起こした。その後、9ヶ月の時に慢性硬膜下血腫が見つかり手術を受ける。2歳の時、頭蓋骨の中に埋めてあった機械を取り除く手術を受ける。

(2) 相談・治療・教育歴

2歳6ヶ月の時、著しい多動傾向と睡眠障害、呼んでも関心を示さないことから、児童相談所を来談する。児童精神科を紹介され、薬物治療、外来療育を受ける。並行して、療育センターに通う。父親の転勤により通院が年1回に減る。

養護学校小学部に入学。自傷(手を噛む、頭を叩く)、他害(髪の毛を引っ張る、噛みつき)が始まり、集団活動や家庭生活が困難になってきた。治療のため、父親を勤務地に残して現在地に転居。8歳9ヶ月から2年間、自閉症児施設で入院治療を受けた(第1回目)。離園は何回かあったが、明確で本人もやる気のある課題には乗りやすかった。入院中、てんかん発作が1回あったが、その後はみられない。

退園後、情緒障害児学級へ通う(教員1人に生徒2名)。意欲的に交流学級の集団活動に参加し、運動会も一般の児童に交じって介助もなくできた。しかし、家庭では母親の隙を狙って飛び出しを繰り返した。目的はコンビニ、ビデオショップと次々に変化し、学校の長期休暇中の家庭生活は困難になっていった。

中学校特殊学級に進学(1対1)。この頃から母親との力関係が逆転し、要求を通す時や思い通りにならないと暴力(叩く、蹴る、髪を引っ張る)を振るうようになる。自分よりも弱い人に腹いせ的な攻撃(押すなど)が出始める。この頃、飛び出し行動と睡眠障害、他害、自傷行動の悪化時や長期休暇中の家庭生活の立て直しを目的に、自閉症児施設に第2回目の入院をしている(2週間以内の短期入院を9回)。

養護学校高等部に進学。進学後も問題行動は改善されず、自閉症児施設の短期入院やデイケアを継続した。一度、知的障害児施設の短期入所(ショートステイ)を利用した時、小さい子どもの頭を壁に打ち付けて個室に移される。そのことが報告書に書かれてあったのを見て、母親は強く責められた感じを持った。

卒業後の進路について、作業所や家庭生活の困難さが予測されていた当時、あさけ学園での強度行動障害特別処遇事業を終了後に母親が勤務する作業所に通い始めたMさんの様子を見て、本事業の利用を希望するようになった。

2.障害の状態像:障害名(診断名)、発達検査等の客観的評価データ

中度の知的な遅れを伴う自閉症と診断された。WISC-Ⅲ知能検査の結果(13歳8ヵ月)、言語性IQ 43、動作性IQ 51、全体IQ 41。群指数は言語理解 50以下、知覚統合 56、注意記憶 50以下、処理速度 50。[積木模様]の評価点(SS)= 3、[組合せ]SS= 8を除き、他の下位検査はSS= 1と低い。特に言葉でのやりとり、イメージの統合は難しく、了解と記憶の悪さが日々の注意、指導の入りにくさの一因と考えられる。

3.行動障害の状態:利用前の様子、判定基準点数

(1) 日常生活動作(入所前の様子)

睡眠 幼児期から睡眠障害があり、睡眠導入剤を服用している。一度眠ってしまうと朝まで起きない。
起床 自分から起きられないので母親が起こしている。平日は7:15、休日は8:00~9:00に起きる
洗面 洗顔は濡れた手で撫でる程度。普段は濡れタオルで母親が顔を拭いている。歯磨きは雑だが、自分でさせている。
食事 冷めた物は食べず、家ではレンジで温めて食べている。嫌いな物は、刺身等の生物、酢の物、野菜類。

強度行動障害の判定基準(旧法)による行動障害の評価

行動障害の内容 事業の開始時 事業の終了時
ひどく自分の体を叩いたり傷つけたりする等の行為 1日中 (5点) 1日に1回以上(3点)
ひどく叩いたり蹴ったりする等の行為 1日に頻回 (5点)  
激しいこだわり 1日に頻回 (5点) 1日に頻回 (5点)
激しい器物破損 1日に頻回 (5点)  
睡眠障害 ほぼ毎日 (5点)  
食べられないものを口に入れたり、過食、反すう等の食事に関する行動 ほぼ毎食 (5点) ほぼ毎食 (5点)
排せつに関する強度の障害 週に1回以上(3点)  
著しい多動 ほぼ毎日 (5点) ほぼ毎日 (5点)
通常と違う声を上げたり、大声を出す等の行動 1日中 (3点) ほぼ毎日 (1点)
パニックへの対応が困難 困難 (5点)  
他人に恐怖を与える程度の粗暴な行為があり、対応が困難 困難 (点)  
合計点数 51点 9点

排泄 排泄動作はできている。排尿後、ペーパーで尿を拭き取る行為がみられる。
着替え 着脱には問題がない。衣類が濡れるとすぐ着替えたがる。
入浴 一人で長時間入って遊んでいる。きちんと洗えないので、石鹸やシャンプーを流す手助けが必要である。
清掃 した(させた)ことがない。
余暇 音楽を聴いているか、ホワイトボードに絵を描いている。描くたびに新しいペンに換えるこだわりがある。以前はよく散歩に行っていたが、飛び出しやコースへのこだわりがきつく、行かせられなくなった(一人では帰って来られない)。
買い物 自動販売機の使用はできる。店で一応レジを通ることは知っているが、一人では黙って持ってくる可能性が高い。
身体面 アレルギー性鼻炎、アトピー性皮膚炎があり、現在も治療中。
その他 話し言葉は2語文程度。高音、語尾が上がり気味で、発音はやや不明瞭である。数は100まで数えられるが、数唱と指さしが合わない。

(2) 旧法の強度行動障害支援加算事業における判定結果

上記した表のとおり、[排せつに関する強度の障害][通常と違う声を上げたり、大声を出す等の行動]の2項目が3点、これらを除く9項目が5点で、合計51点となっている。

4.行動障害の要因等に関する分析、とらえ方

母親は、幼児期からできる限りの医療機関や療育プログラムを積極的に利用してきた。しかしながら、学校や療育機関の中では課題に乗れるようになり、集団活動にも参加できるようになった反面、家庭での多動や飛び出し、さまざまな固執行動はまったく改善されていない経過がみられる。この大きなギャップと関連して、母親は生後3ヵ月の時の事故/過失に遡るような、養育者としての挫折感や無力感を増加させていたのではないか。例えば、「我が子は普通の自閉症ではない、特別な障害なのだ」のような防衛機制を強く持っていったのではないかと予想される。さらに、本人の身体的な成長によって力関係が逆転すると暴力的な行為も激しくなり、コントロール不能の状態に陥ったと考えられる。

5.行動障害改善のためのプログラム、支援の経過

a.初期(1年目)

(1) 事業開始に向けて:家族、関係機関への取り組み

卒業式前夜、母親から初めて「作業所に行って仕事ができるようになるため、あさけ学園で勉強して一人で泊まる、我慢して過ごしてほしい」と伝えられる。母親によると、「正直なところ、あさけ学園に行くことはわかったようだが、内容は理解できていないようだった」とのこと。続いて、学園の担当職員が訪問し、入所の説明を行なった。「作業のことだけでなく、生活についても勉強してほしい。一人ではできないこともあるから職員も手伝います」と話をする。訪問時、本人はじっとしていられず、頭を掻き毟ったり、耳を握る等の行為が頻繁で、ほとんど聞いていないように見受けられた。それでも、あさけ学園に来ることは最低限確認できた。最後に、単身赴任中の父親が入所当日に駆け付けて、両親と本人、施設長や担当職員が揃った所で最終確認を行なった。

担当の福祉事務所より、事務所長名の公文書で事業終了後(3年後)の受け入れ先を具体的に明示することや、定期的にケース会議を設けるなど、一緒に取り組みの進め方について検討していくことを事前に確認している。なお、このケース会議は、本人の登録している相談支援コーディネーターや知的障害者更生相談所のワーカー、あさけ診療所の児童精神科医も参加して年2~3回開催している。

(2) 本人への取り組み:日常生活の流れの行動形成

入所当初は、学園の構造化された場面の中で問題行動の発生機序やその特徴を知るため、日常生活習慣の確立と1日の流れを整えるとともに、作業における姿勢作りや適切な対人関係の形成をめざした。このうち生活習慣については、食事の摂り方、衣類の整理、入浴の仕方、排泄、就寝や起床などの基本動作の再構築から始めた。対人面では自分勝手なことをしない、我慢する力を養うこと、自傷や他傷の軽減については、具体的に適切な行動を提示しながら、職員とやりとりができるよう進めていった。作業においても、1日の作業を持続してできるようになることを念頭に置き、組み立てが簡単で、失敗してもやり直しが可能な仕事から導入していった。

(3) 家族への取り組み:生育歴の詳細な聴き取り

両親に対しては、学園での本人の様子を伝えながら、生育歴や入所に至るまでの経過を聴き取ると同時に、本事業を活用するにあたって、家族の今後の在り方について話し合った。すなわち、施設に預けてしまうのではなく、家庭生活を基盤として地域の作業所に通うための取り組みであることを再確認した。具体的には、家に本人のいない状態が当たり前にならぬよう、月2回の週末帰宅と、長期休暇期間についても母親の時間が許す範囲で外泊の取り組みを進めることになった。

b.中期(2年目)

(1) 本人への取り組み:身体運動面からの取り組み

最初の1年間が経過すると、学園での本人の行動が落ち着いてくるにつれて、問題行動の特徴や要因も浮き彫りになってきた。また、周囲の動きに合わせられるようになってきたことから、物と物の関係や生活スキルなどの理解も早くなってきた。しかしその反面で、食事の摂り方や偏食の問題、独特なこだわり(着る物、パターンの固執)、身体の動きの悪さが目立ってきた。この中で身体の動きについては、研修を兼ねて動きの悪さを職員全体で観察したところ、足の運び、上半身と下半身のバランスの悪さ、周囲の刺激に左右されやすいために身体反応の鈍くなることが確認できた。そこで、職員が1対1で付き、毎朝20分程度のジョギングを開始した。初めの頃はすぐに止まったり、歩いてしまうことも多かったが、楽しく走れるように声かけしながら進めていった。肥満のため、膝に負担がかからぬようゆっくりしたペースで走るよう留意した。人に合わせたり、付いて走るのが苦手なので、まず毎日継続することに主眼を置いた。その結果、体重も肥満からやや肥満へ減少し、身体の動きだけでなく、人に付いて動きを合わせることもうまくなってきた。その後、職員と2人で走るのも寂しいのでもう1人加わっている。

一見、本人にとって20分のジョギングは不快なように思われるが、作業と同様、誘うと抵抗なく参加した。すぐ自分から日課を覚えて、出かける前にジャージ、夏場は短パンにはき替え、雨の日は行けないが、晴れの日は「行くよ」と言われると自分で着換えて準備した。学園で20分のジョギングを1年間続けると生活リズムも整ってきた。

(2) 家族への取り組み:学園と家庭とのギャップ-母親の困惑

月2回の週末外泊の様子は入所前と変わらず、母親が何かを提供したり、働きかけることはあまりみられないこともわかった。家庭でのさまざまなこだわりは、自分の生活を維持していくために本人が母親に要求したり、働きかけているようにも感じられた。買い物に行くと自分の好きな物があれば走り出し、止めると大暴れする。菓子類、ジュース、アイスクリームを要求して食べずにはいられない。母親に怒られると、腹いせに部屋や廊下で放尿、壁に穴をあける破壊行動に至った。さらに、外泊や帰園の際、お菓子を買いに行かなかったり、本人の行きたい所に寄らないと車中で大暴れする状態が続いた。外泊時に職員が車まで付いて行き、「お菓子は買いに行かない、どこにも寄らない、暴れたら学園に戻ってくること」と言って送り出していたが、車の中で暴れ出すと戻るに戻れず、本人の思うままに外泊を繰り返す結果となっていた。

c.後期(3年目)

(1) 本人への取り組み:身体動作のスムーズ化→日常生活における問題の改善

① 食事の摂り方について

学園においても、好きな物しか食べない、一口量が多く咀嚼せずに飲み込んで咽てしまう、箸で挟まず、口を器に付けて流し込むなどの問題が残存していた。そこで、きちんと箸で挟んで口に運び、最後まで落とさないように気をつける。そして、咽ないでゆっくり食べることを目標として取り組んだ。姿勢の崩れ、頭を掻き毟り、手を噛む自傷が予測され、開始当初はかなりの時間を要した。職員に励まされて、徐々に細かい物でも挟もうとする意欲が高まり、姿勢も声かけで保持できるようになってきた。

② 着る物への固執について

衣類のこだわりについては、一人で浴室に移動する途中で居室に入って着替えたり、就寝後にこっそり衣類を替えておくなど、発現する場面が明確なので、職員がその瞬間を見計らって止めに行くようにした。止められるとイライラして髪を掻き毟ったり、寝ころんで拒否するので、意図を本人にわかりやすく伝えながらかかわった。少しずつ意識(我慢)できるようになってきたが、時々、強迫的に職員の隙を見て行なおうとすることはあった。

③ 運動面の継続した取り組み

毎朝のジョギングも嫌がらずに継続し、20分間止まることなく最後まで走り続けられるようになってきた。しかし、ゴールが近づくとダッシュして職員とペースが合わせられなくなるので、最後まで職員と一緒に走るよう意識させることに留意し、人とのやりとりを進めた。

(2) 家族への取り組み:外泊時の母親との取り組み

① 外出-買い物への取り組み

職員と一緒に買い物に出かけた時、職員から離れない、欲しい物(ジュース、菓子類)に飛びつかない、言わないことを約束させると、店内に入っても買わずに帰ることができるようになった。次に、本人に説明せずに外出し、店内へ入る。最初は「アイス、お菓子」と口に出していたが、「今日は買わない」と伝えると我慢できるようになった。しかしながら、母親にその結果を報告すると、父親が単身赴任で家におらず、自分一人でかかわる自信もなく、本人が暴れることを考えると難しい。食事も本人の好きな物しか出せない現状なので、一緒に何かするということは考えられない。そのため、積極的にかかわれず、本人中心の生活になってしまうと返事があった。

このように、母親は全般に自己肯定感が低く、自信のなさが顕著に認められた。母親は作業所に勤めているので、一般的にこうした支援に関する話は通じやすいと考えられるが、他の障害者と我が子を見る目は別な感じである。さらに、直接その場面で具体的に取り組みを進めないと理解できないことが多く、他の場面に応用できにくい。改めて「こうした方が良いんじゃないですか」と伝え直さないと、なかなか動けない状態にあった。

② 帰宅時の車中の過ごし方について

母親と本人だけで帰宅する際、買い物には行かない、暴れない、大声を出さない、母親を触らない、夕食のことは言わないことを母親と約束し、守れなかった時点で学園に戻るという昨年度からの取り組みを徹底した。具体的には、家まで帰宅する車を職員が追尾して対応することにした。「そこまで」という母親の思いはあったが、家に帰るたびに大変なのだから、「ここまでしないと本人が変われない」「こういうことをひとつずつクリアしていかないと変わっていかない」と説得した。車内で大暴れする危険性を想定して、道中に母親が車を止めた時点ですぐ職員が介入する体制をとった。最初は運転中にハンドルを行きたい方に向けたり、止められると母親を叩いたり、食べたい物を連呼して騒ぐという状態が続いた。そこで、母親の様子を見て職員が介入し、母親から本人に伝えて学園に戻した。再び母親が話をして約束させ、外泊をやり直し、また職員も追尾することになった。最低でも片道1時間半かかるため、自宅近くでUターンして引き返したりすると4時間以上を要した。

最初は母親も引っ張られる感じで、「職員に言われたからやらなくちゃいけない」という気持ちが強かったと思われる。繰り返すうちに、言葉による要求は出るものの、暴れることはなくなった。母親が言えば彼が「止まる」ことで、母親に「やってみたらできるんだ」という感じが出てきた。職員が付いて来ることは本人も意識しており、騒がなくなったという実績を積み重ねて、母親が何とか自分で止めていけると言い出した時点で職員は離れた。

併せて、外泊の送り出しと受け入れにかなり時間を費やした。送り出しの時は、事前に1時間くらい母親と話してから本人に来てもらい、母親から本人に伝えていく方法をとった。帰園して受け入れる時も、母親に家庭での状態を聞いてからそれを本人に投げかけ、「あんた~してもうたんやね」とやりとりしていった。対応する職員も固定して、毎週外泊の前後は常に担当職員がかかわるようにした。

③ 家での過ごし方について

帰宅中の問題は改善に向かったが、家に着くと爆発したように食べ物に関する強迫的な要求や訴えが続き、注意すると部屋で放尿するので、本人の思うままにしないと落ち着いて過ごせない状況にあった。家に帰るとすぐ、2階のトイレに駆け込んで騒ぐ行為も固着化していた。そこで、まず1呼吸おくために、帰宅したら靴を揃える動作を組み込んだ。次に、家での手伝いとして、テーブル拭き、コップ洗いを加えた3つの取り組みを開始した。また、日中はホワイトボードに絵を描いたり、CDを聞いて過ごしているが、母親がその間にTVを見たり、本を読んでいて自分の方に振り向いていないと、母親の髪を引っ張り、暴力を振るっていた。母親主導でやれることはないかという助言を職員研修で得た後、母親と運針を行ない、縫い目の線から反れたらやり直しをする課題を提案した。母親は「頑張ってみます」と言って始めたが、「○○したら××をあげる」という従来からの対応方法がつい出てしまうので、外泊後の職員との面接で修正していった。

初めのうちは、運針が少しでも歪むと全部糸を抜き、「もう1回やりなさい」と言っていたのが、繰り返すうちに暴れるのではないかと思うと、「これをやったらお菓子をあげるからね」に変わってしまう。「でもお母さん、それはお母さんの言葉じゃなくてお菓子につられてやっているんでしょう。これからはお母さんの言葉を聞いて生活していかないとアカンのやから、お母さんの言葉がお菓子替わりになっていかないとアカン」と話してきた。

④ 再び、外泊-買い物への取り組み

本人の飛び出しを恐れ、以前から家の中には菓子類を大量に買い込んであった。デザート類も小まめに作る母親で、ケーキやクッキー、家でパフェを作る。このため、家に帰るとお菓子を探しまくっては平らげてしまうこともずっと続いていた。上記した①~③の取り組みの後、家に置いてある菓子類は一度すべて処分して、母親と外泊する時に食べる分だけ買いに行く取り組みを始めた(母親が個数を決める)。最初は本人もしつこく家中を探し続けていたが、次第に納得するにつれて、こうした外泊-買い物のルールも守れるようになってきた。

この頃より、母親の口から「頑張って(やって)みます」「(母親自身で)止めていけると思います」など、取り組みに前向きな発言が多くなってきたように思われる。

d.延長期(4年目)

(1) 本人への取り組み:作業所への移行に向けた取り組み

① 作業への取り組み

作業に関する事物の理解は比較的良好で、簡単な組み立てが得意な反面、注意集中や正確性に欠けるので、作業中の身体の動き(姿勢)の促進と組み合わせて取り組みを行なった。小さなビニール袋の中に種類の違う細かい部材を5個入れてホチキスで2ヶ所止める作業、および、両面テープを指定された部材に歪まずに貼る作業は、慣れてくると感覚的に行なってしまうので、最後まで手元を見ながら遂行するよう留意した。また、部材の取る位置を時々替えて、自分で意識するように工夫したり、さまざまな身体動作を組み込んだ。

② 継続した運動面の取り組み

身体の動きにくさについては、朝のジョギングに継続して取り組んだ。以前に比べて職員と合わせようとする姿勢や気持ちが徐々に増してきたことに加えて、やや肥満であった体型が標準に戻ったこともあって動きやすくなってきた。

(2) 家族への取り組み:外泊時の母親との取り組み

昨年度から継続して、母親と本人のやりとりに焦点を当てた家庭での過ごし方や買い物の取り組みを進めてきた。まだ、本人に振り回されたり、物でつってしまう対応が多く認められるので、外泊時の車中の行動、家での手伝い、買い物など、母親の対応と本人の様子を聴き取り、その都度職員が介入していく方法を中心に進めた。

(3) 家族、関係機関に対して:退所スケジュールの調整

担当のコーディネーターや福祉事務所と調整した結果、来年度に退園の予定で、本人の作業所実習や退園後の家庭生活について具体的に検討した。しかしながら、この時点で母親は仕事を続けており、「父親が単身赴任だから自分一人ではみることができない。習い事があるから無理です」のように、退園に向けたイメージの乏しい状況がうかがわれた。数回の面接を重ねてこれまでの家庭の取り組みを振り返り、問題の整理、本人との付き合い方について、来年度の具体的なプログラムを立てていくための話し合いを行なった。

e.延長期(5年目)

5年目の始めに「長くても夏過ぎまで」と伝えて、GWの作業所実習を経て、夏休み前に退園となった。その頃には、母親から「やってみる」という言葉が多くなってきた。「家での生活に何か変化があったら言ってください」と、退園後も月1回の診察を入れた。

(1) 家族への取り組み:作業所実習に向けて

① 家での買い物の取り組み

継続して買い物に取り組んできたものの、勝手にいろいろと買おうとしたり、飛び出して行くことも多かったので、この機会に母親と2人だけの買い物を試みた。出発前に買う物をあらかじめ決めておき、それ以上の物は買わない、勝手に走り出して行かない、買い物カゴは2人で持つ、守れない時はそこで買い物を中止することを約束して出かけた。職員は店内に隠れ、何かあったら出て行くことにした。母親は本人に振り回されそうになるが、「手は離さないよ」と声をかけながら何とか堪えて買い物ができた。その後、レンタルビデオ店でも同様に、職員は隠れたままで、母親が本人と「今日は返すだけ」と約束を交わしてから店に入った。先の店でうまくやりとりできたこともあって、ビデオ店内でもスムーズに応じることができた。

② 家での過ごし方について

職員が訪問した時も、喉が乾けばジュース、お腹が空けばラーメン、焼きそばと繰り返して要求し、母親に作らせていた。母親にジュースを出してもらった後、片付けもせずに2階へ逃げようとしたので、職員が呼び止めて「これから家で生活していくのに自分の思いばかりでどうするのか。自分の飲んだ物は自分で洗いなさい」と伝え、その場で母親と食器洗いを行なうことになった。本人と母親には「自分のことは自分でする、できることは行なうのは当然。家に帰ることは甘えることではない」と話をして、さらに一歩踏み込んだ取り組みを始めた。

(2) 本人への取り組み:作業所実習の取り組み

事前に、実習を兼ねた見学を4月半ばに行なった。本人には改めて、「家から通って、ここで働いていけるようになるための実習なのだから、そのつもりで行なうように」と伝える。そして、GW後に自宅から通う1週間の作業所実習を開始した。

作業所では緊張もあってか、落ち着かずに周囲を見回していたが、集中してくると渡された作業を黙々とこなしていた。しかしながら、慣れてくると周囲の動きに反応して手が止まったり、物の扱い方が雑になる遊びが出てきてしまう。作業所の職員から、学園の職員がいない時にどうなるのか問題なので、最後の2日間は実習先の職員のみで対応してみた。作業自体には離席や拒否などの大きな問題もなく、全般に良い評価を受けたが、問題となったのは食事場面で、嫌いな野菜類を咽たり、口いっぱいに詰めて飲み込んでしまうのが非常に見苦しいと指摘された。母親にこの評価を伝えると、「家で嫌いな物は一切食べさせていない」「嫌いな物は作業所で何とか食べさせてもらえるので助かる」とまで言う。家庭での問題を作業所に押し付けるような態度に対して、厳しい評価を受ける結果となった。

(3) 本人・家族への取り組み:あさけ学園への通所

作業所実習が終わった後、退園までの期間を自宅より学園の作業に通い、家庭生活の見直しを進めていくことになった。

自宅から学園に通い始めると、作業で居眠りが目立つようになった。朝の出勤時間が早いからだけでなく、就寝時間も遅くなり、生活習慣の乱れも出てきた。まったく作業にならない日も多くなり、作業所に通うようになった時の留意点として残った。食事については、予想したとおり食が進まなくなり、咽ることも多くなった。やはり、家では嫌いな野菜を一切食べさせておらず、その代わりに果物で補っていた。明らかに的を外れているため、学園の栄養士から食のバランスや食事方法について助言を受けた。加えて、家では米飯を一切食べないので、今まで米を炊いたことのない事実も明らかになった。代わりにパンやピザ、麺類で補っていたことがわかり、栄養士から注意を受けた。食事の問題は予想以上に根深く、容易に改善できるような問題ではないため、ご飯をおにぎりにして食べさせるなどの工夫を栄養士に提案してもらうとともに、今後も栄養士に加わってもらうことになった。

学園の作業に通う間、家での手伝いや買い物の取り組みについても、母親から毎日聴き取りを行なった。買い物については、買い物カゴから手を放さないことがうまく本人を意識させるきっかけとなり、良い具合に作用しているとのことであった。また、家での記録に『手伝い』の欄を設け、○印を付けてもらうことで、逆に母親自身が意識して手伝いを積極的にさせるようになり、かかわりの幅も拡がり始めている。以前、学園で自分の部屋の掃除を1回教えるとすぐ覚えて、最初から最後まで抜けることはなかった。職員が全然見ていなくても全部できたので、「これはやれるよ」と母親に促した。母親は、作業から帰ってきた夕方の時間帯に家庭でも掃除などを教えるようになった。

学園で取り組んでいたジョギングは、続けられるようにとマラソン大会への参加を目標としていたが、町の大会の規定が変更されたので出場は叶わなかった。家庭に帰ると今まで続けてきたジョギングができないことから、暴飲暴食にならぬよう体重と検温の変化をグラフに記入することになった。母親が管理しやすくなったこともあって、学園への通勤指導を始めてから1ヶ月半後の体重はプラス2㎏増で安定していた。

6.行動障害の転帰(退所時の判定基準点数)

先の表1のように、6項目の行動障害が0点の状態に改善した。さらに、[ひどく自分の体を叩いたり傷つけたりする等の行為][通常と違う声を上げたり、大声を出す等の行動]の2項目にも減少傾向が認められる。残りの[激しいこだわり][食べられないものを口に入れたり、過食、反すう等の食事に関する行動][著しい多動]の3項目は5点の評価の範囲にあり、合計19点となっている。

7.アフターケア

現在、本人は作業所へ毎日通うことができている。食事については、前述のとおり、実習の時に「食事が汚いというか、咽て前に飛ばしてしまうのが見苦しい」と言われたが、現在は落ち着いてきた。家庭でも「衣類へのこだわりが全然変わらない」と母親は言うが、買い物や無断外出、放尿などは聞いていない。おそらく本人が学園での生活を送ってきた中で、こうすればうまく食事ができる、こうすれば買い物に行ける、家庭での役割として手伝いもできる力を身に付けてきた成果と考えられる。

アフターケアとしては、退所後も定期的に学園内のあさけ診療所に通い、以前の担当職員が同席して診察を受けている。状態の変化によってはショートステイも必要なので、学園で受け入れ可能な体制をとっている。実際には、退所後3ヶ月も経っていないこともあって、親戚の結婚式に両親が参列するという理由で昨日1泊利用しただけである。

8.得られた知見、課題

現在、作業所においては、仕事中におしゃべりしたり、鼻歌を歌う様子もみられるが、職員と一緒の場面であれば落ち着いて過ごせている。時々、イライラして頭を掻き毟ったり、手を噛んだり、独り言が大声(奇声)になっても、それ以上エスカレートしないように傍で見守り注意すれば、指示どおり作業に戻ることができている。

しかしながら、家庭での生活面については、どうしても野菜を食べず、食のバランスも悪く、食べ物の要求を制止できない状況にある。そのため、作業所まで歩いて通勤しているものの、体重が10㎏以上も増加している。コーディネーターにとっても、作業所ではさほど問題が認められないこともあり、家庭での問題について確認できるのは、母親からレスパイトの目的でショートステイの依頼があった時だけなので、十分に状況を把握できにくい様子である。

月に1回のあさけ診療所の利用は現在も継続しており、本人が所属していた強度行動障害担当棟の主任が、母親から家庭の状況と本人の様子を聴き取り確認している。その結果、体重の増加だけではなく、身体中の湿疹も増えていることがわかった。そこで、コーディネーターと調整を行ない、あさけ学園でのショートステイによる立て直しを計っている(これまでに2回実施)。なお、ショートステイの利用については、このような目的に沿って、今のところ学園でのショートステイ一本に絞ってもらうようにした。

今後もコーディネーターと密接に連絡を取り合い、特に家庭における食事の問題や生活の乱れなどに関して、母親自身が嫌になって諦めてしまわないための支援の在り方や具体的な方法を相互に確認しながら進めていく必要がある。

外部評価委員からのコメント

【小林 信篤 委員】

(1) 固執性は強いが、日課へのこだわりは少ない事例

この人は思いついたことをやって、要求して満たされないと問題行動を起こすけれども、核となる日課があるわけではない。だから、「やろうか」と言うと「うん」と返事して、自分でやれることや好むことならする。「そうじゃないな」と思っても拒否しないかもしれないが、やってみて嫌だったら、次からはあまり調子よくないかもしれない。

① 施設の日課の中で生活の安定を図る

むしろ、この人には核となる日課をきちんと作ってあげた方がいい。おそらく、施設のパターンは「張り」になって落ち着きが出ると思う。家庭に帰ると、いわゆる日課のパターンが何もないので難しいのかもしれない。

② 核となる日中活動(作業)の構築を図る

作業所が新しく生活介護に変わってくると、仕事をしなくなってしまう所も出てくる。こうしたタイプの人たちの多くは、何か活動をしていく方が向いている。日中活動がレクリエーション的な内容になると崩れていったり、こだわりが強くなっていくと思うので、ある程度きちんと日課を組み立てていく必要がある。

(2) 家庭での日課の構築が困難な事例

また彼自身、家庭で日課自体がないために困っているのではないかと感じた。それを母親に委ねるのは無理かと思う。こちらがうまく母親に相手をしてもらうように働きかけるのか、そうではなく、ある程度こちらと協力関係をもってマインドケアができるような場所へ移行していくのか。

① 家庭移行に向けたケアホーム(グループホーム)の活用

この事例については、むしろワンクッション置き、一旦グループホームやケアホームなどに入ってから家に帰る方法をとっても良いと思う。

基本的に開始時のアセスメントから目標と課題を設け、3年間取り組む中で見直しは立つわけである。1年間の延長が妥当なのか、何年なら良いのかは目標の達成度から総合的に評価すれば良い。その評価と合わせて、もうこれ以上積み上げられないと思えば、違う所に移行するしかないと思う。もちろん、単に「出す」のではなく、「つなぐ」という前提で進めていくことが重要と考えられる。

② アフターケアの必要性

それから、施設がアフターケアをやる以上は「いろいろと事情があって(難しい)」という話でなく、やはりアフターケアをする前提で仕事を組まないといけない。すなわち、アフターケアの不要なケースばかりを集めて取り組むのでなく、その仕事・シフト・財源も変えていかないといけない。会全体で、アフターケアの取り組みにお金を出してもらうよう働きかけていく。目の前の問題だけではなく、実はアフターケアに大変な費用がかかる点を押さえていく必要がある。そこで今回は、そのためのデータを収集している。この中から有効な支援や取り組みの内容を抽出して、これだけの予算が必要と主張していかなければならない。

【河島 淳子 委員】

(1) 母親の教育

① 母親が変われば必ず子どもも変わる

「とても~ですね」「そうですか、わかりました」という人は、あまりアドバイスをしなくても良い道筋ができていくが、この事例のようなタイプの人とも長い付き合いをしている。手放しても他に行く所のない人を抱えて、やっと数年かけて変化してきた事例を経験している。ここにもあるように、子どもが少しずつ変化してきたのが見え始めると、親から「やってみます」と希望が見えたように出てくる。

② 激しい行動障害から生じるマイナスの感情

もうすでに大人になってしまったので、何かあったら暴れるなど、以前のことが記憶にあるとつい母親の気が弱くなって、「これをあげるから」という言葉が出てくる。これだけビクビクしているというのは、そこまで希望や自信の持てない人ではないか。

(2) 家庭生活(日課)の構築を図る

この人の家庭生活を考えた時、母親と本人しか家に居ないので、他人に迷惑になる事柄を家庭内に作りようがない。スケジュールが全然回らない。そのスケジュールを相談して再構築していく必要がある。

① 生活の充実を図ると問題行動は軽減していく

何もさせないと問題行動はどんどん増えていくし、何かできるようになり充実してくると減ってくるものである。トモニでも学校へ行く前に早朝マラソンを行なっている。朝はなぜか皆さんが声をかけてくれる。1~2ヶ月も経つと、「変わりましたね」と声をかけてくれる。朝早く起きる習慣を付けると必ず夜は早く寝るようになるし、親たちも感嘆して続けている。

② 言われた言葉の重みを教える

家庭で生活していくためには、どうしても言葉の重みを教えたい。「こういう時はこうします」という内容が実際有効に機能しないのは、言葉そのものの重みを教えられていないからである。子どもを導く時によく使ったのが、「欲張ったら損をする」「わがままは通らない」で、わがままを言っても通させないという気持ちが親には大事である。子どもにとっても、わがままを通してもらえなかったという経験からわがままの通らないことを知る。その言葉を定着させていく。他にも、やり直してできたら、「失敗は成功のもと」と褒めてあげる。「自業自得」は、それでは損をするからこうした方が良いという時に身をもって理解させられる。

③ 母親がリーダーとなってやり遂げられる課題の設定-「料理」のすすめ

運針という課題は、本人にとって成果がわかりにくく、褒めてあげることもあまり出てこない。この場合には、包丁を使わなくても、手を添えても良いから「料理」を使う。いい加減な切り方でもかまわないが、約2~3時間かけて料理を最後までやり切ることで、母親の言うことを聞かない人に取り組んでいる。時間がかかってもやり遂げていくと、徐々に「指示が聞ける」ようになり、関係を作り直していくのに有効である。親がリーダーになっていくうちに、「こんなことができるんだ」という面が見えてくる。

a) 成果が本人にもわかりやすい
料理は課題として難しいと思われるかもしれないが、洗濯や掃除よりも見えなくてできていき、自分で成果がわかる。おいしければみんなも喜ぶし、褒めるというのではなく自分がおいしい。親も一緒に参加して食べることができる。まるで2~4歳の坊やのように思っているから、「こんなことができるんだ」と親が実感できる突破口として重要と考えられる。

b) 達成感や褒めてもらえる喜びを育む
そうなると「美味しかったよ」と言って、褒めてあげることが出てくる。おやつを全部処分してしまったのだからちょうど良いと思う。これからの生活を考えると、食べることに直結した料理課題はとても大切と考えられる。掃除は1週間しなくても生きていけるが、食べることは不可欠なので通じやすい。きれい好きなら掃除でも喜びはあるけれども、達成感や褒めてもらえるという思いを育てていくことが大切と考えられる。

c) 偏食の改善に有効である
自分で作ると偏食が治っていく。以前は無理に食べさせたこともあるが、最近は自分で作らせてみる。嫌いな牛乳をシチューに入れたら、びっくりしながら2~3杯も食べる。野菜も食べられるし、そのものが見えてくる。認知障害とも関係があるのかもしれない。

【黒川 新二 委員】

施設支援とアフターケアや家族支援との相互関連性

今年度の事例研究には、アフターケアや家族支援の特徴、入所中の指導やケアにおける姿勢が顕著に現れていると思う。このような観点から、事例検討の中でアフターケア、家族支援、入所時の支援内容との相互関連性を出してほしい。

① 医療・療育チームの連携

強度行動障害のような大きな問題にぶつかった時、原則的にセラピスト、ドクターなどによる専門的な療育を優先していくことが大事になる。最初から、「困ったな、薬出してくれ」とはならない。そうした意味で、医療についてほとんど触れられていない。医療と療育は両輪というよりも、「療育医療センター」のような形で彼らを応援していくわけである。総論として、医療と療育を大きく対峙させて考えた場合、施設や親によっていろいろな揺れが出てくる。すぐ医者に頼る人もいれば、頑張ってみて成果がなかったらそうするなど、強度行動障害の処遇に取り組む上で大きな課題になる。

② 薬物治療と療育の相補性

薬物治療についても、療育があればこそ薬を減らすことはできるし、なければ増えていく。療育と薬という対峙的な見方をするのは必ずしも良くないが、私たちが彼らを応援する場合に、微妙なさじ加減のあまりにヘタをすると薬がどんどん増えてしまう。何もやらなかったら全然動かないし、いろいろな経験をする中で、医療と療育の関係は関心の高いところである。

【奥野 宏二 会長】

(1) これまでの事業の経緯

① アフターケアに関する当初の考え方

当初の強度行動障害特別処遇事業の考え方としては、アフターケアを想定している。研究班の中では「アフターケアが大事だ」という段階まできたが、ただしお金は付いていない。その途中で加算事業に変わったのでうやむやになって、別にアフターケアの必要ない事業に変貌した。しかし本会では、アフターケアを含む本来の事業でないと意味がないことから、無理してやっている状況にある。

② 対象者の選定

3年で元に帰す事業の強度行動障害の対象者を選ぶ時、当初から最重度の発達遅滞から出てくるような問題とか、精神科的な問題については除外すると考えていた。

③ 期限(3年間)の設定

3年経ったらきちんとその人たちを帰すという方向性である。親も不安ながらもその方向に持っていくし、納得もできる。措置をする福祉事務所もそのつもりで事業を利用する。これらを前提にして本事業がスタートしている。そこを絶えず確認していないといい加減になってくる。特に福祉事務所などは、担当者が代わればガラリと変わるので、それを防止するために公文書で出してもらう。これは、福祉事務所のケースワーカー「個人」と仕事をしているのではなく「組織対組織」の仕事なのだから、福祉事務所長から、「3年後には○○という場所で~します」と明示してもらう。

利用者に対しても、この方向でスタートさせる。どの事例も必ず初めに、「あなたはあさけ学園で暮らすんですよ」と親に言わせるところからスタートする。帰すのが前提だから、親も了解し、本人もそれに乗ってあさけ学園で頑張る。職員もそれをベースにして本人や親と取り組みを進める。「目的はこうだったでしょう。ちゃんと一緒に暮らせるようになるために、この3年間やるんだったよね」と絶えずやりとりしながらでないと、すぐうやむやになる。

④ 親の「構え」、協力関係の重要性

この事例で難しい点は、初めの入所する時点であまり困っていない。障害があるので小さい時から熱心に相談や医療、いくつもの機関へ連れて行っている。そういう取り組み方をしてきた親と考えられる。だから、卒業式前夜に母親が初めて言ったのは、「作業所に行って仕事ができるようになるために、あさけ学園で勉強してひとりで泊まる」であって、「私(母親)はこんなに困っているのだから、家でちゃんと一緒に暮らせるように」という言い方をしていない。完全にずれている。その「構え」があまり変わってこなかった点が一番厳しいと感じる。

⑤ 定期的なカンファレンス、相談支援コーディネーターの活用

例えば自立支援法に移行する前は、アフターケアにコーディネーターを活用していた。それを生かすため、定期のカンファレンスに加わって経過を知ってもらいながら、途中でも「このように動いてもらう」よう会議で検討しながら進める。だから、期間を延長したのは仕方ないからという感じでなく、一緒に経過を追っていくうちに双方が合意した結果と考えられる。

(2) 今後の強度行動障害支援に向けて

① 自立支援法におけるアフターケアの可能性

自立支援法になったらケースワークをする人がいなくなったので、誰を相手に話をしていいのかわからなくなってしまった状況がある。要するに、確認の取り様がなくなって3年ではダラダラとなるのか。逆に自立支援法になると、むしろアフターケアがひとつのサービスとして特化できるのかもしれない。

② 施設処遇モデルの作成と提案

この事業が有する意味からすると、もう一度元来の形に戻さないと事業の良さが無になってしまう。厚労省にはこういう言い方をしているが、この部分を戻しただけでは、この事業に取り組もうという施設が出てくるかどうか厳しいと思われる。

事例検討と本研究のめざす方向性をうまく結びつけて成果を示していく作業は大変であるが、最終的にはそのような方向でまとめていきたい。また、強度行動障害はタイプによって違ってくると思う。この点も踏まえて、強度行動障害を示す人たちの施設処遇モデルを国に提案したいので、さらに議論を深めてほしい。

事例検討のまとめ
-自閉症や強度行動障害を示す人たちへの有効な支援/予防的支援-

A.自閉症・強度行動障害全般について

(1) 家族や関係諸機関との協力体制作り

① 事業開始にあたって
  • 前もって、親から本人に入所の目的を説明してもらうことで、事業に取り組む家族の姿勢や構えを確立する。
  • 福祉事務所の所長から事業期間(3年)の処遇計画、および退所後の行き先を明示した公文書を提出してもらう。
② 事業の利用期間中の取り組み
  • 家族面接や外泊などの取り組みを通じて、本人と家族間の関係の改善を図る。
  • 福祉事務所の担当ワーカー、相談支援コーディネーターについても、定期的なケース検討会に加わり、入所のうちから家庭訪問や家族面接などのかかわりを持っていく。
③ アフターケアについて
  • 上記したコーディネーターなどの家庭訪問や行き先の作業所との情報交換、定期的な診察などを通じて、本人の状態把握、家族の相談などを行なう。
  • 家族のレスパイトや本人の状態の立て直しを図るためのショートステイを準備する。

B.クラスターⅤ型(多動、固執、パニック、摂食排泄睡眠の障害が激しい)について

(1) 事業期間を3期に分けた計画的な支援の取り組み

① 初期(1年目)の取り組み:施設の構造化された場面の中で日常生活の流れを整える
  • 日常生活動作の再構築(例えば、食事は箸で挟み、ゆっくり噛んで食べる)
  • 1日を通じた作業活動などの日中への参加(持続)
  • 職員が1対1で付いて問題行動の軽減を図る。具体的には、適切な行動を呈示しながらやりとりを行なう。
    →生活が落ち着いてくるにつれて、問題行動の要因や特徴が浮かび上がってくる。
② 中期(2年目)の取り組み:問題を明確化し、目標を絞った個別支援を進める
  • ジョギングなどによる身体運動面の改善(スムーズ化)、肥満の解消を図る。
    1. 運動面:身体部位の硬さ(動きにくい部位)、身体のバランス、動作の協応など
    2. 行動面:他人に付いて(合わせて)動く、一定のペースを持続させる
  • 固執行動について、ひとつずつ直接その場面で未然に止めながら対応していく。
③ 後期(3年目)の取り組み:家庭や外出場面への職員の介入
  • 職員がすぐ介入できる体制を作り、母親の言葉で「止まる」経験を積むことで自信を高めていく支援を行なう。
  • 母親と取り組める日課を徐々に増やして行き、家庭でも1日の流れやルールを形成する。
  • 成果が本人に理解しやすい課題を設定し、最後までやり遂げることで母親の方がリーダーとなり、褒められることを増やしていく。
④ 移行時の取り組み:段階的な取り組みの設定
  • 学園職員の付き添い実習から、行く先の作業所職員による対応へ段階的に移行していく。
  • 家庭から通所する試行を実施し、1日の生活の流れや日常生活動作を再評価・修正する機会を設ける。
  • 急激な体重の増減を防ぐための定期的なバイタルチェックや栄養指導を継続する。

C.今後の課題

(1) アフターケアの問題

最も苦労するのが退所後のアフターケアで、各施設が「持ち出し」で取り組んでいるという実態がある。この事例について、入所時に福祉事務所からの公文書で事業終了の3年後の行き先を決めておいたが、定期的な事例検討を通じて、移行先や、事業期間がもう1年必要という方向へ結び付けていった。今後もこの事業を通じて出てくる問題として、次の点があげられる。

  • 期限やアフターケアの問題にどのように取り組んでいくのか。
  • 退所後の対応にどれくらい施設で持ち出しているのか。
  • 離れている施設からアフターケアに回ることになれば相応の負担が出てきてしまうので、実際にはなかなかできない。

(2) あさけ診療所との連携

① 定期的なケースカンファレンスへの参加

定期のカンファレンスには、必ずあさけ診療所の児童精神科医が参加している。今までの経過報告だけでなく、それまでの診察の所見を出してもらう方法をとっている。

② 医療(薬物療法)と療育(支援)との相補性

多くの強度行動障害を示す事例への取り組みは、全般を通じて、入所前のすごい量と種類の薬を徐々に調整していく過程とも考えられる。この事例についても、退所を意識してかなり薬を減らしている。

資料作成:谷口 良治(あさけ学園)
事例報告::廣田 昌俊(あさけ学園)

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