─「ペアレントトレーニング」の手法を用いた保育実践の効果と啓蒙
分担研究者 長瀬美香(心身障害児総合医療療育センター 小児科)
北 道子(心身障害児総合医療療育センター 精神科)
2-1 <ペアレントトレーニング>
<背景>
発達障害者支援法などにより、発達障害児者が一般社会で共に生活していく環境づくりが法的にもすすめられてきているが、まだ発達障害の理解は不十分であり、また障害特徴
について理解しても具体的な対応が分からないでいる現状もある。
発達障害は生まれつきの障害であると同時に、発達過程の環境の影響も大きく受け、障害と診断するまでではないが行動や情緒の問題があるグレーゾーンの子どもについては、 周囲の関わり方により、その後、適応できるかできないかが変わってくる。
幼児期は、自分が大事に思われているという安心感、自分がうまくできているという自信の土台をつくることが重要である。その土台をもとにその後の思いやりなどの社会性、 自己コントロール力の形成が可能となる。
幼児期に叱責を受け続けてきた子どもは、自尊心の低下や他者との関係悪化により、二次障害がうまれやすく、もともとの特徴がさらに強められやすいため、幼児期からの予防が重要であると思われる。
自分とは少し違った行動をする発達障害をもつ子どもに対して、周囲の大人が、敵対的 でなくおだやかな適切な対応を当たり前に行うのをみて、発達障害のない定型発達の子ど もは、障害児者との共生を当たり前のこととしてとらえられるようになる。そして互いに 理解しあえた子どもに囲まれた、いじめのない学童期を過ごすことは、発達障害をもつ子 どもの二次障害のリスクを軽減し、またその世代が大人になり親になる時期に、次の世代 の発達障害をもつ子どもを取りまく環境は実体験をふまえたより深い理解のあるものとな っていることが期待できる。
我々は外来診療において、注意欠陥多動性障害、広汎性発達障害を中心とした発達障害をもつ子どもの行動の改善、またその親子関係の改善のために、親向けにペアレントトレーニングのグループ指導を行い、効果をあげてきた。この中で、「発達障害のない兄弟に おいても有効であった」と言う親の感想をきくことも多かった。
また、肢体不自由児長期入園病棟の職員向けに、ペアレントトレーニングの勉強会を実 施し、病棟生活の中での実践を2年間行ってきたが、子どもの行動の改善だけでなく、職員の子どもへの感情がおだやかになったり、子どもへの関わりに自信を持てるようになっ たなど、職員のメンタルヘルス向上にもつながった。
一方、これまで市区町村における保育士向けの保健事業などでの発達障害について講習 をした際に、ペアレントトレーニングを紹介することがあったが、参加者の感想の中で、 「明日からでもすぐに使えそう」、「親への指導にも使えそう」、「元気がわいてきた」、「も っと詳しく勉強したい」、などの声がきかれ、ペアレントトレーニングの手法は生活を主 体としている保育園の保育士にはなじみやすい手法で、実践可能なものであると思われた。
また、「どの子どもにもあてはまる」という感想もあり、発達障害をもつ子どものみな らず、グレーゾーン、定型発達の子ども達にとっても、ペアレントトレーニングの手法を 取り入れた保育は有効であると思われ、今回の事業の企画に至った。
<目的>
<方法>
①少人数グループ :5名前後 全5回の講義
②大人数グループ :30名前後 全2回の講義
①小人数グループ 2コース(火曜日、土曜日) 全5回 90分/回
火曜日18:30~ (2008.12/2、12/16、2009.1/13、1/20、2/3)
土曜日14:00~ (2008.12/6、2009.1/10、1/24、2/7、2/21)
講義内容
1回目 行動を3つに分類する
2回目 ほめる
3回目 無視とほめる
4回目 指示
5回目 制限を設ける まとめ
参加者がはじめに気になる子どもをひとり選び、行動や情緒の状態についてCBCL(参照)を利用し評価し、その子どもへの対応を積み上げて子どもの変化を追っていく。
毎回参加者がテーマについて、参加者同士でロールプレイを行い、感想や意見を出し合う。
毎回テーマの宿題にとりくみ、次回にその実践状況について互いに意見を出し合う時間 を十分にとる。
②大人数グループ
2コース(水曜日、土曜日) 全2回 90分/回
水曜日18:30~ (2009.1/21、2/18)
土曜日14:00~ (2009.1/17、2/14)
講義内容
1回目 行動を3つに分類する、ほめる、無視とほめる
2回目 指示
講義が中心となるが一部参加型形式。
参加者同士で簡単なロールプレイを行う。
初回の内容「行動を分類する」「ほめる」について2回目までに宿題を行う。
ペアレントトレーニングとは(講義全体の概要)
保育士に利用していただけるように、ペアレントトレーニングの手法を用いてこのプロ グラムは作成されています。
発達障害をもつ子どもの養育者の多くは、養育に困難をきたし、多くの忍耐力とエネル ギーを要求されます。また、目に見えない障害のため、誤解を受けやすく、親の養育能力 不足を指摘されやすいです。加えて、発達障害そのものだけではなく、発達障害が元にな った不適切な行動は、情緒や行動上の二次的な障害を生じやすいという面があります。こ うした観点から、発達障害をもつ子に対して、家族支援のもつ役割は大きいのと同時に、 保育園などでの保育士の対応は重要な役割を果たします。家族支援としてのペアレントト レーニングの手法は、幼児への保育士の対応についても同様に用いることができると考え られました。これは、発達障害をもつ子どもに対する理解を深め、保育士と子どもたちの 間の悪循環を絶ち、より円滑に日常の保育園での生活が送れるように具体的な対処方法を 手に入れるためのプログラムです。
子どもの「行動」に焦点をあて(その行動の特徴を理解し)、その行動対してより効果 的な対処法、つまり肯定的な注目のパワーを使う、というのがこのプログラムの基本としているところです。これらによって、子どもとのコミュニケーションをよりスムーズにし、 より良い関係を築くことができるようにしたいのです。また、叱られることが多く、友だちからも疎外されることが多い子どもの自己評価の低下を防ぐことを目標としています。
実際のプログラムは次のようなステップからなっています。
1 子どもの行動を3つにわけてみよう
2 肯定的な注目を与えよう
3 注目を取り去り・待って・ほめる で、好ましくない行動を減らそう
4 子どもの協力を増やす方法 ─効果的な指示を─
5 まとめ
○ 子どもの行動を3つに分けてみよう
ここでいう行動とは実際に、見たり、聞いたりできるもの、「~する」と表現できるも
の、具体的に取り扱えるものです。3種類に分類した行動に対する対処の仕方が違うこと
を理解することからはじめます。
大人たちは、好ましい行動に対しては当たり前のこととして注目を払わないことが多い のです。そして、好ましくない行動と許し難い行動の区別をしないで、のべつしかり、怒鳴り、罰を与えてしまっています。そして自己嫌悪に陥っています。
このように行動を3種類に分けてみるという視点を入れることによって、少し客観的に なれ、少しだけ冷静になれるという効用があります。また、大人たちが一貫した態度をと れるようになるのです。そして、そのような大人の反応を見て、子どもは、どのような行 動をとったらよいのか(ほめられる)が明らかにわかるし、どのような行動をとったらい けないのか(注目が得られない)が明らかにわかります。
○ 肯定的な注目を与える
3つに分けた行動のうち、好ましい行動、つまりこうなって欲しいという願望ではなく、
今できている行動でよいと思われる行動を見つけて、書き出してもらいます。その行動に
対して、具体的に肯定的注目をすることを練習します(ロールプレイを使う)。
具体的に何をほめられたのかが子どもにわかるように、行動に関してほめることが必要 です。このほめ方のポイントをつかんで上手に肯定的な注目ができた人ほどプログラムの 効果が持続します。
多くの子どもたちは、ここまでの対応でうまくいくことが多いと思います。しかし、中 にはこれだけではうまくいかないタイプの子どもたち、例えば発達障害をもっていたり、 育てにくい面があったり、対応が難しいタイプの子どもたちもいます。そのような場合に は、以下のやり方をあわせて行っていくことで、より円滑に日常の保育園での生活が送れ るようにしていきたいものです。
○ 注目を取り去り(無視)・待って・ほめるを使って好ましくない行動を減らす
好ましくない、減らしたい行動に対しては、「注目を取り去る(無視する)。しばらく待
って、好ましい行動が出たら、すかさずほめる」という対処をします。
子どもは、親のみならす多くの人から、もちろん保育士から注目してもらいたがってい ます。たとえよくない行動をしてしかられるといった否定的な注目でも得たがります。こ うした注意引きにむやみに反応している(何とか対処しようとしている)と、この好まし くない行動を子どもは強化し増やしていき、ますます叱るという悪循環を促進してしまい ます。
子どもそのものを無視するのではなく、その好ましくない行動から注目を取り去るので あり、これはほめるチャンスを作るための手段なのです。無視のしっぱなしというのとは 根本的に異なります。見て見ぬふりをしていますが、好ましい行動が出たらすかさずほめ るということとセットではじめて有用なものとなります。
「肯定的注目」と、「無視して待ってほめる」をうまく使いこなせるようになると、子 どもとのもめ事はかなり少なくなります。
○ 子どもの協力を増やす方法
子どもの協力を引き出すために有用と思われるやり方がいくつかあります。図に示した
CCQを用い、短く具体的な指示を与えることで多くの場合、指示がスムーズに伝わりま
す。また、「予告」「選択」「~したら~できる」「他の子どもの力を利用する」といったや
り方もあります。これらはそれぞれの子どもにあうやり方を探り、使える場面を選んで用
いることにより、保育士が子どもの協力を引き出しやすくすることができるものです。
○ 危険な行動に対して
本来は制限を設ける(警告とペナルティー)ことになるのですが、保育士が対象として
いるのは小さい子どもばかりです。できるかぎり、「ほめる」「無視・待つ・ほめる」「効
果的な指示」で対応します。これらをしっかり行えると、声を荒げたり、叱ったりしなけ
ればならない危険な行動は自然に減っていき、制限を設ける必要がほとんどなくなります。
また、小さい子どもや発達障害のある子どもたちは、本当はどう行動するのが適切かよく
わかっていないことがあります。この場合はするべき行動をわかるように教える(効果的
な指示とも考えられます)ことが必要です。そして、危険な行動が起こらないように、周
りの環境や状況を工夫して避けられるようにする方がよい場合もたくさんあり、多くの場
合制限を設ける必要はないでしょう。