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平成17年度厚生労働科学研究費補助金障害保健福祉総合研究推進事業報告書

統合失調症および精神病性障害に対する認知行動療法:
マンチェスター・モデルに基づく精神病性障害に対する
認知行動療法マニュアル

3.4  査定:The Antecedent and Coping Interview(ACI)

 査定は,これまで述べてきた臨床モデルの構造の中で患者の体験を理解し,決定因子や文脈を理解する試みであり,協働的実証主義の精神にたって進めるようにする。
半構造化面接であるthe antecedent and coping interview (ACI)は,患者の問題のフォーミュレーションを行うための査定の基礎をかためるために作られた。ACIでは,患者の精神病体験の内容に関する質問や,どのような文脈でその体験が生じたのか,認知,行動,感情・情動的反応はどうだったのか,社会的影響や,望ましい目標の喪失や達成できない状態,そして自尊感情や自己価値観に対する影響,自傷のリスクに特別な力点をおいた上で,その疾病が患者に与えた影響,そしてその体験や結果に対処するための能力について訊ねる。

精神病症状の本質と多様性

 すべての精神病症状を明らかにする必要がある。面接者は,例えば,幻聴のタイプや内容,妄想のタイプ,思考過程の障害の性質など,すべての精神病体験を調べるようにする。どのような症状があるかを同定したら,次に,幻聴や妄想的思考の頻度,重症度や強度,声の特徴などを明らかにする。もし患者が「声」を聞いているのであれば,患者がその声を誰に,もしくは何に帰属させているか,声がどこから来ていると考えているか,その力やコントロールの度合い,命令されているのかどうか,心地よい内容なのかネガティブな内容なのか,支持的内容なのか,中立的なのか,敵対的なのかを知ることが重要である。更に症状を査定する際には,構造化された査定尺度を用いることができる。すべての精神病症状について明らかにしなければならない。“どのくらいの頻度で声を聴くのですか”といった一般的な質問から始めるのがよく,次いで“では,昨日はどのくらいの頻度で声を聴いたのですか”というようにより詳細に聞いていく。
患者は,しばしば視覚的イメージをみていることがあり,精神症状の結果として,恐怖や妄想的思考の破局的結果を映像化していたり,映像の強さや鮮やかさゆえ,実際の知覚として体験されていたり,信じているかもしれない。これらは,トラウマの被害者における‘フラッシュバック’と似たものとして考えることもできる。このような精神的イメージについて問われることは少ないが,これを問うことは重要である。具体的には,“心の中に何か映像が浮かびますか?”,“映像が浮かぶ方ですか?”,“そのようなことを考える(または体験する,など)たびに特に見えるものはありますか?”などが挙げられる。精神病症状に対する特定の反応として出てくる視覚イメージについてたずね,イメージが浮かぶ結果,信念や感情といった経験が強まるかどうかについて聞く。患者は,これらの心像が‘声の主によって送られたもの’であるとか,‘頭の中に送り込まれたもの’であると強く信じているかもしれない。心像は,往々にして,きわめて急速な一連の感情反応を生じるため,査定者がそれを顕在化させ,理解することは重要である。

各精神症状に付随する感情

 面接者は,それぞれの症状や精神病体験につき,症状に付随する情緒的反応がどのようなものであったかを明らかにする必要がある。まず,症状に対する情緒的反応を大枠で不安,怒り,困惑というように引き出した後,認知,行動,身体的反応,そして感情の観点からより詳細に明らかにする。まず,“それが起きる時どのように感じますか?”とか,“それはあなたにどのような影響を与えますか?”といった一般的な質問から始めるようにするのがよい。そして,次に,“恐怖・緊張感・怒り・寂しさ・うんざり感・罪悪感・恥・落ち込みetcを感じますか?”のようにより詳細な感情を調べていく。一つの感情につき,いくつもの異なった言い回し(例 寂しさ,落ち込み,うんざり感,うつなど)を使用するのが役にたつことが多い。
面接者は,症状に対する情緒的反応を一般的な言葉で明らかにしたら,次に,その感情を,認知(主観的体験),行動と,身体的反応(双方とも自己報告)の三つのシステムにわけて考えていく。よって,感情についての詳細の質問としては,“声に対する怒りを感じたとき,どのような種類の思いが頭に浮かびましたか?”などがありえる。必要に応じて,“今,声を聴いていて,腹が立ってきたところを想像してください。どのような考えが頭に浮かびますか?”のようにシミュレーションをしてもらうことが回答の助けになるかもしれない。同じように,感情の行動的側面についても“不安になったとき,どのようなことをしますか?”と聞くことができるし,身体的反応についても“体の中では,どのように感じますか?”のように聞くことができる。また,ここで身体的反応の種類に関する質問,例えば,鼓動の高まり,発汗,筋肉の緊張などについてたずねてもよい。ACI面接のこの段階の終わりころには,面接者は患者にはどのような精神病症状があり,それがどのような感情を引き起こしているのかについてかなりよく把握できているはずである。

先行刺激と文脈

 面接者は,症状の文脈を決定づけるきっかけや先行因子を探すこととなる。患者の中には,これらについて自分できちんとわかっている者もいれば,自分のパターンには気付いていないものの質問されることで気付くようになる者もいるし,中には詳細な質問を行なってもなんら症状に関連する文脈やパターンを同定できない者もいる。これらのきっかけやパターンを明らかにするために,患者に症状をモニターし,日記のように記録をつけるよう指示することも一つの手段である。面接者は,それぞれの症状ごとに,何らかのきっかけがあったのか,特定の状況の中で生じたのか,自分でその症状が“生じる”ことが分かるのかを訊ねる。どこで何をしている時に生じたのかに加えて,一日のうちどの時点であったのか,特に社会的文脈を検討するようにする。まず,考えうる外的な刺激について質問をしたら,次にどのように感じていたのか,また何らかの特定の思考パターンがあったのかといった内的刺激についても訊ねる。更に,これら内的刺激と外的刺激の関連性についても明らかにする。例えば,人々と一緒にいることによって,緊張感が生まれ,すると頭の中がドクドクいうような感覚を覚え,その結果,誰かに頭の中に何かを埋められたという考えにつながるなどである。
特に身体感覚の誤った原因帰属や騒音や臭いの誤認のように,問題の誤認や誤った原因帰属がある場合,刺激と反応の連鎖に特別の注意を向ける必要がある。例えば,不安やストレスによって生じる身体感覚は,隣人によってなされた毒物混入のせいだと誤って原因帰属されたりする。また,患者がストレスフルだと感じる他の状況についても質問すべきである。活動性が落ちている期間や不眠といった合目的行動が少ないか欠如している状況も含まれる。
患者が寛解期にあり,よい状態を保つことが目標である時には,以前のエピソードではどのような前駆症状があったかの詳細を調べるべきである。前駆症状は,通常,不安,気分の停滞,不眠と,それに続く自己統制感の喪失や通常機能の障害といった不特定の症状からなる。面接者は,患者の前駆状態を形作る症状の継時的経過を明らかにするようにする。

結果

 面接者は,症状の結果を明らかにする。これには,重篤な回避や社会的引きこもり,孤立や孤独といった様々な長期的な行動変化や,慢性症状や精神病症状の結果生じる目標達成の障害や非就労,限局された社会的ネットワークや社会的孤立が含まれる。また,自己効力感の低さを強化する妄想的思考や妄想的行動を支持する行動のような,特定のタイプの思考や態度を守ったり促進したりする行動についても質問する。絶望感や自殺念慮を伴ううつ状態に対しては,特に配慮を払う必要がある。これらは,以前夢見ていた野望,希望,目標が達成できないことよって生じ,強い喪失感,低い自己価値観,絶望的な状況を打破する能力の喪失などを伴う場合がある。自殺念慮は,病気を絶望や罠といったマイナスの状況として認識し,助けを得たり,現状から脱出することが不可能であると理解した結果生じることが多い。更に,トラウマや他のライフイベントの影響,そして精神障害に対するスティグマの存在,スティグマが患者の自尊感情に与える影響についても認識しておく必要がある。
精神病症状やその他の症状の明確な影響に加え,精神病体験に対する反応にはフィードバックによって精神病状態を維持する方向に働く影響もあるのでそれについてたずねるのもよいだろう。たとえば,喧嘩や敵対的な社会的状況への暴露,活動性の低下や引きこもり,自らの体験に対する偏っているにも関わらず確信的な信念など,患者を更にストレスフルで困難な状況に陥れてしまうような行動変化などが含まれる。たずねる際は,患者が自分の体験をどのように解釈しているのか,そしてなぜそれが生じたと思うか,声を聴いて何を考えたか,彼らの自己価値感の観点から自分のことをどう思うのかを聞くことが役立つ。
また,精神病によってどのような目的が達成できなくなったのか,どのような熱望や望みが叶わなくなってしまったり,妨害されてしまったのかにも目を向けるべきである.達成したかった具体的な目標について質問したり,‘もし精神病をめぐる問題がなければ,どうしていたでしょうね’と聞いたりするとよいかもしれない。望んでいた目標,もしくは重要な目標が達成できていないということは,患者が治療を続けようと考える上での重要な動機付け要因になりうる。患者は,症状を減らしたり,自分の行動を変えることにはほとんど興味を示さなくても,自分にとって重要な目標達成に向けての関わりにおいては,変化に対するより高い動機付けを示すかもしれないのである。
幻聴がある患者は,しばしば幻聴に対して,あたかも実際の社会的環境に存在する誰かと話をしているかのように反応する。すなわち,患者は,声の主を何らかの権威や力をもった存在と捉えており,命令が下されればそれに従わなくてはならないと考えているのである。

対処方略

 患者がどのような体験をしているか,それがどのような影響を与えているのかに関する全体像を明らかにしたら,今度は,彼らがそれにどのように対処しているかを知ることが重要である。それぞれの症状に対して,“どうやってそれに対処しているのですか?”,“少しでも良くするために(もしくは悪くするため)自分でできることはありますか?”,“それが起こったり,起こりそうに感じた時には,どうするのですか?”のように,患者がそれぞれの体験にどのように対処しているかを質問する。
治療者は,まだうまく利用されていないポジティブなコーピング・スキルを実行するための機会がどこにあるかに気付かなくてはならない。例えば,EBACサイクルによって精神病体験についての非適応的な信念が維持されている中でも,現実検証や信念に挑戦する機会がまったく存在しないわけではない。以前うまくいったコーピング方略がうまくいかない場合,絶望感が生じたり,対処を諦めるたりすることがあるが,これらは落胆度を深め,自殺のリスクを高める為,治療者は特に注意しなくてはならない。治療者は,このような‘お手上げ’のサインに注意しなくてはならないのである。
コーピング方略がどれくらい効果的であるかを評価することも有用である。例えば3段階で,0はまったく,またはほとんど有用でないか,短期的に中等度の有用性がある,1はある程度の期間に渡って中等度の有用性があるか,短期的に顕著な有用性がある,2は長期的に顕著に有用などの形で評価する。
ACI面接から得られた情報を基にして,どのようにして患者の精神病が維持されたり,増悪されたりしているのかの全体像を描くフォーミュレーションが構築される。このフォーミュレーションは,治療方略を構築するために協働的に利用される。ここで重要なのは,フォーミュレーションを個人に合わせた査定として概念化することである。それをもとに患者と相談した上で設定した望ましい変化を患者の人生に起こらせるための個人別戦略的計画をたてるということである。
このフォーミュレーションは,図示し,コピーを患者に持って帰ってもらってもよい。フォーミュレーションがきちんと患者の現状に合っているかどうかを訊ね,フィードバックを得ることが重要である。どんなに複雑で美しいフォーミュレーションを作っても,それが患者にとっての現実と合致しないものであれば,治療は意味をなさなくなってしまう!

図4 査定とフォーミュレーションにおける困難への対処法

図4

図5 フォーミュレーションと介入の過程

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3.5 介入

3.5.1 コーピング方略

 患者の精神病体験の全体像が明らかになったら,それについて患者と話し合い,コーピング法トレーニングを行う理由付けについて話をすることとなる。自分の妄想的思考に確信をもっており,別の見方をまったく受け入れない患者に対しては,それぞれの状態に合わせて,苦痛への対処を目標とするようにする。

コーピング法トレーニングの特徴は以下の通りである。

  • つらい体験に対する典型的で一般的な過程を強調する
  • コーピングは回復の過程の一部であることを強調する
  • 繰り返し学習やシミュレーション訓練,ロールプレイを行なうことで,系統だって実施される
  • コーピング法トレーニングは順に付け加えてひとつながりにしていくことができる。そしていずれはそのひとつながりのコーピングを現実場面で実行することができる
  • 治癒を目的とするのではなく,現在生じている問題に対処する上での新しい反応方法を提供することが基本である
  • 認知的コーピング・スキルは,まずは声に出して言語化することからはじめ,少しずつ内面化できるようにしていく
  • 遂行機能を強化する
  • 段階的に練習やリハーサルを積み上げることで,認知的及び行動的コーピング・スキルを学べるようにする
  • 再解釈したり,改めて原因帰属しなおしたりできる機会を提供する

 これらのコーピング法には,以下に示すような認知的過程の変化や認知内容の変化,そして行動変化が含まれる。

注意の切り替えこれは,患者が自らの注意をある対象物,もしくは体験から,他の対象物や体験に積極的に転換する過程のことである。進行中の反応を制止し,別の反応を始めることになる。面接の中で,患者がリハーサルを通して,合図とともに注意を切り替えるトレーニング行う。注意の切り替え先は,好ましいイメージに向けることが多い。例えば,ある患者に好ましいイメージに注意を向けるよう話すと,彼は以前楽しく食事をした思い出があるブラックプールのレストランのことを思い浮かべた。彼は,この視覚イメージを描けるようになるために,どのような場面だったのか,家具や装飾はどうだったのかといった詳細を言葉で表現した。次に,そこで出された食事について,どのような見た目だったのか,臭いや味はどうだったか,ナイフやフォークがあたる感覚,口に入れた感覚などについて問われた。このように,彼がレストランでの食事の記憶を必要に応じて思い出したい時に思い出せるように何度もリハーサルをした。そして,妄想的思考からこの食事のイメージに注意を切り替えられるようにリハーサルをしたのである。

注意の狭窄化患者が自分の注意の範囲や中身を制限する過程である。多くの患者は,頭を“真っ白に”したり,コーピング法に注意の集中したりする。多くの研究によって,統合失調症患者は,入ってくる情報を十分にフィルターにかけることができなかったり,多くの必要のない情報の中から必要な情報を区別することができないという問題を有することが示されている。一定の範囲に注意を集中したり,注意のコントロールができるようにトレーニングすることは,これらの問題を克服する上で助けになることがある。

修正自己教示と修正的内的対話患者が自己教示を利用していることは長らく知られていることであり,これを介入にうまく組み込むことは可能だ。自己教示や内的会話の使用は,いくつもの機能を持ちうる。すなわち,幻聴に関連する好ましくない感情を克服する方法を教える感情コントロールにつながったり,目標志向の行動の手がかりにできたり,現実検証のきっかけとすることができる。各患者に合わせて,“怖がる必要はない”,“このまま進んで,バスに乗らなくては”,または“前に会ったこともないのに,あの人が自分を見ているなんてどうして考えてしまうのだろう”のように適切な反応に導くような文章を教える。面接の中では,まず患者に,適切な合図を与え,その都度,大きな声でその文章を繰り返してもらう。そして,少しずつ声の大きさを小さくし,最後には声にださずに心の中でつぶやけるようにする。そして,面接の中でシミュレーション状況を使い,患者が練習する。

原因帰属のやり直し患者に,自分の体験に対する別の説明を考えさせ,再びその体験が生じた際に,その原因帰属に関する新しい説明を思い浮かべるようにしてもらう。かつてコーピング法トレーニングを始めたばかりの頃は,“この声は本当の声ではなく,病気によるものだ”というように,病気に関する原因帰属のやり直しを行なっていたが,効果的でなかったため,現在では行なっていない。現在では,“この声は本物のように聞こえるが,実は自分自身の考えなのだ”というような別の説明を使うようにしている。もし患者が自分の症状や状況に対する統制力を増やし,声の全能感や不可謬性に対抗できるようになれば,これを原因帰属の根拠とすることができる。つまり,症状のもつ性質や患者が症状をコントロールする力についての証拠として使えるのだ。

気づきのトレーニング患者は,自分の陽性症状の発生に気付き,モニターすることを教えられる。患者は体験に気付き,それに反応するのではなく,受け入れられるように努力できるようになる。聞こえてくる声に気付きながらも,その声に反応してしまったり,声の内容に捕らえられてしまうことがないようにする。

覚醒度低減技法統合失調症の精神病理においては,過覚醒がみられることが多く,しばしば精神病体験の前や精神病体験への反応としても生じるため,これに対するコーピング方略を患者に教えることは重要である。このコーピング方略には,歩き回ったりせずに静かに椅子に座っていることで動揺を抑えるようにするような非活動的な行動もあれば,呼吸法や簡易リラクセーションのようなより積極的な覚醒度コントロール法もある。我々は,時間を無駄にせず,的外れにならないようにするため,伝統的な漸進的リラクセーション法のような時間がかかるリラクセーション・トレーニングはあまり用いていない。

活動レベルを上げる活動性の低下は統合失調症患者が特に経験することが多い症状であるが,多くの患者にとって,このような活動性の低い時期には,妄想的思考や幻聴に対する脆弱性が高まるようである。患者の多くが,何か別にすることをみつけることが助けになると報告している。特に,症状が起こり始めた時にどのような活動をするかをあらかじめ決めておくことで,注意を向ける方向を二分することは,効果的なコーピング方略である。

対人関係刺激の増減多くの患者が社会と関わりをもつことに困難を感じるが,一方で,驚くほど多くの者が社会との関わりを有効なコーピング法としても認識している。その患者にとって,どのくらいの量の社会的刺激が関わりの中にあるのが好ましいのかによって刺激量を微調整できることは役に立つ。また,患者に,社会的刺激への耐性を高める為にも,適度に社会との関わりを制限することが役立つ場合があることを教えることも有用である。社会的関わりにおいて過度の刺激を経験したときの反応としてよくあるものに,社会からの引きこもりや回避がある。しかし,患者は,まったく社会との関わりを断ってしまう代わりに,短期間部屋からでて,しばらく時間をおいて戻ってくるとか,グループの輪からしばらくの間離れたり,短時間話に加わらないようにしたり,視線を下げていたりするなど,よりゆるやかな刺激の調節方法があることを学ぶのがよい。このような方法を用いることで,社会的刺激をコントロールすることができるようになり,社会的刺激への耐性を高めることができる。また,症状の影響を減らす一つの方法として社会的関わりを始めることに対し,より自信をもてるようにすることができる。これには,簡単な人間関係のための特定のスキルをトレーニングしたり,ロールプレイをしたりする方法がある。

信念の修正患者は,証拠を検証し,別の説明ができるようになることによって,自らの信念を検討し,その信念が不適切な場合に疑いをもてるようになる。多くの患者はすでにある程度これをしているが,覚醒度のレベルや孤立や回避の度合いによって,この試みをうまくいかなくさせている場合が多い。この技法は,伝統的な認知療法で用いられるものと大変似ているが,ここでは患者はより多くの励ましを必要することが多い点と,信念の修正技法を自己制御の過程に組み込むことを目的とする点が異なる。患者には,信念が生じる度に,“彼らがスパイをする目的は何なのか,どれほどの努力とお金がかかるだろうか,誰がお金をだし,コーディネートしているのか,そしてそれによって一体彼らに何の徳があるんだろう”というように自らの信念についての質問を問いかけるように勧めるのが良いかもしれない。同じように,一貫性がない部分に気付き,それを用いて疑いを投げかけるように患者に勧めるのもよいであろう。例えば,15年前に喧嘩に巻き込まれた患者が,未だにその時の若者たちが復讐に来るのではないかと恐れて若者全般を避けているような場合,喧嘩当時の若者は今では30代半ばになっているはずで,誤った年齢帯の人々に警戒心をもっているのではないかということについて問いかける。これによって,安全でいるためには警戒心を持ち続けなければならないという恐怖心に疑問を投げかけることができる。同じように,患者は幻聴に対する信念に挑戦するために証拠を検証することを学ぶこともできる。声の主が全能で真実を語っているように感じられる時に,間違っていたり不正確なところはないか証拠を探すのである。例えば,ある患者は幻聴で自分はスパイであり,そのために命を狙われていると聞こえおり,これを信じ,運命であると考えていた。しかし,その声は同時に,彼はもうすぐ結婚するに違いないとも言っており,この声に関しては,これを支持するような証拠がまったくなかったため,患者はこれは本当でないことに気付いた。しかしながら,殺害される恐れに関する声の信憑性に関しては疑おうとはしたことはなかったのだ。声が言っていた結婚が,実際には近い将来起こりそうもないことを思い出すことで,殺されるかもしれないということに関する声の真実性にも疑いをもてるようになり,更にこれを支持するスパイに関する客観的な証拠を探すようになったが,そのような証拠はみつからなかった。

現実検証と行動実験恐らく信念を検証する上で最も強力な方法は,現実場面で何らかの行為を通して検証する方法である。というのも,認知の変化を生じるためには恐らく行動変化が最も有用だからである。患者たちは時々これを自然にしていることがあるが,バイアスのかかった解釈や,仮説の保護のために,誤った結論に至ってしまう。しかし,患者は,特定の信念を同定し,検証すべき競合する予測を打ち立てることを学ぶことができる。これを現実場面においてうまくできなかった場合には,一般的に回避パターンを生じることになるので,これを逆に利用して(訳者注:回避しないという行動実験にして)その根底にある信念を検証することができる。

コーピング方略増強法長きに渡り,注意をはじめとする認知過程のコントロールのようなシンプルで直接的な方法から認知内容や認知推論を修正するような複雑で自己の裁量が大きく影響を与える方法まで,様々なレベルのコーピング方略が開発されてきた。多くの場合,いくつかの異なったコーピング方略を組み合わせて用い,例えば,注意の切り替えと覚醒度低減法を組み合わせることで妄想の強度を下げ,現実検証を実施することができる状態にもっていくのに役立ったりする。このように前もってコーピング方略を用いないことには,現実検証を患者が耐え抜くことはできない。更に,前もってコーピング方略を用いることで,幻聴の全能性に関する妄想強度を下げたり,自己効力感を高めることができる.“あなたは注意の切り替えをおこなうことで,声に効果的に対処してきましたが,その結果,とても強力であなたに無力感をもたらしていた声について何かが分かりましたか?”のように訊ねるとよい。すると,患者は,声はあてにならないし,声が聴こえる状況に対してもある程度自分でコントロールすることができていたことを示す発言をすることが多く,これは,自己効力感や対処可能感を更に強化するための自己教示や修正的内的対話としても用いることができるようになるのである。

3.5.2 行動の修正か認知の修正か

 行動の変化と認知の変化は相互に補完し合う関係にあり,どちらがより重要かを決めることはできない。行動の変化は,不適応的な思考や信念を検証し最終的に対抗することや,学習のための機会として,常に利用すべきである。同様に,認知の変化は,行動変化のための機会として,また新しい行動を確立する機会として利用すべきである。治療者は,患者が信念を再解釈できるような機会を常に探るべきであり,これはフォーマルな行動実験,自然に生じた変化,治療で達成された事柄を頻繁に確認することを通して可能である。査定やフォーミュレーションにおいて,治療者は常に患者の回避や安全希求行動に注意を向け,どのような時に患者が恐怖や妄想,不適応的な認知に反証することができなくなるのかを明らかにするようにする。これらは,患者の信念を検証したり,“対抗することなどできないし,私は変わることができない”とか“私は自分自身の人生を全く制御することができない”といった落胆や絶望の信念に素早く対応する機会を提供するための行動実験として,治療の最初期から用いることができる方法である。“制御できない”という信念はしばしばみられるものであり,何度も繰り返すことができるような小さな行動変化を用いることによって論破することができる。
治療開始時から,小さいものであったとしても何らかの行動上の変化を生じさせ,活動を増やすことは,認知の再検証の機会を与えると共に,いくつもの効果を生むことにつながりうるため有用である。

3.5.3 認知内容の修正か認知過程の修正か

 治療者は,幻聴や妄想の内容を修正しようとすべきなのか,それとも,これらの現象を生じている注意過程の修正をすべきなのかの選択を迫られる場面にしばしば遭遇する。実際には,これらは同時に行なうことができるものである。例えば,まず注意の切り替えを用いて注意過程を修正することによって,妄想などの体験の情緒的衝撃を低下させることができる。実際の幻聴の内容ではなく,幻聴の示す特徴に注意を向けることで同様の効果を得ることもできる。これは,幻聴や妄想的思考の内容の真実味に対抗するきっかけとなるばかりでなく,これらの体験への制御感の向上にもつながる。例として,自分のことを殺人をしたロシア人だと責める幻聴を体験している青年の事例を考えてみよう。まず,幻聴の情緒的衝撃を減らすために,系統だった方法で幻聴から注意をそらす技法を教える。この技法によって,自己制御感が高まり,幻聴がとても強力であるという信念に対抗できるようになる。自己効力感が増し,自分に力があると考えられるようになることによって,本当に殺人をしたのかどうかを示す客観的証拠を検証することで彼が殺人犯であると責める幻聴内容に対抗できるようになる。更に,彼のことをロシア人であるという幻聴の誤りも,幻聴のうち一つが誤りであったのであるから,他の内容も誤りである可能性があるとして,殺人に関する非難の真実性に対抗する材料として利用できる。認知過程の修正と認知内容の修正は,治療者に二つの基本的介入ルートを与え,状況に応じて使い分けることができる柔軟性を与えてくれるのである。

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