インドネシアの障害者交通運賃割引

国立重度知的障害者総合施設 のぞみの園 研究員
マウディタ・ゾブリタニア(Maudita Zobritania)
(翻訳:小杉 弘子)

国有のインドネシア鉄道会社(KAI)は、ここ数年、早急に鉄道での移動の円滑化が必要であると認識し、主要な都市間路線を中心に様々な路線に、低床で、乗降口が広く、車椅子の乗客用のスペースがあるバリアフリー車両を導入してきました。また、あらゆる乗客が移動しやすいように、点字ブロックや音声アナウンスなどのバリアフリー設備の情報提供にも力を入れています。さらにKAIの主要駅では、障害のある乗客のために援助サービスの提供を始め、乗車、降車、駅構内の移動を支援する専任スタッフが配置されていますので、支援を受けられると知った障害のある乗客は、快適に安心して鉄道を利用できます。

今年9月4日の国民顧客の日に、インドネシア国有鉄道会社(Persero)は、2023年9月17日から障害のある乗客が、エグゼクティブ、ビジネス、エコノミーのすべてのクラスで、鉄道の乗車券を2割引で購入できることを発表しました。これは、単なる慈善ではなく、障害者のために公共交通機関について、利用しやすい価格設定や設備を充実させるための取組みです。

障害のある乗客は、この割引を利用するために乗車予定の電車が発車する日の2日前までに、駅の顧客サービス窓口に出向くことが必要です。このような事前訪問は必要な手配を適時に行うために必要です。手続きには乗客の障害を証明する病院または保健所発行の証明書原本を窓口で提示することが必須で、割引を受ける資格があることを証明するために不可欠です。

障害のある乗客が駅に行けない場合は、信頼できる代理人に登録手続きをしてもらうことができます。その場合、医師の診断書原本、障害者の身分証明書原本(KTP)、登録される乗客の身分証明書写真を提出します。このように、障害のある乗客の多様なニーズや状況に応じて、柔軟に手続きが行われています。障害割引を受けるための登録手続きは一回だけなので、登録した乗客は、鉄道アプリや駅の窓口で割引乗車券を購入できます。

この取組みには、インドネシアで障害のある乗客が購入しやすい運賃を確保するだけでなく、障害者への割引の意義を示すきっかけにもなります。割引とは、様々なサービス、施設、製品を障害者にとってより利用しやすい手頃な価格にするために、政府、企業、または組織が提供する特別な特権、値引き、便宜のことです。割引制度の導入は、障害者の社会保障の上で不可欠な要素です。

アジア開発銀行によると、障害者の完全な社会統合と積極的な社会参加を可能にするためには、障害者が社会的保障を受けられるような支援を確保することが大切です。この支援には、拠出型と非拠出型の現金給付や、免税、値引き、無料交通カードなどの障害者割引など、様々な形態の経済的支援があります。さらに、この支援には、パーソナル・アシスタンス、福祉機器、介護者手当などのサービスや援助も含まれます。

障害者に対する割引の明らかな利点のひとつは、経済的負担の軽減です。障害者の暮らしには、特殊な設備や医療的ケア、その他の必需品に余分に費用がかかることが多いので、このような割引によって、経済的負担を軽減し、障害者とその家族が生活費をやりくりしやすくなります。

仁川戦略は、アジア太平洋地域の障害者の「権利を実現する」ことを目的とし、障害インクルーシブな開発の行動計画を通じて障害者権利条約の実施を推進するための、すべての地域政府による協調的な取組みです。この戦略の目標4は、障害者が社会的な保障(自立生活に資する手頃な価格の障害者専用サービスを含む)を得るための支援を利用できる平等な機会を享受できるようにすることの重要性を強調しています。

仁川戦略の合意にもかかわらず、インドネシアには障害者割引に関する障害に特化した規則がありません。インドネシアは2007年に国連障害者権利条約(UNCRPD)を批准しました。この国際条約は、生活のあらゆる側面における障害者の完全かつ平等な参加を確保するために堅持すべき権利と原則を定めています。

さらに、インドネシアは障害者に関する2016年法律第8号を制定し、その中で平等なアクセシビリティに関する事柄を取上げており、同法の第5条qは、割引を得る権利を規定しています。第114条(1)は、割引要件を満たした場合、地方政府と中央政府に障害者への割引を義務付けています。さらに、第114条(2)は、(1)で規定された割引の規模や種類などの具体的な内容は、政府規則によって規定されると定められています。

障害者に関する2016年法律第8号が制定されたにもかかわらず、障害者はどのような種類の割引を受けるべきかを決めるための、障害者の割引を受ける権利についての特別規制はありません。もし政府が割引額や種類を決めるのであれば、そのための詳細な規則を作る必要があります。障害者の権利を満たし、実行し、実現するための規則を作成することが急務です。

調査によると、インドネシアでは約2,000万人(8.6%)の障害者が、障害のない人に比べ、多額の生活費を支出しています。障害者の収入は一般的に全国平均より低く、障害に関連した費用を追加で支出するため、家族の経済状況はよくありません。これらの追加費用には、交通費、医療費、福祉機器、育児費、競争力や教育の低さから生じる機会費用などが含まれます。障害者の家族は、障害者の基本的なニーズを満たすために最大で2割も多くの資金がかかるので、割引制度は障害に関連した貧困を防ぐための社会保障の一部として極めて重要です。

障害者への割引は様々です。何が必須とされ、何が推奨されるかは、特定の地域や国の法律や規制の枠組みにもよりますが、障害者の平等なアクセスと機会を促進するために、多くの場合で推奨・必要とされる割引は、保健医療、教育、公益事業、交通の4分野に関係するものです。

2019年、ジャカルタ特別首都地域(DKIジャカルタ)社会局は、ジャカルタ市内の障害のある住民を対象とした障害カードプログラムを開始しました。このプログラムは、首都に住む障害者が社会的に脆弱になることを防ぎ、様々な基本的ニーズの充足と社会的なウェルビーイングを支えることを目的としています。この取組みは、障害者の基本的ニーズ充足のための社会的支援に関する2019年ジャカルタ特別首都圏知事規則第24号に基づいています。このカードの特典の一つは、インドネシアのジャカルタで運行されているバス高速輸送システム「トランスジャカルタ」を無料で利用できることです。

このプログラムは、インドネシアの交通分野での割引の先駆けです。2021年現在、合計2,207人の障害者がこのカードを受領しました。しかし、彼らがこうした交通を利用する恩恵を十分に受けているかどうかは確認できていません。それでもなお、他の地域でも同様の取組みを進めることは理に適っています。そのためには中央政府と地方政府との話合いが必要です。

手頃な価格でも障害者にとって障害物になります。障害特性に合わせて改造した車両や専門的なサービス等がある利用しやすい交通手段はほとんどなく、利用できたとしても高額な運賃がかかることが多くあります。このような経済的障壁は、重要なサービスや機会の利用を制限し、障害者排除を悪化させてしまいます。とはいえ、バリアフリー社会への新たな一歩を祝う価値はあります。しかし、それに満足してはならないのです。実際、本件を前進させるためには、様々なレベルの政府と交通事業者の間で、より効果的な連携が必要であると考えられます。そうした連携がなければ、進歩は遅く断片的なものになりかねません。

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