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講演1. 障害者政策とアクセシビリティ

石川 准(静岡県立大学国際関係学部教授 内閣府障害者政策委員会委員長)

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今日は最初に、障害者差別解消法について、少しお話をさせていただき、その後に、特に、読書ということにおおむね特化して、話をしていきたいと考えています。

まず、6月に通常国会で障害者差別解消法が成立しました。今の政治的な状況では、奇跡的に成立したと言ってもいいかもしれません。多くの人々の尽力と、状況判断が正しかった結果として、困難と思われていた、あるいは風前のともしびと1月の段階では思われていた法案でしたけれども、成立しました。これからどうやって、この法律を活かしていくかが勝負どころになってきます。

スライド2

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この法律は、二つのことについて、差別禁止を義務付けています。一つはいわゆる直接的差別。障害者であるということを理由とした、不当な差別的取り扱いを禁止しています。これは伝統的な、普通の差別概念にあたります。もう一つ、合理的配慮という、権利条約で規定された、新しい差別概念、新しい考え方が、この法律には入っています。

スライド3

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その合理的配慮をしないこと、するべきことをしないということは、作為的規範から逸脱する不作為的行為となります。通常、差別は不作為的規範から逸脱する作為的な行為です。してはならないことをした場合に、その中の部分集合が差別です。合理的配慮というのは、すべきことをしないという不作為行為のなかで、その部分集合を差別と判断します。これを合理的配慮の不提供と呼んでいます。

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そして合理的配慮の義務付けの程度は、国や地方公共団体や独立行政法人と、民間の事業者で、違っています。前者は義務、後者は努力義務となっています。不当な差別的取り扱いの禁止は民間の事業者も含めて義務です。

それでは立法府と司法府はどうなのかというと、内閣が国会に提出した法案であるため、三権分立ということから対象となっていません。

スライド5

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国の行政機関は対応要領と対応指針を策定しなければなりません。国の独立行政法人は対応要領を作成しなければなりません。対応要領というのは、障害者差別をしないようにするために、組織として、職員として遵守すべき事を規定するものです。一方、対応指針というのは、府省が、それぞれが所管している事業者に対して、ガイドラインを設けて、どのような合理的配慮を提供すべきかについて、方向付けをするためのものです。

スライド6

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その前に、内閣府において、各府省と国の独立行政法人が対応要領、対応指針を策定するための基本方針を作ることになっています。基本方針は、障害者差別解消法と、対応要領と対応指針をつなぐブリッジのような働きをすることになっています。これには、障害者政策委員会も意見を述べることになっていて、ここは一つ、重要なところだと考えています。基本方針は閣議決定されるので、重みを持つことになります。

基本方針を策定するために、事業者や、障害者団体も含めてヒアリングを行い、各省の意見も聞き、政策委員会の意見も聞いてまとめていくことになっています。ここは、協議や調整がいろいろと必要になってくるところです。

スライド7

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今、合理的配慮という話をしましたが、これと対をなす概念が環境整備です。この差別解消法の中でも、事前的環境整備とか基礎的環境整備として触れられていますけれども、バリアフリー法制のことです。例えば、建物や交通機関のバリアフリーに関する法制度がある場合、これを事前的環境整備と呼んでいます。これと合理的配慮がいわば車の両輪となって、障害者の平等や自由、差別の解消を前に進めていきます。そのためのもう一つの車の輪です。しかし、障害者差別解消法の中では基礎的環境整備を行うことは努力規定とされているにすぎません。

従って、基礎的環境整備の法的基盤がある分野とない分野で、かなり違いが出てきます。ここはこれからの課題です。

スライド8

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次に、差別解消の実効性の担保についてですが、民間事業者は努力義務にすぎないのだから、限界があるという指摘もあります。しかしそうともかぎらないと思います。所管している各省が指針を作って、監督し報告を求めたりしながら前へ進めていくことになります。

スライド9

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それから、人権侵害の救済は、今回の差別解消法の中では弱い部分です。既存の機関を活用していくとなっています。どうやって、権利侵害の救済を行うのかは、施行までに詰めていかなければなりません。

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問題解決のための、一つの仕組みとして、地域支援協議会を作って、国も加わって、各地域のさまざまな関係機関、関係者が一緒になって協議会を作って進めていくことができるとなっています。

ただ、どうやっていったらいいのかは、今の段階では漠然としています。施行まで3年あるので、その間にモデル的にどこかで、こういうふうにしてやっていくと地域協議会がうまく機能するということを、試行錯誤してやっていく。そのときには、国もそこに関わっているということが、一つの今回の工夫点です。

スライド11

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合理的配慮は、あくまでも、障害を持った個人が、自分はこういう配慮を必要としているということを表明することをもって始まる、検討が始まるという形になっています。 もちろん、自分ではっきりと意思を表明できない場合は支援する人、家族も合理的配慮を求めることができるようになっています。

この場合、配慮ニーズが生じた現場で合理的配慮を求めるわけですが、それをどう考えるかは、基本方針の中で、きちんと書いていく必要があって、例えば、よく言われるのは、前もって言っておいてくれれば対応できたのに、今ここでいきなり言われても対応できないということは確かにあるわけです。だったら、前もって伝えることはむしろ合理的配慮の可能性が広がることだし、毎日ずっと必要というような言い方もできるでしょう。たとえばある特定のWebページだけを示してこれが読めなくて困っているという言い方だけでなくて、毎日更新されるこのサイトのコンテンツを読みたいので、それらをアクセシブルにしてほしい、という言い方もできるでしょう。合理的配慮は広く解釈していく余地は十分あると考えています。

スライド12

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とりわけバリアフリー法がなく、基礎的環境整備がないところでは、合理的配慮で押すしかないわけですから、合理的配慮を拡張していくしかないと思います。基礎的環境整備があると、合理的配慮を必要とする人は全くなくなるわけではありませんが、劇的に減ります。一方、基礎的環境整備がないと、合理的配慮だけですべてやらなければいけなくなります。それだとすぐに過度な負担になる可能性が高いため、自ずと限界があります。だったら、合理的配慮だけに頼るのは合理的でなく、基礎的環境整備を進めていく方が合理的だ、というように、話を前に進めていけるとよいと思います。こういったようなことは、今後議論になっていくと思います。

スライド13

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そのことも含めて、基本方針が重要になります。そして内閣府がよい対応要領を作ることが重要だと思っています。多くの省庁は、それを追随することになると思います。対応要領の中に、公表する電子的資料のアクセシビリティをぜひ入れたいと考えています。 国立国会図書館は行政機関ではないのですが、きっと自発的に触発されるのではないかと期待しています。

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スライド16

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障害者政策委員会の役割は、今回の差別解消法でさらに加わりました。この委員会は、30人の委員のうち半数が障害当事者だということで、ここはインクルーシブな社会のひな形的なところで、合理的配慮の試金石になっています。なかなか難しく、解決できていない問題もあります。

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アクセシビリティは、ユニバーサルデザインと支援技術の共同作業により実現するというのが、私の長年の持論ですが、正しいと考えています。ICT分野のアクセシビリティは、率直に言って、一つは、米国の国内法によって牽引されてきました。ADAやリハビリテーション法です。それから、最近、21世紀通信と映像アクセシビリティ法というのができました。これは、スマホとか、テレビや録画機のアクセシビリティとか、新しいICT技術や人々が今日的に使っている道具やサービスのアクセシビリティを促進すべく作られました。またADAも2008年に改訂されています。

その結果、例えば、iOSやAndroid搭載のスマートフォンや、タブレットも、それぞれの企業によってアクセシビリティ対応が一定程度実現しています。日本はそれをフリーライドしてきました。日本の政策がアクセシビリティを推進してきたわけではないということです。

スライド21

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もう一つは、ワールドワイドウェブコンソーシアムのようなフォーラムが、アクセシビリティに貢献してきました。

アクセシビリティ指針を国際規格にしていくことは、アクセシビリティを進めていく上で有効です。Webコンテンツのアクセシビリティガイドライン、これはW3Cが作っているものですけど、昨年ISOの規格になりました。それからEPUB3もまもなくISOのテクニカルスペシフィケーションになるそうです。国際規格は、政府等の公共調達の要件になります。しなくても誰も文句を言わなければ、その場は、調達要件に入らずに、スーッと通っていってしまうかもしれないですけれど、やっぱり、あるとないとでは大違いだし、こういったものを基本方針の中にズンと入れていく。対応要領の中にきちんと入れていくっていうことが必要なのではないかと思っています。

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ここからようやく本の話です。読みたい本を読む自由がなによりも大切です。サピエというオンラインの電子図書館が3年半前にできました。とても便利で、特に文芸書はそれなりに充実して、サピエにある本なら読みたいときにすぐ読めるという、視覚障害者が、突然、一番先頭を走っているような感じさえするような環境が実現しました。オンラインの電子図書館という点では、サピエほど便利なものは今日本にないのではないかと思っています。

それをさらに充実させていく必要があるし、また視覚障害者だけではなくて、様々なプリントディスアビリティを持った人々が利用できるように広げていくというところが、どうしても必要だと思います。

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スライド24

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とはいえ、サピエだけですべて解決するかというと、そうではなくて、自分が今すぐに読みたい本がサピエにない可能性は高いわけです。特に一般の解説書であったり、教養書であったり、学術書であったりすると、ほぼないと考えたほうがいいです。

そうすると、それをどうやって読むのかというと、紙の本を自炊することになります。それで、私は昨年から、共同自炊型電子図書館実証実験というのを始めています。自炊をみんなでやろうというわけです。ただし、共同自炊と言っても、実は共同自炊ではありません。著作権法37条の情報提供施設の認定を受けたNPO法人が作業をやっています。参加者は自分が読みたい本を譲渡すれば、NPOがテキスト化の作業を行い、あとはdropboxで共有して、みんなで読めるというものです。ファイルを共有しているので共同校正もできます。昨年50人でスタートして、500冊ぐらいのテキストファイルができました。

ただし、一切校正しないので、クイックアンドダーティスキャンです。サピエはまったく違う。サピエは量や速度より質です。こちらは、質よりも量と速度です。サピエは、今日読みたいというニーズに対応できません。サピエや、点字図書館の製作基準は厳格です。そこでは丁寧に質のいいものを作る。これはものを作る基本だから、それはそれでいいんですけれども、読む側はそんなことを言ってられないことがしばしばあるわけです。これを共同自炊型電子図書館で対応しています。

来年まで、このプロジェクトはやるのですが、その後、受け皿がないので、どこか引き受けてくれるところがあるといいと思っています。例えば大学間のコンソーシアムで引き受けてもらって、みたいなことも一つの方法論としてあるのではないでしょうか。そのとき、校正しないと学生が使う場合はだめなので、それをどうするかということがあります。

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次は電子書籍のアクセシビリティについてです。Amazon Kindleがサービスインしたことによって、日本でもようやくアクセシブルな電子書籍が登場しました。今年がアクセシブルな電子書籍の元年と言っていいと思います。

読みたいと思ったら1分後には読み始めることができます。私は感激しながらたくさんのKindle書籍を購入して読んでいます。すると、だんだん問題点も気になってきます。iOSにのっている日本語のTTSは、モダンTTSの中では最も読み上げ精度が悪いんです。おかしな前処理を入れているらしく、例えば人という漢字は全部「ひと」と読むんです。にほんひと、アメリカひと、ひとまと、人は全部「ひと」と読むんです。文脈抜きにです。こういうナンセンスな前処理はやめてほしいと何度もアップルのアクセシビリティチームには伝えてはいるんですが、一向に改善されません。

それはUDアプローチをメインストリームの企業が一つのクローズドな枠組みの中でやっていて、よく言えば責任を負っているのだけれども、悪く言えば、サードパーティに協力を求めない、協力できるような余地を与えないという枠組みの欠点なんです。

問題を解決したいと思っても、サードパーティとして協力したくてもできない。支援技術ベンダが連携したいと思ってもできないという厚い壁があります。どうしても垂直統合モデルを守りたいというのが、企業のビジネスモデルとしてあるので難しい問題です。

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ところでいま使っているのはHIMS社とエクストラ社と私とで開発してきた点字携帯端末です。Wi-Fi、Bluetooth、有線LANでネットワークに接続できて、電子メール、ブラウザ、ワードプロセッサ、電子辞書、YouTube、Twitterなど、さまざまなアプリケーションを搭載しています。とりわけ、この中で、GPSを使う歩行支援アプリを、他のアプリケーションの数十倍の開発労力をかけて作ってきました。こういうものを支援機器といいます。

スライド29

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次に国立国会図書館への期待を3点お話します。まずは、古い本からでなく、新しい本から順番にデジタイズしていただきたい。そしてそれを視覚障害者等にも提供していただきたい。共同自炊実証実験は、最新の本であれば、誤認識があっても利用者の満足度が高いという結果を示唆しています。画像解析技術も導入すると、さらに精度がよくなると思います。

二つ目に、商用の電子書籍の納本は、まだできていませんけども、これもDRMフリーで実現していただき、視覚障害者等へのサービスで提供していただきたい。アーカイブ図書館として、ぜひ出版業界との間で調整して、進めていっていただきたいと思っています。

三つ目に、国会図書館がやろうとしている視覚障害者向けのオンラインサービスとサピエの連携、これもぜひ実現していただきたい。国会図書館として、ユーザーサポートをどうするのかとか、利用者登録をどうするのかとか、まだ見通しが立っていないことがいくつもあるのではないかと推察します。サピエという入り口を通して利用できるようにすると、ウィンウィンになると考えています。

スライド30

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最後に、エンパワメントとエイブリズムは違うということを述べます。障害者の権利条約は社会モデルを強調しています。つまり、障害とは障壁である。社会的障壁であると言っています。しかしだからといって、「何も私はできないし、できるようになろうとは思わない。分からないし、分かるようになりたいとも思っていない。そういう私に配慮すべきだ。」と社会モデルは言っているわけではなくて、それぞれが持っている潜在的な可能性を開花させたいと思わない人はいないはずだと私は強く思います。エンパワメントはとても重要です。社会モデルをそのように理解した方がいいと思っています。

私の話は以上です。