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「共生のまち」ガイド

第5章 改善計画の立て方

1 計画全体の組みたて方

まちづくりの目標とするところは、21世紀に迎えるであろう長寿社会において、障害者や高齢者などが住み慣れたところで地域の人々とともに、自立して生活していくことができることにあるといえます。誰しも加齢とともに視力や聴力は弱り、足腰などの身体機能は低下し、反射神経や行動そのものも鈍くなっていきます。このような心身の状況を考慮しながら、これからのまちづくりはノーマライゼーションの理念を実現化するために進めていかなければなりません。特に75歳以上の後期高齢者の増加は、心身機能の低下した人たちが今より数多く地域に暮らしていく社会を意味しています。障害者・高齢者の社会参加意識がますます高まりつつある今日、必要な機能を適正な場所に整備していくこととともに、歩道の段差の解消や建築物の福祉的配慮などが望まれていくのです。
 さて、それではそのようなまちにしていくことは可能なのでしょうか。今のままで皆が期待するようなまちになっていくのでしょうか。答えは否でしょう。ただ漫然と時が過ぎていくのを横目でみていても、必ずしもそれは期待した結果を得られるとは限りません。ある一定の成果を決められた時期までに出そうとするなら、それにあった手法・やり方など手順があるはずです。その地域の特性を的確にとらえ、例えばハード面では足りない機能は改めて付加し、既存の施設は再整備していくことやまち全体をバリアフリーデザインとしていくこと、ソフト面では推進体制や具体的展開をしていくために基本となる法的整備などが必要となります。時系列・財源等を考慮し、まちづくり計画全体を俯瞰したものがいります。まちづくり全体計画・まちづくりマスタープランといってもよいでしょう。それにより、いつ・誰が・どのように・何を行うのかがみえてくるのです。
 それでは、そのような計画を組みたてていくにはどのような手順で行うのでしょうか。本章では、生活環境の整備として「福祉のまちづくり」を主体に考えていきたいと思います。
 まずはじめに当該地域はどのような地域なのか、財源はあるのか、既存の社会資源はどのようなものなのか、そのまちのどこに問題があるのか等実態を把握していく作業が必要になります。いわゆる「実態調査・現地調査」等と呼ばれるものです。この実態調査・現地調査は、自治体自らが行うものから地域住民や障害者団体などの手づくりによるまちづくり点検活動まで幅広くあります。次にその調査結果を基に「計画」を立てます。どこにどのような問題があるのかを整理し、それを解決するためにはどうするのかなどについて検討を行うものです。適切な計画は的確なニーズを調査した後つくられます。計画を立てた後は、「実施」していきます。どれほど立派な計画であろうとそれは紙に書いたものでしかありません。計画に従って、具体的にまちを改善していかなくては何にもなりません。しかし、計画を具体化するには、経済的問題もありますし、行政体だけに限らずさまざまな地域の人たちの参加・参画は欠かせません。そこには、地域の民間企業も当然含まれます。最後にそのまちづくりを改善した後、利用者による「評価・点検」が行われなければなりません。計画どおりつくられているのか、それは利用者にとって使いやすくなっているのかなど改善点の評価が必要です。そして、評価した後またさらに利席者の二ーズを把握し、同様の手順を踏まえながら研究を重ねることが大切でしょう。
 それでは次に各段階についてもう少し詳しくみていきましょう。

図1


2 調査の進め方

(1)調査の種類

調査の主な種類は以下のものがあります。
 ア 障害者・高齢者等アンケート調査
 イ 障害者・高齢者等ヒアリング調査
 ウ 現地調査

 ア 障害者・高齢者等アンケート調査

 

市民すなわち利用者の意向を数多く聞くことは大切です。自宅から目的地までの流れの中で介助の有無にかかわらずスムーズに移動できるのか、できないとすればどこでどういう状態が原因で移動できないのかなど、障害別にアンケート調査をしてみることです。アンケート調査の対象は、プライバシーの問題もあるため、障害者団体が自ら行う以外は、対象者の抽出から発送・回収など自治体が主体になり行う必要があります。配付の方法は、障害者本人に直接配布する場合と関係団体を通じて行うやり方があります。関係団体としては、地域の障害者団体や老人クラブ等が考えられます。どちらにしても、送付時・回収時のプライバシーの保護には十分に注意することが肝要です。質問項目は、計画に結びつけるために行う意味もあるので、市民(利用者)の意向が具体的に把握できるような設問がよいでしょう。
 アンケート調査は、ある一定以上の母数が得られる結果であれば、幅広く利用者の二ーズを探ることができ、全体の傾向も把握することができます。時代が変われば二ーズも変わっていくことを考えれば、定期的にこのような調査が行われることが必要でしょう。
 巻末の資料に運輸省における高齢者・障害者アンケート調査票の例があります(100頁参照)

 イ 障害者・高齢者等ヒアリング調査

 

直接利用者の意向やニーズを丁寧に聞くことは、アンケート調査の補完をする意味でも重要です。アンケート調査では紙面の限界もあり、十分に意味するところが得られないところを把握する上でもヒアリング調査は行う必要があります。アンケート調査が一方通行なのに対して、ヒアリング調査は質問を変えながら双方向で何度か尋ねることができるので、ある条件下での具体的改善策も一緒に考えることができます。
 ヒアリングは、回答者のやりやすい場所、時間帯、方法、インタビューする質問者の資質など十分配慮しながら行う必要があります。もし、自宅以外の別の会場で行うのであれば、当日の天候や交通機関の状況(混雑しない時間帯やルート)など細かく事前にチェックしておくことも大切です。
 アンケート・ヒアリングともに質問項目に必ずしも該当しない自由回答や少数意見なども大切に取り扱うことが肝要でしょう。なぜなら埋もれてしまう少数の意見の中にも多くの解決のヒントが隠されている場合があるからです。数が少ないからといって切り捨ててしまうことだけは避けたいものです。

 ウ 現地調査

 

現地調査は、当該領域を調査員や障害者本人が実際に現地の状況を調査票などを用いて把握するものです。現在のまちの歩道や公園・各種建築物・公共交通機関などの状況についてどのようになっているのか、利用時にどのような障害があるのかなどについて調査を行うものです。例えば、道路であれば調査の対象、調査に用いる図面、図面の記入方法、道路構造、平坦性、段差・切り下げ、横断歩道、信号機、誘導用ブロック、障害物、側溝等それぞれの項目についての状況をできるだけ正確に把握することが望まれます。
 現地調査の大切な視点は、障害者や高齢者がまちの中の施設や交通機関などを利用するときに何が障害になっているのか、調査を通じて望ましいまちとは何かを考えていくことにあります。足の不自由な人には、歩道橋や地下道階段、幅員の広い道路での時間の短い信号などは大変な苦労でしょう。車いすでは歩道がない道路での自動車との接触、最寄り駅へのアプローチや改札口の幅員・構造(自動改札)などが問題です。視覚に障害がある場合は車道横断の交通信号、聴覚障害ではバス停留所に到着するバスの行き先や車内アナウンスなど必要な情報が適切に提供されない場合も問題です。このようにまちの中には障害により利用しにくい、あるいは利用できない建築物等の設備・構造がさまざまな場所にあります。
 ここでは、公共建築物・公園・道路・公共交通機関についての調査時の調査票とそれに付随するマニュアル例を参考までに掲げておきます。
 また、点検時の流れと留意点も記載しておきます。
 S市における現地調査を地図におとした例

現地調査に関するマニュアル」へ

 (2) 現地調査の対象施設

現地調査は当該地域に調査員が自ら赴き、具体的に調査を行うのですからそれなりに時間も労力もかかります。すべての施設を対象として調査を行うことはできません。そこで現地調査の対象となる施設としては、その地域の人たちがよく利用する施設を主体として考えます。日常生活に密接に結びついている施設や公共性の高い施設などがそれにあたるでしょう。調査の対象とする施設群は、調査結果の後に作成されるであろう建築指針や整備要綱、さらには福祉のまちづくり条例化などの動きと合わせて考えておくことも望まれます。この場合、公共性の高い施設、不特定多数の人が出入りする施設、大規模な施設、移動のため必要な施設や道路空間などは調査の対象となります。ちなみに、既に作成されている都道府県や市町村での建築整備指針や施設整備要綱をみてみると対象施設は概ね同様な施設となっています。例えば、東京都では以下に掲げる施設がまちづくり整備要綱の対象になっています。なお、住宅については現地調査の時点では、ある一定規模以上の共同住宅が対象となることもありえます。

 現地調査対象となる施設群

1 公共的建築物 (1) 病院、診療所及びこれらに類するもの
(2) 百貨店、スーパーマーケット、その他の物品販売業を営む店舗及びこれらに類するもの
(3) 飲食店及びこれに類するもの
(4) 理髪店、美容院、公衆浴場及びこれらに類するもの
(5) 遊技場及びこれらに類するもの
(6) 劇場、映画館、演芸場、観覧場及びこれらに類するもの
(7) 公会堂、集会場及びこれらに類するもの
(8) 図書館、美術館、博物館、展示場及びこれらに類するもの
(9) 体育館、プール及びこれらに類するもの
(10) 銀行、信用金庫、郵便局、電報電話局及びこれらに類するもの
(11) ホテル、旅館及びこれらに類するもの
(12) 官公庁庁舎、官公庁出張所及びこれらに類するもの
(13) 老人福祉施設、身体障害者更生援護施設、保育所等の社会福祉施設及びこれらに類するもの
(14) 幼稚園、小学校、中学校、高等学校、高等專門学校、大学、專修学校、各種学校及びこれらに類するもの
(15) 共同住宅、寄宿舎及びこれらに類するもの
(16) 大規模な事務所、工場及びこれらに類するもの
(17) その他東京都知事が特に必要と認めたもの
2 公共交通機関及びこれに付帯する施設
3 道路及びこれに付帯する施設
4 公園・緑地・庭園(以下「公園」という。)及びこれに付帯する施設

出典 東京都「東京都における福祉のまちづくり整備指針」昭和63年1月


3 計画の進め方

各種調査が終了した後、その調査結果に基づいて計画を立てます。市民のニーズ、建築物や道路の現状などを的確にとらえた後、当該地域の特性に合致した計画づくりを行います。まちの中のどこから改善していくのか、新築の建築物はどの部位・範囲について対応していくのか、それらをいつまでにどのように改良・改善していくのかなどについて整理しておく必要があります。この計画づくりは、試合の流れをイメージしながら練習していくシャドーボクシングのように具体的実践を強く意識してつくられるべきであり、常に市民の顔を思い浮かべながら作成していくことが大切です。

 (1) 計画をつくる

福祉のまちづくりが地域住民全体の公共福祉に関わること、財源や各種の権限を有していることなどを考えれば、地方自治体が計画の策定を主導していくのは当然のことでしょう。地方白治体は当該地域を、市民のために豊かな生活環境をつくり出す責務を負っているものであり、市民の安全や健康・福祉を保持できるようにしていかなければなりません。当該地域の現状では何が足りなくて、どのような施設やシステムが将来必要になるのか、財源を考慮しながらどのようなまちにしていくのかという全体を俯瞰するような計画が求められます。そのため自治体内部においても、例えば所管課である福祉課だけ単独で計画を立案してしまうのではなく、庁内全体で調整していかねばなりません。関連の深い企画課、財政課、建設課などとも横の連絡・調整が必要です。その上で現実的な計画としていくことが求められます。
 ただしここで大切なことは、地方自治体だけで計画をつくるのではないということです。地域社会を形成しているのはあたりまえのことですが、自治体だけではありません。地域住民、医療・福祉施設等の公共施設、商店や民間企業、各種団体等であり、それぞれが各自の社会的役割を担っているのです。地域の構成員としての役割を果たしていくことが求められているのです。ですから、計画立案に際しても地域住民のニーズを反映すべく市民参加の計画づくりがなされなければなりません。

 (2) 関連している計画と整合性をとる

各自治体には当該自治体の方向性を示す基本計画や実施計画などがあります。この計画には、当該地域の風土や歴史などの背景や人口動態、抱えている課題などを踏まえ、めざす将来像が描かれ、さらに分野別に具体的施策やそれに付随する施設などが明示されています。生活環境改善としての福祉のまちづくり計画もこれらの基礎となる基本計画や実施計画を十分に理解した上で進められることが大切でしょう。基本計画や実施計画には当該施策を実現していく期間が明示されているので、福祉のまちづくり計画もその上に重ねることにより一体的に整備していくことが可能となるのです。特に駅前広場や大規模団地の計画、既存道路の拡幅計画、駅舎の立体化などまち全体に関わる計画にはノーマライゼーションの思想やバリアフリーデザインの考え方を導入しておくことです。
 また、自治体における計画は各部署・部門ごとに策定しているものもあり、それら他の計画との整合性も調整することが望まれます。タテ割り行政の弊害をなくそうとの声は従来より強くありますが、ややもすると部門ごとに別々に各種の計画を策定しているケースが見受けられます。計画を実行するためには、庁内の横断的組織づくりは欠かせません。特に、まちづくりのように全体的・網羅的な検討が必要とされる計画においては、当然のことでもあります。例えば、道路や歩道空間の整備は、工事区間や期間などについて建設課や土木課などと一緒に検討していくことがより現実的でしょう。
 平成5年度に老人保健福祉計画が策定されました。そこには地域における21世紀初頭の保健・福祉のサービスの供給体制や供給量が明示されています。ハード面についても入所・通所施設の整備があげられ、地域に根ざした施設づくりが望まれています。
 例えば、高齢者保健福祉推進十か年戦略(以下「ゴールドプラン」という)によれば、平成11年度までにデイ・サービスセンターは1万か所となっています(見直しを行った新ゴールドプランでは2万か所を検討中)。ちなみに、我が国の中学校は平成4年5月現在1万1300校(文部統計要覧 文部省)あり、デイ・サービスセンターは概ね中学校区に1か所整備していくことになります。そして高齢者は自宅からこれらのデイ・サービスセンターまで徒歩なりリフト付きバスなどの移送サービスによって適所して行くこととなります。そのとき、自宅からそのセンターまで安全かつスムーズに移動できなければ、デイ・サービスセンターはせっかくつくっても活用されないことになります。保健福祉計画で定められた入所・通所施設群周辺の歩道の空間整備や利用者の身体特性に適した交通システムが望まれるところです。

 (3) どこから実施していくのか

計画終了後はその計画に沿って速やかに実施していくことが望まれます。計画の中には段階計画として目標年次とその達成していくべき内容など時系列を追って示されているものもあります。一般的に段階計画は緊急度の高いもの、市民ニーズが高く優先的に整備すべきものが早い時期に実施されることになります。それでは地域の中で実施していくときには、どこから優先的に整備していくのがよいのでしょうか。
 優先整備していく場所としては、不特定多数の人が集まる場所、公共施設が集積している地域、障害者関連施設や老人保健福祉施設が数多くある地区等があげられます。例えば、駅舎でいえば複数路線が乗り入れているターミナル駅、ある一定規模以上の乗降客数のある駅、駅勢圏に障害者・高齢者関連施設のある駅などは、障害者・高齢者を配慮した設備を優先的に設置していくことが望まれます。
 人が多く集まる場所としては役所や駅舎等が考えられ、そこを中心にして一定規模の地域をモデル地区と定め重点的に整備していくことで、福祉のまちづくりを促進していくことが考えられます。東京都や兵庫県などでは概ね1km四方をモデル地区と定め、実態調査を踏まえ計画づくりへと移行しています。

 福祉のまちづくりモデル地区例
福祉のまちづくりモデル地区例の図

 皆が望むまちにしていくには時間がかかります。まちづくりは一朝一夕に出来上がるものではありません。しかし、すぐにでも実施していかねばならないものもあります。特に安全性に関わることは早急に実施すべき事柄でしょう。例えば、視覚障害者にとって駅舎ホームからの転落は命に関わることです。駅舎ホームの誘導・警告ブロックの敷設や指向性の高いアナウンスを行うことなどその典型例でしょう。どちらにしても年次を設定した計画目標をはっきりと定めておくことが大切です。そのような計画を具体的に展開していくなかで、はじめて皆が求めるまちができるのではないでしょうか。


4 実施の進め方

<p調査結果をうけ計画策定へと進めてきた後は具体的な実施を行うこととなります。誰がいつどのように計画を的確に進めていくのか、どうすれば効率よく効果的に実施していくことができるのか、などについてトータルにみていく必要があります。市民ニーズの優先度・緊急度や当該市町村の財政的な面等により実施の進め方や順序も決まってくることもあります。
 例えば秋田県鷹巣町では、まちづくりを進める方法として、(ア)すぐできること、(イ)工夫すればできること、(ウ)予算措置などしなければならないことの3段階に仕分けしています。(ア)(イ)は経済的な裏付けがなくとも進められます。(ウ)は財政的に支援していかねばなりません。余り労力を使わない簡単・簡便なものと財源確保や体制などを整備しなければならないものを分けているわけです。
 また、東京都豊島区では福祉のまちづくりを区民全体のアメニティの形成ととらえ実現担保の手法として、助成・表彰を含めたアメニティ条例の策定やアメニティ委員会の設置、各種ガイドライン、アメニティアイデア集などを示し幅広く対応しようとしています。

 (1) 地域の人たちの役割

市民をはじめとする民間企業や団体など地域を構成する構成員は、福祉のまちづくりのめざすところを十分理解し、それぞれの責務を自覚し、共通の認識と目標をもって実施していくことが必要でしょう。その際の社会の構成員としての責務は、以下のようなものとなるでしょう。

  •  市民は、生活の自立も含めて福祉のまちづくりを自らの問題としてとらえ、身の回り・自分のまちを点検し、行政が実施する福祉のまちづくりに関する施策や事業に進んで協力していくこと。
  •  民間企業などの事業者は、自らが所有あるいは管理している施設については、すべての人が安全にかつ容易・快適に利用できるよう整備に努める。また、行政が実施する福祉のまちづくりに関する施策や事業に進んで協力する。
  •  市長村は、市民ニーズを踏まえた地域の実情を常に的確に把握し、状況に応じたまちづくり施策を策定・速やかに実施していくこと。
  •  都道府県は、福祉のまちづくりに関する総合的な施策・事業を策定、速やかに実施していくこと。また、市町村とは常に連絡を取り、その調整を行うこと。

 以上が社会の構成員としての概ねの責務であり役割でしょう。
 このうち特に民間企業の関わり方は現在さまざまな動きが起こりつつあります。例えば、富山県砺波市では地元の自動車教習所の教官が地域の移送サービスの運転ボランティアを行っている例があります。執務時間中の自分のあいている時間を、移送サービスの運転ボランティアに当てているのです。企業ボランティアの一環ですが、ボランティア活動に参加するだけでなく、企業のもつノウハウを地域に還元している好例です。

 (2) 法的規制の動き

都道府県、市町村それぞれが主体となって建築的配慮で構成される福祉のまちづくり環境整備要綱や指針などを策定しています。そのなかで施設設置者や管理者に対して指導・助言を行い、福祉のまちづくりの取り組み方についても明らかにしています。環境整備要綱や指針は段差の解消や手すり・廊下の幅員、誘導・警告ブロックの敷設などの形状や寸法などが明示されていて、建築物の新築、既存の施設の改善などの際に基本となるものです。
 しかし、この要綱や指針では法的拘束力としては十分とはいえません。新築、改築時に行政としては要綱や指針の内容を指導するだけであり、必ずしも十分な拘束力をもっているわけではありません。
 そのため、さらに法的拘束力の強い「条例化」まで進めている大阪府や兵庫県などの例もあります。どちらの府県も要綱や指針を作成し、その後に条例化しており、一定期間は要綱などで行政指導を行った後法的整備を進めていくのが地域に受け入れられやすいともいえそうです。ここでは、大阪府福祉のまちづくり条例の前文を参考までに掲載しておきます。
 次に条例対象施設についてみてみると、大阪府では建築基準法には含まれていない施設(官公庁舎、銀行、鉄道駅など)についても特定施設として対象の枠を広げ、さらに道路・公園、動植物公園、駐車場などは都市施設と位置づけ、努力義務としています。面積については施設によりある一定以上を超えるものが対象となります。例えば、物販や飲食店は500㎡、劇場・体育館・ホテルは1000㎡、共同住宅は50戸以上などとなっています。
 今後の課題としては、このような条例対象施設以外の規模の小さい商店などの改善に対してどのような網を掛けていくのかであると思います。日常生活で利用頻度の高い小さな商店は規模的に条例の対象外になります。しかし、日常の利用を考えると大きなスーパーマーケットよりも気軽に利用でき、店主との人間関係もある商店の利用希望者は多いと思われます。また一方、規模の小さい商店ほど商店内部の改造などは経済的に負担となることもあります。支援体制としての補助制度とともに条例のなかにどう位置づけるかが今後の課題でしょう。
 なお、平成6年6月に「高齢者、身体障害者等が円滑に利用できる特定建築物の建築の促進に関する法律」(建設省)が公布されました。内容は都道府県知事が認定した特定建築物については、補助・税制上の特例・低利融資などの支援措置が受けられることや建築基準法の手続きの簡素化、車いす使用者のための昇降機についての特例、高齢者、身体障害者の円滑な利用を確保するために床面積を著しく大きくした建築物(建設大臣が必要と認めたもの)についての容積率の特例などとなっています。同法律については、施行令、施行規則を巻末の資料に掲載しておきます(91頁参照)

福祉のまちづくり条例の概要

制定自治体
○ 名称
施行日 対象施設
( □内の施設は右欄手続きが必要。)
建築、設置等に伴う手続き
建設物 公共施設 その他 事前協議 事前協議 勧告 公表 その他 備考
神戸市
○神戸市民の福祉を守る条例
S52. 1.25
S54. 4. 1
都市施設関連
教育施設
購買施設
その他の公益的施設
住宅
道路
都市公園
駐車場
鉄道駅舎
バス営業所
港湾旅客施設
  駐車場は設置後の報告のみ
大阪府
○大阪福祉のまちづくり条例
H 5. 4. 1 不特定かつ多数の利用に供する建築物 道路
都市公園
駐車場
鉄道駅舎
地下街
遊園地等
港湾緑地
立入調査  
連合状況調査
改善計画作成の要請
既存施設の場合
兵庫県
○福祉のまちづくり条例
H 5.10. 1 公益的施設(県民の共同の福利・利便の施設)
共同住宅
道路
都市公園
駐車場
地下街
港湾旅客施設
鉄道駅舎
軌道の停留所
バスターミナル
立入調査


整備状況・整備計画の報告聴取
 

出典 建設省「人にやさしい住宅・社会資本整備一建設省の高齢者・障害者施策」平成6年4月

大阪府福祉のまちづくり条例平成5年4月1日施行条例前文  私たち一人ひとりが自立し、生きがいをもって生活しそれぞれの立場で社会に貢献することができる真に豊かな福祉社会の実現は、私たちすべての願いであり、また、責務でもある。
 こうした社会を実現するためには、人ひとりか一個の人間として尊重されることを基本に、社会からのサービスを平等に享受でき、意欲や能力に応じて社会に参加できる機会が、すべての人に均等にもたらされなければならない。
 このためには、障害者、高齢者等からこれらの機会を奪いがちなさまざまな障壁を取り除くことにより、すべての人が自らの意思で自由に移動でき、社会に参加できる福祉のまちづくりを進めることが、とりわけ重要である。
 私たち一人ひとりが基本的人権を尊重し、お互いを大切にする心をはぐくみ、福祉のまちづくりを進めるためにたゆまぬ努力を傾けることを決意し、すべての人が心豊かに暮らせる「福祉都市・大阪」の創造の一翼を担うことを府民の総意として、この条例を制定する。

条例の対策と整備基準等の考え方(大阪府の例)

(1) 建築物
①建築物(新設)

  整備基準(まちづくりの条例で規定)*1 誘導基準*2
建期法条例の規定    
まちづくりの条例(都市施設) まちづくりの条例(特定施設) 建期法条例の対象 学校
図書館
病院
物販、飲食店(500㎡超)
劇場、体育館、ホテル(1千㎡超)
共同住宅(50戸超)
その他
 (例)
・傾斜路
・玄関幅員
・車いす回転スペース
・便所の使用
・エレベーターの使用
 など
 (例)
・誘導用ブロックの敷設
・階段の段鼻の使用
・車いす使用者駐車可能スペース
 など
 (例)
・盲動鈴
・扉の形式
・展示案内板
 など
官公庁舎
電気、ガス等の営業所
銀行等
冠婚葬祭施設(1千㎡超)
事務所、工場(5千㎡超)
鉄道駅
その他
事前協議   啓発
  その他 努力義務    

*1 整備基準

・位置づけ: 障害者・高齢者等の移動の安全上、施設の利用上必要性の高い内容
(福祉のまちづくり条例において位置付けられている。)
・適用対象: 都市施設(不特定多数が利用する建築物、道路、公園、駐車場)の新設(フロー)及び既設(ストック)
・適用部分: 不特定多数が利用する部分
・事業者の責務: 都市施設すべてに適合させる努力が必要
・実効規定: 特定施設は、事前協議(フロー)又は改善計画策定(ストック)が必要


*2 誘導基準

・位置づけ: 障害者・高齢者等の移動の安全上、施設の利用上望ましい内容
(福祉のまちづくり条例には基づいていないが、整備基準と併せて公表し、啓発が行なわれる。)
・適応対象: 整備基準と同じ
・適応部分:

②建築物(既設)

  整備基準(まちづくりの条例で規定) 誘導基準
まちづくりの条例(都市施設) まちづくりの条例(特定施設) (新設の対象と同一) 学校
図書館
病院
物販、飲食店(500㎡超)
劇場、体育館、ホテル(1千㎡超)
共同住宅(50戸超)
官公庁舎
電気、ガス等の営業所
銀行等
冠婚葬祭施設(1千㎡超)
事務所、工場(5千㎡超)
鉄道駅
その他
(新設の対象と同一)
 (例)
・傾斜路
・玄関幅員
・車いす回転スペース
・便所の使用
・エレベーターの使用
 など



適合状況調査、改選計画の作成
(新設の対象と同一)
 (例)
・誘導用ブロックの敷設
・階段の段鼻の使用
・車いす使用者駐車可能スペース
 など
(新設の対象と同一)
 (例)
・盲動鈴
・扉の形式
・展示案内板
 など





啓発
  その他 努力義務  

(2) その他の都市施設(新設・既設とも)

対象施設 主な整備項目(整備基準・誘導基準)
道路 歩道等 幅員、誘導ブロック等
歩車道接続部 段差解消等
公園
遊園地
動物園
植物園
出入口 幅員、段差解消等
園路 ルートの確保、幅員等
便所等 便所の仕様、水飲場等
案内標示 誘導ブロック、案内板の仕様等
駐車場   車いす使用者駐車可能スペースの設置等

出典 大阪府建築部「大阪府福祉のまちづくり条例設計マニュアル」平成5年8月

 (3) 他の事業との関連

福祉のまちづくりも限られた財源と時間のなかで実施していかなければなりません。社会の複雑化・多様化により住民ニーズは拡大する方向にあり、一方経済的にはバブル経済が破綻している今日、かなり厳しい状況のなかでまちづくりを進めていかねばならないのが現実でしょう。すでに述べたように社会の構成員として各自がそれぞれの責務のなかで役割を果たしていくことが前提としても、都市施設の基盤整備については国の各種制度を利用してまちづくりを進めることを考えてもよいでしょう。それも単独事業だけでなくいくつかの国庫補助事業の連携や組み合わせのなかでとらえることも必要でしょう。最近は「人にやさしい」という視点でさまざまな施策・事業があり、まちづくりも同様な視点で取り組まれてきています。「人に優しい建築物-ハートフルビルディング整備促進事業」(建設省、平4)、「障害者や高齢者にやさしいまちづくり推進事業」(厚生省、平6)など国レベルで高齢者、障害者を基本にさまざまな施策や事業が実施されつつあります。このような施策や事業を各市町村で有効に活用していくことが望まれます。
 ここでは地域に暮らす高齢者や障害者が自宅から外に出たときどのようなバリアがあり、それに対してどのような施策や事業が対応できるのかについてまとめて表(107頁以降参照)にしました。
 また、必ずしも高齢者や障害者に特定しない施策や事業でも活用の仕方によれば福祉のまちづくりとして利用できるようなものもあります。
 例えば、三重県松阪市では「商店街近代化事業」「都市計画街路事業」「土地区画整理事業」の3事業を利用することにより松阪駅前通りの整備を進めています。これは県・市・組合の三つの事業主体により、各商店をセットバックさせ歩道を広げることにより、電線の地下埋設、街路樹・パーキングなどを昭和59年より6年間かけて整備したものです。このとき歩道の切り下げや誘導・警告ブロックの敷設、ベンチや街路灯の設置などを実施し、結果的に福祉のまちづくりとしています。
 このように既存の施策や事業を連携活用することにより具体的にまちづくりを進めることもできます。既存の施策や事業をもう一度福祉のまちづくりに利用できないのか、という視点で見直してみることと新規施策の情報を得ていく姿勢は大切です。

 (4) 広報活動

まちづくりは、市民をはじめ関係団体や地元企業などに広く広報していかねばなりません。広報しないことには、市民の正確な理解もなくまちづくりに対する共通認識も目標も育ちません。結局市民それぞれの責務や役割も果たせないことになり、福祉のまちづくりは達成されません。
 それでは広報の媒体はどのようなものがよいのでしょうか。例えば、官庁広報誌、一般新聞紙、テレビ・ラジオなどのマスメディア、企業内情報誌、関係団体情報誌などが考えられます。その地域にあった広報媒体を選ぶことです。媒体や手段と同時に広報回数も定期的に行うことが効果を上げる上では重要でしょう。繰り返し広報活動を地道に行うことにより地域に浸透していくと考えられます。

都市計画道路3.4.6本町垣鼻線街路事業(三重県)の写真

 また、パソコン通信や電子メールなどの新しいメディアの利用も考えていきたいものです。このとき福祉のまちづくりそのものの広報はもとより、その地域におけるボランティア活動やコミュニティ活動の育成のための情報も同時に行うこともよいでしょう。
 さらに、教育の場として小・中学校における福祉教育を進めることもあります。小・中学生のときに正しい知識や理解を育てておくことは大切です。


5 評価の方法

まちづくりが具体的に進んだある時点でその評価をしなければなりません。計画どおりに施工・実施されたのか、その結果利用者ニーズにきちんと合致しているのか、手直しは必要ないのかなど、丁寧に評価していく行為が必要でしょう。評価の方法は、市民に実際に利用してもらいその情報を得ることでしょう。使い勝手はどうか、使いにくいとすればどこが使いにくいのか、どうすれば利用しやすくなるのかなど、できるだけ具体的に声を拾うことです。市民の声が出せるような場や機会づくりが望まれます。そこで得られた貴重な情報を次回からの計画や実施段階に反映させていくのです。市民の声として地域の障害者団体や老人クラブ等に定期的にお願いしていくのもよいでしょう。このなかにはそれほど大規模な改善や修繕でなくとも、簡単・簡便な対応で済むものも多くあると思われます。できるところからすぐやる、多少問題はないこともないが、ひとまず利用できるようにしていくことも大切です。
 しかし、評価していくためには誰にも分かる評価基準のようなものが必要でしょう。評価する人によりさまざまな異なった評価が下されてしまうのでは、どの部分をどう改善していけばよくなるのか一定せず、次のステップにつながらないことにもなりかねません。誰にも分かる評価基準づくりが望まれるところです。このときの評価基準はそれほど厳密なものでなくてもよいと思いますが、仕様や寸法など全国統一したものが望まれます。誘導・警告プロックの敷設方法や点字テープの内容なども全国で統一されているほうがよいでしょう。
 また、建築物の構造や設備を改善・改良した後の適正な維持管理も大切です。せっかくお金や時間をかけて施工したものが、メンテナンスが悪いために改善・改良前の状態に戻ってしまうことのないようにしたいものです。


最後に

増減税を含めた財源問題のなかでゴールドプランの見直しが進められている今日、特にハード面の充実も社会的に求められてきています。建設省は、平成6年6月に21世紀に向けた建設省関連福祉政策の方向を示した「生活福祉空間づくり大綱」を策定しています。この大綱には、福祉社会を実現するために高齢化対応住宅を500万戸、車いすですれ違える幅の歩道を全国で約13万kmの整備などが挙げられています。住宅や道路空間、健康運動公園・市民農園や多世代交流の場づくり、駅前広場や周辺建築物との一体的整備、新交通システムを含めた公共交通機関のレベルアップなどをまちを形づくる福祉インフラと位置づけ整備していく方向を示しています。ここで大切なことは、障害者や高齢者にやさしい住宅や道路などを社会資本として位置づけることにより、個人レベルから市町村・広域圏までそれぞれのレベルにおいて具体性をもって福祉インフラを展開してていこうとしていることでしょう。

福祉インフラの整備目標

項目 21世紀初頭の整備目標
公園の整備 概ね全ての市街地において歩いて行ける範囲に公園のネットワークを整備(約110,000箇所)し、全ての公園内に障害者等の利用に配慮したゆったりトイレを設置
車椅子がすれ違え、歩行者が安全に通行できる幅の広い歩道の整備 市街地や住宅地等の2車線以上の道路及び幹線道路で歩行者が頻繁に通行する区間26万kmのうち約50%(13万km)を整備
高齢者の安全に配慮した住宅の整備
(民間住宅も含む、床段差解消、手すり設置等を行った高齢化対応仕様住宅)
高齢者を含む世帯の数の概ね1/4程度に相当する約500万戸を確保
高齢者向け公共賃貸住宅
(高齢化対応仕様等を採用し、入居優遇等を行う住宅)
上記のうち、特に居住の安定を図る観点から。高齢者世帯等に向けて、約35万戸の公共賃貸住宅を供給
水辺空間の整備
(河川、海岸等の水辺空間に水と緑豊かな散策路、広場、せせらぎ等を整備)
市街地を重点に、全区にほぼ全ての市町村において1箇所以上整備(約6,600箇所)

出典 建設省「生活福祉空間づくり大綱-健康で心豊かに生きるための住宅・社会資本整備をめざして」平成6年6月

 福祉のまちづくり運動は障害者の自立運動とともに歩んできたといえます。この運動は従来は車いす使用者の社会参加であったり、障害者の人権運動であったりしました。かつてはある一部の人たちの運動であった、といってもいいかもしれません。しかし今、高齢社会を目前にしてさらに多くの人たちが身近のあるいは自分の問題として自分たちが住んでいるまちを見直そうとしはじめています。欧米福祉先進諸国ではノーマライゼーションやバリアフリーデザインといった言葉そのものももうあたりまえのこととして受け入れられつつあると聞きます。社会資本として福祉インフラが整備されてくれば、市民すべての人たちにとって住みやすいまちになり、豊かないきいきとしたアメニティの高いまちになるのです。
 以上みてきたようにまちづくりは皆で力を合わせて進めるべきものです。地域の構成員一人ひとりがそれぞれの責任をそれぞれのステージで果たすことが大切です。そして、そのためには特に自治体に適切な情報の把握と時機にあった的確な判断が求められ、それぞれの責任が果たせるようなシステムづくりが必要なのです。まちづくりは時間がかかることはすでに述べました。高齢社会がすぐに到来することも事実です。残された時間を考えればできるだけ早く実施していくことが必要です。そのときに地域住民・市民が参加した調査・計画・実施が一貫してなされることを期待したいと思います。
 最後になりましたが、資料を提供してくださった東武計画㈱、㈱ライフエイドネクサスデザインにお礼申し上げます。

【参考文献】

  1. 「「やさしいまち東京を創るために」東京都福祉のまちづくり推進計画」東京都、平成2年12月
  2. 「「建物改善の手引き」大阪府福祉のまちづくり条例」大阪府、平成5年4月
  3. 「「高齢者の住環境」第6巻」第一法規、平成5年12月
  4. 「高齢社会のためのまちの環境整備事業」㈱シルバーサービス振興会、平成6年3月
  5. 「人にやさしい住宅・社会資本整備-建設省の高齢者・障害者施策」建設省、平成6年4月
  6. 「生活福祉空間づくり大綱-健康で心豊かに生きるための住宅・社会資本整備をめざして」建設省、平成6年6月

主題・副題:「共生のまち」ガイド 67頁~69頁、76頁~88頁

著者名:

掲載雑誌名:

発行者・出版社:(財)日本障害者リハビリテーション協会

巻数・頁数:1頁~117頁

発行月日:平成6年12月1日

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