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情報サービスとユニバーサル・デザイン
マルチメディアDAISY を活用した電子教科書

野村 美佐子
(公財)日本障害者リハビリテーション協会情報センター

出典:情報の科学と技術 62巻5号,203~208(2012)

DAISY(Digital Accessible Information System)は,日本語で「アクセシブルな情報システム」と訳し,プリントディスアビリティ(印 刷物を読むことに障害)がある人々の情報のアクセスを支援するデジタル録音図書の国際標準規格である。本稿では,読むことが困難な人々 に有効であると注目を集めているマルチメディアDAISY 教科書について紹介し,ボランティアによる提供活動の現状,成果および課題を 示す。さらにすべての人の活動参加を保障するユニバーサルデザインの観点から,EPUB(Electronic PUBlication)とDAISY の連携によ るアクセシブルな教科書への期待を概説する。

キーワード:マルチメディアDAISY 教科書,アクセシビリティ,読むことが困難な児童生徒,ボランティア,DAISY4,EPUB3,ユニバー サルデザイン,合理的配慮


1.はじめに

2009 年の12 月,ICT(Information and Communication technology)の活用による持続的な社会の実現を目指す 「ICT 維新ビジョン」の中で,当時の原口総務大臣によっ て2015 年までに「デジタル教科書をすべての小中学校全 生徒に配備」という目標が決定された1)
この目標に基づき,総務省は「フューチャースクール推 進事業」として,2010 年度は,全国小学校10 校が研究実 施校となり,2011 年度は中学校8 校,特別支援学校2 校 が追加され,それぞれの学校にはタブレットPC(全児童1 人1 台)やインタラクティブ・ホワイト・ボード)の情報 通信機器を使ったネットワーク環境が構築された。また文 部科学省(以下文科省という)は同じ研究実施校において, 「学びのイノベーション事業」として,デジタル教科書・教 材を利用した指導方法の開発を行っている2)。そして2010 年7 月には,全ての小中学生がデジタル教科書を持つこと を実現するため,デジタル教科書教材協議会3)が設立され, デジタル教科書の開発および普及を推進する活動が続けら れている。
デジタル教科書の導入については,様々な議論がなされ ているが,デジタル教科書は,紙の教科書へのアクセスが 困難な障害者にとって,まさに読める教科書になると考え られる。2011 年4 月,文科省が,今後の学校教育(初等中 等教育段階)の情報化に関する総合的な推進方策について 「教育の情報化ビジョン」4)を公表し,その中で「情報通信 技術は,特別な支援を必要とする子どもたちにとって,障 害の状態や特性・ニーズ等に応じて活用することにより, 各教科や自立活動等の指導において,その効果を高めるこ とができる点で極めて有用である」としている。しかし, 障害者がデジタル教科書を利用するには,アクセシビリ ティについて配慮が必須であり,その配慮がなければ,障 害者はデジタル教科書を利用することができない。 本稿では,デジタル教科書のアクセシビリティの保障と いう観点から,読むことが困難な人々に有効であると注目 を集めているマルチメディアDAISY 教科書(以下DAISY 教科書という)について紹介する。またその提供活動につ いて現状,成果および課題に焦点をあてる。さらに課題を 解決する展望とともに,ユニバーサルデザインの観点から, 商業用電子図書の標準フォーマットであるEPUB と DAISY の連携によるアクセシブルな教科書への期待を概 説していく。

2.DAISY について

DAISY5)とはDigital Accessible Information System の 頭文字をとっており,日本語では「アクセシブルな情報シ ステム」と訳されている。当初は利用者として視覚障害者 のみを対象として開発されていたが,その後マルチメディ アDAISY として発展を遂げ,現在は,プリントディスア ビリティ(通常の印刷物を読むことに障害)のある人々全 体を対象にしたデジタル録音図書の国際標準規格として開 発が進められている。この規格の開発と維持および普及を 積極的に行っているのが,1996 年に設立されたDAISY コ ンソーシアム(以下DC という)6)である。現在のXML を ベースとしたDAISY3 は,米国のデジタル録音図書の標準 規格(ANSI/NISOZ39.86-2005)として認定された。次 世代のDAISY4 は, 製作と相互変換(Authoring `& Interchange: AI)用の規格となり,配布パッケージ用には, EPUB3 規格そのまま用いることになった。DAISY4 は, 米国のANSI/NISOZ39.98-2012 としてまもなく採択され る予定である。現在,DC の開発チームによってDAISY4 を実装したツールの開発が行われている。
また,商業用電子図書の標準フォーマットとして世界的 に認知度が高いEBUB は,国際デジタル出版フォーラム ( International Digital Publishing Forum: IDPF) と DAISY コンソーシアムとの共同作業によって2011 年10 月にEPUB3 として改定された。今回の規格改定以前から 互換性があったが,この改定により,EPUB3 がDAISY4 の配布フォーマットになったのである。これを機に, DAISY の認知度が高まり,デジタル図書のメインストリー ムとなることが期待される。
しかし,今回のEPUB3 への改訂においてイニシアチブ をとったIDPF とDC の両方の団体の技術主任であるマー カス・ギリング(Markus Gylling)氏は,「EPUB3 によ る書籍や配信サイト,読み上げシステムが,皆同じように 作られるわけではないため,アクセシビリティの点で,す べての期待に応えることができない可能性がある」と語っ ている7)。つまり,世界に流通するEPUB3 のすべてがア クセシブルであることが保障されたわけでなく,EPUB3 用のアクセシビリティ指針を制定し普及することが必要で あることを示唆している。

3.マルチメディアDAISY の特長

現在のDAISY 規格の図書は,3 種類に大別される。音 声のみのDAISY 図書,構造化されたテキスト図版のみの DAISY 図書,テキストや画像の表示と音声の出力を同期さ せることができるマルチメディアDAISY 図書である。教 科書のDAISY 化は,マルチメディアDAISY 図書の形式で 行われており,次のような特長があげられる。

3.1 ナビゲーション

紙の教科書と同様に目次や頁を使って自由自在 に文書内の好きなところに飛べる機能をいう。こ の機能は,テキストのあるDAISY 図書だけでな く,音と目次だけのDAISY 図書でも可能である。

3.2 調整機能

マルチメディアDAISY 図書を耳で聴く場合の 読み上げ音声は,肉声の場合もあり,テキストを TTS(text-to-speech: 音声合成エンジン)で読 み上げる場合もある。また,テキストと音声を含 むDAISY 規格のコンテンツを1 つ作れば,再生 環境側で次のような調整が可能となる。

  • 文字の大きさ
  • カラーコントラスト等の見え方
  • 読み上げのオンとオフ
  • ハイライトのオンとオフ
  • 読み上げのスピード
  • 点字による表示の有無

なお,再生環境側には,検索やしおりといった便利な機 能も付加されている。

3.3 音声とテキストと画像の同時表示

ディスレクシアや弱視のDAISY 利用者は読み上げに 伴ってハイライト表示されるテキストを用いることが多 く,ハイライト表示が集中を助けるという利用者も多い。

3.4 無償のオープンスタンダード

無償の国際標準規格であり,その仕様は公開されている ので誰でもその仕様によってコンテンツや再生ツールを開 発することが可能となる。その結果,利用者は,パソコン, 携帯電話,iPad,専用プレイヤー等の幅広い選択肢から用 途に応じて再生ツールを選ぶことができる。

4.日本におけるDAISY 教科書の概要

現在のDAISY3 仕様は,国語の教科書のような縦書き・ ルビに対応していないため,DAISY2.02 仕様をベースに日 本語固有の表示を拡張した独自のファイルフォーマットで 製作を行っている。国語以外では,横書きでの製作が行わ れている。製作ソフトとしては,(公財)日本障害者リハビ リテーション協会(以下リハ協という)が無償で提供する 製作ソフト「Sigtuna DAR3」,英国の会社が開発した製作 ソフト「Dolphin Publisher」の日本語版が使用されている。 また算数,数学などのDAISY 化は日本で開発したソフト の「チャティ・インフティ(Chatty Infty)」が主に使用さ れている。2011 年度には,国語,社会,理科,算数,歴史, 地理,公民,英語,数学,音楽などの教科書130 冊が製作 された。
以下の画像は実際の国語の教科書ではないが,同様の ファイルフォーマットで製作した図書の画像である。縦書 き,ルビ付き漢字,そして画像,音声と同期するテキスト のハイライト機能を持っている。(図1)

AMISで再生する「走れメロス」
図1 「AMIS」で再生する「走れメロス」(c)JSRPD

音声についてはほとんどが肉声で録音したものだが,合 成音声を使用しているものもある。
DAISY 教科書を再生するためには,「AMIS」と呼ばれ る無償のパソコン用再生ソフトを使用しているものが多 い。このソフトは,リハ協のウェブサイトからダウンロー ドすることができる。この「AMIS」以外では有償のパソ コン用ソフト「EasyReader」の日本語版,iPad やiPhone 用アプリの「Voice of DAISY」,音声だけを聞くための小型の専用機器「PLEXTALK Pocket」など8)が,DAISY 教 科書の再生に使用されている。

5.DAISY 教科書の提供活動

5.1 提供活動の経過

2008 年9 月の「児童及び生徒のための教科用特定図書 等の普及の促進等に関する法律(教科書バリアフリー法)」 の施行と教科用拡大図書等の作成のための複製等について 定めた「著作権法第33 条の2」の改正9)をきっかけとして, リハ協は,非営利のDAISY 製作団体の協力を得て,マル チメディアDAISY による教科書を製作し,通常の教科書 を読むことが困難な児童および生徒に提供し始めた。
2009 年4 月には,教科書出版会社からのデータ提供が 始まり,DAISY 製作において紙媒体の教科書をスキャンす ることに要していた時間を削減できた。またこの時期に, DAISY 製作に関わるボランティア団体に協力を依頼し,人 的ネットワークの構築が可能となった。現在は13 の非営 利団体10)の協力により提供活動を行っている。今後はさら に協力団体を増加させることが必要である。
2010 年1 月には,著作権法の視覚障害者等のために著 作物の複製等について定めた第37 条3 項 の改正の施行に より特別な支援を必要とする児童生徒のニーズに合わせた 形式でのマルチメディアDAISY 図書等の複製・自動公衆 送信が可能となった。しかし,リハ協は,著作権法第37 条第3 項について「認められる者」ではなかったため,同 年1 月に申請し,4 月に政令指定を受けることができた。
同年10 月には,第37 条3 項により,一部制限はあるも ののダウンロードでの提供が認められた。それまでは,教 科書バリアフリー法がダウンロードによる配布の想定をし ていなく,教科書の対象児童・生徒へのダウンロードでの 配布が認められていなかったため,第37 条3 項の改正は 朗報であった。ダウンロード配布は,制作者側にとっては DAISY 教科書データを利用者に送付する作業が軽減され, 利用者側にとっては,送付実費負担がなくなるという利点 がある。

5.2 マルチメディアDAISY 教科書提供方法

DAISY 教科書の提供が始まった当初は,障害のある児童 生徒の,通常学級における学年の教科書の代わりとなる教 科用特定図書としてのみ提供されていた。しかし,2010 年5 月から教科書バリアフリー法にある「障害その他の特 性の有無にかかわらず,児童および生徒が十分な教育を受 けることができる学校教育の推進に資する」ために,障害 のある児童・生徒が,在籍学年よりも下の学年のDAISY 教科書を利用することや,教師が障害のある児童・生徒の 指導のためにDAISY教科書を利用することが可能となり, また,障害のある児童生徒がいる学級では,必要に応じて 障害のない生徒を含む一斉授業でもDAISY 教科書を利用 することが可能となった。 また最近においては,文部科学省の初等中等教育局教科 書課と文化庁長官官房著作権課の連名で都道府県の教育委 員会への事務連絡が発出され,教育委員会,教育センター, 公共図書館,そして学校図書館で「当該障害のある児童生 徒の学習の用に供するため,当該児童生徒を指導する教員 等が,当該教材の内容や操作方法等の確認等を目的として 見ることは可能」とした。このような進展により,ゆっく りではあるが教育および図書館関係者にDAISY 教科書が 浸透しつつある。

5.3 DAISY 教科書の利用者について

DAISY 教科書利用者数は,2008 年度に80 人,2009 年 度に320 人,2010 年度に710 人,2011 年度2 月現在,1,109 人と,徐々に増加している。しかし,2002 年の文科省が行っ た4 万人を対象にした「通常の学級に在籍する特別な教育 的支援を必要とする児童生徒に関する全国実態調査」の結 果によれば,担任は学習に困難な示す児童生徒の割合を 6.3%,特に読み書きが困難を示す児童生徒の2.5%と回答 していることから,現時点での利用者数では,必要とする 対象者には届いていないと考えられる。
DAISY 教科書の利用者は,発達障害(LD,ADHD,広 汎性自閉症)を始めとして,眼球運動の障害,上肢障害, 脳性マヒ,知的障害,視覚障害(全盲・弱視),構音障害な どのため通常の教科書を利用できない児童生徒である。 利用者が在籍する学級は,特別支援学校,特別支援学級, 通常学級,そして通常学級に在席するが,学習が困難科目 について特別な指導を受ける場となる通級指導教室があ る。なお,通常学級にいて支援を受けていない児童・生徒 も多いように思われる。
利用者がDAISY 教科書を利用する場所として次のよう な学習の場があげられる。通常学級の児童・生徒が個別学 習に使用する。また家庭で予習に使用する。その場合,児 童・生徒のみで使用する場合と保護者と一緒に使用する場 合がある。件数は少ないが通常の学級での使用もある。ま たテストの準備やテストそのものに使用する生徒もいる。 具体的な事例については後に述べることにする。

5.4 利用者に関するアンケート結果

2012 年1 月に利用者の保護者または担当の教師に児童 生徒が使用するDAISY 教科書についてアンケートを実施 (514 通送付)し,214 名の回答を取得した11)。DAISY 教 科書の効果があるかという質問に対して,「大いにそう思 う」「ややそう思う」「あまりそう思わない」「まったくそう 思わない」の4 段階評価をしてもらったが「大いにそう思 う」と「ややそう思う」という回答の割合が70%以上であっ た。その理由は次のようなことである。

  • 読みがスムーズになった
  • 読み間違えが少なくなった
  • 読むことへの抵抗感,苦手感,心理的負担が減った
  • 自分から本を読むようになった
  • DAISY 教科書を使用した教科への学習に意欲が出てきた

また,上記以外に「読み聞かせなくても自分で学習でき るようになった」と回答する保護者や教師がいたので,彼らにとっての負担が少なくなったということがDAISY 教 科書の導入による大きな変化であったようだ。
ハイライトの効果については,読んでいる個所を確認し ながら読むことができると回答が多く寄せられている。 DAISY 教科書の再生ソフトにおいてどのような調節を しているかについての質問は,製作側としては興味あるこ とであったが,ほとんどの児童・生徒は,制作者が設定を したデフォルトの環境のままで使用していた。なお,フォ ントのサイズは,製作者は設定をせず各利用者のパソコン 環境に任せている。

6.DAISY 教科書活用事例

リハ協主催のDAISYに関する事業の報告会や2009年か ら2010 年に行った文科省研究委託事業「発達障害等に対 応した教材の在り方に関する調査研究事業」の実証研究か ら得た12)様々な事例がある。ここで特に有効と思われる事 例をいくつか紹介する。

6.1 通常学級での事例

読み書き障害発達遅滞と診断された4 年生の児童が DAISY 教科書を通常の学級で使用した。児童は,1,2 年 生の頃,本を読めないことで自尊心の低下があった。児童 が3 年生の時に通級指導教室担当の教師がDAISY 教科書 を使うことを勧めた。4 年生からは,通級指導教室担当の 先生と通常学級の先生の連携により当該児童のDAISY 教 科書の使用が始まった。通常学級の担任は,彼がタブレッ トのPC でDAISY 教科書を使用することを支援し,通級 指導教室の担当教師は,書くことに困難のある彼の基礎的 な学力の向上を目指した。家庭は,彼のDAISY 教科書を 使用した自主的な勉強の場となった。その結果,読むこと に自信がつき,クラスのみんなと一緒に勉強する喜びを感 じるようになった。またDAISY 化された試験問題を独力 で読んで回答を書き,理解する力を示すことができた。
また,クラスで当該児童のみがパソコンを使用すること について他の児童に理解をしてもらうためにマルチメディ アDAISY 図書を体験する機会をつくった。たとえば,朝 読や国語の音読に電子黒板あるいは教室の黒板のスクリー ンにプロジェクターで投影したDAISY 図書や教科書を使 用し,その際には,紙の教科書で読みたい児童は紙の教科 書を選択してもらった。この体験について担任の教師がア ンケートを行った結果,紙の方が良いとした一人の児童以 外は,好評で,必要とする児童への理解も高まったとのこ とだ。
当該児童は,読むことに関心を持ち,学習意欲も向上し たが,今でも読むことに時間がかかり,書くことに関して も重い障害があるので,今後もDAISY 化された教科書や 教材は彼にとって必要なツールだ。彼にはこれからも継続 してこのような支援が必要だが,彼のような障害の特性に 応じた小学校から高校までの継続した支援体制は確立され ていない。各地域の教育委員会の対応が望まれる。

6.2 特別支援学級 での事例

次に紹介するのは,1 年生と2 年生の5 名の児童で構成 する特別支援学級のクラスでのDAISY 教科書の使用例で ある。担当教師が国語の授業で電子黒板にDAISY 教科書 を映して使用していた。画面にある文章をみて音読をさせ る,パートごとに言葉の意味の動作化を指示し,実際に実 物を見せる,などして語彙を増やす指導を行っていた。能 力がばらばらでなかなか集中して座っていることができな い生徒たちだが,電子黒板を見ることで集団学習に参加で きていた。また担当教師の絶妙なタイミングでのそれぞれ の児童への声がけも効を奏した。担当教師は,DAISY 教科 書の効果について,「大画面で,視覚や聴覚など多感覚を使 用すること,またどこを読んでいるのか黄色のハイライト で示されるのでわかりやすく児童の集中力が高まった」と 語っていた。

6.3 家庭での事例

通常学級にいて,LD・広汎性発達障害であると診断を受 けたある中学2 年生の生徒は,読み書き,計算が困難であっ た。通級指導教室の支援がないため,家庭で国語,英語, 社会のDAISY 教科書を,主に授業の予習用として,また テスト前の復習用として利用している。また読書感想文用 の読書もDAISY 図書を利用しているとのことだ。小学校4 年から国語のDAISY 教科書の使用を始めたが,開始直後 「これならわかる」と飛躍的に理解力が伸びた。そこには, 保護者の適切なアドバイスや励ましがあった。また「自分 で読んでも理解できない文章もDAISY 教科書があれば理 解できる」と家庭学習での継続的な使用で,学習意欲の向 上,進路希望を持つなど自尊意識の回復が見られた。今後, 高校・大学と進学してもDAISY 教科書の利用を希望して いる。また入試,入学後の授業やテストにもDAISY など の音声による支援などの配慮を望んでいる。

7.課題と解決に向けて

DAISY 教科書の提供においては,次のような技術的な課 題と普及における課題がある。

7.1 技術的な課題

ボランティアによるDAISY 教科書の製作において,現 在主に使用されている無償の製作ソフトの開発は終了して しまっているため,現在のニーズに対応したソフトの新た な開発が必要である。しかし,このニーズに対応する日本 の企業が少ない。2010 年に,日本マイクロソフト社は, DC やリハ協と協力して,DAISY 形式の文書を作成できる 「Microsoft Word」のアドインソフトとして「DAISY Translator」13)の日本語版の無償提供を開始している。ま た,非営利の目的であれば読み上げソフトの配布の要望に も答えられるとこのことである。本ソフトは簡単にテキス トDAISYやマルチメディアDAISYが作成できるツールと して利用されている。今後もこのような企業の貢献が期待 される。

7.2 普及の課題

現在は,DAISY 教科書の存在を知らない行政や教育関係 者が少なくない。今後教育委員会などがDAISY 教科書の 提供拠点として機能すれば,そこから学校や教師へ周知さ れることが予想できる。
また,現在は学校のパソコンへの再生ソフト,DAISY 教科書データのダウンロードなどに制限がかかっている。 その管理は教育委員会で行われていると考えられるので, ダウンロードの制限の解除のためには,教育委員会の協力 が必要である。さらに学校におけるDAISY 教科書再生に 使用するパソコンの不足,教師のICT 知識不足などについ ても,教育委員会で解決すべき問題ではないだろうか。
教科書バリアフリー法において,デジタル教科書は誰で も作成することができるようになったが,そのための予算 措置はされていない。そのため現在はDAISY 教科書の製 作・提供は主にボランティアによって行われているため, タイムリーで安定した提供が保障されておらず,ボラン ティアであるがゆえの限界がある。米国や欧州,そしてブ ラジルなどはすでに国の責任でDAISY 教科書や図書の提 供が行われている14)ので,それらの国々を参考とした法的 整備と予算措置をもって,日本におけるDAISY 教科書提 供システムを確立することが必要だ。

8.EPUB3 とDAISY4 の連携による期待

DC とIDPF の事務局長であるジョージ・カーシャ (George Kercher)氏は,「現在の規格であるDAISY3 は, DC による開発時にはXML が一番だと考えたが,実際に はウェブブラウザーが,XML をサポートしていなかった」 と2011 年に開催されたDC ヘルシンキ会議201115)で述べ ている。この状況を見て,DC は,次のDAISY4 の仕様に ついては,製作・相互変換用の仕様と配布を別にする必要 があると考えたとカーシャ氏は言う。DC は,DAISY4 の ための相互変換ソフトとしてDAISY パイプラインを開発 中である。DAISY パイプラインの変換機能を使用して, EPUB をはじめ拡大図書や点字への自動的変換ができる ようになる。DAISY4 の特長として,世界中の言語に対応 していることがあるので,日本語の縦書き・ルビ等の日本 語組版への対応も可能となる。数式や図表などを含む科学 技術文献の,自動読み上げも可能となる。さらに手話など の動画との同期も対応する。
一方,EPUB3 は,DAISY4 の配布パッケージ用フォー マットとなり,DAISY のナビゲーションや音声とテキスト の同期の機能が含まれている。またその仕様は,ウェブの 記述言語として使用されるHTML(Hyper Text Markup Language)の最新バージョンとなるHTML5,動画,静止 画,テキスト,音声などを同期させて提示する記述言語で あるSMIL ( Synchronized Multimedia Integration Languege)が含まれている。さらに電子図書のコンテン ツはどのようなメディアで再生されるのかがわからないと いうことを考慮して,旧バージョンでも再生が可能となる 機能(fallback)と文字サイズを変更しても画面に合せて 文字の表示を調節するリフロー機能も含み,レイアウトに 関してはアクセシブルにするためのCSS も使用している。 世界の言語がサポートされるので,たとえば,縦書きなど にも対応している。
前述したように,必ずしもアクセシブルなEPUB ができ るとは限らないので,教科書出版会社には,アクセシビリ ティに配慮したEPUB3 による電子図書の出版を期待した い。そうなれば,現在行われているDAISY 教科書の作業 時間が飛躍的に短縮し,その結果として製作コストが大幅 に改善されると思われる。

9.おわりに

DAISY のように,もともと障害のある人々を対象にした ものが一般の人にも使われるようになっていくこと (mainstreaming)に注目すべきだ。ユニバーサルデザイ ンが,画一的なワン・フィッツ・オールとは逆に,すべて の人の多様な形の参加を保障するものであるためには, 個々の障害の特性やニーズに対応する支援技術との協調が 不可欠である。DAISY とEPUB との連携によりDAISY の優れたアクセシビリティとナビゲーションがEPUB フォーマットの電子出版物としてより多くの人に広がり, 障害者が出版と同時にアクセシブルな教科書を入手できる ようになることを切に望む。
そのために,国が責任を持って,国連障害者権利条約に 基づき,児童・生徒の学習や社会参加を保障するための合 理的配慮および環境整備として,DAISY 教科書の提供と EPUB フォーマットの教科書の出版をそれぞれ促進する ことを期待する。

注・参考文献

(参照URL の参照日は全て2012 年2 月26 日)

1) 2010 年中にICT 関連規制を集中見直し,総務相が「原口ビ ジョン」発表. http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20091222/342509/
2) 2 知財計画2011(デジタル教科書・教材関連【抜粋】)http://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/tyousakai/contents_kyouka/2012/dai2/siryou2_2.pdf
3) デジタル教科書教材協議会.http://ditt.jp/
4) 教育の情報化ビジョン. http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/23/04/__icsFiles/afieldfile/2011/04/28/1305484_01_1.pdf
5) エンジョイ・デイジーhttp://www.dinf.ne.jp/doc/daisy/
6) DAISY Consortium. http://www.daisy.org/
7) EPUB3 最終推奨仕様として承認:マーカス・ギリング (Markus Gylling)とのインタビュー.http://www.dinf.ne.jp/doc/daisy/consortium/news/news201110_markus.html
8) DAISY 再生ツール.支援技術開発機構.http://www.normanet.ne.jp/~atdo/tool.html l
9) 「障害のある児童及び生徒のための教科用特定図書等の普及 の促進等に関する法律」に伴う著作権法改正 http://www.bunka.go.jp/chosakuken/tokuteitosyo_fukyu.html
10) マルチメディアDAISY 版教科書http://www.dinf.ne.jp/doc/daisy/book/daisytext.html
11) アンケート結果.シンポジウム「届けたい,読める教科書,DAISY 教科書を!」資料.2012 年2 月6 日.
12) 最終報告書.http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2011/09/09/1310526_2.pdf
13) DAISY Translator 日本語版.http://www.dinf.ne.jp/doc/daisy/software/save_as_daisy.html
14) 野村美佐子.DAISY サンパウロ国際会議報告.http://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/access/daisy/daisy_brazil111104/brazil111104.html
15) 野村美佐子DAISY ヘルシンキ会議2011.http://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/access/daisy/110506_helsinki/nomura_helsinki.html


Special feature: Information services and universal design. Accessible digital textbooks in DAISY multimedia. Misako NOMURA (Japanese Society for Rehabilitation of Persons with Disabilities, 1-21-22 Toyama, Shinjuku-ku Tokyo 162-0052 JAPAN)

Abstract: DAISY(Digital Accessible Information System)is an international standard of digital talking books to ensure access to information for persons with print disabilities. This paper focuses on accessible digital textbooks in DAISY multimedia format which are considered as effective for pupils with reading disabilities. It also focuses on the current situation, outcome and challenges of the provision of such textbooks by volunteers. In order to ensure opportunities for everyone the expectation about accessible digital textbooks based on the convergence of EPUB and DAISY is described from the perspective of universal design.
Keywords: digital books in DAISY multimedia / accessibility / pupils with reading disabilities / volunteers / DAISY4 / EPUB3 / universal design / reasonable accommodation