各コーディネーターからの紹介 4つのセッションの大会テーマとのつながり
- 1 不登校の理解と支援
- 伏見 明 東京都教育庁 都立学校特任相談役
- 2 発達障害の理解と支援の実際を考える
- 藤野 博 東京学芸大学 教授
- 3 進路選択支援の実際と課題
- 田中 裕一 神戸女子大学 教授
- 4 障害者の生涯学習支援の実際
- 松矢 勝宏 東京学芸大学 名誉教授
- 松矢
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基調講演が終わりましたが、気持ちとしては、障害があろうがなかろうが、日本の子どもたちも、青年たちも、そして大人も、学び続けていく存在だと思っています。
社会人として本当に幸せなのだろうか、という問いが常にあります。そこには相談支援が関わり、年齢や健康などによって支援の内容も異なってくると思います。そうした観点から、今回は教育を軸にしながら4つのセッションを設けました。それぞれのセッションを通して、教育を捉えつつ、さまざまな支援を考える際の中心的なテーマを共有したいと考えています。これから展開する内容に、ぜひご期待いただきたいと思います。よろしくお願いします。
- 藤野
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それでは、各セッションのご紹介を進めていきます。まずはセッション1について、お願いします。
- 伏見
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セッション1のコーディネーターを担当する伏見です。どうぞよろしくお願いいたします。
セッション1のテーマは、「不登校の理解と支援」です。
不登校を経験した当事者の方、保護者の方、そして社会に出ることに困難のある方々を支援している方にご登壇いただき、実際の声を聞きながら、不登校とは何か、どのような状況なのかを一緒に考えていきたいと思っています。
ご存じのとおり、平成24年から12年間連続して、日本の小・中学生の不登校者数は増加し続け、毎年過去最多を更新している状況です。
一般的には、不登校になると勉強が遅れる、将来に不利益があるのではないかと考えられがちです。しかし、当事者の話を聞くと、問題はそれだけではないようです。
周囲の子どもたちは普通に学校に通えるのに、自分だけができない。そのことから、自分はだめな人間、価値のない人間だと自己否定してしまう――そこにこの問題の本質があります。
つまり、自己存在そのものを否定してしまうのです。
そういう意味では、リハビリテーションの理念である「全人間的」という視点が大きく関わる問題だと考えています。
さらに、居場所が失われていきます。
学校に居場所がないだけでなく、保護者などから理解が得られなければ、家庭の中でも安心できる場所がなくなってしまう。どこに行っても自分の存在が認められないという感覚が生まれます。
また、教育の問題として語られ、「学校は何をしているのか」と学校の責任に集約されがちですが、それだけでは解決の糸口は見つかりません。
本来は、居場所づくりや人の尊厳の問題として、社会全体で捉える必要があると言えます。
今日は、実際に体験された方、保護者の方、支援に関わる方々とともに考え、終盤は会場の皆さんとも意見交換を行いたいと思います。よろしくお願いいたします。
- 藤野
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続いて、セッション2「発達障害の理解と支援の実際を考える」の趣旨についてご説明します。藤野がコーディネーターを務めます。
発達障害のある人たちに関わる問題として、精神的健康の課題があります。
中高生を対象とした国際的調査では、自閉スペクトラム症やADHDなどの発達障害と精神的健康との相関が認められています。ADHDの特性を持つ子どもは経験の機会が少ない傾向があり、社会的な困難が生じやすいことも指摘されています。
学校や職場では、暗黙のルールや人間関係への適応が求められますが、それが社会的ストレスとなり、孤立につながることがあります。
周囲に合わせようとして過剰に自己を抑制し、結果として精神的に疲弊してしまう――いわゆる「過剰適応」です。
発達障害のある人にとって、自分らしいままで気楽に人と関わることは容易ではありません。
その背景には強い孤独感があります。友人の人数や交流の頻度が少なく、ゲームやテレビなど一人で過ごす時間が多い傾向が指摘されています。
私が関わっていた支援サークルの子どもたちからも、
「学校には友達がいません」
「遊びに行きたいけれど、一緒に行く相手がいません」
「地域に友達がゼロです」
といった声が聞かれました。
一方で、そのサークルに参加するようになってから、遊びや交流が生まれ、「居場所ができてよかった」と語るようになりました。
彼らが求めているのは、自分を作らずに仲間と一緒にいられる場所なのです。
発達障害の臨床に携わる専門家も、居場所の重要性について、幼児期から包括的な支援が必要であり、それが地域に存在しなければ、その人にとってのコミュニティは成立しないと指摘しています。
活動拠点をつくり、共通理解を基盤としたサブコミュニティを形成することが重要だとされています。
近年、こうした場は「サードプレイス(第三の居場所)」と呼ばれています。
家庭というファーストプレイス、学校や職場というセカンドプレイスを超えた、インフォーマルでくつろげる公共的な場所です。定期的に訪れることができ、対等な関係の中で安心して自己表現ができる空間です。
それは、学校の中では得にくい体験を補い、全人間的復権につながる可能性を持つものです。
本セッションでは、発達障害のある方が安心して自分らしく社会参加できるサードプレイスの実践例を、当事者からご紹介いただき、参加者の皆さんと意見交換を行いたいと考えています。
当事者として関根礼子さん、綿貫愛子さんにご登壇いただき、活動紹介をしていただきます。
では次に、セッション3についてご紹介します。
- 田中
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セッション3「進路選択支援の実際と課題」についてご紹介します。
抄録集にも詳細を掲載していますので、よろしければそちらもご覧ください。
少しだけお聞きします。明日も来られる方はいらっしゃいますか。ありがとうございます。
明日来られない方は、少しもったいないかもしれません。実は私たちのセッションは明日行われます。
抄録集には企画趣旨を簡潔にまとめています。今回お伝えしたいことの一つとして、障害者の権利に関わる理念、Nothing about us without us!があります。
ここにいらっしゃる多くの方が耳にされたことのある言葉だと思います。「私たち抜きに私たちのことを決めないで」という意味です。
進路選択においても、当事者がどう考えているのか、自分の意見をどのように形成し発信していくのかを、皆さんと一緒に考えたいと思っています。
これは進路選択だけに限らず、午前中のセッションでも触れられていた進学や就職とも密接に関連するテーマですので、できるだけ網羅的に議論できればと考えています。
特に高校進学や就職の時期は、本人にとって大きな決断を迫られるタイミングです。もちろん本人の意見を全く聞かないということはないと思いますが、実際には大人の誘導の中で方向性が決まっていくことが、相談の現場では少なくありません。
そうではなく、本人がじっくり考える時間を確保すること、そして本日午前中にも話題に出ましたが、本人にとって分かりやすい形で情報提供を行うことが必要だと感じています。
ただ、情報がそろえば選択できるかというと、必ずしもそうではありません。私自身、当事者の方々と接してきた中で、選択は段階的に育っていくものだと実感しています。
例えば、保護者と本人が一緒にいる場面では、最初は保護者の関与が大きく、相談や判断の中心を担うことが多いでしょう。しかし成長に伴い、少しずつ本人主体へと移行し、本人が決める経験を積み重ねていく。そのような発達的な変化があると感じています。
今回の登壇者として、まず親子でご登壇いただきます。現在大学生である当事者の方とお母様です。お二人のやり取りを通して、進路選択のプロセスを具体的に考えていただければと思います。
この保護者の方は、ご自身のお子さんだけでなく、他の障害のある方と学校や行政をつなぐ役割も担ってこられました。進路選択の場面で、当事者の親がどのような役割を果たし得るのかについても情報提供いただく予定です。
二人目の登壇者も発達障害の当事者の方です。幼少期から現在に至るまで、保護者とともに学校とどのように対話を重ねてきたのか、年齢や段階に応じてどのように関わり方が変化してきたのかをお話しいただきます。
三つ目の話題提供では、静岡県手をつなぐ育成会の小出会長にご登壇いただきます。保護者としての思いを子どもに伝えることは大切ですが、それと本人の自己決定をどのように両立させるのか、その折り合いのつけ方について、親の会の立場から事例を交えてお話しいただく予定です。
最後、四人目の登壇者である関哉先生には、法律家の立場から、障害者の権利、とりわけ意思決定をどのように捉えるべきか、また支援のポイントについてご説明いただきます。
このセッションは明日の午後に開催されます。
進路や就職という人生のターニングポイントにおいて、当事者の選択がどのように形づくられるのか、そしてその選択はその瞬間だけでなく、それ以前からの積み重ねの上に成り立っているのではないか――そうした点について議論できればと思っています。
明日、ぜひ楽しみにしていただければ幸いです。私からの説明は以上です。ありがとうございました。
- 藤野
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それでは、セッション4のご紹介と、最後に全体の締めくくりのお話をお願いします。
- 松矢
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セッション4は、「障害者の生涯学習支援の実際」です。松矢がコーディネーターを務めます。
障害者権利条約では、生涯学習の重要性が明確に述べられています。第24条では、「障害者を包容するあらゆる段階の教育制度及び生涯学習を確保する」とされています。
人間である以上、子どものときから学びを続けていくわけですが、学校教育が終わってからも、社会の中で、人生の各段階や生活の状況に応じて学び続けていくことは、人間性の確立にとって極めて重要です。特に障害のある方々については、学校卒業後の学習機会が少ないという現実が見えてきます。
日本では、平成30年に文部科学省が「学校卒業後における障害者の学びの推進に関する有識者会議」を開催し、報告書がまとめられました。現在はそれに基づき、文部科学省総合教育政策局に「障害者学習支援推進室」という部署が設置され、施策が展開されています。
では、どのような生涯学習が期待されるのか。今回は、今後特に重要になると考えられる実践を、パネルディスカッション1と2に分けて取り上げます。
パネルディスカッション1は、相模女子大学と相模原市が連携して実施しているインクルーシブ生涯学習プログラムです。障害のある人を中心に、学生や市民も参加し、市と大学が協働して地域ぐるみで行う学びの場です。障害のある人の主体性を生かしながら、市民や学生がともに学ぶプログラムが開発されており、当事者がリーダーシップを発揮して推進している点が非常に意義深いと感じています。
パネルディスカッション2は、すでに各地で展開している三つの領域の実践を取り上げ、今後の発展を考えます。
第一は地域スポーツの領域です。障害の有無にかかわらず市民がスポーツを楽しみ、健康的な生活を築きながら地域のコミュニケーションを形成していく実践が各地で生まれています。その一例として、世田谷区で社会福祉法人が中心となり、市民ぐるみで取り組んでいる活動があります。
第二は文化・芸術の領域です。特別支援学校の同窓会の卒業生と保護者を中心に、30年にわたりミュージカル活動を続けてきた実践があります。文部科学大臣賞も受賞した活動です。総合芸術であるため、さまざまな立場の人が支援者として関わります。学生オーケストラから始まった伴奏も、その後は地域の市民も参加し、新たなオーケストラへと発展しました。音楽や演劇に関心のある教師や市民も加わり、支援の在り方自体がユニバーサルでインクルーシブなものになっています。卒業生や保護者を支えながら、市民自身も社会参加を通して活力を得るという相互的な学びが生まれています。ほかにも、石見神楽の活動など、各地で注目すべき実践が展開されています。
第三は大学におけるオープンカレッジです。東京学芸大学を起点に、私が中心となって展開し、目白大学へと広がってきました。教養教育を中心とした大学の学びを開放する取り組みです。全国各地にも類似の実践がありますが、人材不足や大学側の体制など課題も多く、それらをどう乗り越えるかが今後の大きなテーマになります。
こうした実践を通して、障害のある人たちが人生を豊かにしていくために、生涯学習が不可欠であること、そしてそれがリハビリテーションの機能そのものを持っていることを確認し、皆さんと共有しながら今後の在り方を考えていきたいと思います。
- 藤野
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ありがとうございます。
- 松矢
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今回の4つのセッションは、教育を総合リハビリテーションの観点から考えるというテーマにふさわしい内容であると、実行委員長として考えています。ぜひセッション1からセッション4までご参加ください。聞き逃すと損をしますよ、という気持ちです。どれも欠かせない内容です。今回は「不登校」も取り上げていますが、これは障害の有無にかかわらず支援を必要とする方々の問題です。
私たちがWHOの国際生活機能分類(ICF)を重視するのも、ICFモデルが障害のある人だけでなく、すべての人を対象としたモデルだからです。障害の有無にかかわらず、豊かな人生を築くためのリハビリテーションの考え方なのです。
教育は、人間にとって極めて重要な機能、すなわち「学び」です。制度としての教育も、学ぶ内容や方法も時代とともに変わっていきます。
教育リハビリテーションの考え方は、人材を必要とする重要な領域でもあります。その点も踏まえ、今回のセッションに参加していただければありがたいと思います。そして、市民が参加していくことが非常に重要です。地域で展開していくという地域性の視点も含めて考えていただければと思います。
- 藤野
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ありがとうございます。詳しくは、これから始まる各セッションで議論していきたいと思います。どうぞご期待ください。