セッション4 障害者の生涯学習支援の実際 パネルディスカッション2 障害者の生涯学習支援の実際とこれから
- 話題提供者:
- 手塚 由美 一般社団法人輝水会 代表理事
- 小島 訓子 東京学芸大学付属特別支援学校同窓会
- 若竹ミュージカル 運営委員会 代表
- 松矢 勝宏 東京学芸大学 名誉教授
- コーディネーター:
- 松矢 勝宏 東京学芸大学 名誉教授
- 藤野
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お待たせしました。セッション4のパネルディスカッション2「障害者の生涯学習支援の実際とこれから」を始めます。
- 松矢
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藤野委員とともにコーディネーターを務めます。
これから私を含めた登壇者3人によるパネルディスカッション風に進めます。持ち時間が45分ですので、1人10分間ずつ発表したあと、残りの15分でディスカッションを行います。登壇者は、スポーツの分野において東京都世田谷区で活躍している、輝水会の手塚由美さん。
もうお1人は、文化・芸術の分野ですが、東京学芸大学附属特別支援学校同窓会「若竹ミュージカル」の代表である工藤傑史先生にお願いしていたところ、本日は体調を崩されれ参加がかなわなくなりました。その代わりに、小島訓子さんが引き受けてくださいました。若竹ミュージカルは、同窓会として卒業生と親御さんが一緒に取り組み、それを支援者が囲んでいるというインクルーシブで独特な活動です。親御さんも多数参加して進めるミュージカルの運営委員会がありますが、小島さんはその代表を務めていらっしゃいます。
私自身は、教養の分野といいますか、大学のオープンカレッジを30年間進めてきました。この3人で、スポーツ、文化・芸術、教養の各分野について、ディスカッションをしながら、これから生涯学習活動をどう発展させていくのかを、皆さんと一緒に考えたいと思います。
それでは、まず手塚さんから、ご発表をお願いします。手塚さんは、2022年に横浜で開かれた第44回研究大会でも、リハビリテーション・スポーツの果たす役割というテーマのもと、地域における活動の実践についてご発表いただきました。私はそれを聞いて非常に感動し、今回もご登壇をお願いしました。
- 手塚
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よろしくお願いいたします。
松矢先生からお声がけいただき、感謝しています。私はこれまで、「誰もが参加可能なスポーツを通じた地域コミュニティの活性化」をテーマに、多世代・多様な人々をつなぐ活動に10年間取り組んできました。本日はその取り組みについてお話しします。
一般社団法人輝水会は、私自身が体育大学を卒業し、水泳選手として活動してきたことがきっかけで立ち上げた団体です。水泳の指導を30年以上続けるなかで、「水の中で再び輝いてほしい」という思いから、この名前を付けました。
その活動の中で、脳損傷による片麻痺や失語症のある当事者の方と出会い、私の人生は大きく変わりました。それまでは健常の方への指導が中心でしたが、障害があることでスポーツの機会がどれほど失われているかを実感し、その方と一緒に2012年に団体を設立しました。団体は非営利型で運営しています。
一緒に立ち上げたのが三嶋さんという方なのですが、あるとき私が頼み事をしたところ、とても驚かれました。周りの人たちは腫れ物に触るように接していたのに、なぜ手塚さんは自分に頼み事をするのか、と言われたのです。
私は、その方のことを「杖をついていて言葉が通じにくい方」くらいにしか思っていませんでした。ところが、実は弁護士の方で言葉が話しづらくなったことで、ちょうど仕事を休んでいる時期で、「暇だから手伝うよ」と言ってくださったのが後から分かりました。そこから私たちの理念として、支援する側・される側という関係ではなく、互いに関わり合う関係という考え方が生まれ、事業にも反映されています。
2016年に、世田谷区保健所健康企画課の助成を受けて活動を開始しました。スポーツを通じて、障害のある人が当たり前に参加できる場をつくる取り組みです。横浜ラポールの職員の方々にもノウハウを教えていただきました。
2026年でちょうど10年目を迎えます。2019年には、「リハ・スポーツ」という名前から、「レジリエンス・スポーツ®」と名称を変更しました。心の再起を目指すという意味です。
この活動では、地域の生活機能に課題のある人すべてを対象に、どこにでもある体育館や集会室などの場所を利用し、障害の有無や年齢に関係なく、ボッチャやモルックなどのスポーツを通して、インフォーマルな通いの場を作り続けています。
私たちが大事にしているのは、年に一度のイベントではありません。スポーツと福祉を融合させ、当たり前に、定期的にできるスポーツの場をつくることです。2016年の立ち上げ時は7名から始まりました。コロナ禍のときも、インフォーマルな取り組みだったため、「みんながやりたいなら健康に気をつけて続けましょう」という形で、一度も休まず活動を続けました。コロナ禍のころには延べ350名ほどでしたが、現在は延べ3,175名となり、2024年度も延べ人数増加で活動を行っています。また、障害のある方のプール活動には、年間250名以上が参加しています。活動場所の提供や保健面での支援も受けながら進めています。
現在は11拠点で活動しています。右側の東京都の地図にある世田谷区ですが、人口は90万人を超え、1つの県ほどの規模があります。しかし、東京都の障害者スポーツセンターは北区と国立市にあり、世田谷区はその中間に位置しています。そのため相談に行こうとしても、どちらにも行きにくい状況がありました。一緒に立ち上げた三嶋さんが「世田谷区にもこういう場所があったらいいのにね」と言ったことが、最初のきっかけでした。今では11拠点で活動しています。ここで、2分半ほどですが、皆さんに動画をご覧いただきたいと思います。さまざまな障害のある方が参加しています。
(ビデオ音声)
レジリエンス・スポーツ® 卓球
卓球台がなくても、机をいくつか並べればそこはもう卓球場です。
ころがし卓球から、速い球へのころがし卓球へと、徐々に慣れていきます。今度は立ち上がり、卓球にチャレンジです。上手に立てました。普段は立つことが少ないと言っていましたが、素晴らしいチャレンジですね。
レジリエンス・スポーツ® ボッチャ
毎回教室に来るたびにボール投げの練習を重ね、どんどん上達していきました。だんだんとリズムよく、速い球も投げられるようになりました。練習の成果もあり、ゲームにも参加できるようになりました。
アビリティエクササイズ®(水中リハ)
まずは呼吸の練習を繰り返します。今日は泳ぎにもチャレンジです。以前やっていたという平泳ぎを、見事に泳ぎきりました。仲間と達成感を共有です。感動した声に、周りの仲間や、サポートする私たちも大喜びです。
今回のリハ・スポーツ教室は、毎回笑顔が絶えませんでした。ボッチャ、卓球、プールを通じ、参加する仲間の間に自然と絆が生まれます。サポートする私たちも一緒に楽しみ、感動を一杯もらいました。どちらかがしてあげる、してもらう関係でなく、お互いがスポーツを楽しむ仲間です。まさしく、心と体のリハビリです。
(ビデオ終了)
- 手塚
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ご覧いただきました。
既存の「こうでなければならない」という考えを崩すことが大事だと思っています。誰もが参加できる形を大切にしています。スポーツの種目はいろいろありますが、特にプールは非常にインパクトがあります。
多くの方が、障害のある人にはスポーツは無理だと考えています。ご本人もご家族もそう思っていることが多いです。特にプールになると、医療者からも「危ないのではないか」と言われることがあります。しかし、水に入れただけでも自信になる場所なのです。
そうした体験を取り入れながら、私たちが大事にしていることがあります。一つは、参加者がそもそもできることは絶対に手伝わないことです。そして、みんなに協力してもらうことです。
そうすると、参加者一人ひとりに役割が生まれます。ちょっとしたアレンジをすることで、みんなが仲良くできる環境が生まれます。支援者、特に福祉職の方は、ついボールを取ってあげてしまったり、いろいろ手伝ってしまうことがあります。しかし、できることを見極めて任せることで、参加者に達成感が生まれます。
現在はさまざまな地域で活動していますが、最終的には自主グループ化していきます。3~4名のボランティアを育成し、一緒に楽しむ仲間を増やすことで、その地域の人たちが運営できるようになります。例えば、障害者支援センターから「居場所プログラムがほしい」と言われたり、児童・高齢者など4者連携の多世代交流をしたいという要望があったり、健康増進や男性参加者を増やしたいなど、地域のニーズに応える形でコミュニティを広げています。こうして、すべての人が一緒に活動できる地域コミュニティの活性化を目指しています。
この取り組みは、スポーツ庁からも評価され、2023年には、「障害のある人」のプールを通じたスポーツ実施率を高めた取り組みとして優秀賞をいただきました。
今後の課題としては、縦割り行政の隙間を埋める取り組みが必要だと考えています。この活動はもともと障害者の自立支援から始まりましたが、今では地域全体の課題解決につながっています。車いす利用者や杖歩行の方のために工夫したスポーツは、体力が低下した高齢者にも参加しやすい形になります。こうしたスポーツコミュニケーションは、支援する側・される側という一方向の関係から、双方向の理解へとつながっていくと考えています。
地域の活性化と共生社会の実現を目指し、実施可能なモデルとして広げていきたいと思っています。スポーツを通じた健康づくりが地域活性化につながり、共生社会の実現につながる。そのような取り組みを今後も展開していきたいと思います。ご清聴いただき、ありがとうございました。
- 松矢
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どうもありがとうございました。お話をお聞きして、感動しました。
次は、小島訓子さんからお願いします。
- 小島
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本日はピンチヒッターを務めさせていただきます、若竹ミュージカル保護者の小島です。
若竹ミュージカルは、東京学芸大学附属特別支援学校の卒業生による同窓会活動の一つです。1993年、当時はまだ養護学校という名称でしたが、学校の40周年記念行事として企画されたのが始まりです。翌年の1994年には、大学の小金井祭で公演をするというのが最初の目標でした。その公演が終わったら、とりあえず活動も終わり、という予定だったのです。ところが、公演が終わった後、参加していた卒業生たちが「次の練習はいつ?」と聞いてくるのです。それだけ楽しかったのですね。
附属養護学校創立40周年記念のときは、先生方が中心となって卒業生に声をかけ、私たち保護者にも出演するように声をかけてくださいました。やはり好きな人たちは集まりますし、本当に楽しかったのです。卒業生たちから「おばさん、次の練習はいつ?」と言われて、からだ全体を押されたような気持ちになり、そこから頑張って続けることになりました。
学校とも相談して、「それなら同窓会活動の一環としてやってはどうか」ということになり、保護者も参加する形になりました。本来、同窓会には保護者は入らないものなのですが、特別な組織として保護者も参加しています。
現在は、卒業生がおよそ40名、保護者も同じく40名ほどが会員として参加しています。そして一番特徴的なのは、オーケストラが一緒に活動していることです。しかもフルオーケストラです。最初の40周年記念のとき、学芸大学学生の現役管弦楽団の有志、14~15人ほどが伴奏をしてくれました。それがきっかけで、今でも公演ごとにオーケストラのメンバーが参加してくださり、現在は約40名ほどのメンバーが関わっています。
では、なぜミュージカルなのか。そこには次のような理由と目的があります。
① 音楽や演劇という、知的障害のある人の特性とも相性の良い表現活動が中心であること。
② 総合的な芸術文化活動であり、卒業生本人だけでなく、家族や身近な支援者、専門家、一般の支援者と制作過程を共有することで、相互理解を深め、新しい形の活動を目指すこと。つまり、一緒に活動するプロセスそのものが大切だと考えています。「ものよりこと」。社会包摂を含めた表現活動の新しい価値を追求しています。
③ 学校時代の財産を引き継ぐこと。
同窓会活動として、生涯学習支援や健康管理を含めた個別サポートの充実を目指しています。
好きな活動は人それぞれですよね。相模女子大学の方々もおっしゃっていましたが、スポーツもあります。私たちの場合は音楽が好きな人たちの集まりです。子どもたちと言ってはいけませんね、卒業生の集まりです。ミュージカルは総合的な文化活動です。卒業生だけでなく、家族や支援者、専門家、一般の方々と制作過程を共有し、相互理解を深めながら、活動しています。
では「新しい活動」とは何か。それは、一緒に活動するプロセスを大事にすることです。もちろん本番も大事です。本番を目指して練習しています。でも、そこに至るまでの過程を、私たちはとても大切にしています。「ものよりこと」。社会包摂を含めた表現活動の新しい価値を追求しています。
もう一つ大きな特徴があります。同窓会活動なので、学校時代の財産をそのまま引き継いでいることです。元の学校が会場なので、基本的には一人で通うことができます。一人で通えない人は保護者と一緒に来ます。そして、学校の施設を使わせていただけるというのは、本当にありがたいことです。その場所で、生涯学習支援や健康管理も含めた個別サポートを行っています。
実は、私たちの活動はドキュメンタリー映画にもなりました。これはそのときのチラシです。
そこにこんな言葉が書かれていました。「歌はへた、踊りもいまいち。でもなんだか感動する!」
アンケートに書いていただいた言葉なのですが、本当にうれしかったです。画面に赤で書いてあるのは、涙が出るほどうれしかった感想です。
練習は月2回です。第2土曜日と第4日曜日に行っています。そのときのメニューをご紹介します。まず「リレートーク」です。これは、自分が話したいことを自由に話す時間です。最初のころは、なかなか言葉が出てこなくて、「○○さん、何かあったかな?」と促さないといけないこともありました。でも最近は、こちらが止めないと次の人に回らないくらい、よく話してくれます。言葉で話すことが難しい人もいます。そういう人は紙に書いてきたり、この前家族で行った場所のパンフレットを持ってきたり、写真を見せてくれたりします。それぞれが、その人なりの方法で表現してくれます。私はこれが、セリフや演技にもつながっていると思っています。
次にウォーミングアップです。体操、発声、表現ワークを行います。ラジオ体操やストレッチ体操ですね。最近は「ウィ・ウィル・ロック・ユー」に合わせてストレッチをしています。みんなとても上手に踊ります。そのあと発声練習、ダンスのステップなどを行います。この3つは毎回必ずやっています。
その次が演目の練習です。これまでに取り上げた作品は、「サウンド・オブ・ミュージック」や「屋根の上のバイオリン弾き」などです。正直、恐れ多いというか、とても難しい作品です。
工藤先生をはじめ支援の先生方が、映像を見ながら説明してくださったり、みんなで話し合ったりして理解を深めます。
例えば、「サウンド・オブ・ミュージック」はどこの国の話でしょう? オーストリアですよね。でも「オーストラリア」と答える人もいます。そういうときは地図や地球儀を出して、「ここですよ」と説明します。作品を通して、地理や歴史も学ぶことになります。「屋根の上のバイオリン弾き」では、ウクライナの青年が登場します。それをきっかけに、ウクライナはどこにあるのか、ナチとは何なのか、といったことを真剣に学習しました。
練習では、歌・ダンス・芝居づくりを行います。本読み、立ち稽古、通し稽古などです。そしてもう一つ大事なのが、オーケストラとの合同練習です。普通、ミュージカルでは本番直前に1~2回オーケストラと合わせることが多いですよね。でも私たちは、普段の練習からオーケストラと一緒に歌います。とはいえ、毎回40人のオーケストラが来るわけではありません。8人のときもあれば、1人のときもあります。最初は学生さんでしたが、卒業して就職したり、結婚したりして、参加が難しくなることもあります。それでも、不思議なことにオーケストラがゼロになることはないです。
もともとは学芸大学の学生管弦楽団が母体となっているのですが、この活動を面白いな、やってみたいな、一緒にやりたいなと思う人たちが、バイオリンを抱えて来たり、大きな楽器を抱えて来たりして、一緒に参加してくれています。通常の練習では、最初は私たちとオーケストラで練習場所を分けています。私たちは午前中に練習し、オーケストラは別の場所で練習します。そして午後2時か2時半ごろになると、オーケストラの人たちがこちらに来てくださいます。そのとき、バイオリンが3台くらいのこともありますが、一緒に演奏していただき、私たちは歌います。つまり、普段の練習のときからオーケストラと一緒に活動しているのです。
成果と課題についてですが、「卒業生を対象にした意識調査(2020)」では、次のようなことが挙げられました。
〈成果〉
活動への参加や継続の理由としては、「仲間と集う場があること」、「一緒に好きな歌やダンスができること」が最も多く、その中でも「歌やダンスの練習」、「公演」が楽しいという回答が多くありました。仲間がいること、楽しい活動があること、学びがあること、そして発表の機会があること。これらが重要な要素だと思われます。長く続いている理由としては、運営組織づくりも含めて、結果的に良い循環が生まれていることがあると思います。
〈課題〉
一方で課題としては、「本人や家族の高齢化への対応」、「個別支援が必要なケースへの対応(支援体制づくり)」が挙げられました。毎年1人か2人、去年は3人、新しい卒業生が入ってきます。今は40人弱のメンバーがいますが、現在一番年上の方は63歳です。還暦を過ぎました。だんだんと、もともと通っていた学校とはいえ、通うのが少し大変になってきます。例えばバスに乗るのが難しくなったりすることもあります。そういうときは、その方が住んでいる地域の移動支援を利用できるように、いろいろ相談しています。
実は、うちの息子は今52歳なのですが、息子がまだ高等部にいたころは、こういう支援はあまりありませんでした。そのため、私を含めて、私より上の世代の保護者は、地域の支援サービスを使うことに何となく抵抗があったり、そもそも知らなかったりするんです。ところが最近の若い卒業生の保護者は、それをよく知っています。だから私たちは、若い人たちから学んでいるのです。「ああ、そうなんだ、それを使えばいいんだ」、「どこへ行けば使えるの?」というように、年上が年下に教えるだけではなく、逆に教えてもらうこともある。運営委員会の中で、そういうことを感じています。
次は、ついこの間の出来事です。 11月2日に、山形県酒田市に招かれて公演をしてきました。ここにかわいいチラシがありますね。この写真は、その前の週に学校の体育館で練習している様子です。「頑張るぞー!」という感じですね。オーケストラの人もいますし、いろいろなメンバーが集まっています。次の写真は、庄内空港に到着したときのものです。みんなとても喜んでいます。ただ、遠くに行くときは、やはり保護者や付き添いがいないと心配な場合があります。今回は3人、保護者が付き添えない人がいました。以前は私たちも若かったので、「いいわよ、私が見てあげるから」と言えたのですが、最近はそれもなかなか難しくなってきました。そこで、その3人のうち2人には学生さんが付き添ってくれました。もう1人は保護者のご兄弟が付き添ってくださいました。無事に行って、無事に帰ってくることができました。全体で120人くらいの参加でした。
今回の酒田公演では、「酒田マリーンジュニア合唱団」と一緒に活動しました。実は2019年12月1日に、同じ場所で公演をしたことがあります。そのときは酒田特別支援学校の高等部の生徒さんと一緒に、「屋根の上のバイオリン弾き」を上演しました。今回もいろいろ考えたのですが、11月は学校の実習などの関係で一緒に活動するのが難しいということで、マリーンジュニア合唱団と一緒にやることになりました。小学生が中心で、中学生が一人くらいいたかなという感じでした。私たちはこれまで、小学生と一緒に歌ったことがありませんでした。どうなるかなと思いましたし、東京と酒田で離れていますから、合同練習もできませんでした。「どうなるんだろう」と思っていたのですが、やってみると全然問題ありませんでした。うちの卒業生たちは……お兄さん、お姉さんというより、もうおじさん、おばさんですね(笑)。でも小学生がとてもかわいくて、結果としてとても良い舞台になりました。写真にもありますが、合同練習の様子です。こちらはゲネプロ(本番前最終リハーサル)前の「場当たり」の様子です。大きい劇場ではなかなか写真を撮るのも難しいので、そのときの貴重な写真です。あとでアンケートを見せていただいたのですが、マリーンジュニアの子どもたちが「とても楽しかった」「とてもよかった」と書いてくれていました。
このような活動を続けています。本当に楽しい活動です。たぶん、これからも続いていくと思います。最後にもう一つだけ。配役を決めるときにオーディションをやります。これがとても面白いのです。自分がやりたい役のところに、自分の名前を書いた紙を貼ります。そうすると当然、役が競合しますよね。どうするかというと、以前こんなセリフを言った人がいました。「三鷹の公会堂でやるんだから、僕は三鷹市民だから俺がやる!」みんなで大笑いしました。今でも、みんなが見ている前でオーディションをして、拍手の数と、その人の特性に合った役を考えて決めています。どうもありがとうございました。
- 松矢
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どうもありがとうございました。発足以来、30年の積み上げは大変な実績ですね。
では、残りの時間で私からお話しします。障害者生涯学習の領域では、学校を卒業した方々のライフステージに応じた学び、教養の領域と考えています。大学公開講座、あるいはオープンカレッジともいいます。1995年にスタートしました。大切なきっかけがあって東京学芸大学で始めました。これから略称で学大といいます。その後、2,004年に私自身の定年で目白大学に移り、コロナ禍の2年間を除き今日まで続けてきました。資料には目白大学のものが2枚入っていますので、あとでご覧ください。絶えることなく、毎年2回から3回、目白大学の先生方、あるいは地域の文化人の方々にもご協力いただきながら、今日まで20年続いてきています。
では、そのスタートからお話しします。1990年代、国際障害者年以降の流れの中で、「本人参加と自己決定」が大切だと考えていました。そうすると、進路指導ではなく、進路学習ではないか、と。この点については昨日の私の基調講演で述べた「進路指導研究会」、進路研の発足と関係します。まず附属特別支援学校高等部で「一日大学生」という単元学習を企画しました。これは、先ほど相模女子大学のインクルーシブな大学のセミナーのお話と、まったく同じ発想です。おそらく、知的な障害のある特別支援学校の生徒たちは、家庭や家族の中でも「大学に行くの?」という話題を経験してこなかったのではないかと思います。「大学に行く」ということは当時としては現実的な話題ではなかったのでしょう。でも、私たちは生徒たちを主体に考えた場合、「大学へ進学したい」という思いは、やはりあるのではないかと考えたのです。そこで「一日大学生」という単元を附属養護学校高等部のカリキュラムに設けました。これが意外な結果になりました。生徒たちと大学生が、大学1年生必修の授業で一緒に交流したのです。どちらが立派なプレゼンテーションをしたと思いますか。これは、はっきりしています。特別支援学校の生徒たちです。大学生たちは、だんだん下を向いてしまいました。大学に入って自分探しに一生懸命で、これから障害児の教員になるためにどんな勉強をしようか、そこまではまだ考えていないのですね。むしろ、進路学習を進めている生徒たちに圧倒されてしまったのでした。そこから私は、特別支援学校の生徒と大学生の思いが交錯するところから生まれる、意外な成果を強く感じました。だからこそ、「これはやりたい」と思って、大学の公開講座という形で始めたのです。それで私の定年退官までの9年間やり、その成果をこういう形で出版しました。『大学で学ぶ知的障害者―公開講座「自分を知り社会を学ぶ」の試み』、『大学へ行こう!! ―知的障害のある青年たちの学び・生きがい・社会参加』という2冊の本です。30年も前に、今の相模女子大学と相模原市が考えているようなことを、私たちも夢として持っていました。そういう思いを形にしたのが、これらの本です。特別支援学校の卒業生の教養を高めていくこと、それぞれのライフステージに応じて教養を深めていくことを目的に設けたオープンカレッジです。2003 年度まで9年間続きますが、進路研教員による講座活動案は分類すると①あそぶ・たのしむ、②くらす(生活)、③はたらく、④なかよく(交際・結婚)、⑤自然を学び環境を守る(教養編)の5領域 になりました。その実際を詳しくお話ししたいですが、時間枠の余裕がないのでこれら2冊の文献を参照してほしいです。
(注)貴重な資料なので、2冊の文献の発行について記しておきます。松矢勝宏監修・養護学校進路指導研究会編著『大学で学ぶ知的障害者―大学公開講座「自分を知り社会を学ぶ」の試み』(2004年2月、大揚社刊行)、2冊目は編集「自分を知り社会を学ぶ」受講生論文刊行編集会『大学へ行こう!! ―知的障害のある青年たちの学び・生きがい・社会参加』(2004年2月、発行所ゆじょんと、発売元)
その後、私は目白大学へ移りましたので、そこでも続けたいと考えました。進路研の活動はNPO法人GreenWork21 になりましたので、グリーンワークカレッジとして継続しました。進路指導の先生方の協力がなくなりましたので、別の工夫が必要になりました。一つは総合大学で実施するということは、教員の多様な専門性や大学の施設・設備が使える大きな利点があります。ここで紹介するスライドは2009年度2月の第3回と4回の短期学部製菓学科長の堀 正幸先生(当時)による教室での「日本の和菓子のお話し」と実習「和菓子とおこわを作ろう」という2回の講座でした。堀先生は3時間もしゃべってしまって、終わるころには外が真っ暗になっていたのです。聴講生たちが「ああ」「おお」と反応するものですから、先生も止まらなくなってしまった。その中で私自身も勉強になったことがあります。私は「とらや」というと銀座が本店と思っていたのですが、なんと本店は京都御所の真ん前なのです。びっくりしました。そんなふうに進行して、「おいしいおまんじゅうは、ポルトガルから入ってきた重曹がないと、あの柔らかい皮はできない」といった話まで出てきて、興味つきない学習になりました。
次は園芸学科の大出英子先生(当時)です。現在は東京農業大学で一般市民向けのオープンカレッジを行っていて、副学長を務めておられます。NHKの「趣味の園芸」でも活躍されている先生です。これは短期学部園芸科の実習室で開講した「苔玉を作ろう」です。家が狭くて緑がなくても、緑を楽しめるよ、という趣旨でやりました。このように、大学の施設設備・実習室を使えるので、本当に楽しかったですね。
さて、大学公開講座やオープンカレッジを継続していく場合に大切なことは、卒業生や受講生のライフステージに対応した講座内容(カリキュラム、学大では進路研で結集した進路指導教員の方々が一緒に検討して作成する講座活動案)の作成です。目白大学ではご依頼する個々の先生方に協力していただくことはできましたが、今回の相模女子大学のように大学の方針として運営するわけではないので、一回限りの興味深い講座を開くことはできましたが、講座内容の体系化(継続的な内容の発展)が図れなかったです。そのために可能な限り、引き受けてくださる先生方の専門分野で受講生のニーズに合った体系的な講座内容を毎回用意していただく方法を採用しました。目白大学では若い先生がオープンカレッジの趣旨に賛同してくださり、大学を異動しても継続して講師を引き受けてくださることがあり、講座内容の継続性と発展性を確保できたことがあります。このような工夫をしてきた20年間といえます。このような方法で継続して開いてきたカレッジの講座名を現在では「働く人の体育学」、「働く人の栄養学」、「働く人の心理学」、「働く人の国際学」、「働く人の生涯学習」等として実施しています。受講する卒業生は企業や作業所で働いている方が多いからです。「働く人の体育学」担当の雪吹 誠先生は今では昇格して児童教育学教授です。ボッチャを導入して楽しい内容の講座を展開されています。小野友紀先生の「働く人の栄養学」は日常生活に生かせる内容で喜ばれています。開始の当時にはこども学科助手でしたが、今は異動されて大妻短期大学准教授として協力をしていただいています。「働く人の生涯学習」は松矢が担当ですが、「働く人の国際学」担当の金寿蓮先生は中国留学生で、学大での私の教え子です。吉林省の生まれで朝鮮民族出身ですので中国語、朝鮮(韓国)語はもちろん、日本語、英語を使って留学生を支援する都立大学客員准教授です。国際学担当にふさわしい方です。心理学は大学で初めて教科として学びますので、「働く人の心理学」は全国のオープンカレッジでも貴重な講座でした。第1回は2012年の講座で副題「楽しい心理学入門」として開講されました。以後2017年まで6回開講され、人気の高い講座でした。担当してくださった子ども学科専任講師の廣澤満之先生は、現在は明星大学准教授に異動されています。そこで「働く人の心理学」は目白大学心理カウンセリング学科教授の河野理恵先生に引き継がれ、2019年に再開されました。先生は日本福祉心理学会で活躍されておられ、私たちの高齢者の介護に欠かせない心の支援をわかりやすく受講生に解説されました。このような努力を積み重ねることで、特別支援学校の卒業生が、ライフステージで必要な学びを選択できるように、講座内容の多様化と体系化を進めていきたいと考えています。毎回、必要経費をまかなうために1,000円の受講料をいただきます。コロナ禍の時期を除いては、年度の最終回の講座で余った受講料を使い、私の実印で押印した修了証を発行し小パーティを開いてお祝いをしてきました。
さて最後に今後の障がい者の生涯学習の展開について私が考えているモデルを紹介します。今日はスポーツ領域、文化芸術領域、学校卒業後の教養的な学びの3領域をとりあげましたが、趣味や遊びを含めて障害のある人々の余暇活用の領域は限りなく広いです。このモデルは、文部科学省で2018(平成30)年3月から翌年3月まで開かれた「学校卒業後における障害者の学びの推進に関する有識者会議」の審議と2017年度から始められた「障害者の生涯学習支援活動」に係る文部科学大臣表彰の事例集を参考にまとめたものです。
ピラミッド型の4層からなるモデルです。まず土台となる第1層は、障害のみならず人間のあらゆる差異を包摂・容認し、差別のない共生地域社会を形成しようとして行われるさまざまなイベントや交流の場づくりと相互理解の学びです。第2層は障害のある人たちがだれでも参加できる地域の生涯学習の場で、青年学級、成年教室など教室がつく場が多いですが、名称はさまざまな学びの場です。地域のサークルやクラブ活動、また特別支援学校の同窓会活動もこの層に入ります。第3層は第2層からの発展でもありますが、支援を受けて同好の仲間が学びを深め、あるいは技能を向上させることができる学びの場です。オープンカレッジ、地域の世田谷区のスポーツ活動、若竹ミュージカル等もこの層に入ります。この層はさらに発展すると第4層になり、スポーツ領域では競技会の開催、文化・芸術領域では公演による発表、教養領域では意見や学びの発表の場となります。今回の生涯学習パート1の相模女子大と相模原市の連携によるインクルーシブ生涯学習の開発の発表は教養領域の第4層といえます。
文部科学省総合教育政策局に障害者学習支援推進室ができてから、「学校卒業後における障害者の学びの推進に関する有識者会議」の報告書が指針とされて、障害者の生涯学習支援の実践が全国で広げられるようになりました。今回の47回総合リハ研究大会の成果をさらに広げていきたいです。
- 藤野
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松矢先生、ありがとうございました。
時間が来ておりますので、一言だけお話しします。
今日のキーワードとして、「サードプレイス」という言葉がたびたび出てきました。
当事者の方々にとって、自分を表現できて、仲間と一緒に安心して過ごせる意義のある空間ですが、一方で、それが分離につながるのではないかという懸念を感じられた方もいらっしゃるかもしれません。
しかし今回のお話では、相模女子大学の学生と勤労青年が一緒に楽しみながら活動をつくり上げていく姿や、若竹ミュージカルでオーケストラの団員と知的障害のある卒業生たちが一緒に表現をつくり上げていく姿が紹介されました。
同じ楽しみを核にして、みんなで楽しみながら活動をつくり上げていく。
そうした中で、インクルーシブなサードプレイスの姿が見えてきたのではないかと思います。
- 松矢
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ありがとうございます。これで、第47回総合リハビリテーション研究大会のプログラムはすべて終了いたしました。ご参加いただき、ありがとうございました。