オークランド研究視察報告―日本とニュージーランド、その違いから日本人高齢者の福祉を考える―
目白大学大学院 リハビリテーション学研究科 研究科長 會田 玉美
私は2017年より海外研究視察を実施しています。テーマは地域リハビリテーションおよび高齢者福祉であり、だれも取り残さない社会を作るためのセラピストの役割を考えることです。本年は海外研究視察を2025年9月1日から9月8日までの日程で、総勢6名でニュージーランド(NZ)オークランドに滞在いたしましたので、報告いたします。
ニュージーランドは東京から空路約10時間、人間よりも羊のほうが多いといわれていますが、ウエリントンを首都とした日本の3/4くらいの面積の土地に福岡県と同じくらいの人口約500万人が住んでいます。滞在したオークランドは北島の北方に位置し、気候は温暖ですが、日本と季節は正反対になります。NZは多民族国家であり、パケハと呼ばれる欧州系が67%、先住民族マオリ系が17%、アジア系が17%となっています。若い世代では複数の民族的背景を持つ人の割合が高く、幼稚園の1クラスには非常に多様な民族の子供たちがいるという、ダイバーシティの進んでいる国の一つです。NZの 平均年齢は39.8 歳、中央値38.6 歳、65歳以上の割合は17.2%であり、日本の平均年齢48.3歳、中央年齢50.4歳、65歳以上が約29.3%(いずれも2024年)と比べると、かなり若いといえるでしょう。平均所得は日本よりも高いですが、物価も高く、特に住居費が高いため、街にはホームレスが目立ちました。
NZの社会保障制度はシンプルで、医療、福祉、介護、年金のすべてを税金で賄っています。基本、税金以外の社会保障費の徴収はありません。英国と同じGeneral practitioner(GP)制度を採用しており、GPがまず診察をして専門医の診療が必要な場合は紹介をしてもらいます。2年以上NZに住んでいる人は公立病院では基本受診は無料です。しかし、専門医の診療の待ち時間が数か月に及ぶ、自由に病院を選べない、歯科治療は含まれないなどのデメリットもあります。したがって、一般に健康管理の意識も高く、任意で保険に加入して私立病院にかかる方も多いとのことです。障害者福祉も高齢者介護もNeeds Assessment Service Co-ordination Association(NASC)が支援を決定します65歳以上で居住要件を満たせば一律の年金を受給可能です。NZは基礎年金の補完と貯蓄の奨励を目的として、キーウィ・セーバー(任意退職貯蓄制度)を開始し、現在は国民の6割が加入しているとのことで、高齢化率上昇への対策が取られていると感じました。NASCによる査定後、在宅介護・レストホーム・リタイアメントビレッジを選択することができます。政府補助は資産・収入査定に基づいて行われます。在宅介護も施設ケアも充実しています。施設ケアであるレストホームやリタイアメントビレッジは自由度が高く、ホテルのような快適さです。自由な生活を重視していますので、起床・食事時間の柔軟性やプライバシー確保が特徴です。介護職は外国人労働者が多く、厚遇とのことです。見せていただいたホームの介護職は確かに余裕と自信をもって仕事にあたっているように見えました。
私たちのオークランドでのスケジュールを調整してくださったのはAge Concern Auckland の日本人コミュニティコネクターの若嶋郁恵さんでした。日本とニュージーランドにおけるリタイアメント生活事情情報交換会を開催していただき、私たちはそこで日本の介護保険とその実践的な取り組みを発表させていただきました。50名ほどの在NZ日本人高齢者が参加され、積極的に質問をされていらっしゃいました。自ら情報を得て、動く、といったことが海外生活で身についていらっしゃるのを感じました。セミナー後は日本式居酒屋に連れて行っていただき、楽しい思い出ができました。
そして、本視察のメインとなりましたリタイアメントビレッジと認知症専門のレストホームについてご報告します。私たちはオークランドから30分ほど北にあるオレワというところのEvelyn Page Retirement Villageを見学させていただきました。オレワは静かな海岸に面したきれいな地域で、高齢者向けの住宅が多く建設されているとうかがいました。広大な敷地に自立者向けタウンハウス、アパートメントタイプのアシステッドリビング、レストホーム、病院、認知症ケアが併設されています。本館にはカフェ、ダイニング、バー、ヘアサロンなどがあります。敷地内で自転車のツーリンググループが活動しているところを目にして、入居者は介護を受けるためにこのリタイアメントビレッジを選択したのではなく、このコミュニティで暮らすという老後のライフスタイルを選択したということが良く理解できました。日本では地域包括ケアシステムのように支援を受けながら住み慣れたところでできるだけ長く暮らすことを目標にしていますが、NZは老後のライフスタイルを選択するという点が日本ともっとも違う点であると感じました。高齢者がリタイアメントビレッジに住み替えることは、オークランドの住宅を市場に開放することになり、それは若い年代にもメリットになります。日本は近年、空き家がたくさんあることが問題になっていますが、このようなNZのリタイアメントビレッジという仕組みも、限られた資源を有効に使うための対策の一つになっています。近くの認知症専門のHugh Green Care Homeもすべてが個室で、室内は緑にあふれ、様々な絵画や芸術品が飾られており、認知症者の不安を和らげることに寄与していました。パーソンファーストというトレーニングを修了したスタッフが支援にあたっていました。入居者がご主人である日本人の奥様は「Noといわない介護が徹底している」とのことでした。
オークランド工科大学作業療法学科ではグローバル教育について考える機会をいただきました。先住民族のマオリ族とヨーロッパ系移民との間には、主権や土地の権利をめぐる問題が現代まで長く続いていました。マオリの平均寿命は非マオリより7年ほど短く、進学率や就職率も低いことから、マオリがいまだにさまざまな課題を抱えていることが指摘されています。NZはもともとダイバージョナルが進んでいましたが、NZの小中学校では教科書を使わないので、教授内容が教員個々に依存しており、高校以降も歴史を選択しないということも可能でしたので、自国の歴史を学ばないまま成人することもあったのですが、近年、マオリ語、歴史を全国的に教育に導入する動きが加速しています。オークランド工科大学作業療法学科の教員は全員パケハの教員とのことでしたが、マオリインクルーシブな新カリキュラムでの移行期にあることのお話をいただきました。外国人、移民の増加を迎えている日本にとって、教育、地域コミュニティ、ビザ、就労など様々な分野で参考になることが多い国であると感じました。
この研究視察では高級なリタイアメントビレッジを中心に視察させていただき、老後は介護サービスを選択する日本と老後の自分のライフスタイルを選択するNZとの違いを強く感じました。日本でも老後という長い期間においてどのようなライフスタイルを望むか、それぞれが明確にしておく必要があると思います。一方、NZでは介護が必要になった時はNASCの認定により、在宅介護を選択したり、経済力やそれぞれのニーズに合った介護付きのリタイアメントホームを選択することもできます。この研究視察ではできませんでしたが、日本に近い老後の生活スタイルを選択した人々の高齢者向けサービスについてもっと知りたいと感じました。これからもThink globally, act locally をスローガンに、海外を知ることは日本を知ること、広く世界を知って身近な地域にその知識を活かしたいと思っています。(2025年12月18日受付)