選択肢と可能性を広げる~重症心身障害者・医療的ケア対応シェアハウス「IDEAL」
「新ノーマライゼーション」2025年12月号
株式会社HABING 代表取締役
熊谷勇太(くまがいゆうた)
はじまり
私は元々全く福祉とは無縁の生活をしていました。ある時、たまたま手に取ったチラシに書いてあったのが「有償ボランティア募集」。日払いの言葉に引かれすぐに応募しました。介護に携わったことのない私にとって最初はその方が話している言葉すら聞き取ることが難しかったのを覚えています。
介護を行うことがなければ出会い話すことがなかった方と共に過ごす中で、自分が当たり前だと思っていた日常、買い物、掃除、食事等その一つ一つに誰かの支援を受け生活している方がいる。その事実にショックを受けました。私は世の中のことを全然知りませんでした。その知らないことをきちんと学ぼうと思い、「10年」を一つの区切りとして定め、それからは10年の計画を練り、特別養護老人ホームにて高齢福祉を、区立施設で自立支援を、NPO法人では就労移行支援事業を立ち上げることにも携わりました。
一般的によく聞く「介護は辛く、汚く、稼げない」とは本当なのか? それを自分自身で確かめるために、個人事業主として国に登録。フリーランスの介護士として9社と契約しました。昼夜働き知識とスキルを磨き、自宅で寝ることができたのは年に数日だけでした。それでも多くのことを吸収することができ、今では必要な時間だったと思っています。
転機
フリーランスの介護士として働く中、さまざまな資格も取得し対応力を身につけ、重度の障害のある方、医療的ケアのある方のお宅にも訪問するようになり、その中で気づいたことがありました。
例えば入浴介助に伺っている2時間。最初は私がご本人のケアをしている間はご家族は休めていると思っていましたが、大きな間違いだったのです。ご家族はその空いた時間を使いご本人に関わる違うことを行っており、全く休める時間を提供できていませんでした。逆にヘルパーにも気を使っていただいている、このような状況が当たり前となっていることに気づいたのです。
また、ケアの合間にご家族とお話すると「私たちが年を取ったらこの子はどうなるのだろう」という不安の声が多く聞かれました。
ご家族のお話を聞く中で数時間訪問して介助を行うのではなく、根本的解決のために何かしなくてはならないと感じると同時に、何か手助けをしたくてもどこかに属しているとその会社のルールでしか対応することができないというジレンマと葛藤から起業を決意しました。
新たな取り組み
どんな些細なことにも寄り添いたいと考え、2018年訪問介護事業を開始しました。しかし訪問介護でできる寄り添いにも限度があり、24時間体制で当事者の今後を見据えた支援体制を構築する必要があると考えました。
当初、24時間体制で支援を行うならグループホームしかないと考え計画。グループホームといってもさまざまな形があり、どの制度を活用すれば今向き合っている課題の解決に近づくことができるのかを模索しましたが、現行の制度設計に限界を感じました。
東京都や世田谷区に再三にわたり足を運び制度の建付けや考え方を伺いましたが、どのようにやりくりしても重度の障害のある方、医療的ケアのある方に対応するグループホームをつくった場合、行き詰まる結果しか導き出せず、持続可能な支援を行うためには根本から考え方を見直す必要がありました。
必要とされている場所、支援、行うための場所づくり、行うための体制…。悩み考えた結果、親なき後の暮らし、現状の福祉制度では支えきれない問題を解決するために2020年12月株式会社HABINGを設立。そして計画から2年の歳月をかけ2022年、日本初となる重症心身障害者・医療的ケア対応のシェアハウス「IDEAL」を開設しました。
IDEALの名前の由来は、アイデアの集まる場所。愛にあふれる場所。出会いのある場所。そしてすべての中心、始まりに「I (私)」がいる場所です。
民設民営で株式会社が国や自治体などから補助金や助成金を受けずに土地探しから、設計等をすべてこだわりを持ってつくりました。
24時間365日マンツーマンでのケアが受けられ、障害の種別、年齢、性別も関係ない。もちろん医療的ケアにも対応しています。親なき後も考え、入居金はかからず自分自身が受給している年金、各種手当だけで基本的には生涯生活していける場所。医療と福祉が連携し、地域に開かれ自由に生活できる場所。そんな誰もが当たり前のはずなのにあきらめかけていた場所を目指し「IDEAL」はスタートしました。
現在
2022年8月、世田谷区上祖師谷に「IDEAL 上祖師谷」を開設しました。全7床で、4階建ての建物には1、2Fにシェアハウス、2Fには事務所を併設し常に利用者人数よりも職員が多くいる環境を実現しています。
現在は、20代の知的障害者の方から、気管切開、胃ろう等の医療的ケアが必要な方、90代の高齢者まで幅広く生活されています。
3Fには独立した2室があり1つは社宅です。もう一つは24時間体制で支援を受け完全に一人暮らしを行う重症心身障害の方が入居。4Fには障害当事者家族が入居する環境になっています。
2024年4月には2棟目となる「IDEAL 千歳船橋」を開設しました。こちらも全7床です。2棟共に7床としているのは一人ひとりの方としっかりと向き合い、充実したケアを行うためで、家のような形を目指したからです。かゆいところに手が届くような、誰がどこにいるのかを間接的に感じられるような温かい空間を目指しています。
課題
シェアハウスという初めての形の暮らし方。理想だけでは語ることのできない現実的な課題も多くあります。
利用者さんのケアには自社だけではなく他社も参加していただくことで風通しのよい環境づくりを目指しましたが、それぞれの会社の考え方やスタイルがあり、それが良い側面と統一性がなくなる側面が見られたりもします。
また、個別の利用者さんのニーズに対応できるからこそ、希望する内容も多岐にわたります。どこまで寄り添いそのニーズに対応していくのか等、生活をしていく上でその都度新しいルールづくりが必要となります。多様な方が生活することはケア内容も多様性を求められ、対応する職員は柔軟で多彩な対応が必要となります。
利用者さんやご家族のニーズにどこまで対応できるのか等のルールの整備、他事業所との連携強化、人手不足の世の中でさまざまな働き方を許容しながらの人材育成が課題と考えています。
今後
小さな株式会社が直接行える内容には限界があります。表面上のシェアハウスという形だけを切り取った粗悪なシェアハウスが生まれないようにするためにもIDEALのシェアハウスの認知度を上げ、行政や福祉関係者はもちろんのこと、社会に広く認知していただき、新しい形の生活スタイルとして確立していくことが一つ目標となります。
多くの方の選択肢の一つになるよう、これからもその歩みを止めず3棟、4棟と増やしていけたらと思います。
これからも小さな会社の大きな目標を応援していただけたら幸いです。