トピックス-東京2025デフリンピックの開催報告

「新ノーマライゼーション」2026年2月号

一般財団法人全日本ろうあ連盟デフリンピック運営委員会 事務局長
倉野直紀(くらのなおき)

1. はじめに

2025年11月15日から26日にかけて、東京、福島、静岡の各会場で「東京2025デフリンピック(以下、今大会)」が開催されました。

1924年の第1回パリ大会から100周年という記念すべき節目であり、日本初開催となった今大会には、世界79か国・地域から過去最多の約2,947名のデフアスリートが参加しました。

東京都、福島県、静岡県の各競技会場で実施された21競技209種目で、デフアスリートたちが日頃の鍛錬の成果を発揮し、真摯に競技に臨む姿は私たちに深い感動と勇気を与えてくれました。

全日本ろうあ連盟(以下、当連盟)デフリンピック運営委員会は東京都と共に「多様な人々の参画」「情報・コミュニケーションバリアフリー」「共生社会の実現」を掲げ、大会の運営にあたりました。

2. 東京2025デフリンピックの特記事項

(1)目標の3倍以上の観客数33万人

今大会の大きな成果の一つは、目標10万人を3倍も上回る33万人(競技会場約28万人、スクエア約5万人)という驚異的な観客数です。過去のデフリンピックにおいて、これほど多くの観衆が会場を埋め尽くしたことはありません。

この成功の原動力は、全国のきこえない仲間やきこえる仲間と取り組んだ「全国キャラバン活動」にあります。

47都道府県のショッピングセンターや大規模イベントで、デフスポーツや今大会のPR、デフアスリートのトークショーや手話言語体験講座等のイベントを行い、その実施件数は80か所を超えました。

また、大会PRキャラバンカーが当連盟の加盟団体によるリレー方式で全国一周し、行く先々で大会の周知を行ったことも大きな後押しとなりました。

国際スポーツ大会といえば、広告代理店がイベントや周知活動を担うのが通常です。今大会では草の根的に地域の仲間たちが、デフリンピックを単なる「東京で行われるデフアスリートの大会」ではなく、「自分たちの街の代表(デフアスリート)が行く、応援する舞台」と我が事のように取り組んでくれた熱意が33万人もの観客数につながったと考えています。

(2)子どもたちの参画

未来の日本を担う子どもたちに、さまざまな形でデフリンピックを「知る・体験する・観る」機会を設けることができたのは、極めて大きな意義となりました。

大会エンブレムは筑波技術大学のきこえない学生たちが候補案を作成し、都内の小中学生の投票で決定、大会メダルも全国の小中高生80,543名からの投票で選ばれました。大会期間中はエスコートキッズやハイタッチキッズ、トレイベアラー等、多くの参画の機会を設けました。

また、全国の小中学校へのデフアスリート派遣により、小中学生が手話言語やデフスポーツを体験。その体験児童・生徒数は約5,400名となりました。

そして、当連盟の聾学校観戦サポート事業や東京都の学校連携観戦プログラムにより、5万人を超える小中高生が競技を観戦しました。

競技会場でサインエールや手話言語で応援する子どもたちの姿は、10年、20年後の社会を変える希望の光のように見えました。

(3)競技中継と手話言語解説の視聴者数約300万人

障害者情報アクセシビリティ・コミュニケーション施策推進法の第13条「障害者が自立した日常生活及び社会生活を営むために必要な分野」のひとつに放送が定められていますが、まだスポーツ中継は音声による解説や実況が主です。

今大会の競技中継の配信では、きこえない当事者による手話言語解説を付けるという新たなチャレンジをしました。

当連盟が2024年度から進めていた手話言語解説者の養成、実証実験を経て臨んだ本番では、元デフアスリートやデフスポーツの専門家が豊かな表情と手話言語で選手の心理や戦術をリアルタイムで解説しました。

視聴者数は約300万人となり、きこえない視聴者にスポーツの醍醐味を伝え、きこえる視聴者に対しても手話言語が日本語と同様に情報を瞬時にかつ感情豊かに伝える「言語」であることを知っていただきました。

(4)「協働通訳」が示す新しい認識と観念

今大会では、団長セミナーや技術会議、メダルセレモニー、記者会見など、きこえない人ときこえる人双方のコミュニケーション支援や情報保障が必要な場面が連日のようにありました。

双方のコミュニケーションの仲介を担ったのは、国際手話通訳者約100人(きこえない人)と協働する日本手話言語通訳者約140人(きこえる人)という過去最大規模の情報保障体制です。

「手話言語通訳者は『きこえる人』であり、『きこえない人』を支援する仕事」という認識が一般的ですが、本来の「言語通訳」という観点で見れば、手話言語通訳者に「きこえる人」と「きこえない人」の両方が存在するのは当然のことです。例えば、日英通訳に日本人の通訳者もいればネイティブの通訳者もいるのと、何ら変わりはありません。

日本手話言語通訳者が音声を手話言語に変え国際手話通訳者へ伝える、それを国際手話通訳者がきこえない人へ通訳するという国際手話通訳者と日本手話言語通訳者の「協働通訳」という形は、「きこえる人がきこえない人を支援する」という固定観念を覆し、新たなスタンダードを築いていく一歩となりました。

(5)ユニバーサルコミュニケーション技術

また、今大会は「コミュニケーションバリアフリー最新技術の実証の場」ともなりました。

各競技会場の受付では、音声情報を文字化する「透明ディスプレイ」が配置され、競技会場ではスクリーンや電光掲示板にアナウンスを英語や日本語の文字に変えて投影する等、観客への情報保障も行いました。

周囲の雑音や歓声を拾ってしまうため、認識精度率は課題が残るものでしたが、きこえない観客のための情報保障という概念を社会に広めることができたと考えています。

これらの技術は今大会をきっかけに、東京メトロ全駅やJR東日本の一部の駅等にも導入されました。今後、博物館や美術館等の文化分野での展示や催し物にも導入されていくことを期待しています。

3. 日本選手団の活躍

(1)過去最大となった日本選手団

当連盟スポーツ委員会が公表した日本選手団(以下、選手団)編成方針や選考基準に基づき、各競技団体から推薦された選手数は268名、監督やスタッフ数は98名、本部スタッフ29名の計395名と過去最大の選手団となりました。また、21競技すべてにエントリーしたのも初めてです。

(2)過去最高のメダル数

過去最多の選手数を擁した選手団のメダル獲得数は、金16・銀12・銅23合わせて51個と過去の記録を20個以上と大幅に塗り替えました。

日本初エントリーとなった4競技のうち、東京都が実施したトライアウト事業で発掘されたテコンドーの星野萌選手が女子プムセ(型)で銅メダルを獲得しました。そして、サッカー競技は男女ともに銀、女子バスケでは世界ランキング1位の強豪アメリカを1点差で破り、史上初の金と大きな躍進を遂げました。この成果は、各競技団体の強化策やきこえる競技団体の選手発掘や養成が実を結んだものです。

(3)日本選手の大活躍

個別の活躍でいえば、水泳の茨隆太郎選手が際立ちました。自身の持つ世界記録に挑む圧倒的な泳ぎで、7個のメダル(金3、銀3、銅1)を獲得しました。5大会連続出場の記録、そして通算26個のメダルを獲得と、これまでの日本選手の個人歴代最多記録21個を大幅に塗り替えました。

茨選手は2022年にICSD(国際ろう者スポーツ委員会)スポーツマン賞を受賞し、今大会の開会式では、日本のデフアスリートを代表して炬火(きょか)の最終ランナーを務める等、まさに日本が世界に誇るアスリートです。

また、陸上競技の山田真樹選手は男子400mと男子4×400mリレーで金メダルを獲得しました。空手競技ではエントリーした森健司選手(金1、銅1)、小倉涼選手(金1、銅1)、湯澤葵選手(金1)、森こころ選手(金1)、金子陽音選手(金1)の5名がいずれもメダルを獲得と、日本のお家芸にふさわしい見事な成績を残しました。

4. 終わりに:今大会のレガシーを共生社会の実現の促進へ

今大会はデフリンピックやデフスポーツを社会に広める深い足跡を残しました。しかし、この大会の真の価値は、「レガシー」をいかにして社会に根付かせるかです。

私たちが今大会を通じて人々に伝えたかったことは、障害は個人にあるのではなく社会が生み出すものだということを気づいてもらう、その「気づき」こそが、障害(障壁)のない共生社会を実現するための最も重要な第一歩となるということです。

今大会は、デフリンピックの理念「スポーツを通じた平等」を体現したものになりました。このレガシーを社会の共有財産とし、皆さんと共に発展させていくことで、誰もが自分の可能性を最大限に発揮できる、より活躍できる社会を育んでいきたいと心から願っています。