障害児支援の現場で感じたことを起点としたテキストへの期待

「新ノーマライゼーション」2026年3月号

コンサルテーションサポート森の入口
金丸博一(かねまるひろかず)

障害児支援のいくつもの現場にアドバイザーとして訪問している立場から、支援現場で感じていることを述べます。児童期の事業所は、今なお右肩上がりに増え続けており、コンビニエンスストアのように、あちこちでその看板を見かけるようになりました。乳幼児期においても、学童期においても、発達障害を中心に診断を受けるこどもが増えており、こども一人ひとりに応じた「適切な」支援を受けていく体制を整えようとしています。

しかしながら、児童期における相談支援専門員は都市部を中心に不足しており、一人が担当する計画相談の数は多く、受給者証を出すための計画相談になってしまっていることがあります。こどもの意思を確認していくサービス担当者会議が形式的に行われ、家族の不安に寄り添おうとしていますが、こどもの気持ちを十分に検討するには至っていないことも多いのです。また、児童発達支援管理責任者(以下、児発管)としては、こどもの成長にとって必要な支援を提供しようとしているものの、「できていないこと」を支援目標としてしまうことも多く、包括的な評価ができていないのも現実です。さらには、専門の支援を受けることで家族の心配は減っていくはずですが、むしろ不安が高まっている事例も多いと感じています。

こどもは成長しているわけですから、昨日と今日では気分だけでなく、求めていることや意思も変わりがちです。発達の揺らぎについて、丁寧に受け止めていきたいものです。急いでサービス提供に結びつけなければならないこともありますが、さまざまな立場の意見や情報を踏まえながら、ゆっくりと検討し、こどもとその家族の安心と信頼を優先していくことが大切です。助言と説得が中心の支援となり、こどもと家族が振り回されることになっている場合もあります。「一人でできるという自立」を目指すあまり、こどもの良さが見えなくなり、そのこどもらしい暮らしについて考えることが難しくなっているように思います。

こどもが何を感じているのかわからないことを前提に、こどもの気持ちに近づく過程を明確にしていくことが、児童期の支援計画の本質だと思います。こどもの意思を確認していくアプローチを言語化し、その結果どうだったのかを記録として残していきたいものです。迷い、行きつ戻りつ、試行錯誤しているプロセスを、児発管は個別支援計画に落とし込み、こどもの意思を守る道具として活用してほしいと思います。

テキストにおいては、児童期の支援の実態を踏まえながら、児発管が具体的なイメージを深められる内容である必要があります。ただし、こどもは決して多くを語れないこと、代理意思決定が多いこと、思いが変わりやすいことは、こどもの時期の支援に限ったことではありません。サービスを提供することは、その人が望む支援を提供することです。最低限の生活を守ることは当然として、暮らしの豊かさや日々の切なさ、悔しさに近づいていこうとする支援過程を重視していくことが、サビ児管の大きな役割であると学ぶものであってほしいと思います。併せて、計画の具体的な書き方や完成度を競うものでも、支援目標の正解を求めるものでもなく、わかっていないことをわかろうとし、支援の方向性を模索し続ける姿勢こそが重要です。

現場で生じるさまざまな「問い」を、どこでどのように共有していくのかが重要であり、孤立せずに取り組むことこそがサビ児管の仕事であると認識できる内容が基盤になっていくとよいと思います。そして、障害当事者から学んだことを持ち寄り、更新し続けていく場として、全国サビ児管協議会が実践の更新の循環を生み出す場となることを期待しています。