食を楽しむことは生きる楽しみ~ヘルパーさんのサポートに感謝~

「新ノーマライゼーション」2026年4月号

日本ALS協会長野県支部会員
倉島英子(くらしまえいこ)

2021年に話がしにくいという症状から始まったALS。

実際に診断が出たのは2023年5月でした。その1年後の2024年6月に胃ろう造設の手術を受けてから介護施設に入ったのですが、それまで普通に食事を摂り、飲みにくくなっていた水分もベッドに横になってかなりの量を飲んでいたのに、一気に流動食しか食べられなくなり、水分も少ししか飲めなくなってしまいました。

2024年9月にバイパップ装着で入院をすると一切経口摂取ができなくなり、3食胃ろうから栄養剤の注入になりました。その直後に偶然20年ぶりに看護師をしていた高校の友達に会って生きる道を教えてもらい、気管切開をして在宅生活に戻ることを決めました。しかし介護施設から対応できないので施設を出てほしいと言われ、24時間対応してくれる重度訪問介護のヘルパーさんに入ってもらい、友達の紹介で竹重病院のリハビリの先生に見てもらうことになりました。これが今の私を形作ってくれました。

2025年1月に長野赤十字病院(長野日赤)で喉頭気管分離術を受けましたが、呼吸の仕方が今までと違うことに慣れず、苦しくて車いすにも乗れませんでした。在宅生活に戻る準備もあり竹重病院にリハビリ転院させてもらい、STの先生から経口摂取のリハビリを受けられるようになりました。先生は現在も使っているシリンジで冷たい水を飲ませてくれましたが、初めは入れた水が口から出てしまいました。

その後、在宅生活に戻った後に低酸素状態に陥って全身チアノーゼになり、長野日赤に救急搬送され、人工呼吸器をつけました。人工呼吸器をつけると車いすにも乗れるようになりました。ヘルパーさんのアイデアで病院内のカフェでチャイラテを買ってきて、よだれが垂れないように口にはさんでいるリードにチャイラテをつけて口にはさむと、味見ができて、すごく嬉しかったです。

そんな味見程度から現在のように液体まで飲めるようになったのは、リハビリの先生のアドバイスと、ヘルパーさんのアイデアで口が開きやすいようにタオルを丸めて作った丸枕を首の下に入れてシリンジで飲み始めたからです。最初はほとんど鼻に上がってしまいましたが、ヘルパーさんにベッドの高さ、丸枕の高さや位置などを工夫してもらい、どんどん飲めるようになっていきました。

初めは飲みたいオーガニックの果物や野菜ジュースをおやつとして飲んでいました。当時1日の摂取カロリーが1200カロリーでしたが、訪問診療の先生に相談して栄養剤を含めて1日1500カロリーを摂ってよくなりました。そこで昔から体に良いと聞いていたサジーを朝飲み始めました。サジーは酸っぱいので、まずアボカドと豆乳、奇跡のオイルと呼ばれるグラスフェッドギーバターを入れたものを飲んでからサジーを飲むことにしました。今では野草酵素を加えて、アボカド豆乳の前ににんじんジュースを飲んでいます。サジーには米麹ミルクとハチミツを入れて甘いサジーと朝食はどれも毎日美味しいと感動しながら飲んでいます。

そうこうしているうちに、朝と昼の2食が経口摂取になりました。ある日3食経口摂取にしたいと頭に浮かび、訪問診療の先生に相談したところ了解が得られ、夕食も胃ろうからの栄養剤をやめて3食経口摂取が実現しました。こうして栄養面にすごく注意を払って3食経口摂取にしたら、肌もきれいになって、体も丈夫になり、外出での疲れが減って外出を十分楽しめるようになりました。

これからは病気がよくなることを目指します。食の楽しみは重度訪問介護のヘルパーさんの助けで成り立っています。ヘルパーさんに感謝です。