トピックス-高次脳機能障害者支援法の成立までとこれから
「新ノーマライゼーション」2026年4月号
NPO法人日本高次脳機能障害友の会 理事長
片岡保憲(かたおかやすのり)
はじめに
2025年12月16日、高次脳機能障害のある当事者とその家族が待ち望んだ「高次脳機能障害者支援法」が成立しました1)。日本高次脳機能障害友の会(以下、当会)は10年以上にわたり、この法案が成立することを信じて、国や行政への要望、理解促進を図るシンポジウムの開催などに取り組んできました。2025年4月に超党派による議員連盟が発足され、法整備の機運が高まり、議員立法による法案が制定される運びとなりました(図1)。法案成立に向けてご尽力くださったすべての皆様に、この場をお借りして深く感謝申し上げます。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で図1はウェブには掲載しておりません。
高次脳機能障害がある人たちを取り巻く環境
あらためて、高次脳機能障害とは、交通事故(脳外傷)や脳卒中(脳梗塞・脳出血・くも膜下出血)、脳炎などで、脳が損傷を受けた後に現れる、記憶力・注意力・遂行機能(段取り力)・言語・感情コントロールなどの認知面の障害を指します。行政的には、注意障害・記憶障害・遂行機能障害・社会的行動障害に分類されており、当事者数は現在、約23万人と推計されています。
外見からは分かりにくく、「見えにくい障害」ともいわれ、周囲の理解が得られず、日常生活や社会生活(仕事、対人関係など)に支障をきたしている方が多数存在します。高次脳機能障害の診断基準が確立され、支援普及事業が展開されてからも、高次脳機能障害の普及・啓発の課題や医療機関と地域・福祉の連携の課題、医師の診断の課題、親亡き後の問題、生活・就労・就学における課題、高次脳機能障害に対し社会的支援を行う支援者の育成の課題、触法行為の問題、高次脳機能障害のある子どもの課題など、課題は山積している状況があります2)。また全国の高次脳機能障害者・児の正確な実数把握もできていない現状もあり、長年、「制度の狭間にある障害」ともいわれてきました。
高次脳機能障害者支援法成立を目指すきっかけ
少し私の個人的な心境の変化について触れさせてください。
私の弟は、1999年の交通事故で脳に損傷を負い高次脳機能障害当事者となりました。私が理学療法士養成校に在学中の事故でした。当時は高次脳機能障害と診断がつくまで1年以上かかり、家族が疲弊するくらいまで追い込まれた時期もありながら、理学療法士になった私は本気で弟の損傷した脳を治そうと思っていました。
損傷脳についての勉強を進め、自分が知識や技術を得たりすると、右の片麻痺と高次脳機能障害のある弟のもとへ行ってはリハビリを試みる生活が十数年前まで続いていました。もちろん弟の身体の麻痺は改善していきましたし、高次脳機能障害の面においても、緩徐ではあるものの、感情のコントロールができるようになってきたり、記憶障害や注意障害が少しずつ良くなるという成果は得られていました。しかしながら、長年、弟の表情を見ていて、ずっと何とも言えない違和感がありました。
時を経て、その違和感の正体が徐々に見え始めてきました。「何か欠けた部分を治すという思考だけでよいのか」という問いが、その正体でした。その頃、現在は鹿児島の水流源彦さんが理事長をつとめる全国地域生活支援ネットワークを筆頭に、さまざまな出会いがあり、いわゆる福祉の現場で活動する方々との出会いが私の考え方を少しずつ変えていってくれました。「障害を治す」ということも、もちろん医療従事者としてとても大切なことですが、今の弟が生きづらいような社会になっているとしたならば、その社会の方からもある程度の歩み寄りをいただけると、弟のように高次脳機能障害のある人たちも生きやすくなっていくのではないかと考えるようになりました。こういった思考をきっかけに、当会の中での議論や、高次脳機能障害当事者やその家族、福祉に従事されてきた方たちのアドバイスを受けながら、法案の成立を目指すようになっていきました。
高次脳機能障害者支援法への期待
前述した課題を少しでも解決していくことを目的に当会は法案の制定を強く望んできました。ようやく成立した高次脳機能障害者支援法は、一言一句もれなく大切なことが書かれていると感じています。
たとえば、第3条の基本理念に書かれている「基本的人権の享有」や「個人としての尊厳」「他の人々との共生」という言葉は、当会がずっと望んできた「高次脳機能障害がある人も、その家族も、1人の人として人権が尊重され、それぞれが暮らしたい人と暮らしたい場所で機嫌よく生きられる社会」の実現に向けての土台になってくれると期待しています。
また、第4条・5条および10条に「体系的かつ実効的」「随時公表」という文言を記載いただけたことで、各都道府県において、高次脳機能障害者支援法を基盤に、地域格差なく、高次脳機能障害がある人を支える仕組みが充実していくことになるのではないかと期待しています(図2)。現在、全国に126か所設置されている「高次脳機能障害支援拠点機関」は、高次脳機能障害のある方を支える上で、日常生活支援においても社会復帰支援においても中核的な役割を果たしています。高次脳機能障害支援拠点機関とは、高次脳機能障害のある当事者や家族が、どこに相談すればよいのか分からないという状況に陥らないよう、国の施策として各都道府県・指定都市に設置されている相談・支援の窓口です。医療、福祉、就労、教育など多岐の分野にまたがる課題について、専門の支援コーディネーターが相談に応じ、関係機関と連携しながら必要な支援につなぐ役割を担っています。
図2 国・地方公共団体におけるPDCAサイクル(厚生労働省ホームページ,https://www.mhlw.go.jp/content/12200000/001621559.pdfより抜粋)
(拡大図・テキスト)
そういった拠点が全国に整備されていますが、予算面や高次脳機能障害の障害特性を理解した人材確保・育成面において、かなりの地域格差がある状況です。今回の法案成立を受け、各支援拠点機関のセンター化が図られていき、地域格差が徐々に是正され、居住地にかかわらず、必要な支援につながれる体制が整っていくことを期待しています。
おわりに
高次脳機能障害者支援法の施行により、高次脳機能障害のある人の支援が、国や地方自治体の責務として明確に位置づけられることになります。医療から生活、社会復帰までを切れ目なく支える仕組みが強化され、制度の狭間に取り残されてきた当事者やその家族が、より支援につながりやすくなり、安心できる生活が得られるようになることを何よりも強く望みます。
高次脳機能障害は、「今日、もしくは明日、自分自身の脳が、あるいは自分の身近で大切な人の脳が損傷を受けることは誰にでもある」という当事者可能性の高い障害です2)。高次脳機能障害者支援法が施行されることで、高次脳機能障害のことを多くの方々に知ってもらうことができ、集中的に支援が必要な高次脳機能障害がある人に我々一人ひとりができることは何か、といった議論が社会全体で進んでいくことを期待しています。
【引用文献】
1)厚生労働省ホームページ https://www.mhlw.go.jp/content/12200000/001621512.pdf
2)高次脳機能障害者支援法(仮)の制定に向けて, 片岡保憲,新ノーマライゼーション,第43巻第9号,2023年