福祉機器関連の国際動向について

国立障害者リハビリテーションセンター研究所
井上 剛伸

1.はじめに

近年の科学技術のめざましい発展や、社会の包摂性の進展は、福祉機器の分野にも大きな変化をもたらしています。AIやロボット関連の技術は、これまでの特定の人のための特定の機器という狭義の福祉機器から、一般製品を取り込んだ幅広い可能性を含んだ福祉機器へと転換する予感を導いています。一方、社会側も急速に変化しており、包摂的社会という概念は、障がいも多様な特徴の一つという考え方をさらに促進させることを予測させるでしょう。これらの状況を考えると、障がいのある方々が生きたいように生きるという多様な生活に、福祉機器はきめ細かく対応し、当事者と社会の自律性と寛容性の関係を、新たな、かつ絶妙なバランスをもって構築するための重要な環境因子として展開していく必要が求められています。

本稿では、このような背景を基に、福祉機器関連の国際的な動向について概説したいと思います。ここでは特に、WHO(国際保健機関:World Health Organization)の動向と、GAATO(国際福祉機器関連団体連合:Global Alliance of Assistive Technology Organization)の動向、ISO(国際標準化機構:International Organization for Standardization)の動向についてとりあげます。

2.WHOの動向

2013年に国連主催の「障がいと開発に関するハイレベル会議」が開催されたそのサイドイベントとして、福祉機器関連の議論を行う場が設けられました。ここでは、福祉機器の重要性を改めて確認すると共に、世界中の必要としている人すべてが、福祉機器を利用できるようにすることを目標として、WHOが主導して活動を始めることが合意されました。これに基づき、WHOの2014年から2021年のアクションプランに、福祉機器に関する活動が大きく取り上げられ、明記されることとなりました。この最初のアクションとして、WHOでは2014年にWHO-GATE(Global Cooperation on Assistive Technology)というイニシアチブの枠組みを設立し、インドのチャパル・カスナビス氏が担当官として活動を開始しました。

その後、福祉機器の重点50品目リスト(https://www.who.int/teams/health-product-policy-and-standards/assistive-and-medical-technology/assistive-technology/promoting-access)の作成や、福祉機器関連の研究項目の設定(https://www.who.int/publications/i/item/WHO-EMP-IAU-2017.02)、それらを議論する国際会議の開催、そしてそれらの議論をまとめる形で福祉機器の利用促進の為のキーワードを概念化した5Pモデル(図1)の作成など、活発な活動が展開されてきました。2022年には、これらを総括する形で、福祉機器に関する初めてのグローバルレポート(https://www.who.int/publications/i/item/9789240049451)が発行されました。

グローバルレポートでは、5Pモデルを中心とした福祉機器の理解に関することや、世界規模で取得された福祉機器の利用に関する調査結果と現状の課題、福祉機器の利用事例等がまとめられています。日本からも、著者らの在宅での情報支援ロボットの活用事例が掲載されています(p.54)。

WHOでのもう一つの大きな流れとして、ICF(国際生活機能分類:International Classification of Functioning, Disability and Health)に関する動向があります。2001年に発行されて以来、毎年改訂が行われており、項目数も発行時の1,494項目から2017年時点では1,616項目になっています。近年の同項では、子供版のICF-CYが2017年に統合され発達や教育関連の項目が増えている点と、2018年に公表されたICD11(国際疾病分類第11版)の補助セクションに生活機能に関する項目が設定され、疾病と生活機能の関連性を強化する流れが示された点を挙げることができます。後者は、特に統計データとしての生活機能の位置づけを促進する可能性を示唆しています。

3.学協会の国際連盟(GATTO)の動向

前述のWHO-GATEの活動の中で、国際的なネットワークの強化という項目が設定されていました。このことをきっかけとして、国際的な枠組みの構築に向けた議論が展開されました。その一つの形として2020年に設立されたのがGAATOです(https://www.gaato.org/)。基盤となったのは、2000年に北米、欧州、オーストラリア、日本のリハビリテーション工学関連の学協会(日本は、日本リハビリテーション工学協会)が結んだ協力協定で、それを段階的に発展させた結果がGAATOになります。現在、15の団体が加盟し、福祉機器の開発や利用促進のための活動を展開しています。

その一つとして、2021年から2022年にかけて実施された、福祉機器の利用効果に関する課題特定の為のグローバルチャレンジと題した世界規模でのワークショップを紹介します(https://www.gaato.org/post/at-outcomes-and-impact-a-global-grand-challenge)。ここでは、全世界を7つの地域(欧州、北米、中南米、ブラジル、西太平洋、中東、アフリカ)に分け、それぞれの地域から出された福祉機器の利用効果に関する課題(109件)を基に、39件に統合したロングリストと、さらにそれらを統合する6項目のショートリストを作成し、全体会議での議論を経て、リストを確定しました。さらに、図2に示す福祉機器の利用効果に関する概念モデルを作成しています。ここでは、「ニーズの測定」、「インパクトの測定」、「アウトカムの測定」、「インプットの記録」といった「データの共有」を図り、「政策への情報提供」を実現する、ドライビングフォースとすることを、自動車のステアリングを模した図にすることで表現しています。現在、これらの課題の解決に向けた活動を進める段階にあり、種々の団体との連携等を進めています。日本は、オーストラリアと協働で、西太平洋地域のワークショップの企画および運営を行いました。日本からの参加者は22名で、国としての参加者は最も多い結果となりました。その構成も障がい当事者、福祉機器関連事業者、専門職、研究者等と多岐にわたり、日本語での議論の場も設けられたので、国内での課題の抽出としても意味のある会になったと思います。

4.ISOの動向

ISOでは、第173専門委員会(TC173)において、福祉機器の国際規格の作成や改訂の議論や作業を行っています。TC173には、車椅子、分類と用語、排泄関連機器、感覚支援機器の4つの分科会が設置され、さらにそれぞれの分科会には作業部会が設置されて、それぞれの関連する規格の検討を進めています。分科会内の作業部会とは別に、歩行支援機器、トイレ・入浴関連機器、認知機能支援機器、褥創予防関連機器、一般要求事項、移乗介助用リフトについては、専門委員会のしたに直接作業部会が設置されており、それぞれの規格の検討を行っています。

最近の動向としては、2022年に福祉機器の分類と用語に関する規格の改訂版(ISO9999:2022)と、福祉機器の一般要求事項に関する新しい規格(ISO21856:2022)が発行され、福祉機器全体に関わる2つの規格が発行された点が注目されます。

ISO9999:2022では、新たな福祉機器の定義が示されました。以下に、改訂前の2016年版での定義と2022年版の定義を示します。

2016年版

any product (including devices, equipment, instruments and software), especially produced or generally available, used by or for persons with disability
– for participation,
– to protect, support, train, measure or substitute for body functions/structures and activities, or
– to prevent impairments, activity limitations or participation restrictions

2022年版

product which optimizes a person’s functioning and reduces disability
NOTE1 to entry: See Annex B
NOTE 2 to entry: Assistive products include devices, instruments, equipment, and software [ISO 9999:2016]
NOTE 3 to entry: Assistive products can be especially produced or generally available items [ISO 9999:2016]

示されている内容は変わらないのですが、表現が大きく変わっています。2022年版では、前述のWHO-GATEのグループから、”persons with disability”という表現を使わずに定義文を作成してほしいとの要望をうけ、WHO Rehabiltation 2030の文書に示されたリハビリテーションの新たな定義を参照することで、生活機能を最適化し、障がいを低減するという表現を採用しました。この定義の特徴である幅広い用具、機器、ソフトウェアを含む点と、一般製品も含む点はNOTEに記載することとなりました。

福祉機器の一般要求事項に関する規格(ISO21856:2022)では、ロボット技術と福祉機器の関連について議論され、ロボット(robot)の定義とロボットの重要な機能としての自律性(autonomy)の定義が明記されました。

robot

programmed actuated mechanism (3.17) with a degree of autonomy (3.5) to perform locomotion, manipulation or positioning
Note 1 to entry: A robot includes the control system and interface of the control system.
[SOURCE:ISO 8373:2021, 3.3, modified — Example removed.]

autonomy

ability to perform intended tasks based on current state and sensing, without human intervention
Note 1 to entry: For a particular application, degree of autonomy can be evaluated according to the quality of decision making and independence from human. For example, metrics for degree of autonomy exist for medical electrical equipment in IEC/TR 60601-4-1.
[SOURCE:ISO 8373:2021, 3.2]

5.おわりに

包摂的社会の構築に関して議論しているある会議に出席した際に「ノーマライゼーション」という言葉が否定的な言葉として使われていたことに、大きな衝撃を受けました。社会全体がノーマルに向けた一方向を向いてしまうことで、多様性を認めにくい社会になるという趣旨であり、LGBTQといったマイノリティの議論の中では、そのような使われ方をしているとのお話しでした。ちょっと前に、当部の研究会で、ミシェル・フーコーの言説に関する議論の中では、「ノーマライゼーション」が否定的な言葉として出てくるという話しをしていたのですが、現実にそれを目の当たりにしたて改めて、驚きを感じました。

言葉や概念は、時代や社会によって変化していくものなのだと思います。ますます多様化し、複雑化する社会のなかで、生活の基盤として常に役立つ福祉機器というものを考えていきたいものです。

図1 福祉機器の利用促進のための5Pモデル (https://www.who.int/initiatives/global-cooperation-on-assistive-technology-%28gate%29)

WHO福祉機器キーワードの概念

図2 GAATO 福祉機器利用効果モデル – Drive the Change (https://www.gaato.org/_files/ugd/10eb9e_dc32a707bd5446809deced626d21ce2b.pdf)

GAATO福祉機器の利用効果の概念
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