国立障害者リハビリテーションセンター研究所
硯川 潤
近年、工学を専門としていない方でも3Dプリンタという言葉を耳にすることが増えてきたのではないでしょうか。3Dプリンタは積層造形法 (additive manufacturing) と呼ばれる加工方式を採用した装置の総称です。従来は高価で、主に製造業で製品などの試作に用いられていました。しかし、主要な特許の有効期限切れをきっかけに、2000年代後半から安価な装置が市販化され始めました.今では、例えば amazon.com で、20,000円程度で十分な性能の3Dプリンタが販売されています。
このような背景から、3Dプリンタは試作にとどまらず、幅広い用途で使われるようになりました。その分野は、医療や航空宇宙分野のような高付加価値の製品から、フィギュア製作やDIY (do it yourself) のような趣味の用途にまで広がっています。特に後者の用途は、装置の低価格化が進んだことで、この10年ほどで一気に多様化が進みました。確かに、3Dプリンタは、ミシンや電動ドリルのようなDIYツールと同じ価格帯です。3Dプリンタを専門に扱うYouTubeチャンネルも多数存在し、多くの視聴者を獲得しています。数年前までは海外のYouTuberがほとんどでしたが、最近は国内でも多くのチャンネルが開設されています。
本稿では、この3Dプリンタで自助具を製作する試みについて、現状とその利点を紹介します。自助具は、主に上肢の機能障害を補うために使われる簡単な補助具です。市販品もありますが、細かなニーズに対応するために作業療法士が製作することも少なくありません。製作のために作業療法士が使う道具は、ミシンや電動ドリルなど、まさにDIYと同じです。3Dプリンタが活躍する余地は大きいはずです。
本題に入る前にまず、3Dプリンタについて説明します。一言で3Dプリンタと言っても、様々な方式があり、目的に応じて使い分けられています。ここでは、熱溶解積層法 (FDM,fused deposition modeling) と呼ばれる方式を取り上げます。FDM 方式の3Dプリンタは、他の方式と比べて安価で、DIY用途では最も一般的です。自助具製作にもこの方式が用いられます。
積層造形法という名の通り、3Dプリンタは1層ずつ素材を重ねることで、所望の形状を造形します。FDM 方式では、熱で溶かされたプラスチックが細いノズルから押し出され、各層が形成されていきます。ノズルの動きはモータで精密に制御され、細かく複雑な形状も容易に造形できます。
また、型が必要無いことも3Dプリンタの大きな特徴です。身近にあるプラスチック製品は、金型に溶融したプラスチックを流し込む射出成形と呼ばれる手法で造形されます。金型は非常に高価なため、大量生産が射出成形を採用するための前提条件となります。一品物の自助具の製作には不向きです。3Dプリンタは、型を用いずに射出成形と遜色ない品質でプラスチックを成形できる点で、自助具に適した造形手法と言えます。
優れた造形手法ということだけが3Dプリンタの特徴ではありません。設計の再利用のしやすさも、3Dプリンタが普及した大きな要因の一つです。3Dプリンタに限ったことではありませんが、造形には目的となる形状を定義した三次元データが必要になります。このデータを共有すれば、誰かが設計した形状を広く活用できます。3Dプリンタでは、装置が共通であればスイッチ一つで同じ形状を造形できます。この特徴は、例えば thingiverse 1)や printables 2)のような三次元データの共有サイトで存分に活かされています。自分では設計できなくても、多くの便利グッズの設計データが無料で公開されており、自由に活用できるのです。
前置きが長く恐縮ですが、3Dプリンタの導入メリットを理解するには、従来の自助具製作についても押さえておく必要があります。教科書の定義を借りると、自助具は「一時的あるいは永久的にしろ、身体になんらかの機能障害をもち、日常生活動作が困難となった人々のために、その失われた身体の機能を補っていろいろな動作を可能あるいは容易にし、自立独行できるように助ける考案または工夫をされた日常生活機器・器具・装置」の総称です3)。
自助具は利用者の身体機能の細かな差異に合わせた調整が不可欠です。この調整は適合と呼ばれ、主に医療専門職である作業療法士が担います。市販の自助具も、使用前には入念に適合が確認され、必要に応じて部分的に改造されることも少なくありません。適した市販品が無ければ、新たに製作する必要があります。
同様に適合が重要な義肢・装具と異なり、自助具は公的に給付されたり医療保険が適用されたりすることがほとんどありません。従って、製作費は安価に抑えざるを得なくなります。結果として、筆者が知る作業療法士の多くは、100円ショップやホームセンターが大好きです。身近な素材を使った工夫で適合を実現するためです。このような状況は日本に限ったことではありません。自助具に関する米国の教科書を見ると、面ファスナー (いわゆるマジックテープTMやベルクロTM) や布テープの活用方法があふれています4)。
このように、自助具の改造・製作にはDIYの延長のような素材・道具が使われています。当然、自助具の完成度は作業療法士個人の経験や技能に左右されます。3Dプリンタをうまく導入できれば、完成度を平均的に上げられそうです。
筆者は2015年ごろから、3Dプリンタでの自助具製作とその評価に取り組んできました。まずは、当事者参加型のデザインワークショップを開催し、3Dプリント自助具を数多く設計してみました。障害者のニーズに応えられる自助具を、本当に3Dプリンタで製作できるかどうかを確認するためです。設計した自助具の詳細は、筆者の研究室のホームページに掲載しています5)。結果として、十分に機能する自助具を製作できることがわかりました。
そこで、本格的な実用性評価として筆者が所属する国立障害者リハビリテーションセンターの入所者を対象とした製作・評価を開始しました。作業療法士が製作していた自助具のうち、3Dプリンタでの製作に適したものを置き換え、入所期間中使用してもらいました。こちらも製作した自助具の詳細が、センターホームページに掲載されています。これまでに、のべ100点以上の3Dプリント自助具を製作・評価できました。平均で1年半程度の評価期間中、3Dプリント自助具は高い耐久性を示し、満足度も従来の自助具と同程度でした。3Dプリンタを自助具製作に用いることの有用性を示せたと考えています。
これらの取り組みの中で、3Dプリンタを導入することの利点も明らかになりました。まずは、既存の自助具の構造を精度良く、高い強度・耐久性で複製できる点です。担当作業療法士の得手不得手にかかわらず、均質な自助具を供給できました。次に、既存自助具の一部を、新たなより良い機構で置き換えられる点です。手作業では難しい造形が可能になり、より使い勝手の良い自助具を実現できました。最後に、これまでは製作できなかった、新たな機能の自助具を開発できたという点です。3Dプリンタの導入で、あきらめられていた動作や活動を補助する自助具を提案できました。
導入の意義を検証できた一方で、さらなる普及に向けた課題も明らかになりました。最も重要な課題は、誰が自助具を設計するのかという点です。当センターのように工学系のスタッフが作業療法士と協働できる環境は、残念ながら多くありません。確かに、最近は設計のためのCAD (computer-assisted design) ソフトも、オープンソースで無償利用できるものがあり、作業療法士自身が設計者となるハードルは下がっています。実際、当センターの作業療法士も設計を学び始め、利用者に提供できる自助具の設計に成功しています。しかし、もっと簡単に3Dプリンタを活用できる方法はないでしょうか?
前述の thingiverse のような形状データベースは、解決策の一つです。同じニーズであれば、同じ自助具形状データを流用できます。すでに、これらのデータベースには自助具が多く登録されています。また、自助具に特化したデータベースも国内外で見られるようになってきました。
単なる完成データの共有だけではなく、利用者の身体に合わせた調整が可能な形状データも作成できます。筆者の取り組みでは、パラメトリック設計と呼ばれる手法を一部の自助具に導入しました。身体に合わせる必要のある自助具の部位を、数値の入力で変更できるようにしたソフトウェアを開発したのです。これで、CAD ソフトの操作ができない作業療法士も、利用者に適合した自助具の設計ができるようになりました。
最近話題の chatGPT のような大規模言語モデルも、設計作業を簡略化するために活用できる可能性があります。CAD の中には、プログラミングのようにスクリプトで形状を生成できるものがあります。chatGPT はその文法を学習済みで、単純な形状ならそれに対応したスクリプトを生成してくれます。近い将来、自助具の形状を文章で説明すれば、そのためのスクリプトが生成されるようになるかもしれません。
自助具製作の在り方を大きく変える可能性のある3Dプリンタですが、その普及はまだまだこれからという段階です。しかし、3Dプリンタ自体の進化もさることながら、生成AIのように、使い方を支える技術も大きく発展しつつあります。普及を促進するために、目まぐるしく変化する技術環境をしっかりとフォローしていく必要があります。その一方で、利用者に適合した自助具をつくる、という目的自体は決して変わりません。技術に振り回されることなく、利用者視点で取捨選択していくことも重要です。