法政大学名誉教授 松井亮輔
「福祉的就労」という用語が使われるようになったのは、1970年代ごろからの小規模作業所運動の発展が契機とされています。それは、一般の企業等に雇用されることが困難な障害者への就労支援の場として、現行の障害者総合支援法に基づき、整備されてきた「就労移行支援事業」、「就労継続支援A及びB型事業」、および「地域活動支援センター」などを意味するとされます。
しかしながら、現行の制度には、解決を求められる様々な課題、たとえば、低賃金(工賃)、一般雇用への移行率の低さ、さらには、こうした「分離的雇用」に繋がりかねない制度は、廃止すべきである、という国際的な潮流があることなどです。
他方、欧米諸国も同様な課題を抱えていることが認められます。日本の「福祉的就労」にほぼ相当する用語として、英語でsheltered employment(保護雇用)が用いられ、各国とも一般雇用が困難な障害者の就労支援のために様々な形態の保護雇用制度を整備してきていますが、日本同様、多くの未解決の課題を抱えているのが、実情と思われます。
本稿では、障害者雇用・就労の国際基準とされる国連や国際労働機関(ILO)の条約や勧告などを踏まえながら、福祉的就労等の推移、現状と課題等を明らかにしたいと思います。
障害者雇用・就労にかかる国際基準とされるのは、ILO「職業リハビリテーション(障害者)に関する勧告」(第99号勧告、1955年)、ILO「職業リハビリテーション及び雇用(障害者)に関する条約」(第159号条約、1983年)及び同勧告(第168号勧告)、国連・障害者権利条約(とくに第27条労働及び雇用、2006年)ならびに国連障害者権利委員会「労働及び雇用への障害者の権利に関する一般的意見第8号」(2022年)などです。
とくに障害者権利条約第27条労働及び雇用では、「1.締約国は、障害者が他の者との平等を基礎として、労働についての権利を有することを認める。この権利には、障害者に対して、開放され、障害者を包容し、及び障害者にとって利用しやすい労働市場及び労働環境において、障害者が自由に選択し、また承諾する労働によって生計を立てる機会を有する権利を含む。・・・(a)あらゆる形態の雇用にかかるすべての事項(募集、採用及び雇用の条件、雇用の継続、昇進並びに安全かつ健康的な作業条件を含む。)に関し、障害に基づく差別を禁止すること・・・・」と規定。
そして障害者権利委員会の一般的意見第8号では、締約国に対して「82(i)資源、時間枠、モニタリング機構を伴う、具体的な行動計画を採択することにより、シェルタード・ワークショップ(保護作業所)を含む、分離雇用を迅速に廃止する」とともに「63(a)・・・分離された環境に対する労働権の即時適用も確保すること」を勧告しています。
1955年のILO第99号勧告を踏まえ、日本では1960年に身体障害者雇用促進法が制定されています。その後、1972年には当時の厚生省が、身体障害者授産施設の一種として労働法の適用対象となる身体障害者福祉工場を制度化、また1973年には当時の労働省が、重度障害差者の雇用促進を目的に、心身障害者雇用モデル工場を制度化。同工場は、1976年の改正身体障害者雇用促進法により創設された、障害者雇用率制度に基づく助成金の対象の一つとなった、特例子会社として整理されています。
そして、2005年に制定された「障害者自立支援法」(現・障害者総合支援法)では、身体障害者福祉法等に基づく、従来の各種障害者授産施設、福祉工場および小規模作業所等が、就労移行支援事業、就労継続支援A型(労働法適用)及びB型(労働法非適用)事業および地域活動支援センター等として再編成されました。
2014年に日本は、障害者権利条約を批准し、2016年には同条約の国内実施状況にかかる第1回日本政府報告を国連障害者権利委員会に提出。2022年には同委員会によるその審査が行われました。その審査を踏まえて同委員会から出された総括所見(勧告等)では、「障害者権利条約第27条労働及び雇用に関して「57.・・・一般的意見第8号(2022年)を想起しつつ、持続可能な開発目標のターゲット8.5に沿って、(a)障害者を包容する労働環境で、同一価値の労働について同一報酬を伴う形で、作業所及び雇用に関連した福祉サービスから民間及び公的部門における開かれた労働市場への障害者の移行の迅速化のための努力を強化すること」等が勧告されています。
表1 就労継続支援A及びB型の事業所及び利用者数の推移
2012年 | 2022年 | |||
事業所数(か所) | 利用者数(人) | 事業所数(か所) | 利用者数(人) | |
A型(総数) | 1,527 | 27,404 | 4,414 | 84,453 |
うち営利法人 | 583 | - | 2,763 | 56,376 |
非営利法人 | 944 | - | 1,651 | 28,077 |
B型(総数) | 7,740 | 166,361 | 16,187 | 328,726 |
うち営利法人 | 332 | - | 4,909 | 89,364 |
非営利法人 | 7,408 | - | 11,278 | 239,362 |
A・B利用者総数 | 193,765 | 413,179 |
<参考>雇用率制度対象企業における
2012年 | 2022年 | |
障害者雇用実数 | 315,059人 | 533,052人 |
うち特例子会社 | 11,892人 | 33,346人 |
〔出典: 国保連データ、厚生労働省障害者雇用対策課「障害者雇用状況の集計結果」2012年及び2022年〕
表2 就労継続支援A及びB型事業所利用者の月額平均賃金(工賃)の推移
2012年 | 2022年 | |
A型利用者(全体) | 68,691円 | 83,551円 |
うち営利法人 | - | 79,805円 |
B型利用者(全体) | 14,190円 | 17,031円 |
うち営利法人 | - | 15,307円 |
[出典:厚生労働省障害福祉課「障害者の就労支援について」2012年及び2022年]
2012年から2022年の10年間で、A型事業利用者総数は27,424人から84,453人に増加(約3.1倍)、B型事業利用者総数は、166,361人から328,726人に増加(約2倍)、そしてA及びB型事業利用者総数は、その間193,765人から413,179人に増加(約2.1倍)しています。
2022年については、A及びB型事業とも営利法人と非営利法人別の事業所数と利用者数が公表されていますが、2012年については、事業所数しか公表されていません。そのためこの10年間の両法人別の利用者数の推移は明らかでありませんが、その間営利法人立のA型事業所数は583か所から2,763か所に増加(約4.7倍)、B型のそれは332か所から4,909か所に増加(約14.8倍)しています。因みに、2022年についてみると、営利法人の利用者が全体に占める割合は、A型事業は66.8%、B型事業は27.2%になっています。
一方、障害者雇用率制度により雇用されている障害者実数は、2012年の315,059人(うち特例子会社11,892人)から2022年の533,062人(うち特例子会社33,346人)に増加(約1.7倍)(特例子会社のそれは、約2.8倍)。したがって、民間企業全体の障害者雇用の増加率は、営利法人立のA型事業利用者のそれよりもかなり低い。
〔(注)ドイツ連邦政府「第3回参加報告(2021年)第5章雇用と物質的生活状況」によれば、2014年から2017年の間で障害者作業所利用者数は、280,525人から288,478人に増加(増加率約3%)、それに対して、雇用率制度の対象となる企業における重度障害者雇用数は、その間1,014,071人から1,073,641人に増加(増加率約6%)。つまり、日本とは異なり、福祉的就労利用者よりも雇用障害者の増加率が高くなっています。〕
政府は、福祉から雇用への移行を重点施策としながらも、前述したことから明らかなように、A型、B型の事業所数、利用者数とも増えていること、とりわけ営利法人のそれが全体に占める割合が過去10年間で大きく増加していることはどのように理解したらよいのでしょうか。本来であれば、A型及びB型事業に参入している営利法人の経験が生かされ、民間企業本体における障害者雇用増に結びつくことや、A型及びB型事業利用者の賃金(工賃)増に寄与することが期待されますが、実態はそうなっていません。その意味では、A型及びB型事業における営利法人が果たすべき役割が問われるように思われます。
前述したことにあわせ、検討すべき福祉的就労課題は、現制度上、A型事業利用者には、原則として労働法が適用されるのに対し、B型事業利用者には、それは非適用になっていることの妥当性です。全体としてみる、確かに利用者の平均賃金(工賃)は、A型事業のそれは、B型事業を大幅に上回っていますが、B型事業所のなかには、利用者に対して、A型事業所よりも高い工賃を支払っているところも散見されます。また、2014年に「社会支援雇用研究会」が行った調査結果(同報告書9頁)によれば、B型事業利用者の半数以上の54%が、5年以上にわたってそこで就労しています。
こうしたA型及びB型事業の実態からも、現在の仕組みのままでよいのかどうか、とくに、B型事業利用者については、労働法をそのまま適用できないまでも、「労働者としての権利」をどのように保護するのか、ということも、現行制度上の大きな課題と思われます。
以上、指摘したことなども踏まえ、政府は、現行の障害者雇用・就労施策のあり方について再検討し、具体的な改善策について早急に明らかにすることが求められます。