重度障害者によるマルチメディアデイジー図書製作へのチャレンジ
公益財団法人日本障害者リハビリテーション協会
参与 西澤達夫
はじめに
マルチメディアデイジー図書は、ハイライトしたテキストと同期して音声を再生できるため、発達障害等で通常の印刷された文字の読みに困難を持つ子どもたちへの支援として定着しつつありますが、冊数は限定的であり、製作体制の拡充が喫緊の課題となっています。一方で近年のICTの発展により在宅での勤務も普及してきていることから、これらの技術等を活用して、移動が困難な筋委縮性側索硬化症(ALS)、筋ジストロフィーなど、在宅でパソコンを活用されている重度障害のある方々のマルチメディア図書製作への参加の可能性を調査することを目的に生活協同組合様の支援をいただいて2018年に本事業を始めました。
マルチメディアデイジー図書の製作工程と作業分担、作業の進め方
マルチメディアデイジー図書の製作には、テキストと音声の同期作業や発音の調整を行う編集用ソフトウェアを使いこなす必要があります。マウスやキーボードの操作に様々な制限のある重度の障害者の方の負荷を減らす目的で、当初は製作工程を細分化して、編集作業を数名で分担する方法で製作していただきました。
その結果、パソコンの操作時間こそ長めになるものの編集作業そのものについては、どの作業を分担された方も問題なく終了できたため、2023年からは、編集作業者としての自立を目指して、全ての編集作業を一人で担っていただく方式に切り替えました。併せて編集ソフトウェアも肉声録音が不要な高音質の音声合成を使用するものに変更しています。図1に示したのは、製作工程と作業分担です。
図1 マルチメディアデイジー図書の製作工程と作業分担

※サイエン・スアクセシビリティ・ネット
https://www.sciaccess.net/jp/ChattyInfty3_AITalk/index.html
具体的なマルチメディアデイジー図書製作作業のフローは以下の通りです。当協会において、下準備として、紙の本をPDF化とテキスト抽出(無校正)を行い、製作仕様書とともに製作担当者にお渡します。製作担当者は、最初にテキストを校正するとともに、PDFから挿絵等の画像の切り出しを行います。マルチメディアデイジー図書の製作では、まず見出しやページ番号を付与します。その後テキストやルビの編集を行った後で、画像を取り込みます。次に音声合成の読み間違いやイントネーションが不自然なところがないかを確認して全般の校正作業を行います。最後に電子書籍の国際規格であるEPUB3に出力して完成です。
製作ソフトウェアの操作方法は、学習素材として、オンデマンドの講習用動画を提供することで、いつでも自分のペースで習得する環境を提供しました。そして、質問等については、メールでの対応を基本として、必要によりオンライン会議システムを使用してサポートしました。そして、作業終了後にアンケートを実施し、作業上の気づき、課題、意見、感想等を集約しました。
作業参加者のプロフィールとパソコンの操作
計5名の方にご参加いただきました。表1に示したのは、参加者のプロフィールです。難病、脊髄損傷で身体の動作に制限があり、身体の一部のみ動かすことができる方々です。内3名の方は、人工呼吸器を使用されています。
表1 参加者のプロフィール
| 参加者 | 障害・障害状況 | パソコン操作 |
| Aさん | 脊髄性筋萎縮症 人工呼吸器使用 | ベッド上でPC操作。右手でスイッチを操作し、ワンキーマウス※1でスクリーンキーボードを操作 |
| Bさん | 進行性筋ジストロフィー 人工呼吸器使用 | 人工呼吸器のマスク中央に張り付けた反射シールを用いた赤外光線方式※2でマウスポインタを操作して、スクリーンキーボードを操作。左クリックは手でスイッチを操作 |
| Cさん | 脊髄性筋萎縮症 | ベッド上でPC操作。トラックボール付マウスを操作して、スクリーンキーボードを操作 |
| Dさん | 筋萎縮性側索硬化症 人工呼吸器使用 | 静電気を利用したスイッチを頬の動きで操作し、「伝の心」※3経由で操作 |
| Eさん | 頚髄損傷(四肢が麻痺) | 左手のスティックで、小型のトラックボール付マウスとキーボードを使用 |
※1 有限会社TY企画 https://ty-plan.com/03_fukushi/02_onekey/1keyusb00.htm
※2 Natural Point Inc. 2018年製造中止 https://www.naturalpoint.com
※3 ㈱日立ケーイーシステムズ https://www.hke.jp/products/dennosin/denindex.htm
パソコンの操作については、マウスの移動方向の切り替えと左右のクリック操作の切り替えをスイッチのオン・オフ操作のみで行う方がAさんとDさんで、文字の入力数やマウスの移動距離に比例して操作時間が長くなる傾向にあります。また、Bさん、Cさんは右クリックが苦手なため、右クリック時のコンテキストメニューのみで操作可能な選択肢の使用が困難です。Eさんは、左手に付けたスティックの先端で、小型のトラックボール付マウスとキーボードを操作するため、操作時間が掛かる傾向にあります。そして全ての作業者に共通するのは、キーの多重押しができないことで、Ctl+C等のショートカット操作もキーを複数回押す必要があります。
図書製作の作業結果と製作ソフトウェアの改良
全員が製作ソフトを習得して、図書製作作業の全工程を担当して製作することができました。これには、オンデマンドの講習用動画の活用が効果的でした。支援方法についても当初の想定通りで対応できました。
アンケートを実施結果した結果、製作ソフトの改善要望があり、改良を実施しました。内容としては、3重ショートカット操作、右クリック等の改善になります。表2に改善要望と改良結果を示します。
表2 改善要望と改良結果
| 改善要望 | 改良結果 |
| 3つ同時押しのショートカット操作は、押すのが大変。頻度の高いショートカットは。アイコンメニューとして表示して欲しい | ・3つのキー同時に押す必要があるルビや読みの設定をツールバーに追加することで、アイコンからの選択を可能とした。 |
| メニューバーのアイコンボタンが隠れていて選択できない場合もある。アイコンを画面上の空きスペースに移動して表示して欲しい | ・画面を狭めたときにツールバーが画面からはみ出して単語登録などのボタンが見えなくなるのを防ぐためにツールバーを折り返しにした ・下部の空きスペースにカスタムツールバーを設けた。(空きスペースでのカスタムツールバーは今後の課題とした) |
| 右クリックが押しにくいのでメニュー操作から選べるようにして欲しい。 | ・右クリックのコンテキストメニューは、全てメニューやツールバーで使えるようにした ・従来右クリックのコンテキストメニューからしか選択できなかった表の編集機能は、副編集ツールバーを新設して配置した |
改良版の使用した感想は、以下の通りですが、これらの改善は、一般利用者にも有効であり、ユニバーサルデザインの実現事例と考えます。
- 特にボタンだと1クリックで済むのでとても助かります。
- スクリーンキーボードをクリックする回数は少ないほど楽に作業ができます。
- 使いやすいです。編集画面のすぐ上にあるのでマウスカーソルの移動が少なくて済みます。
- カスタムツールバーはとても使いやすいです。よく使用するボタンを登録できるので、作業が進めやすくなると思います
まとめ
今回製作に携わった5名の方の感想は以下の通りで、ゴールとしては、在宅での就労を目指すことで、誰一人取り残さないという「持続可能な開発目標SDGs」の実現を見据えております。
- 実際に使用されている方のことを想像し、どうすればもっと作品を楽しんでもらえるか考えるので、とてもやりがいを感じます。
- 私は本を読むことが好きです。デイジー図書を製作することで一人でも多くの人に本を読んでもらえれば、それは私にとってかけがえのないものになります。
- 本を読むことに障害のある子どもたちの役に立てているという実感があるので、とてもやりがいがあります。
- 仕事をするということは、責任感とか緊張感というのが生まれるので、生活にメリハリが出てきて、とてもいいなと感じます。
- 社会参加をできる喜びを感じています。
※令和5年12月「障害者週間」オンラインセミナー「重度障害者が参加したデジタル図書(マルチメディアデイジー図書)製作のご紹介-国連、持続可能な開発目標(SDGs)の「誰も取り残されない社会」の実現に向けて-」より抜粋