東京2025デフリンピック開催~選手を支える指導者の立場から
「新ノーマライゼーション」2025年4月号
一般社団法人日本ろう者サッカー協会 強化育成部長
中村崇修(なかむらたかよし)
はじめに
デフサッカーは、聴覚に障害をもつ選手たちが競技するサッカーで、世界中の聴覚障害をもつ選手たちにとって重要なスポーツの一つです。通常のサッカーとは異なるルールや環境は必要ありませんが、スポーツを楽しむという共通の情熱が存在します。このスポーツは、競技者にとって身体的な挑戦だけでなく、社会的な障壁を乗り越えるための力強い手段でもあります。本稿では、デフサッカーのコミュニケーション課題や指導者養成について掘り下げます。また、デフサッカーがどのように発展し、その未来についても考察します。
きこえる指導者とデフアスリートのコミュニケーションの課題
まず初めに、きこえる指導者とデフアスリートのコミュニケーションにはいくつかの課題が存在します。デフアスリートは聴覚に障害があるため、指導者との効果的なコミュニケーションを確保するためには工夫が必要です。主な課題として以下の点が挙げられます。
1.言語の壁
聴覚障害者が主に手話を使う場合、きこえる指導者が手話を理解していないと、基本的なコミュニケーションが難しくなります。また、手話の習得には時間がかかるため、指導者がその習得に積極的に取り組む必要があります。
2.非言語コミュニケーションの重要性
聴覚障害者は言葉だけでなく、ジェスチャーや表情、身体の動きといった非言語的なサインにも敏感です。指導者がこれらを意識的に使うことが求められますが、きこえる指導者がその重要性に気づかないこともあります。
3.視覚的なサポートの不足
競技やトレーニング中に音声で指示を出すことが一般的ですが、デフアスリートには音声が伝わりません。そのため、視覚的なサポート、例えばビジュアルシグナルやライト、手話通訳などが必要です。これが不足していると、指示が伝わりにくくなります。
4.スピードやタイミング
コーチが指示を出す際、聴覚に頼ったスピーディーな伝達ができない場合、アスリートが反応するタイミングが遅れることがあります。指導者はペースやタイミングをアスリートの理解に合わせて調整する必要があります。
5.個別のニーズへの対応
聴覚障害にも程度や特性が個人によって異なります。指導者はそれぞれのアスリートに最適なコミュニケーション方法を見つける必要があり、柔軟で個別的な対応が求められます。
6.心理的な障壁
聴覚障害があるアスリートは、コミュニケーションの問題から不安や孤立感を感じることがあります。指導者が積極的にコミュニケーションをとることで、信頼関係を築くことが重要だと考えます。
具体的な解決策として以下の取り組みをしています。
・各自での手話の学習
指導者が手話を学ぶことで、直接的なコミュニケーションが可能になり、誤解や障壁を減らせます。
・視覚的サポートの強化
戦術を指導する際には動画を用いるなどし、デフアスリートにとってわかりやすい形でサポートを行います。
・非言語コミュニケーションの活用
ジェスチャーや表情、身体の動きなどを積極的に使い、理解を促進します。
・技術の導入
コミュニケーションアプリやタブレット、ディスプレイ画面を利用して、指示や情報を視覚的に伝える方法も有効です。
引退後、指導者への道を拓くためのアプローチ
次にデフアスリートが引退後に指導者の道に進みたいと考えている場合、手話通訳が提供されていないためにその道が閉ざされてしまうという問題は深刻です。この問題を解決するためには、いくつかのアプローチが考えられます。
1.指導者講習会に手話通訳を提供する
指導者講習会や研修に手話通訳を必ず配置することが重要です。スポーツ団体や教育機関は、デフアスリートが参加できるように、通訳者の確保を義務付けるべきです。また、通訳者の数を増やし、質の高い通訳を提供することで、理解の妨げをなくすことができます。
オンラインでの指導者講習会を増やすことも解決策の一つです。オンラインの講習であれば、手話通訳が提供される環境を整えやすく、全国規模でデフアスリートにアクセスできるようになります。さらに、字幕やテキストの提供も有効です。
2.手話を取り入れた指導者講習会の開発
既存の指導者講習会に手話の要素を取り入れるだけでなく、特にデフアスリートに向けて手話を使用する講習会を新たに開設することも重要です。例えば、手話を前提とした指導者講習会を開くことで、より多くのデフアスリートが参加できるようになります。
手話を使いながら指導方法を学べるカリキュラムを開発し、デフアスリートが指導者としてのスキルを磨ける場を提供します。これにより、アスリートが指導者として活躍できる準備が整います。
3.手話通訳者の質の向上と普及
スポーツの指導に特化した手話通訳者を育成することも重要です。これにより、専門的な知識を持った通訳者がスポーツの指導現場に立ち、アスリートと指導者間のコミュニケーションがスムーズになります。
手話通訳者が不足している場合、通訳者への報酬やインセンティブを提供することで、スポーツ指導における手話通訳者を増やすことができます。特に、デフアスリート向けの指導者講習会において通訳者の参加を促進するためには、経済的支援が重要です。
4.指導者としてのネットワークの形成
引退後のデフアスリートが指導者に進むためには、同じ志を持つアスリート同士でネットワークをつくり、情報共有や支援を行うことが大切です。オンラインコミュニティや、指導者を目指すデフアスリート同士で集まるイベントなどをつくることが有効です。
指導者を目指すデフアスリートに対して、手話通訳がついた指導者養成プログラムやメンタリング(※)、インターンシップの機会を提供することで、指導者としての道をサポートします。
5.スポーツ団体や協会の積極的な取り組み
各スポーツ団体や協会は、デフアスリートの指導者を積極的に育成し、引退後のキャリア支援を行う責任があります。指導者講習会への手話通訳の提供を制度化し、デフアスリートが指導者として活躍できるよう、積極的にサポートする体制を整えることが求められます。
デフアスリートの指導者としての成功事例をプロモートし、ロールモデルを示すことが、他のデフアスリートが指導者を目指す励みになります。成功したデフアスリート指導者がメディアに登場することなども、モチベーションを高める効果があります。
まとめ
デフアスリートが指導者の道に進むためには、手話通訳の提供や手話を取り入れた指導者養成プログラム、そして専門的な通訳者の育成が不可欠です。また、デフアスリート同士でのネットワークづくりやスポーツ団体や企業の支援も重要です。これらの取り組みを進めることで、デフアスリートが引退後も指導者として活躍できる機会を広げることができ、よりデフアスリートの育成にも寄与すると考えます。
※人材育成方法の1つで、1対1の関係(メンター(指導者)、メンティー(指導を受ける人))で指導していくもの。メンターが一方的に教えるという形ではなく、メンターとメンティーが保護や助言、対話を重ねる中で、メンティー本人が気づきを得るという方法が取られる。