「手話施策推進法案」について

「新ノーマライゼーション」2025年4月号

一般財団法人全日本ろうあ連盟 副理事長
河原雅浩(かわはらまさひろ)

1. はじめに

新聞やテレビなどで報道されたように、私たちろう者が長い間望んでいた手話言語に関する法律が「手話施策推進法案」として今国会に議員提出法案として提出される予定です。この法案がまとめられるまでの経緯と法案の内容について簡潔に記したいと思います。

2. これまでの経緯

2006年に手話が言語に含まれることを明記した障害者権利条約(以下、「権利条約」)が国連総会において採択されたのを受けてわが国では、障害者基本法の改正などの国内法の整備を行いましたが、その内容は上記のろう者と手話言語に関する権利を完全に保障するには不十分でした。

そのため、私たちはろう者と手話言語に関する権利を完全に保障するためには手話言語法の制定が必要と考え、全日本ろうあ連盟(以下、「連盟」)、全国手話通訳問題研究会、日本手話通訳士協会で「手話言語法制定推進運動本部」を設立し、法案の検討や諸外国の法律の調査などを進めました。そして、2012年にろう者や手話に関する権利を完全に保障するために必要な次の5つの基本的な権利を定めた「手話言語法案」をまとめました。

【手話言語法案の5つの権利】

1.手話言語を獲得する権利
2.手話言語で学ぶ権利
3.手話言語を学ぶ権利
4.手話言語を使う権利
5.手話言語を守る権利

この「手話言語法案」を法律として制定させることをめざして、全国の自治体議会での手話言語法の制定を求める意見書の採択と自治体での手話言語条例制定の取り組みを進めました。その結果、2016年3月に全自治体での意見書の採択を達成し、手話言語条例は、2025年3月末までに、40都道府県、21区、379市、135町、9村の合計584自治体で条例が制定されました。

この取り組みと並行して、国会議員に対して手話言語法の制定を求める要望を出し続けてきましたが、2024年6月に超党派による「障害児者のコミュニケーション推進に関する議員連盟(以下、「議員連盟」)」より、「読書バリアフリー法」「障害者情報アクセシビリティ・コミュニケーション施策推進法」に続き、「手話施策推進法(仮称)」の制定をめざすことが正式に表明され、議員連盟による検討が進められました。この検討の過程において、何回か連盟や関係団体からの意見聴取が行われ、連盟からは主に次の意見を出しました。

  • 「障害」という言葉を使わず社会モデルの書き方に統一
  • 「手話文化・手話言語の調査研究」について、理念と条文の両方に明記
  • きこえない・きこえにくい子どもの手話言語の獲得・習得の環境の整備についての記載
  • あらゆる場面・あらゆる社会資源に、手話言語でアクセスできるようにするための文言の記載
  • 手話通訳士の国家資格化と養成機関の設立についての記載
  • 手話言語に関する施策の策定及び監視のために各省庁を横断的に取りまとめる協議会等の記載
  • 法律制定後の見直しについての記載

議員連盟における上記の意見等を踏まえた検討の結果、2024年12月の議員連盟の総会において「手話施策推進法案」が示され、2025年の通常国会に提出することが承認されました。

3. 「手話施策推進法案」の内容

法案には、目的、基本理念、国及び地方公共団体の責務、基本的施策などが書かれ、全18条と附則からなっています。その主な特徴を下に記します。

なお、この法案では障害者基本法第3条第3項に合わせ、「手話」と表記しています。

1.社会モデルの考え方に基づき、「聴覚障害者」という表現は使用せず、「手話を必要とする者」「手話を使用する者」という表現を使用2.きこえない・きこえにくい子どもの手話言語の習得と学習、手話言語による教育について記載3.手話言語に関する調査研究の推進、手話言語による文化の保存・継承・発展について記載4.9月23日を「手話の日」と制定5.5年後の内容の見直しについて記載

詳細については、表をご参照ください。

表 「手話施策推進法案」の概要

目的 
手話がこれを使用する者にとって日常生活及び社会生活を営む上で言語その他の重要な意思疎通のための手段であるという考えに立ち、手話に関する施策の基本理念、国、地方公共団体の責務、基本的な施策を定め、手話に関する施策を総合的に推進する
基本理念 
1.手話の習得・使用に関する施策を講ずるに当たっては、手話を必要とする者・手話を使用する者の意思が尊重されるとともに、手話の習得・使用に関する必要かつ合理的な配慮が適切に行われるために必要な環境の整備が図られるようにする
2.手話が長年にわたり受け継がれてきたものであり、かつ、手話により豊かな文化が創造されてきたことに鑑み、手話文化の保存・継承・発展が図られるようにする
3.全ての国民が相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会の実現に資するよう、手話に関する国民の理解と関心を深めるようにする
国及び地方公共団体の責務 
国・地方公共団体は、手話に関する施策を総合的に策定・実施する責務を有する
基本的施策 
1.手話を必要とするこどもの手話の習得の支援
〇こども・保護者に対する手話に関する情報提供等
〇乳幼児期におけるこどもの心身の発達に応じた手話の学習機会の提供、学校の授業等の教育活動におけるこどもの心身の発達に応じた手話の学習機会の提供
〇保護者・家族に対する手話の学習機会の提供等
2.学校における手話による教育等
〇手話の技能を有する教員、手話通訳を行う者、手話に関する必要な支援を行う者等が適切に配置されるようにするための取組の推進、手話を使用した教材の提供
〇手話の技能を有する教員の養成のための大学・教員養成機関による取組の促進、教員に対する手話を使用した指導方法に関する研修の実施
〇手話を使用するこどもが学校生活で手話を自由に使用できる環境の整備
3.大学等における配慮
〇手話通訳を行う者の確保のための大学等による取組の促進
4.職場における環境の整備
〇手話を適切かつ円滑に使用できる職場環境の整備のための事業主による取組の促進のための情報提供等
5.地域における生活環境の整備等
〇地域で手話を使用して日常生活・社会生活を円滑に営むことができる環境の整備
〇災害等の非常事態が発生し、又は発生するおそれがある場合に安全を確保するための手話による情報提供
6.その他の手話の習得の支援
〇手話を必要とする中途失聴者等に対する手話の関する情報提供、手話学習機会の提供
7.手話文化の保存・継承・発展(「手話文化」・・・手話及び手話による文化的所産)
〇文化芸術・スポーツ・レクリエーションを通じた手話文化の保存・継承・発展の促進のための取組
8.国民の理解と関心の増進
〇手話に関する国民の理解と関心を深めるための広報活動・啓発活動の充実
〇学校教育で手話に関する理解と関心を深めるためのノウハウに関する情報提供、児童生徒等に対する手話の学習機会の提供
9.手話の日
〇「手話の日」(9月23日)の制定
10.人材の確保等
〇手話通訳者等の手話に関する専門的な知識・技能を有する人材の安定的な確保・養成・資質の向上のための研修の機会の確保、適切な処遇の確保
11.調査研究の推進等
〇手話文化に関する調査研究の推進、情報収集・提供
〇手話の習得のためのカリキュラムの開発、デジタル技術など先端的な技術を活用した機器等の開発、手話の習得・使用に関する調査研究等の推進・成果の普及
12.国際交流の推進
〇手話を使用する者の国際的交流の支援
〇手話文化に関する情報交換等の活動の支援
13.手話を使用する者等の意見の反映
〇手話を使用する者やその関係者の意見を国の施策に反映させるための必要な措置
その他 
○障害者基本計画・都道府県障害者計画・市町村障害者計画〔いずれも障害者基本法に基づき策定〕への反映
○手話に関する施策の実施に必要な財政上の措置・法制上の措置等を講ずる
〇施行後おおむね5年を目途として、この法律の施行状況等を勘案して検討を加える(附則)

4. 法律の成立により期待される効果

この法律は理念法であり、成立したからといってすぐに社会が大きく変わる訳ではありません。国や地方公共団体に対して、法律に基づいて次のような施策を実施することを働きかけていく必要があります。

○ きこえない・きこえにくい子どもの保護者や家族に対する情報提供と相談、子どもの手話言語の獲得、保護者や家族の手話言語の習得の支援が行われる体制の整備

○ ろう学校や地域の学校に通うきこえない・きこえにくい子どもが手話言語を学び、手話言語で教科やいろいろなことを学習し、友達や先生と手話言語でコミュニケーションして充実した学校生活を送れるようにするための支援が行われる体制の整備

○ 大学や専門学校の授業など必要な場面にすべて手話言語通訳による情報保障などの配慮がなされ、きこえない・きこえにくい学生がきこえる学生と同等に学べるようにするための支援が行われる体制の整備

○ きこえない・きこえにくい人が働く職場での手話言語やきこえない・きこえにくいことに関する研修、手話言語でコミュニケーションができる職員の配置、必要な場合に手話言語通訳者の派遣がなされ、きこえない・きこえにくい人が自分の力を発揮して働けるようにするための支援が行われる体制の整備

○ 通常時、災害等非常時に関係なく、いつでも、どこでも、どんな時でも手話言語で情報にアクセスでき、手話言語でコミュニケーションが取れる環境の整備

○ 自治体や公共機関における手話言語通訳、全国手話検定試験2級以上の資格保有者の優先的な雇用

○ 手話言語通訳者の地位が向上し、待遇が改善され、手話言語通訳者がやりがいを持って働くことができる環境の整備

5. 最後に

この法案は、いろいろな制約もあり、私たちの要望すべてが反映されたとは言えませんが、私たちの望んでいた内容に近いものになったと考えています。一日も早く法案を成立させ、11月に開催される東京2025デフリンピックをこの法律の下で迎えられることを願っています。


【参考】

『手話言語法の制定へ! 手話言語でGo3!』
https://www.jfd.or.jp/info/misc/sgh/20200124-sgh-shuwadego3.pdf

「手話言語法(仮称)制定推進事業」報告書 2012
https://www.jfd.or.jp/info/misc/sgh/20120728-sgh-report2012.pdf

手話言語法・法制調査研究 報告書(2016-2017)
https://www.jfd.or.jp/info/misc/sgh/20180511-sgh-hosei-report.pdf