トピックス-岡山放送の情報アクセシビリティの取り組み~手話実況への挑戦~
「新ノーマライゼーション」2025年4月号
岡山放送株式会社情報アクセシビリティ推進部部長兼アナウンス部
OHK手話実況アカデミーゼネラルマネージャー
篠田吉央(しのだよしお)

丸亀ハーフマラソン(QRコードのURLへ)
この二次元コードは、去年2月に生中継した第76回香川丸亀国際ハーフマラソンの舞台裏を伝えたニュースである。全編に表示される手話による実況は地上波放送のほか、BSフジを通じ全国にも発信された。手話実況はろう者自身が行い、臨場感ある表情や手の動きは、健聴者にも多くの感情を伝えた。これは実験的なチャレンジではない。岡山放送(OHK)では、ほかにも、カーレース、ラリー、バドミントン、サッカー、バスケットボール、バレーボールで手話実況を実践している。今年11月、きこえない・きこえにくい人の国際総合スポーツ大会「東京2025デフリンピック」が東京を中心に開催される中、テレビ局では初めて協賛企業となり、岡山モデルである手話実況を通じ新しいスポーツ観戦のスタイルを社会に定着できればと願っている。
手話実況に挑戦するOHKは1993年から手話放送を継続するテレビ局だ。30年以上にわたる取り組みに国内外から注目をいただくが、決して特別な活動ではないとスタッフは感じている。それは「情報から誰一人取り残されない社会」の実現を目指す地域メディアとしての使命もと、情報が届きにくい人のために尽力するのは「当たり前」という考えが根底にあるからだ。
私たちの手話放送は当事者であるろう者と作り上げることが一番の特徴で、画面に出演するのもろう者だ。当事者と接するからこそ得られるヒントも多く、行政や福祉的な話題だけでなく、より身近な情報こそバリアフリー化するべきだと考える。また、こうした話題に触れられることは「その地域の一員であることを実感する」と地元のろう者も後押ししてくれて、これまでに生活情報番組や企業CMなどにも手話を付けてきたが、より身近なコンテンツを探す中でたどり着いたのがスポーツだった。試しにスポーツ中継を手話通訳したところ、具体的なデータや選手のヒストリーに共感があり、「健聴者はこんなにも多くの情報を得ながらスポーツを観戦していてうらやましい」「ろう者にとってスポーツは“観戦するもの”でなく、“自分がするもの”。見ても面白くない」などの意見を聞き、実現への決意を固めた。偶然にも、一般財団法人トヨタ・モビリティ基金が企画したアイデアコンテスト「Make a MovePROJECT」の助成を受け、2022年に岡山国際サーキットで行われたスーパー耐久レースで実証できた。
ここで手話実況のノウハウをいくつか明かしたい。まずは、ろう実況者とコネクターの存在だ。音声実況をコネクターが手話通訳し、それを見たろう者が手話で実況する。重要なのは、ろう者自身が競技への理解を深め、筋書きのないドラマを自分の言葉で語ることだ。音声実況と伝える内容や順番が違うこともあるが、そこが魅力である。
一方、職人芸ともいえる音声実況の表現や構成力、解説者の音声情報を無視するのももったいない。そこで登場するのがコネクターだ。手話通訳者が担当するが、私たちがコネクターと呼ぶ理由は、単に音声情報を手話化するだけでなく、膨大に繰り出される音声情報の中から試合経過や今後の展開を予測し、重要な情報を選択し、ろう実況者にコネクトする役割を重視しているからだ。当然、ろう実況者とコネクターには、番組ディレクター同様に目の前のプレーにどう情報を加え展開させていくか、高い構成力が求められる。
そこで、トヨタ・モビリティ基金のさらなる助成を受け、「OHK手話実況アカデミー」を立ち上げた。ろう実況者やコネクターを育成する組織で、全国からデフアスリートやろうの女優、ろうの漫才師など多彩な人材が集い、手話実況を可能にしている。基本編では、徹底して競技への理解とテレビ中継の手法を学ぶ。系列のフジテレビの協力でオリンピックやサッカーワールドカップなどの実況を担当した日本トップクラスのアナウンサーが独自の実況スキルや資料の作り方を伝授する。応用編では、選手の記者会見に参加して質問したり、マラソンコースを実際に走り沿道のトピックスなども取材する。Jリーグ初となったサッカーでの手話実況では、スタジアムの客席でスマホを通じて見てもらったが、観戦したろうの親子が「これまではホイッスルのタイミングや意味が分からなかったが、今日は手話実況のおかげで、本当に聞こえているような感覚だった」との感想が届いた時、何か月も準備したアカデミー生と抱き合い喜んだことが忘れられない。
私は手話実況は「リスキリング」だと捉えている。通常、職業能力の再開発、再教育のことを意味しDX戦略の中で使われることが多いが、ろう者自身が自分たちの言語である手話をスポーツ実況という視点から再構築する意味は大きい。私はプロジェクトを総括する立場として、研修時にアカデミー生のろう者に岡山で最も高級なホテルを用意し宿泊してもらったり、出演時には、音声アナウンサーの何倍もの報酬を支払ったことが印象に残っている。私の判断はこうだ。音声のアナウンサーは全国に何百人もいるが、テレビで手話で実況ができるろう者はアカデミー生に限られている。それだけ貴重で高い技術がある人材には、ふさわしい報酬があるはずで、私たちと関わる中で手に入れたスキルでしっかりと稼ぎ、社会生活を充実させていくことは「リスキリング」の重要な要素になると感じている。
うれしい副産物もあった、スポーツ実況を学んだろう者の状況判断能力や表現力は格段に向上し、バラエティー番組や再現ドラマなどのシーンでも出演の機会を獲得し、仕事としての活動の幅を広げてくれたことだ。
また、モーターレースでの手話実況の際に、ドライバーとして参加していたトヨタ自動車の豊田章男社長(当時)の感想が新たな視点を与えてくれた。「手話は分からないが、手の動きを見ていたら意味が分かった。身振り手振りで感情が伝わった」。手話実況が障害の有無にかかわらず受け入れられ、ユニバーサルな情報伝達としての手応えを得た瞬間となった。
この手話実況とOHK手話実況アカデミーは、去年2月にバリアフリーの国際賞「ゼロ・プロジェクト・アワード」を受賞した。革新的で、影響力、拡張性があると評価され、国連ウィーン事務所で各国関係者に手話実況を体験してもらった。国籍はもちろん、世代や性別、障害の有無を超え多くの方を魅了し、活動は海を越え広がりつつある。
障害者差別解消法の改正により、努力義務であった合理的配慮が昨年度から義務化された。今年は「デフリンピック」が日本で初めて開催される。社会が大きく変わり、メディアも多様化する中、私たちは変化に対応できているのか。誰もがスポーツを楽しめる社会は、必ずや豊かな社会であるという信念のもと、常に挑戦と検証を繰り返し、情報伝達のスキルとマインドを高めることが、メディアの生き残り策にもつながると信じている。そして、そのことに気づかせてくれた、30年の手話放送とOHK手話実況アカデミーに感謝し、これからも大切に継続していきたい。
※ 手話実況を実施した卓球、バレーボールの試合とOHK手話実況アカデミーの様子がご覧になれます。

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